「……え?」

伝えられた伝言の内容に、ルナマリア・ホークは我知れず、唖然とした声を出していた。

「……嘘、でしょう……?」

信じられない、いや、信じたくない内容が頭の中でリフレインする。
だが繰り返される言葉に、やふがてそれが聞き間違えなどではないと徐々に鈍った頭に浸透する。

「そ、そんな……。何で!? どうして?! 何故、メイリンとアスランが!?」

伝えられた伝言の内容―――
アスラン・ザラ。
並びにメイリン・ホークが、機密情報を奪取。
並びに、MS:グフイグナイテッドを強奪。
そしてジブラルタル基地を脱走。
それをシン・アスカ、並びにレイ・ザ・バレルが追撃。
静止を無視した為に、戦闘へと移行。
シン・アスカがグフイグナイテッドを撃墜。
コックピットは発見できなかったが、生存の可能性は低いとのこと。

ふと、頬に湿った感触を感じ、怠惰な動きで手で頬を擦った。

「……涙?」

濡れた手をみて、初めて自分が泣いている事に気がついた。
生存が絶望的なたった一人の大切な妹。
微かに思いを寄せていた上司。
そして、それを自分から奪ったのが、他ならぬ自分の同僚で―――

「う、うぅぅ、うぁああああああああああああ!!」

部屋に響き渡る慟哭。
悲しみ、怒り。
襲い来る大切な者を失った喪失感。
そんなやり切れない思いがルナマリアの胸を占めていた。






機動戦士ガンダムSEED DESTINY

短編〜拒絶〜







アスラン・ザラ、並びにメイリン・ホークの脱走事件は、正面上はジブラルタル基地に広まることはなかった。
一部の関係者や、脱走や追撃を目撃した者達への緘口令がしかれた事が主な要因だろう。
打倒ロゴスを掲げ、ジブラルタル基地にはザフトだけではなく、連合からの離反者達も続々と終結しつつある今、ザフトの関係者、
特にフェイスなどといった地位に就いていたアスランの脱走は、知られたら拙いからだ。
ルナマリアはメイリンの姉という立場もあり、監視の意味を含め、現在はミネルバにある自室へと移されていた。
ルナマリアにとって、ミネルバの自室に戻るのは気が重かった。
戦艦であるミネルバの部屋はお世辞にも広いとは言えないが、それが理由で気が重いのではない。
ミネルバでの部屋割りでは、姉妹ということもあり、ルナマリアとメイリンは同室になっていた。
ルナマリアにとって、良くも悪くもメイリンとの思い出のある部屋だった。
それが故に、メイリンを失った喪失感がより一層、一人で部屋に篭るルナマリアへと押し寄せていた。



ジブラルタル基地に集結していいるザフト、及び連合の合同軍は、ロゴスの本拠地と目されているヘブンズベース侵攻を前に、
皆が皆、戦闘の準備へと追われていた。
そんな中、ルナマリアはあの日以降部屋に閉じこもり、食事もろくに摂らない日々を過ごしていた。
メンリンとアスランを失い、喪失感が胸を占める現在、生きる気力すら失いつつあった。
微かな希望と言えば、コックピットが行方不明の為に、二人の死が確認されていないことだった。
だがたとえ生きていたとしても、機体の損壊状況から見て、無傷とは考えられなかった。
どこかで治療を受けていなければ、やはり怪我で死んでいる可能性の方が高かった。

「……メイリン……アスラン……」

脳裏に浮かぶ二人の姿に、ルナマリアはベッドに横になりながら嗚咽を洩らす。
シンとレイ、二人に恨みが無いと言えば嘘になる。
だが二人が犯した罪は、軍人としては許されるものではない。
ルナマリアは軍命に従って撃墜した二人には罪はないと、繰り返し自分に言い聞かせていた。
そうしなければ、胸のコールタールのようなどす黒く、ドロドロとした感情そのままに、二人を罵ってしまいそうで怖かったのだ。
二人を目の前にしても、顔を見た途端に罵る事がないであろう程度には気持ちの整理をつけ、ルナマリアは部屋を出た。
殆ど食事も摂らずにいた為か、足に力が入らず、普段と比べ覚束ない足取りで食堂へと向かった。



