「ヤンがアキトでアキトがヤンで?」
─(後編)─


(機動戦艦ナデシコ×銀河英雄伝説 IF STORY)





T

 自分の姿をしたアキトを探す「ヤン」は、目撃情報を基に自分を捜しまわっていたが、一向にその消息をつかめないでいた。

 「やれやれ、どこに隠れているんだか……」

 ユリカは、ローゼンリッターやポプランたちパイロット連中と司令部の人間も動員してヤンを捜しているわりには、いまだに消息がつかめていないらしい。

 「ある意味うまく隠れたみたいだけど、私にとってはつらいな……」

 「ヤン」がアキトの姿のまま、人影もまばらな区画に達したとき後方から玲瓏な声がした。

 「ヤン提督」

 思わずびくりと身体を震わせて振りむくと、そこには、その単純な背景に相応しくないほど華麗なドレスに肢体を包んだ美しい女性がたたずんでいた。白皙の細やかな肌、切れ長の目とそこに宿る紅玉の瞳、長い絹のような銀髪を宝石のちりばめられた髪飾りで綺麗に束ね、背中に流している。

 「イゼルダ!」

 ヤンが呟くと、彼女はぞくっとするほどの艶やかさで魅力的な口もとをほころばせた。

 「捜しておりました、マスターヤン」

 そういって優美にかしこまる美女の姿に「ヤン」は気持を落ち着かせようと頭をかき回した。

 「なんというのか、いきなり後ろから現れないでほしいなぁ」
 
 やっとそう言ったのは10秒くらい経ってからである。いまだにヤンはイゼルーローンが己を擬人化した姿であるリアル立体プログラムの「イゼルダ」の登場に慣れていないのだ。美人の登場を嫌がるとういうのもなんだが、初めて彼女が現れた二週間前、思いっきり悲鳴を上げてしまったほどである。

 「申し訳けございません。ミスマル提督より緊急にマスターヤンを捜すように命じられましたので」

 謝罪するイゼルダの姿は人間そのものだ。これがCPのプログラムだとは到底思えないが、それだけ「オモイカネ」がイゼルローンに与えた思考プログラムと人格形成システムが優れているのだろう。

 ちなみにその始まりは定例会議の席上である。協議中のヤンの後ろに突然現れて、その場にいた全員の度肝を抜いた。ヤンはみんなが青ざめているので何だと思って後ろを振り向いたら……

 後は前述の通りである。また、それまでの経過は長くなるので省かせてもらう。

 「逃亡中のマスターヤンを捜せと命じられました」

 「逃亡ね……」

 「ヤン」は肩をすくめたが、ようやく重大なことに気がついた。
 
 「イゼルダ、君は私のことをヤンと呼んだよね?」

 「さようでございますが?」

 「なぜテンカワ・アキトの姿をした私をヤンと呼んだんだね?」

 「脳波はマスターヤンのものでしたので」

 「なるほどね……」

 「ヤン」は感心したように顎をなでる。さすがCPというべきか、表面上の客観性にだまされることなく、真実を見抜いたというべきだろうか。

 さて、とそこで「ヤン」は考えた。一応、事の起こりをイゼルダに話すべきだろうか? いやしかし彼女がそこまで理解できるとは言い難い。かといって理由を話して彼女の反応を見るのも一興かもしれないし、優秀な頭脳を持つイゼルダならあるいは……

 迷った末にヤンは彼女に一通りの話をした。

 「さようでございますか」

 と彼女の反応は実に冷静である。ま、妥当だろう。とりあえず彼女が「ヤン」と認識してくれるだけでも解決に向けた協力が得られるというものだ。イゼルダに対する最上位のマスター権限はヤンが持っているのだ。

