機動戦艦ナデシコ
短編〜劇場版アフター〜
ネルガル月秘密ドッグ。
限られた者しかその存在を知られていないドッグへ、一隻の戦艦が姿を現した。
白亜の戦艦ユーチャリス。
知る人ぞ知る幽霊ロボット、ブラックサレナの母艦である。
巨大な戦艦にも関わらず、搭乗乗員はたったの二名。
その一人である桃色の髪を持つ少女、ラピス・ラズリは、オペレートシートにいた。
「……ジャンプ完了。各システムチャック―――各システムオールグリーン。
現在位置確認―――現在位置、ネルガル月秘密ドッグ」
ラピスはユーチャリスが異常のない事をチェックし終えると、彼女にとってもっとも大切な半身の様子を調べた。
「テンカワ・アキトの現在位置検索―――ユーチャリス内格納庫、テンカワSpに搭乗を確認。
格バイタル値をチェック―――平常値より多少の誤差を確認。誤差の確認を行う。―――誤差は許容範囲内と認める」
ラピスに医療知識はない。しかし、イネス・フレサンジュから、アキトのバイタル値の平常値と許容範囲のグラフを渡されていた。
それと現在のグラフを見比べて、アキトの健康状態をチェックしているのだ。
もし許容範囲よりもずれていたら、直ぐにメディカルスタッフを呼ぶことになっている。
アキトのバイタルチャックを終えると、ラピスは黄色のゴーグルを外し、脇に除ける。
対ショック性に優れたオペレートシートから身を起こすと、半身の元へ急ぐために、小走りで格納庫へと向かった。
格納庫までの通路は、足元を照らす非常灯しか点いておらず、薄暗かった。
照明のエネルギーもまた、相転移エンジンから廻ってきている筈なので、
通路を照らす為に必要なエネルギーぐらい大した事無いはずなのだが、
ユーチャリスに搭乗している二人は、これで良いと思っている。
テンカワ・アキトの方は、『火星の後継者』の非人道的な人体実験により、五感が著しくその機能を低下させられており、
その五感を補うために、ラピス・ラズリとのナノマシーン同士を利用した技術、
リンクシステムによって、失われた五感をある程度まで補われている状態なのだ。
アキトの五感の機能を低下させている原因の一つが、ナノマシーンを過剰投与された事があげられるのだが、
同じナノマシーンを利用した技術によって、五感を補われているのだから、なんとも皮肉な話である。
さて、そのテンカワ・アキトは、特殊なバイザーによってその視力を更に補っており、
バイザーの機能の一つに、暗視機能も付いているので、通路が暗くても特に困ることはない。
もう一人の乗員のラピス・ラズリといえば、その五感は至って平常であり、
また薄暗いと言っても、暗くて先が見えないという事はないので、どうでも良いと思っている。
何よりも、テンカワ・アキトから不満や要請がないので、そのまま放置しているが現状であった。
良くも悪くも、ラピス・ラズリの価値観と日常は、テンカワ・アキトを中心として回っているのが現状だった。
薄暗い通路を進む先、一枚の扉が通路を遮っていた。
扉の前に立つラピスは、「サレナ」と呼びかける。
ユーチャリスを制御するAIサレナは、ラピスの意を察して、すぐさま行動に移す。
ラピスの行く手を阻む格納庫の扉を開けたのだ。
開かれた扉の先、格納庫は、非常灯だけだった通路とは違い、天井から降り注ぐ照明に照らされていた。
室内を照らす明かりの元、格納庫には一機のエステバリスが鎮座していた。
ユーチャリスのもう一人の乗員である、テンカワ・アキトの機体である。
追加装甲は北辰との戦闘で失われており、今はアキト専用のカスタムエステバリスが鎮座している状態である。
ラピスは扉を開けてくれたサレナに一言礼を言って、エステバリスの足元へと歩み寄る。
エステバリスをじっと見上げるラピスだが、何時まで経ってもアキトがアサルトピット内から出てこない事で、次の行動へと移った。
