『ビッテンフェルト提督、借りと言うなら、あなた方に協力を仰ぎたいことがあるわ』
ワインレッドの赤毛の美女の言葉に、フリッツ・ヨーゼフ・ビッテンフェルト上級大将はすぐに「可」とは答えなかった。数秒間、らんらんと輝く鋭い瞳がじっと通信画面の向こうの美女を見つめた。
『要請か? ふむ、内容によっては協力しないでもない』
ビッテンフェルトは慎重に答えた。ソレスタルビーイング(以下、CBとする)の事情について細かい詮索をしなかったものの、彼やその幕僚たちは先の交渉の際、大筋でCBの置かれた状況を把握していた。
そのCBの協力によって「次元のオーロラ」を発見できたビッテンフェルト率いる黒色槍騎兵艦隊だが、感謝することと協力することはまた別の問題である。
実は、ビッテンフェルトたちも悠長にいつまでも「此処」に留まっているわけにはいかなかったのだ。
「すまんが我々は我々の目的に急行する。卿らの協力には感謝するが、これ以上、ここに留まることはできない」
本来ならそう言って断ったはずだった。彼ら黒色槍騎兵艦隊もCBと同じく運命を決する戦いへ赴く途中だったのだから。
しかし、荒々しいオレンジ色の頭髪を有する筋肉質の猛将は、協力要請に応じる旨の発言をした。
それは彼の幕僚達からは大いに意外と受け取られたのだが、幕僚たちが密かに感じていたのと同様に、熱血漢で義理堅い司令官がCBから受けた「恩」を時間を割いてでも返すべきだと考えていることを読み取ったのである。
通信画面の向こうで凛然と構える赤毛の美女の唇が動いた。
『そう、話は聞いてくださるのね』
「当然だ。卿らには大きな借りがある」
ビッテンフェルトは返答したが、「内容によって」という発言を繰り返し強調した。
「わかってほしい。部下をむやみに危険に晒したくない。かといって卿らから受けた恩を忘れてさっさと去るわけでもない」
『ええ、もちろん理解しているつもりよ。だから直接の参加を要請するものではないわ。もっとも確率の低いことだから、あなた方はただ観戦することになってしまうかもしれないわね』
「なに?」
意表を突かれたのか、ビッテンフェルトは太い眉をしかめ、彼の脳裏にはCBと遭遇した数時間前の出来事が鮮明に浮かび上がっていた。
シルフェニア6周年記念作品
ありえないコラボレーションU
『メメントモリ攻略戦異聞』(前編)
機動戦士ガンダム00×銀河英雄伝説
T
──8時間前──
宇宙歴799年、帝国歴490年4月
常勝の天才ラインハルト・フォン・ローエングラム公率いる帝国軍遠征部隊は銀河を統一すべく反対側の勢力──自由惑星同盟領に満を持して侵攻。迎撃してきた同盟艦隊と交戦して大損害を与えるものの、同盟軍最高の知将ヤン・ウェンリーの知略によって完勝とはならずに一時後退。
その後、ヤン率いる同盟艦隊のゲリラ戦によって補給がままならなくなった帝国軍は彼をおびき出すための作戦を発動する。総司令官たるラインハルト・フォン・ローエングラム公は自らを囮にしてヤン率いる同盟軍をおびき出し、自分を孤立させるために各所に分散させた味方艦隊の反転攻撃よって包囲殲滅しようという作戦である。
その作戦の一翼にビッテンフェルト率い黒色槍騎兵艦隊も含まれていた。彼は作戦行動にしたがって拠点から出撃し、割り当てられた同盟基地を攻略後、艦隊を一斉反転させ、決戦の地となる予想宙域に向って艦隊を急行させていた。
「ちっ、時間を浪費したな」
ビッテンフェルトは焦っていた。なぜなら、基地攻略が思うように進まず当初の予定を大幅に越えてしまったからだ。下手をすると戦闘そのものに間に合わないかもしれなかった。彼の艦隊が到着する頃には全てが終わっている可能性があった。
その事が艦隊の進軍を異常なまでに早まらせ、周辺観測がままならず判断を誤まらせる結果に繋がってしまう。
艦隊の進行方向にうすいオーロラのような壁が立ちはだかっていた。光の屈折によるものか、それは肉眼では容易に捉えられない「変化」だった。
「かまわん、突き抜けろ」