 「ちなみ、君にはこの不思議な現象が説明できるかな?」

 いいえ、と彼女は流麗に頭を振る。一つ一つの動作が優美すぎてヤンも困るところだ。

 「精神世界におけるヒトの神秘をCPである私にはわかりかねます。申しわけございません」 

 「ヤン」はかぶりを振った。 

 「いや、いいんだ。ムリを言ってすまないね」

 役に立てない、と言った割にはイゼルダは解決のヒントを口にしている。

 「精神世界の神秘か……」

 この辺りになにか理由が潜んでいそうだ、と「ヤン」は考えつつ、羽の扇を片手に優美にたたずむ美女に依頼した。

 「すまないが、解決のためにいろいろ協力してほしい。まずはテンカワくんを至急捜してほしい、可能かな?」

 「お安い御用でございます」

 イゼルダは10秒間ほど切れ長の瞳を閉じた後にヤンに告げた。
 
 「96パーセントの確率でテンカワ中尉を発見いたしました。彼はプラス2038レベルのA6ブロックにある彼の部屋に居ります」

 思いがけない消息場所を示されて「ヤン」は感心したように口元をほころばせた。まさかアキト自身の部屋に「ヤン姿のアキト」が戻ってきているなど誰も思わないだろう。あそこにはラピス・ラズリもいるはずだが、事が公にならないのは、やや滑稽だが、たぶんアキトはラピスに保護された状態でかくまわれているのだろう。少女と親交を深めていた「ヤン」の努力がいい形で報われたのだ。ユリカたちに見つからないのは姿形は「ヤン」だからアキトの部屋はノーマークになっているに違いない。

 「それは幸いだ。さて連絡を取ってみようかな」

 「ヤン」は左の手首にあるはずのコミニュケがないことに今頃気がついていた。

 「しまった……置いてきてしまったようだな」

 ヤンは自分の愚かさに舌打ちするしかない。決して忘れたのは老化現象ではない、とも自分に言い聞かせるのだ。そう言い聞かせてから、若い肉体の中にいても忘れるものは忘れるんだ、となんだか悲しい気分になった。

 こうなると「ヤン」はイゼルダに頼むしかない。

 「テンカワくんと連絡を取りたいんだが、できるかな?」

 「お任せください」

 イゼルダが白純の人差し指を伸ばして何もない空間に触れると、なんとその場所に二次元の通信ウインドウが現れた。「ヤン」はあっけにとられてCPを見返した。

 「見事だね」

 「お褒め頂きありがとうございます」
 
 ヤンが通信スクリーンに向き直ると、そこには突然現れた画面に驚く「自分」の姿があった。

 (自分で言うのもなんだが、ちょっと間抜け面すぎるぞ、テンカワくん……)

 口に出してはこう言った。

 「やあ、ようやく会えたね」 
 
 突然現れた通信ウインドウの向こうに「自分」を見た──テンカワ・アキトは、反射的にすがっていた。

 「もしかしてヤン提督ですか?」

 「ああ、その通りだよ。姿は君だけどね、テンカワくん」

 「うううう、ヤン提督……」

 涙目で通信ウインドウを見つめる「自分」の姿に「ヤン」はおおいにため息をついた。

 「まあまあ、泣くのはよしてくれよ。なんか自分に自身がなくなってくるからねぇ……」

 「は? ああ、すみません」

 「アキト」は涙を拭いてウインドウの前に正座する。「ヤン」が苦笑いしたのは、個人的に正座は苦手としていたからだ。

 「やれやれ、中身が変わると不得意なこともかるくできてしまうらしいな」

 とはいえ、若い肉体を手に入れても、結局自分は「ヤン」以上でも「ヤン」以下にもなれないんだろうなぁ……
 
 「ヤン」は気持を切り替えて「アキト」に言った。

 「とりあえず細かいことは合流してからにしよう。君が私の姿でうろうろするとろくでもないことになるから、私がこれから君の部屋まで行く。それまで決してドアを開けてはいけないよ。いいかな?」

 「はい、ヤン提督」

 「ヤン」は頷くと通信を切り、傍らにたたずむ美しいリアルプログラムに言った。

 「さてイゼルダ、サポートを頼むよ」



U

 イゼルダの協力を得た「ヤン」は隠密裏にテンカワ・アキトの部屋に向かい、ようやく「アキト」と合流した。途中、ミナトの追跡をかわし、時には第三匍匐前進でローゼンリッターの監視の目を逃れた事もあった。一区画を隔て、あやうくミスマル・ユリカと鉢合せしそうにもなった。

 「まあ、私はアキトくんの姿だから平気だとは思うけど……」

 とはいえ、見つかれば見つかったで、「ヤン」は自由な行動がとれなくなり、最悪、「アキト」と合流できなくなる可能性もある。そういう意味ではハルカ・ミナトと出会い頭にぶつかった時はかなり焦ったものだ。(なんとなく唇が触れたような記憶があるが……)

