「ヤンがアキトでアキトがヤンで?」
─(前編)─
(機動戦艦ナデシコ×銀河英雄伝説 IF STORY)
※(この短編は闇が深くなる夜明けの前に第五章〜第七章の文末に加筆されたショートSSをまとめて修正・さらに加筆を加え、若干改訂して長くなったので前編と後編に分けたものです)
T
ヤン・ウェンリーの朝は迂遠に遅い。なぜかというと、朝7時半にセットされた目覚ましが真に購入者を目覚めさせたことは一度としてなく、問答無用で沈黙させられる事のほうが日常的だったからである。
たいてい、被保護者の少年がエプロン姿で「低血圧な保護者」を起こしにくるのが日課となっていて、それは地上と変わらず宇宙の一角に浮かぶイゼルローン要塞でも同じことだった。
「ユリアン、私が最高評議会に当選したら、まず朝のうたた寝を邪魔するヤツを重罪に処す法律をつくるぞ」
以前、ヤンは83.5%は本気でぼやいたことがある。そんな不謹慎きわまる考えをもつ男を政治家に据える可能性も低いといえば低いが、民衆をだまして権力を握るやからとは多いものだ。その中にささやかにうたたねの保護を訴える政治家がいてもいいのでは、と少年は思うのである。(マテw
結局、そんな甲斐性もないわけで ヤン・ウェンリーは少年の呆れ顔を片目で確認しつつ、少年の優しさに甘えて二度寝することも少なくない。
それが若干29歳で大将に登りつめた青年提督のささやかな日常の「幸せ」の一つであった。
しかし──そう、おそらく日ごろの怠慢の天罰がくだったのか、ノリてきにそうなったのか、はたまた何かの啓示か、「イゼルローン要塞」での日常はささやかで深刻な混乱を迎えるのである。
ジリリリリリリリリリーー
突然の騒音にヤン・ウェンリーは読んで字のごとく飛び起きた。
「なんだなんだ!」
がばっと起きて辺りを見回し、手元近くにあった目覚まし時計をとっさに止める。
「ふう、やれやれ」
ヤンは安心し、再び毛布をかけて床に就き、三秒後にいきなり起き上がった。
「まてまて、ここはどこだ?」
もっと早く違和感に気づけ!
と自己嫌悪に陥りそうになるが、まあ、それは後だ。ヤンは部屋の中を見渡し、手元にある時計を慎重にみる。
「これって、テンカワくんのゲキガンガーの目覚まし?」
それは、実に古めかしい、いまどきベルタイプの目覚まし時計だった。
ヤンは、テンカワ・アキトの西暦コレクションである「ゲキガンガー3」の限定目覚まし時計を手に取った。
「うーん、なぜここに……」
あるからだろう、とひねくれた感想を漏らしたが、その部屋がテンカワ・アキトの部屋ならば当然である。 照明をつけると、やはりはっきりわかった。壁にはゲキガンガーのポスター、こじんまりとした本棚の上には「極めてレア」というゲキガンガーの超合金とミスマル・ユリカと一緒の写真が飾られている。
なぜ私はここに?