食堂での食事は、ルナマリアにとって非常に居心地が悪かった。
事情を知っている者は遠巻きにルナマリアの様子を窺い、
また知らない者もルナマリアの醸し出す雰囲気に、ルナマリアの近くへは近寄ろうとはしなかった。
哀れみに同情、それに好奇心といぶかしむ視線に晒されて、ルナマリアは詰め込むように食事を終えると、
席を立ちあがり逃げるように食堂を後にした。



食堂を後にしたものの、とても訓練やMSの整備をする気は起きなかった。
部屋に戻ってもメイリンとアスランの事を思い返すだけだが、
奇異な視線に晒されるよりはマシだと考え、ルナマリアは自室へと足を向けた。
その時だ―――
自分が足を向けた通路の先から、見覚えのある顔がこちらへと向かって来るのが見えたのは。
忘れたくても忘れられない顔―――
胸に燻る感情をグッと堪え、気持ちを落ち着かせる為に大きく一つ深呼吸をした。

「ルナマリア……」

声を掛けられ、ビクリと体を震わせた。
声を掛けられては無視をするわけにも行かずに、ルナマリアは普段どおりの態度で接しようと努力しようとした。

「……レイ、何か用?」

自分でも声が強張っているが理解できた。
これではいけないと思う一方、でも仕方がないとも思った。
何せ相手は、メイリンとアスランを殺した片割れ、レイ・ザ・バレルなのだから……
正確には撃墜したのは、シン・アスカだと知っている。
ただ、レイが追撃に参加したのも知っているので、それだけにルナマリアの胸中は複雑だった。

「……メイリンとアスランの事に関してだが……」

その言葉に、ルナマリアの顔ははっきりと見て取れるほど強張った。

「すまなかった。ギル……議長からは、捕縛か撃墜をとの命令だったのだが……相手があのアスランでは捕縛は無理だった」

静止の声も無視した為にやむをえず撃墜した、とレイは語った。
ルナマリアは何か言い返そうとして、だが言葉を飲みこんだ。
議長の言葉を第一とするレイが、議長を引き合いに出して嘘を吐くとは、到底思えなかったからだ。

「……そう。議長の命令だもの……仕方がないわよね」

軍に所属しているからには、議長や上の命令には従わない訳にはいかない。
命令に逆らったら、軍法会議にかけられそれ相応の刑罰を受けるのだから、と。
だから命令を実行したレイにも、シンにも非はないと自らに言い聞かせる。

「……用はそれだけ? もうないなら、私もう行くわね」

レイに非はないと判ってはいても、感情がそれを許そうとはしなかった。
口を開くと罵声を浴びせそうで、でもそれが嫌で、ルナマリアは言葉少なげにその場を立ち去る。
その背中に「すまなかった」と投げかけられ、返事をせずにただ黙ってギュット唇を噛み締めた。



間が悪い日は、とことん間が悪いのだろう。
自分の部屋の前を熊のようにうろついている人影が目に入り、ルナマリアは深いため息を吐いた。
人影は、レイと並んで最も今会いたくない人物、シン・アスカだった。

「私の部屋の前で何をやってるの? シン」

先ほどレイに会った所為か、感情を抑えようとするあまり、言葉が冷たい感じになっている。
どうしようかと考えたが、どうでも良いと考え直した。
シンに会うまでにいろいろあったルナマリアは、精神的に疲れきっていた。
もしもう少し精神状態がましだったのなら、この後の出来事は起きなかったのかもしれない。

「ルナ!?」

「何か用?」

驚いているシンに構わずに、ルナマリアはシンに問い掛ける。

「い、いや。お、俺、えっと…………」

何時もと違うルナマリアの雰囲気に圧されてか、シンは口ごもった。
ルナマリアは、シンの煮え切らない態度にストレスを感じていた。
口ごまらづに用件を言ったレイと比べてしまうのもまた、ストレスをより強く感じてしまう原因の一因なのだろう。