 「ヤン提督!」

 部屋に入るなり、ヤン姿の「アキト」が抱きついてきた。誰かに見られていたら「終わった」と思われたかもしれない──少なくともラピスには見られている。当然、純真な少女がずれた想像をするわけがない。

 「おいおい、テンカワくん、まだ喜ぶのは早いぞ」

 「そ、そうでしたね。失礼しました」

 二人はリビングにあるソファーに座り、現在の状況を確認した。ラピスにはとりあえず自分の部屋にいてもらう。

 「ヤン提督、ほんとにすみません! 思わずこの姿でユリカに抱きついちゃいました……」
 
 「アキト」は深々と頭を下げ、自分の軽率な行動を「自分」に向って謝罪する。「ヤン」としてはとくに責める気もなかったので笑って許したが、それよりもものすごく違和感のあるやり取りに現実を疑ってしまう。

 「ヤン」は、落ち着いたところで喉が渇いていることに気が付いた。

 「とりあえず、紅茶あるかな?」

 そう言うと、ヤン姿の「アキト」はすぐに立ち上がってキッチンに向かい、2分ほどしてから紅茶を注いだティーカップを運んできた。

 「インスタントですみませんが、どうぞ」

 「ああ、ありがとう」

 「ヤン」はカップを手に取り、一口含む。当然ユリアンほどの味とはいかないが、この際贅沢は厳禁だ。いろいろと巻き込まれた分、とてもおいしく感じた。「アキト」は奇妙そうに自分を見つめている。

 一息入れたところで「ヤン」は「さて」と前置きし、「アキト」にこれまでの状況を尋ねた。

 「……というわけで、起きたときはヤン提督だって気が付かなくて……記憶が曖昧でうっかりヤン提督の部屋で寝てしまったと思ったので猛ダッシュで厨房に向って……そうしたらそこで自分の姿がヤン提督だとわかったんです」

 その後は「ヤン」も知るとおりだった。

 「原因がわからないと言うことですが、これからどうされるんですか、提督?」

 自分に質問されるなんて奇妙なものだ、と「ヤン」は思う。

 「そうだね、はっきりいって前代未聞の出来事だから、さすがに私にもわからないんだが、この現象を説明できそうな人物が一人だけいるな」

 「えっ?」

 と首を傾ける「アキト」はどこか間抜けに見える。ある意味、普段やってはいけないしぐさをチェックできたというところなのだが、自分も今後は気をつけようと思いつつ、なぜかむなしく感じてしまう。

 「誰ですか?」

 「わからないかな、イネス・フレサンジュだよ」

 「なるほど」

 多数の分野に知識豊富なイネスなら、ヤンとアキトに起こった不可思議な現象を説明できるのではないか? 彼女は精神分析にかけても一流の腕を持っていることだし、きっと前代未聞のファンタジックな現象を解き明かしてくれるに違いない。

 「というわけだから、イゼルダにこれからフレサンジュ女史を呼んでもらうことにするよ」

 「ヤン」はイゼルダを呼び出し、金髪の科学者と連絡を取ろうとしたが、銀髪の美女CPに淡々と指摘されてしまった。

「女史は同盟側のイゼルローン回廊に空間歪曲現象の調査に携わっております。要塞帰還予定は3日後です」

 しまった! とばかりに「ヤン」の顔が急激に強張った。 ようやく解決への糸口を見出せたのに、なにも進まない状態で……よりによって3日後だなんて!

 「たしか3日後は、ヤン提督ってハイネセンヘ行かれるのでしたよね?」

 「そうなんだよ、捕虜交換の記念式典のついでに大事な用があるんだ……」

 まいったな、と「ヤン」は嘆いた。こうなるとイゼルローンの司令部にいかないと外部とは連絡が取れないのだが、今の状況で司令部に顔を出すことは「大いなる自殺行為」に等しい。現在の状況ではみんなの前で通信ができないばかりか、「アキト」──自分の体が殺気立つ女性連中に半殺しにされかねない。

 プラスアルファで恐ろしいのが、信頼する副官にも泣きながらド突かれる可能性がある。

 「いろんな意味でごめん被りたいね……」

 自分がリンチされているところを見るのは──というより想像すらしたくない!