疑問はなんとなく解消された。昨夜、ホウメイ食堂でささやかな飲み会があり、ヤンもそこに顔を出したのだ。あまりにも楽しかったので、いささか深酒をしたと思う。
「うーん、そうか、そういえばテンカワくんに肩を担がれていたような……」
若干あいまいだが、テンカワ・アキトに担がれた記憶はある。こうなると、経緯は定かではないが、もしかしたら途中で私が眠りこけてしまい、私の部屋までは遠いし、ユリアンを気遣って自分の部屋に運び込んだのだろう。
「これはテンカワくんに迷惑をかけてしまったな……」
ヤンがベッドに寝ていたということは、きっとテンカワ・アキトはソファーなり、床なりに寝ていたはずだ。
「いかんな、こいつは彼によく謝まらないとなぁ……」
とりあえず、ヤンは傍らに掛けられた軍用ジャケットを着込み、部屋の主人を呼んだが、どうも留守のようだった。
「そうか、彼はコックもしているから早々に食堂に行ったのだろうな……」
とりあえず、顔くらいは洗って行こうか。
そう考え、洗面所の前に立ったヤンは、自分でも信じられないくらいにマッハの勢いであとずさった。
「えっ……テンカワくん?」
一瞬だけ感性が鈍ったようだったが、ポカーンと口を開けたまま鏡に映った顔は、どう見ても「テンカワ・アキト」だった。
「えっ? ええええええええええええええええええええーーーーーええっ!!」
( ̄▽ ̄;)!!ガーン のリアクションレベルが悲しいほど脇役さながらだ。おおよそ「奇蹟のヤン?」に相応しくない。
「ちょ……一体どういうことだ?」
「ヤン」は、わけもわからず鏡に映った自分の姿を手のひらで造形を確かめるように何度も撫で回した。
「私は……ヤン・ウェンリーだ……でも映っているのはテンカワ君?」
とりあえずつマニュアル通りに頬をつねってみたが、痛そうなので強くはしない。これではダメだと半分やけくそ気味にグー(左)で殴ってみた。
「 痛っ!」
とりあえず「夢」は覚めない。こうなったら壁に頭を撃ちつけてみるとか……
「いや、充分だ。これは夢ではないようだ」
情けなくもあっさりと肯定した「ヤン」はテンカワ・アキト姿の自分を鏡でじっくりと眺めてみる。当然マスクをかぶっているわけではないし、かぶらされているわけでもない。
「しかし、まったく……いったいどうなっているんだ?」
冷静に頭をかくが、用兵と違ってとんでも事態に対処できそうなアイディアがまったくといいほど浮かんでこない──というより対処可能なのか?
しばらくムダにほうけ、かなり以前に暇つぶしで読んだファンタジー小説で、同じような目に遭う主人公の話を思い出した。
が、ただ思い出しただけだった。
「むう……」
ふと、気配を感じ、振り向いた方向には、眠そうな目をこする髪の長い10歳前後の少女が立っていた。
「ラピス……ちゃん?」
少女は、少し眠そうな目を保護者であるはずの「テンカワ・アキト」に向けた。
「アキト、どうしてまだここに居るの? 食堂は?」
はっ! そういえば、と「ヤン」は何かいやな予感がした。
すると、
「おい、 テンカワ! いつまで寝ているんだい! もうとっくに時間は過ぎているんだよ。とりあえず、は・や・く・来なっ!!」
と、鬼神形態ホウメイからの通信ウインドウが突然現れ、最後に首を掻っ切る真似をしてバチンッと画面が消える。背筋が凍りついた。
「あんな怒ったホウメイさんを見たのは初めてだよ……」
女性は男より厳しいと言うしなぁ……
さて、どうしたものか? 来いといわれても、自分は料理ができるわけではないし、かといってこのまま無視したら、テンカワくんに申し訳ないし……
状況に対する衝撃反応がほぼ他人ごとに聞こえるのはきっと空耳ではないだろう。