格納庫に設置してあるキャタピラ付タラップを移動させる。
IFS対応のタラップのお陰で、ラピスでも楽々エステバリスの前まで移動させることができた。
タラップの位置と高さをアサルトピットの位置に調節すると、タラップの上へと登る。
ラピスはエステバリスの装甲にさわさわと触ると、装甲の間に隠れるように設置してあるボタンを押した。
すると装甲の一部がスライドし、レバーが出現する。
このレバーは元々、パイロットが自力でアサルトピットから出れない場合に、
強制的にアサルトピットを開放する為に設置されている緊急用のレバーだ。
ラピスは片手でレバーを掴むと、力いっぱい押し込む。
「ん……」
しかしピクリとも動かないレバーを見て、ラピスは両手で握り直すと、全体重をかけて押し込む。
「ん、ん〜……」
それでもやはりピクリとも動かないレバーに、若干眉根を寄せる。
どうしたものかと俯いて考え込むラピス。
ふと視界を遮ったモノが目に付いて、顔を上げた。
と、そこにはウィンドウが一枚展開されていた。
空中にふわふわと浮かぶウィンドウには一言、[引いてみれば?]の文字。
ラピスはコクンと頷くと、両手でレバーを掴み、思いっきり引っ張ってみた。
すると先ほどまでがまるで嘘のように、簡単にレバーは引っ張られた。
力を入れ過ぎたラピスは、その勢いのままタラップへと強かにお尻を打ち付けてしまう。
若干痛みに顔を歪めながら立ち上がり、服についた埃を手で払い落とす。
ジンジンと鈍い痛みが走るお尻を掌で撫で、痛みが和らぐのを静かに待った。
一方アサルトピットは、中の空気が抜ける音と共に、静かに開かれていた。
アサルトピットが開き、お尻の痛みが和らぐのを待つ傍ら、中からアキトが出て来るのをじっと待っていたラピスだったが、
何時まで経ってもアキトが出てこないのを不信に思い、そっとアサルトピット内を覗き込む。
アサルトピット内には男が一人、シートに身を預けたまま、ただ静かに俯いていた。
その男こそが、テンカワ・アキト。
ラピス・ラズリの半身である。
アサルトピットの外から、ラピスが隠れるように中の様子を窺っているのも気づかないのか、アキトは身動き一つしない。
ラピスはアキトの様子にちょこんと首を傾げると、アサルトピット内に入り込み、アキトの膝の上へと座り込んだ。
アキトは膝に加わった重みでやっとラピスの存在に気づいたのか、俯かせていた顔を上げると、そっと右腕でラピスの頭を撫でる。
「……ん」
ラピスは気持ちよさそうに目を細め、アキトの胸へと頭を預けた。
「……やっと、やっと終わった」
ポツリと漏らした言葉は、様々な思いが込められているかのようにラピスには聞こえた。
「……アキト、嬉しいの?」
「嬉しい……? そうか……嬉しいのかもしれないな……北辰を倒せた。
火星の後継者達も今回の件で壊滅だろう。なにより、ユリカを助けられたんだ……。
嬉しい……はずだ。嬉しいはずなんだ……」
左手で胸を抑え、搾り出すように声を吐き出す。
そんなアキトの態度に、ラピスはリンクを通して、アキトの胸に渦巻く複雑な心情を感じていた。
「……そっか。アキトは嬉しいんじゃなく、悲しいだね……」
「……かな、しい……?」
ラピスの言葉に、アキトは思いがけない言葉を言われたと、唖然とした言葉を漏らした。
「せっかく救い出したのに、アキトはミスマル・ユリカを助け出すために人を大勢殺した。だから戻れないと考えてるんでしょう?
アキトが起こした凶状を知られるのが怖いから。知られて、万が一にも拒絶されたら怖いから。
その思いがあるから、ミスマル・ユリカとホシノ・ルリの元に戻れない……ううん、戻らないんでしょう?
戻りたいのに、戻れないから悲しいんでしょう?
それに、昔の仲間に変わり果てた自分を知られるのが怖くて、哀れみの目で見られ、同情されるのが悲しいんでしょう?