 ヤンは打開策を思考するが、どうも過激な策しか思い浮かばない。それにその作戦が成功しても司令部を空にできるのはほんの数分が限界だろう。それはそれでイゼルローンのシステム管理に齟齬が生じてしまうこともありえるし、実のところは袋のねずみだった。

 「マスターヤン、ナデシコから通信をしてはいかがでしょうか?」

 そう提案したのはイゼルダだ。

 「それだ!」

 「ヤン」は指を鳴らしたが音には不満が残った。

 「ナデシコの通信能力なら十分連絡が可能だ。それに他の艦とちがって艦橋を完全閉鎖できるから他人に聞かれる心配はない」

 「ヤン」の表情とは異なり、「アキト」の顔はいまいち冴えていない。

 「ですが提督、ルリちゃんに協力を仰がないとダメなんじゃあ……」

 「ああ、そうだね。ルリちゃんには事情を話して協力してもらおう。幸い二人ともいるし、イゼルダもいる。ちゃんと説明すればルリちゃんは一連の騒動の内容を理解してくれるだろう」

 早速、イゼルダに頼んで回線をつなげてもらう。コミニュケを使わなかったのは、まだ何も知らない妖精が「ヤン」を見つけたら、他の連中に通報しかねないからだ。

 通信ウインドウにツインテール髪もかわいい美少女が映った。

 「アキト」の姿のまま、まずはヤンが通信する。

 「やあ、ルリちゃん」

 「アキト……さん?」

 「ああ、そうだよ。たしかに姿形はテンカワくんだけど……」

 そう前置きし、「ヤン」は説明を始める。「アキト」を画面に出したときは、問答無用で通報されそうになるが、イゼルダの協力でなんとか間一髪で阻止した。

 「ヤン」の予想どおり、最初ルリは怪訝そうに話を聞いていたが、二人の態度がまさにそれらしいので、最終的には信用してくれた。

 「じゃあルリちゃん、悪いけど私たちがナデシコに向うまで誰もブリッジに入れないようにしてほしい。あと、ほかの連中に見られないように通路の要所を塞いでおいてほしいんだ」
 
 「はい、わかりましたアキトさん──ではなくてヤン提督」

 「うん、よろしく頼むよ」

 通信スクリーンが閉じられた。「アキト」は準備万端で「ヤン」の指示を待った。

 「じゃあ行こう、テンカワくん。フレサンジュ女史ならきっと解決策を示してくれるはずだよ」

 「そうですね。このままだとやばいですもんねぇ」

 「ヤン」と「アキト」は同時に立ち上がってドアを目指す。困難な過程を歩んできた男たちの行く手に光が差し、その葛藤に終止符を打つかのようであった。




V

 こうして、「ヤン」と「アキト」はイゼルダの協力のもと、誰にも見つからずにナデシコに到着し、イネス・フレサンジュと連絡をとることに成功する。

 「──というわけなんだけど、フレサンジュ女史なら原因と解決策がわかるかと思ってね……」

 ヤンが説明をしている間、イネスは通信ウインドウの向こうから二人を交互に見やり、神妙とも唖然ともいえない表情をしていた。

 しかし、多方面に優秀な金髪の美女から発せられた「通告」は諸行無常であった。

 「わたしにもどうにもできないわね」

 「「…………」」

 絶句する二人に向っって金髪の科学者は軽く肩をすくめた。

 「元の人格が変化したりするのは環境や幼少期のトラウマが原因であることが多いわ。いわゆる二重人格や多重人格ね。あと、よくあるのは第三者の臓器を移植した場合、その提供した人物の記憶が移植された側の人格に反映される場合があるけど、今回はこれまでのどの不思議現象にも当てはまらない特異なものだからねぇ……小説とかSF設定にはよくあるけど」

 「ちょ……特異って……じゃあ、オレとヤン提督は人格がこのまま入れ変わったままだっていうことですか?」

 ヤン姿のまま「アキト」は声を高めるが、いまいち迫力がないのは器のせいだろうか?