ヤン・ウェンリーとはそういう男だ。感心するほど感性が鈍いときがある。
「テンカワ君に申しわけないことになるのはなるけど……」
行くしかないのか? いやいや、行ったら行ったで、きっとこの状態ではさらに状況が悪化するに違いない。 食堂に行ってしまったらその分拘束されるのがオチだ。そして、きっと「私はヤン・ウェンリーなんです」といっても、遅刻のはてに訳のわからに事を言って相手を怒らせた上に「ヤバイ人扱い」される王道パターンだな。うんうん……小説でも同じシチュがあったぞ。
「アキト、どうしたの? 気分が悪いの?」
少女の琥珀色の瞳が心配そうに「テンカワ・アキトな姿のヤン」の顔をのぞきこんでいた。
「それだ!」
「ヤン」は声を張り上げ、ベターな対処方法を教えてくれた華奢な少女の身体を抱き上げて大いに喜んだ。ラピスはわけがわからないようだったが、「保護者」の喜びように無邪気な笑顔で応えていた。
「よし、ホウメイさんに連絡を入れよう。気分が悪いから休むといえばなんとかなるだろう」
さっそく、コミュニケで連絡を取ろうとしたが……
「あれ? これってどう使うんだっけ……」
2日前に使い方を教わったばかりのはずだが、「ヤン」はしっかりと内容を忘却してしまっていた。
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アキトが──いや、ヤン・ウェンリーがラピス・ラズリにコミニュケの講義を受けている頃、ある意味、当然のようにもう一人の迷走が始まろうとしていた。
「提督、ていとく、ていとく起きて下さい。ヤン提督! 定例会議に遅れますよ」
ユリアン・ミンツ少年は、目覚まし時計が鳴り響く寝室で、すっかり寝入っている保護者を起こすべく努力を重ねていた。
「もう、昨日深酒なんかするからなぁ……」
なんとなくこうなることはわかっていた。ホウメイ食堂を訪れた保護者がナデシコメンバーと会話が弾んで気をよくしたのかずいぶんお酒を飲んで帰ってきたのだ。
「ふう、テンカワさんが運んでくれなかったら食堂で酔いつぶれていたかな?」
ユリアンが保護者の肩をさすること五回目、ようやく眼を開けた「ヤン」は少年の後方にある時計を見て表情を強張らせ勢いよく飛び起きた。
「うわー ホウメイさんに怒られる!」
そう叫んで慌てた様子でジャケットを探し、唖然とするユリアンに頭を下げて謝罪すると、「ヤン」とは思えないスピードで部屋を大慌てで出て行ってしまった。
ぽつんと、一人残されたユリアンは、しばらく何が起こったのか理解できないでいた。
食堂に向う通路を爆走する「テンカワ・アキト」は、自分の身体の変化に気づかないまま第三コーナーを猛スピードで曲がろうとしていた。
「まさかヤン提督の部屋で寝ていたなんて……自分の部屋に帰ったつもりだったけど実際は力尽きてて、部屋に戻った夢を見ていたに違いない。ヤン提督やユリアンには悪い事をしてしまったなぁ……あとで正式に謝りに行こう」
なんか体が重いな、と「アキト」は感じ始めたのだが、昨日のお酒が原因かもしれないと考えつつ、食堂に続く第四コーナーをドリフト走行で曲がった。
道行く先々の将兵たちから奇異の眼で見られていることなどまったく眼中になく、「アキト」は食堂のフロアを突っ切り、唖然とする兵士たちを尻目にナデシコ食堂の厨房に滑り込んだ。
「ホウメイさん、ほんとっっに、スミマセン!!」
深々と頭を下げた「アキト」は、ホウメイの雷が一向に落ちないので顔を上げた。
「えーっと、どうかしましたか?」
呆然とした顔のホウメイの口から思いもよらない返事があった。
「ヤン提督、そんなに慌ててどうかしたのかい? 」
「はっ?」
「ヤン提督、どうかしたのかい?」