違うの、アキト……?」
「…………そう、かもしれないな。はは……なんだ。ラピスは俺なんかよりも、よっぽど俺のことを知ってるんだな」
「同然。私はアキトの目、アキトの耳、アキトの手、アキトの足。
いわば私はアキトの半身。だから、アキトの事を知っているのは当たり前のこと」
力なく笑うアキトに、ラピスは至極真面目な顔で応えた。
「ああ、そうだな。はは、俺の方が大人なのに、ラピスには助けられてばかりだな……迷惑ばかりかけてるな」
ラピスはこのアキトの言葉にむっとした表情になった。
「……違う。私は迷惑だなんて思ってない。私がアキトの為に働いたり手助けするのは、私がそうしたいから。
私はアキトに、いっぱいいっぱい大切なモノを貰った。私はこの恩をアキトに返したい。
私が貰った分をアキトに返したい。私はアキトと一緒にいられて幸せだから、アキトが気に病む事なんて欠片ほどもない」
だがこのラピスの告白に、アキトはますます顔を暗くする。
それをリンクで感じ取ったのか、ラピスは両手で頭を抱え込み、どう言ったものかと考え込んだ。
そしてラピスが口を開こうとしたその時、アキトが暗い雰囲気を背に背負ったまま、重たげに言葉をはいた。
「……そうか、ラピスは俺の所為でそんな事を思っていたのか……。俺が不甲斐ないから。
俺のこの体が、ラピスとリンクをしていないと、まともに動かないポンコツだから。
すまない、ラピス。俺の所為で今までも、そしてこれからも迷惑をかけているなんて……」
アキトは己の不甲斐なさを嘆いてか、ギュット唇を噛み締める。
一方アキトの言葉を聞いたラピスは、悲しみか、それとも怒りからか、その小さな体を小刻みに震わせていた。
そしてそんなラピスに、アキトは本日最大級の爆弾を投下する。
「……そうだ! イネスが帰ってきたら、リンクを解除して貰おう! ユリカは助け出したし、俺の復讐も終わった。
『火星の後継者』の残党もあとは軍がなんとかするだろう。
こんな俺が、何時までもラピスの枷になるわけにはいかないしな。うん、それがいいよな」
名案だと言わんばかりに、アキトはラピスに「どうだ?」と尋ねてくる。
それにラピスは体の振るえを一瞬で治めると、無表情にアキトへ体ごと振り返った。
「……アキトは、それが私の為に一番いいと本気で思ってる?」
その言葉にアキトは「勿論」だと自信満々に答えた。
「……ふ〜ん、そっか。アキトはそう思ってるんだ……」
無表情のまま、ラピスは「ねえ、アキト……」と小声で囁き、口をアキトの耳元へと寄せた。
アキトはラピスの雰囲気に、頭の中で何かが警鐘を鳴らすのを感じ、知らず内に唾を飲みんだ。
ラピスは胸一杯に空気を吸い込むと、一気に大声と共に吐き出した。
「……アキトのバカぁあああああああああああああああああああっ!!」
バカぁ、バカぁ、バカぁと、アサルトピットの中で木霊する。
ラピスはその顔を怒りに染め、アキトを睨み付けている。
一方、ラピスの大声を不意打ちで喰らったアキトは、頭がクラクラするのを感じていた。
聴覚も低下している状態でこれである。
健全だった頃に受けたら、いったいどうなっていたかと思ったが、ふと懐かしいものを感じていた。
何故だ? と疑問を思い浮かべ、記憶を掘り返してみる。
すると、思い当たる節があった。
『そっか、ユリカとお義父さんのやりとりか……』
親子の大声のやりとりを思い出し、懐かしさにアキトの頬が知らず緩む。
そんなアキトが気に食わないのか、ラピスは顔を険しくする。
「…………アキト」
その小さな両手でアキトの顔を掴むと、強制的に自分と目を合わせさせた。
アキトは、此処で初めてラピスが怒っている事に気がついた。
リンクの方からも、怒りの感情がビンビンと伝わって来ることから、それは確実だ。