「……用がないならどいてくれる?」

「そ、その……メイリンの事なんだけど…………ごめん…………」

シンはその一言を、搾り出すように口にした。

「……命令、だったんでしょう? レイにもさっき聞いたわ」

「……ごめん」

「これ以上謝らないでよ……。じゃないと、私……」

この胸の内のドロドロした物をぶつけてしまう。
俯くシンに対して、ギュット拳を握り締めた。

「……軍の、議長の命令だったとしても、謝りたかったんだ。……ごめん」

「謝らないでって言ったでしょう!? 第一あんた口から、軍だの議長からの命令だっただの聞きたくないのよ!!」

シンにだけには、軍や議長の命令を理由に謝って欲しく、いや、謝る資格が無いという思いがルナマリアの中で膨らんで破裂した。
溢れ出す怒りのままシンの胸倉を掴むと、壁へと押し付けた。
胸倉を掴まれてか、それとも勢いよく壁に押し付けられてか、シンの顔が苦痛に歪んだ。

「シン、あんただけは命令を理由に謝る資格はないでしょうが!!」

こみ上げる激情のまま、ルナマリアはシンへと言葉をぶつけた。
シンは、何を言われているのか分からないと、戸惑った様子を見せる。
そのシンの態度に、ますますルナマリアの怒りが増大した。

「何を言われているか分からないって顔ね? 散々命令を無視して、違反したそのあんたが命令で仕方がなく?
ふざけるのも大概にしなさいよね!! 捕虜にしたガイアのパイロットを、インパルスで強引にミネルバから連れ出したあんたが!?
数多くの家を壊し、人々を殺したあの巨大MSのパイロットが、あんたが逃がした捕虜だと分かって戦う事はおろか、庇ったあんたが!?
そのあんたが命令で仕方がなくなんて口にするな!! その資格も無いでしょうが!?
何で本来なら軍法会議で、銃殺刑に処されても可笑しくないあんたが生きていて、メイリンとアスランが死ななくちゃならないのよ!?
議長のお気に入りは良いわよね!! 帰してよ、メイリンとアスランを帰してよ! なんで、なんであんたは……」

生きているのよ。その言葉だけは、口に出さずに飲み込んだ。

「おれ、俺は……ちが、う。俺は、ただ……」

シンは突きつけられた言葉に、ただ呆然とうわ言を繰り返す。
そんなシンを見て、ルナマリアは苦い表情を浮かべた。
あんな事を言うつもりはなかった。
思ってはいても口にせづに、ただ胸の内に収めておくだけのはずだった。
ルナマリアは掴んでいた胸倉を離すと、シンに何か言おうと口を開こうとし、けど言葉は出なかった。
言うつもりはなかったが、でもあれは間違いなく自分の本心でもあったのだから。
口にした言葉はもう戻らない。
それが嫌と言うほど分かって、シンから視線をずらすと、ただ黙って自分の部屋へと消えた。
あとに残されたのは、力なく壁に寄りかかって座り込む、呆然とうわ言を繰り返すシンの姿だけだった。



電灯も点けずにベットへと座り込むルナマリア。

「…………最低よ、私…………」

ポツリと洩らした言葉が、ルナマリアの心情を表していた。
笑いあい、時には怒鳴りあう。
気心の知れた友達で、戦友。
けど、もう元には戻れない。
そんな事をぼんやりと考えて―――
ルナマリアは一人、部屋の中で嗚咽を洩らした。





〜あとがき〜
黒い鳩さん、『シルフェニア』600万Hitおめでとうございます。
って事で、600万Hit記念SSです。
今回は、機動戦士ガンダムSEED DESTINYの短編です。
時期的には、アスラン脱走後ですね。
書いた理由はぶっちゃけ、あんな事があったのに、付き合い始めたシンとルナマリアが納得できなかったから。
はい、ただそれだけの理由です。
内容に関しては言い訳はしまい。
ではでは、失礼します。
By:ルーン








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