ホウメイの思わぬ言葉に「アキト」は眼をしばたかせた。厨房を手伝うホウメイガールズたちの表情も怪訝そうである。
「いやだなぁ、ホウメイさん、そんな……」
今度は「アキト」も違和感にようやく気づいた。自分声はこんなに低かっただろうかと。
ふと、若干の落ち着きを取り戻した「アキト」は、自分の身体を一通り撫で回し、傍らにあったぴかぴかのフライパンを手にとって顔を近づけた。
「なぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!!!!×○△」
派手に後ずさったヤン──テンカワ・アキトは、信じられない自分の姿にパニックになり、フライパンを放り出し、壁にぶつかりながら逃げるように厨房から飛び出した。
そこへ──
「あっ! ヤン提督みーっけ!」
会議をさぼったヤンを探しに来たユリカがBADタイミングで食堂に姿を現してしまった。
「ユリカぁぁあああああーー!!!!」
冷静さを欠いた「アキト」は、自分をよく知る美女に助けを求めて「ヤン」の姿のまま抱きつき、そして勢いで押し倒した。
「おおおおっ!」
朝のナデシコ食堂が一瞬にして騒然となった。あのヤン・ウェンリーが朝から──どういうわけか泣きながら美人艦隊司令官に抱きついたのである! 世紀の現場に立ち会った男性兵士達は一斉に興奮と羨望の声を上げ、女性兵士たちの間からは一斉に悲鳴と非難の声が上がった。
「ユリカぁああああーーー」
「ちょ、ちょとヤン提督! ヤン提督離れてください!」
ドサッという音が聞こえた。
ユリカが肩越しに振り返り、「アキト」が顔を上げると、そこには散乱した書類とともに青ざめた表情で動揺しまくったフレデリカ・グリーンヒル大尉が立っていた。
「ち、ちがうんです! フレデリカさん、これは事故なんです!」
ユリカが必死に状況を説明するが、ヘイゼル色の瞳をもつ美人大尉にはまったく聞こえていないようだった。泣きそうな顔を隠すように手で覆い、きびすを返すと一目散にその場から光の速さで姿を消してしまった。
「ヤン提督……」
ユリカは、恐ろしく低い声を出して「アキト」の胸倉を掴み、巴投げの要領で白昼? のセクハラ上司を勢いよく投げ飛ばした。
「イタタタッ……」
背中を強打して顔を歪ませる「セクハラ上司」にユリカの平手打ちがさらに追い討ちをかけた。
「ぎゃあ!」
頬をさする「アキト」の耳にユリカの低い声が響いた。
「ヤン提督、どうやら昨日のお酒が抜けていないようですね……よった勢いであんなことをするなんて最低っです!」
ユリカは一度も振り返らず、負のオーラをまとったままグリーンヒル大尉を追って食堂から立ち去ってしまった。
「…………」
呆然自失状態で座り込んでいた「アキト」は、背後から複数の殺気を感じ取った。
冷や汗をかいた状態で恐る恐る振り返ると、そこには大魔神の怒りさながらのホウメイが両眼を怒りの炎に燃やして彼を俯瞰し、同じく怒り心頭のホウメイガールズたちの視線がすさまじい矢となって「アキト」を貫いていた。
「ヤン提督、あんた、とんでもないことをしてくれたね……」
「え……あ……ひえぇー」
情けない悲鳴をあげた「ヤン姿のアキト」の迷走はなおも続く?
V
殺気だった食堂からなんとか脱出に成功したヤン──アキトは、使用されていない部屋の一室に身を潜めていた。彼は冷静になろうと何度も深呼吸をし、自分の気持ちを落ち着かせようとした。
それが効果を発揮してくると、次の考えに至るのは「自分の置かれた状況」だった。
「なぜ、自分はヤン提督なのか?」
実に奇妙な疑問だが、当然わかるわけがない。朝起きたらヤン提督でした! 一体どこの誰が奇妙奇天烈な現象を理解できるというのだろうか?