だが、アキトはここに至って今尚、何故ラピスが怒っているのかがわからなかった。
ラピスもアキトの戸惑いの感情をリンクで感じ、柳眉を寄せる。
「アキト……」
「な、何だ、ラピス?」
ある意味、北辰よりも強大なプレッシャーを感じ、尻込みするアキト。
そんな事知った事ではないと、ラピスは顔をアキトの顔へとずずいっと寄せる。
普段なら、ラピスのような整った顔が吐息がかかる距離まで近づくと、アキトの頬は赤く染まるのだが、今回ばかりは違った。
言い知れない恐怖を感じ、表情を引き攣らせ、薄っすらと冷や汗を流している。
「私が、私が何でこんなに怒っているのか、わかってないでしょう?」
嘘を吐くのは、この二人の関係では普段も難しい。
だが今は、それにも勝って、虚言は死を招くと肌に感じていた。
だからアキトは、正直に壊れた人形みたいに、何度も頷く。
「アキトはさっき、私の為に私とのリンクを解除するっていったよね?」
「あ、ああ。確かに言ったな……」
そこまで言って、ふとアキトはラピスの機嫌が悪くなった原因に思い至り、慌てて言葉を紡ぐ。
「だ、だがな、ラピス。あれはラピスの為にと思って俺は……」
最後まで言わせずに、ラピスはその小さな拳を握り締め、アキトを殴った。
「アキトのばかぁ! 私の為って言ってるけど、全然私の為じゃない! 私の為を思うのなら、私と一緒に居てよ!!
私はアキトと一緒にいたいのに。それなのに、それなのに……アキト、アキトは私と一緒に居たくないんだ?!
アキトは自分の気持ちばっかりで、私の気持ちなんてこれっぽっちも解ってない!!」
目に涙をため、ポカポカとアキトを殴り続ける。
そんなラピスの様子に、アキトは漸く己の愚を悟った。
「……すまなかった、ラピス。俺はラピスの為にと言って、自分の事しか考えていなかったみたいだ……」
唇をギュット噛み締め、俯く。
そんなアキトの顔を、ラピスは下から覗き込む。
「アキト、本当に解ってる?」
「ああ」
「アキト、ごめんなさいって思ってる?」
「勿論だ」
ラピスの二度の問いに、アキトは重々しく頷いた。
「私、本当に怒ってるんだよ? でも、次の事を言ったら許してあげる。アキトは何でも言ってくれるよね?」
ラピスの問いに、アキトはただ黙って頷いて見せた。
そんなアキトに、ラピスは笑みを向けて口を開く。
「えっと、『私、テンカワ・アキトは、死が二人を別つまで、ラピス・ラズリと共に歩むことを誓います』って。
ほら、アキト言ってみて」
瞳を輝かせて言うラピスに、アキトは頷くが、ふと脳裏を掠めるモノがあった。
以前にも似た様な事を言った気がする。
何時何処でかは思い出せないが、自分が復讐鬼になる前だったような気がする。
思い出せないもどかしさに、アキトは眉間に皺を寄せた。
だが、そんなアキトの態度に納得がいかないのが、ラピスである。
ラピスは頬を膨らませると、アキトに顔を近づける。
眉をハの字に寄せ、瞳を潤ませると、今にも泣き出しそうな顔でアキトへと問い詰める。
「アキト、さっきの言葉は嘘だったの? 私に悪いと思っているのも、何でも言ってくれるっていったのも。
……そっか。やっぱりアキトにとって私は、疎ましい存在なんだ。だからリンクを切って、私を遠ざけようとしてるんだ……」
小さく身を震わせ、顔を俯かせると、グスグスと鼻を鳴らす。
そんなラピスの態度に衝撃を受けるのは、勿論アキトである。
「い、いや。そんな事は決してない! ただちょと……以前に言ったような気がしてだな。
確かそれがその、なんだ……。あー、そうそう! 何か大切な言葉だった気がしたものだから。
だから、決してラピスを嫌ったりとか、疎ましいなんてこれっぽっちも思ってないぞ!!」