 「では、仮説でもよいので、イネス女史のお考えをお聞きしたのですが?」

 そう冷静に尋ねたのは「ヤン」である。話し方がヤンで姿形は「アキト」だとずい分と違和感があるのだが、アキトが大人になったとき、意外に落ち着いた感じも素敵なのではないか、とイネスは思う。

 「そうですね、そういうことなら言わせていただきますが、おそらく精神世界の同調現象が起こったのではないかと思われます」

 「同調現象──ですか?」

 「ええ、お互いの精神世界がかなり稀な形で繋がり、双方の同調が限界に達したとき、お互いに自分の精神世界に正しく戻れなかった──または誤まってお互いの精神世界に逆に帰ってしまったということです」

 「ヤン」が頭をかき回しながら怪訝な顔で聞き返した。

 「それは精神学上の仮説ですか?」

 「いいえ、私個人の見解です。神秘学に近いかもね」

 意表を突かれたような顔をした「ヤン」に向ってイネスは素っ気なく続けた。

 「仮説を、といったのはヤン提督ですよ。私が示したのはあくまでも私個人の知識の中から導き出された可能性にすぎません。だいたい他人同士の人格が入れ替わるなんて現実で起こったことはありませんからね」

 「はい、すみません……」

 「よろしい」

 イネスは、黙ってしまった二人に希望の光を当てた。

 「ところで、昨日の夜だとおもうけど、二人とも夢を見なかった?」

 「ユメ……ですか?」
 「ユメねぇ……」

 二人が考え込んだのはほんの一瞬だった。心当たりがあるのだ。

 イネスに促され、「ヤン」がまず内容を話すと、「アキト」が驚いたような顔を向ける。

 「ええっ! それってオレもまったく同じ夢を見ましたよ」

 「本当かい? まさか……」

 二人が共通して見た夢──

 ──それは大自然の中での「ツレション」だった……

 呆けたような顔をしてイネスが通信を切ろうとする。

 「ちょちょちょ、ちょっと待ってくださいイネスさん!」

 「ま、まってください! フレサンジュ女史!」

 二人の叫びが届いたらしい。イネスは一瞬だけ通信を切ると、再び通信してきた。

 おそらく二人をからかったのだろう。

 「ま、中身はどうであれ、その共通の夢が今回の出来事の原因のようね」

 「「んな、アホなっ!」」

 たしかに「アホ」みたいな理由である。いくら考えても見た同じ夢が「ツレションしたから人格が入れ替わりました!」とはとても思えないのである。

 こんなことが他人に知られたら二人とも大赤っ恥である。

 「あっ、大丈夫ですよ。私、口堅いですから」

 ルリは素っ気ないが二人に約束した。目が「バカばっか」と明らかに語っているが……

 「もちろん、それはきっかけね。共通の夢を見たからと言って通常なら人格が入れ替わることなんてありえないわ。そうね、これにはアキトくんのボソン能力が関係しているのかも」

 「「えっ?」」

 意外そうな顔をしたのは二人同時だった。「ヤン」には意味がわからず、「アキト」には寝耳に水だったからだ。

 「ちょっと、待ってくださいイネスさん。ボソンジャンプがこのわけのわからない現象に関係しているって言うんですか?」
 
 「そうね。あくまでもそれも推論でしかないけどね」

 つまり、ボソンジャンプはイメージを演算ユニットに伝達することによって、そのイメージの場所に瞬時に移動できる仕組みだ。そのイメージが正確に形成されれば形成されるほど、精度も高まり、より遠く、より正確にジャンプすることが可能なわけだ。

 「アキト」が見た夢は、ある意味イメージの集合体である。想像を形作ることと、精神世界の構築は別のようで、実は「空想」(妄想)という観点から考えると同一のものといえる。

 「でもユニットは今は使えない状態のはずですよね」

 「ええ、そうよ。たしかに使えないわボソンジャンプにはね」

 「えっ?」

 「ヤン」は二人のやり取りが理解できなさそうに首を傾けていたが、イネスも「アキト」も話しに集中しているのか「ヤン」は蚊帳の外だった。

 「演算ユニットだけど、今はシステムの一部に大きな問題を抱えているらしいことは以前説明したわよね」

 「ええ」

 「その問題を抱えたからこそ、私たちはこの世界にいるわけ」

 つまるところ、アキトの夢がイメージとして強く演算ユニットに伝達され、通常なら生体そのものを飛ばすはずが、ユニットの現在の状態が不完全なため精神だけが誤まってジャンプされてしまったというのだ。他人の精神に……