「アキト」は、昨晩の出来事から今に至るまでの記憶を遡ってみたが、どうにもこうにもこんなことになる理由がわからない。夢かと思ってつねったりしたが一向に夢は覚めず、リアルな痛みだけが残ってしまう。
「あれはまずかったなぁ……」
思い返すのは食堂でユリカにヤン提督の姿のまま抱きついてしまったことだ。しかも美女2名に深刻な打撃を与えたことは確実だろう。ヤン提督のイメージをぶち壊し、不信感をMAXレベルで生じさせてしまったわけである。自分の冷静さのなさを大いに嘆いたものの後の祭りというヤツだった。
「うーん、どうしようかなぁ……」
問題はこの後、どうするべきかである。誤解を解くためにグリーンヒル大尉や婚約者に説明して謝罪をするべきか──時間を空けるとあれはかなり厄介な事態に発展しそうではある。
「うーん、うまくいくかどうか怪しいところだよなぁ……」
まったくその通りである。隙を突いて食堂から逃げてきたものの、ここに入る前に耳にした会話では「ヤン・ウェンリー」は密かに指名手配されているようなのだ。幕僚連中には朝の定例会議をさぼったことで追われ、ホウメイさんや食堂にいた「同情者たち」には例の件で追われる羽目になった。
「あっ!」
と不意に声を上げたのは、コミニュケの存在を忘れていたからだ。身に着けていれば居場所がすぐにばれてしまう。慌てて左の手首をまさぐったが、ナデシコ特有の便利な通信装置はないようだった。
「そうか、ヤン提督だからかな……たしか提督には数日前にコミニュケ渡したと思ったけど……」
身に着けていなかったのは不幸中の幸いだった。単に寝ていたからだと思えるが、ヤンは機械には音痴だというから十分忘れてた可能性もある。
「なんでこんなことになっちゃうのかなぁ……」
アキトは頭を抱えた。ヤンの姿なので第三者が見ればかなり奇妙な光景に映ったことだろう。
「ヤン提督が苦悩しているぜ。きっとグリーンヒル大尉と年金を天秤にかけているんだぜ」
などと、オリビエ・ポプランあたりに目撃されていれば、いいネタにされていたかもしれない。
しばらく考えていた「アキト」は不意に顔を上げた。いろいろあって忘れていたが、自分がヤン提督なら、テンカワ・アキトはいったいどうなっているのだろうかと。いささか頭が混乱しそうになる想像ではある。
「普通に考えればヤン提督が俺って事になるよな?」
食堂に「自分」は姿を見せていなかった。ホウメイたちの会話から、テンカワ・アキトは急な体調不良を理由に休んだらしい。ということは、彼の身にもなにかあったと思うべきだろう。
いや、あったからこそ休んだのだ。この奇妙で信じられない現象を解決するには、同じ身上の人物と合流をするべきではないか。そしてまずお互いの状況を話し合うべきではないか。何よりも「ヤン提督」の冷静な頭脳にすがる時ではないのか?
「まずは、自分に会いに行かないと……」
ヤン姿の「アキト」は、兵士たちの視線をかいくぐり、もと青年の部屋を目指して重力エレベーターに乗り込んだ。
しかし、不幸なことに下りと上りで彼らは見事にすれ違っていた。
◆◆◆
ホウメイに連絡を入れることにようやく成功したアキト──ヤンは、彼女の情報を基に食堂のあるフロアに降り立っていた。体調不良で休んだにもかかわらずおかしな行動だが、その食堂にヤン──自分が現れたとあっては別問題である。
先に訪れた”自分自身”の部屋には「ヤン」はおらず、ユリアンに今の状態を話そうかと考えたが、冷静になればどうもうまくいくとは思えなかった。理解不可能の状況を早期に解決しなければいけないものの、3日後にハイネセン行きを控えているだけに事は慎重に運ばねばならない。
「あれ? アキトさん、どうしたんですか?」
最初に対応してくれたのはホウメイガールズのリーダー、テラサキ・サユリだった。背の高いスレンダーな美女としてイゼルローン内でも人気が高い。
「ごほ、ごほ……実は、食堂に私──ヤン提督が来たって聞いたんだけど。提督はどこかなーって……男同士のとても重要な話があるんだ」
多少の演技を交えつつヤンが尋ねると、サユリは納得でもしたようにぽんと手を叩いた。
「さすがわアキトさん、きっちり決着をつけるために病気の身体を押してくるなんて男の鏡です。たとえ上司と部下でも許せることとそうでないことってありますよね!」
思いがけない言葉に「ヤン」は内心いやな予感がした。サユリがずい分怒っているのもあれだが、カウンターから顔をのぞかせたそのほかのホウメイガールズやホウメイの態度からよほどのことがあったと想像せざるをえない。周囲の兵士たちの視線もどこかよそよそしい。
「そのことなんだけど、実は詳しくは聞いてなくてね。できれば何があったか教えてほしいのだけど」
あたり障りのない言葉で尋ねると、説明してくれたのはホウメイだった。「アキト」の身体をいたわりつつ、その勇気ある気概な行動に感心した料理長の口から語られた詳細はあまりにも衝撃的すぎた。
ちょっ!!! テンカワくんは何てことをやらかしてくれたんだ!!