人差し指と親指で、一ミリもない隙間を作ってみせるアキト。
そんなアキトの態度に、ラピスは俯かせていた顔を上げると、「本当に?」と聞く。
アキトはコクコクと何度も頷いて見せることで、その問いに答えてみせる。
「……それなら、言ってくれるよね。ねぇ、アキト?」
元から女子供には甘く、また女子供の押しにも弱いアキトである。
始まりはイネスの幼少の頃、アイちゃんにミカンのお礼だと言われ、デートの約束をさせられた。
ナデシコに乗艦している時には、殺人シェフ並の料理を無理やり食べさせられもした。
とどめが、ミスマル・ユリカとの恋愛騒動だ。
あの当時、アキトへと思いを寄せる女性は数人いたが、そのこと如くをユリカは押しの一遍で貫き通し、
遂にはアキトと結ばれることになった。
そんなアキトが、ラピスの頼みを断れるはずも無く、遂にはその言葉を口にした。
「わかった。わかったよ、ラピス。言うから何も心配するな」
アキトは安心させる為か、優しくラピスの頭を撫でた。
「『私、テンカワ・アキトは、死が二人を別つまで、ラピス・ラズリと共に歩むことを誓います』ほら、これでいいんだろ?」
その言葉を聞いて、ラピスは何度も頷くと、満面の笑みを浮かべた。
「そ、それじゃあ、私も!!
『私、ラピス・ラズリは、死が二人を別つまで、テンカワ・アキトと共に歩むことを誓います』」
ラピスは頬を赤らめ、嬉しそうに言った。
「えへへ。これで私はもう、アキトのお嫁さんだね!」
「…………え?」
何を言われたか理解できずに、アキトは呆けた声を出した。
そして徐々にラピスの言葉を理解すると、さきほど言った言葉の意味を思い出した。
以前も一度言った言葉。
一度言われた言葉。
それはそう、たしか……結婚式でのこと。
「なんでそんな事忘れるかな、俺……」
遠い目をして、ポツリと洩らす。
そして、ふと、そのあとのハネムーン中に、北辰の襲撃があったからだろうと思い直す。
北辰の襲撃によって、自分の幸せは全て奪われた。
だからこそ、その少し前の幸せの瞬間を忘れても仕方が無いだろうと、そう思うことにした。
「アキト、どうしたの?」
顔を引き攣らせているアキトに、ラピスは小首を傾げる。
アキトは一瞬前言を撤回しようかと考えたが、頭を振り、その考えを振り払う。
そんな事を言えば、ラピスを傷つけ、悲しませるだけだと思い至ったからだ。
さて、これからどうしたものかと考えるアキト。
そこにコミュニケに、エリナからの通信が入った。
要約すると一言、さっさと降りて来いとのことらしい。
遠まわしなエリナの言い分に、苦笑を浮かべる。
「ラピス、エリナが呼んでる。降りるぞ」
「うん」
アキトはラピスの小柄な体を抱き上げると、アサルトピットからタラップへと降り立った。
抱き上げられ、嬉しそうに笑うラピスを下ろすのも何なので、ラピスを抱き上げたまま出口へと向かう。
そこでふと、先程のやり取りを思い出し、エリナにでも相談しようと考える。
エリナだけで足りなければ、イネスにも助力を請えばいい。そう思った。
もっとも、アキトに思いを寄せるエリナとイネスに相談して、さらにこの問題が混迷する可能性がある事をアキトは失念していた。
「ねぇ、アキト」
「何だ、ラピス?」
抱き上げられ、ご満悦のラピスの呼びかけに、アキトは視線をラピスへと向ける。
「私は今、とっても幸せだよ」
「そうか……」
頷き返して、アキトはふと思う。
自分の復讐に付き合わせてしまった、この小さな女の子が幸せなら、それならそうで良いかと。
そんな事を考える自分に小さく苦笑して、アキトはユーチャリスから月ドックへと降り立った。
黒い王子様と桃色の妖精を出迎えるのは、一人の才女と人工の明かり。
これから先、彼等がどうなるかは、また別のお話。