 「そして入れ替わってしまったというんですか?」

 「ほかに仮説の立てようがないわよ」

 静寂に陥るかに思えた場を打ち破ったのは、ほとんど分けもわけらずやり取りを聞いていた「ヤン」だった。

 「ええと、どうも私にはよく理解できないんだけど、一体君達は何を話していたんだ?」

 「ヤン」の不審に答えたのはイネスだった。ぼけることもできないので彼女は秘密にしていた演算ユニットと彼らに身に起こった全てのことを「ヤン」に初めて告白することになった。

 「はっ?」

 当然そんな反応が返ってきたのだが、稀代の用兵家は「ふうん」と呟いて頭を軽くかき回しただけだった。

 「ヤン提督、やけにあっさり私たちの話を信じるんですね」

 「まあ、私があれこれ調べていたことは本部長から聞いているだろ? どちらかというとようやく確信を得た、ということになるね。演算ユニットだっけ? そんなたいそうな代物が関係していたことまではちょっとわからなかったけどね」
 
 「ヤン」が普段通りであることに安心したような、ちょっと残念な反応のような……
 
 「ヤン」がアキト姿でイネスに訊いた。そのときの「ヤン」を見るイネスの表情が多少恍惚を帯びているのは、きっと「ヤン」の精神が宿った青年の姿に萌えているからだろう?

 「それで、この際なんでもいいんだけど、なにか解決策はないのかな? ほんとうにばかげたことでもいいんだが……」

 「そうね……」

 イネスは対応策を示した。それはお互いの頭を(勢いよく)ぶつけるという古典的な方法だった。

 「痛そうだね……」

 「でもやってみる価値はありそうですよね」

 正直、ハイネセン行きを3日後に控えている状態なので、特に「ヤン」にとっては緊急課題である。「アキト」もこのままでいたらとんでもない問題に巻き込まれそうだし、「ヤン」の代わりが務まるとはとても思えなかった。

 で、実行したが、二人とも後悔しただけだった。

 「うーん、うまくいかないものね」

 艦橋にうずくまる二人を一瞥しつつ、イネスは涼しい顔で思案をめぐらせる。やがて……

 「もう一度やってみましょうか?」

 もちろん、「ヤン」と「アキト」は全力でお断りした。

 「ヤン」は頭をさすりながら、ようやく立ち上がった。

 「もうちょっと穏便な方法はないものかな、フレサンジュ女史」

 「ないこともないけど……」

 「アキト」がすぐに声を上げた。

 「それってなんですか、イネスさん!」

 「簡単よ。もう一度二人が同じ夢を見ることね。そこでアキトくんが自分自身をイメージできれば、同じ現象が起こりえるわ」

 ものすごく難しいように思えるのは決して二人だけじゃないだろう。

 ただ、過激な方法よりは幾分マシに思える。いちいち頭をぶつけていたら元に戻るより、頭のほうが壊れかねない。

 「すぐっていうならぶつけるほうが効果がありそうだけどね」

 なんとなく無責任な発言である。

 とはいえ、イネスは二人にしばらく一緒に過ごすよう提案した。ぶっちゃけそのほうが精神的に同調する確率が増すし、同じ夢を見るためには共通の話題が必要だったからである。

 順序としては、「アキト」がヤン宅にしばらくお泊りすることになった。残念ながら3日間のうちで元に戻ることはなく、結局、二人は入れ変わったままハイネセンに赴くことになる。

 事前にユリアンに協力を仰ぎ、ユリカやグリーンヒル大尉の誤解を解いたとはいえ、彼らの奇妙で不思議で冷や汗ものの困難な道のりは「ドールトン事件」の直後まで続くことになるのだった。


 ──END──

◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇

 あとがき

 涼です。前編でも書きましたが、本編の外伝はもう少しかかりそうです。
 この短編は修正と加筆をしております。

 ささやかですが、本編再開までの楽しみになれば、と思います。
 
 ほんとにすみません(汗

  2010年3月21日 ──涼──

◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇



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