一瞬めまいがしたものの、相手の行動を非難している暇はなかった。とはいえ、彼の精神状態がわからなくもない「ヤン」だった。おそらく、自分も時間がなく、他の誰かと会っていたら同じようにパニック状態でなにかをやらかしたかもしれないのだ。まあ、それでも誰かに抱きつくというのはさすがにないと思うのだが……
「それで、ヤン提督はどこに? きっちりと話をつけてきます」
とりあえずここは流れに任せるしかないのでそう答え、「自分」の居場所をホウメイに尋ねた。こういうところの冷静さはさすがに「ヤン」と言えた。
「ああ、それがねぇー、問い詰めようとした直後に逃げられちゃってね。今、幕僚連中やナデシコ連中に探してもらっているところさ。私も食堂の仕事が終わればヤン提督を探し出してとっちめてやろうかと思っているんだよ。酒の勢いでも許せることじゃないからね」
「ああ……そう……ですか……」
ヤンは内心泣きたくなった。誤解だし、いっその事、今の自分の置かれた状態をぶちまけようとも考えたのだが、さらなる混乱を引き起こしかねず、これがイゼルローン全体に波及でもすればブルーな恥さらしになるのは明白だった。なんとか事を最小限に抑えて事態の収拾を図るしかない。
そのためには「自分」の補足は第一条件だった。
「ところで、グリーンヒル大尉とミスマル提督──ユリカは?」
気になることなので尋ねてみた。ホウメイの反応はあまり良好とはいえない。
「うーん、それがねぇ、グリーンヒル大尉はショックが大きくて自分の部屋に閉じこもっちゃってねぇ……あんたの婚約者が後を追ったみたいだけど、部屋を開けてくれないらしいからヤン提督の追跡をしているよ」
ミスマル・ユリカはかなり怒っているらしい。ショックガン(出力を高めに設定)を両手に構えたままハンターのような目でヤンを追っているということだった。
なんか自分はずい分イメージと言うか、人間性を疑われていないか? グリーンヒル大尉がショックって……ミスマル提督は私を殺すつもりなのかorz
あれか? 一度の過ちが全てを狂わせるという流れ?
とりあえず嘆くのは後回しだ。今は一刻も早く「自分」を見つけてこの状態を話し合う必要がある。できれば最小限の接触で身柄を拘束したいところだ。
「いやだねぇ……セクハラ上司ヤン・ウェンリーか……」
「ヤン」は苦笑しながらアキトの頭髪をかき回した。それはヤン特有のクセではあるが、だれでもやりそうなしぐさなので不審に思う者はいない。
「では、ヤン提督を見つけたら私に──俺に知らせてください」
「ああ、わかったよ。でも体調は大丈夫なのかい?」
「ええ、さっきクスリを飲みましたから、たぶん大丈夫だと思います。それに、ベッドで寝ている場合ではありませんからね」
若干、アキトらしくない受け答えになってしまったが、そのまじめな応答が逆にホウメイたちには「本気」ととらえられたようだった。
「よく言ったね! それでこそ男だよ。まあ、男女間の問題に階級も身分もくそもないから後で尾を引かないようにガツンと言っておやり」
「ええ……」
この結末はどうなるのか、いささか「ヤン」は不安になってきたのだった。
──後編に続く──
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あとがき
涼です。本編再開と本編の外伝をお待ちのみなさん、ちとそっちがまだかかりそうなので、こちらを投入させていただきました。
ほんとにすみません(汗
もはや短編とはいえない容量だな……50キロバイトは適切ではなので二分しました。
2010年3月20日 ──涼──
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