異常を報告したオペレーターにビッテンフェルトは声高く命令した。後で考えれば軽率のそしりを免れないことだったが、計器類には一切の異常が認められず、向こうの宙域が透けて見えていたため、ビッテンフェルトはガスか何かと判断してしまったのである。
ほんの一瞬。恐ろしいほどの短い時間に計器類がぶれたものの、黒色槍騎兵艦隊は何事もなかったように宙域を駆け抜けていった。
航行システムが異常を知らせたのは、全艦隊が通り抜けた数分後だった。
「何だ、何があった?」
ビッテンフェルトの副官ディルクセン大佐がオペレーターに問う。航法仕官のオペレーターは「お待ちください」と短く応じ、忙しく端末を操作し始めた。
十数秒後、オペレーターが驚きの声とともに立ち上がると、ビッテンフェルトとその幕僚たちはほぼ同時に片眉をそびやかした。
「オペレーター、どうした、何がわかった?」
ディルクセンが促すが、航法オペレーターの耳には届いていないようだった。うろたえた様子で立ち尽くしている。
「驚いていてはわからん! 報告しろ!」
ビッテンフェルトが大きな声で一喝すると、オペレーターは身体を震わせて我に返り、メインスクリーンに慌てて航行図を表示した。
「なにぃ!?」
その航行図を目にした艦橋にいる全ての者が信じがたいという声を発した。
ビッテンフェルトの眉間がさらに歪み、次にオペレーターに事態の説明を求めた。
「……く、詳しいことはわかりませんが、現在、我々は太陽系内を航行しております。このまま進みますと地球圏に到達する予定です」
オペレーターは震える声で言い終えると、プレッシャーのためかそのまま硬直してしまう。
「そんなバカなことがあってたまるか! 我々はタナトス星系から戦場に急行しているのだぞ!」
参謀長であるグレーブナー中将がオペレーターを怒鳴りつけたが、彼の報告が正しいことを証明するように副艦隊司令官ハルバーシュタット中将からも航行宙域について同じような報告がもたらされる。
「いかがなさいますか、司令官閣下」
参謀長に問われたビッテンフェルトは、たくましい腕を交差させて数秒ほど思考し、命じた。
「もうすぐ地球圏だったな。ならば艦隊をそのまま進めろ」
ビッテンフェルトの意図はこの状況を間違いなくはっきりと認識することだった。部下の報告を信じていないわけではない。全軍を統べる者としてゆるぎない現実を知り、対処する必要があるからである。
そしてそれは、もっと複雑で奇妙な事態を発生させる。
U
艦橋中が思わぬ光景に絶句していた。豪胆なビッテンフェルトでさえ、口を半分開けたまま予想外の事態に見入っていた。
「こ、これは地球と思われますが、往年の姿そのままというのは一体どういうことでしょうか?」
ようやく、そう言葉をつむぎだしたのは副参謀長を務めるオイゲン准将だった。熱血揃いの黒色槍騎兵艦隊の幕僚内にあって珍しく慎重で冷静な男である。
そのオイゲンでさえ、目の前の現実に平静さを維持するのは困難だった。
地球……
オペレーターの言うように艦隊を進めた先には人類発祥の地、地球があった。彼らが急行する宙域からは全くの正反対側である。事態を複雑にしたのはその地球の姿が彼らの時代のものとは違っていたことだった。彼らの時代、数百年も前に地球を中心とする人類の営みは終わりを告げ、数千光年を隔てた銀河に拠点を設けた二大勢力によって発展していた。地球は今や地殻変動や異常気象によってかつての姿を失い、ごつごつした岩と砂漠の星へと落ちぶれてしまっていたのである。
だがどうだろう。目の前の惑星は資料でしか見たことはないが緑と水の色に鮮やかに配色されたかつての美しい地球ではないか!
「我々は悪い幻覚か夢でも見ているのか?」
と考えた幕僚連中は一人として存在しなかった。艦橋だけならまだしも、艦隊全体ではいささか規模が大きすぎる。
では、このような不可思議な事態を招いた原因はなにか?
そう一人一人が原因を探り出した直後、一人の軍人が激しく舌打ちした。一斉に視線が集中する。
「あれか、あのオーロラみたいなヤツだな……」
ビッテンフェルトだった。決戦の宙域に急行していた帝国軍きっての猛将は艦隊の針路上に現われた異常を強引にスルーし、艦隊をかまわず突入させてしまったのである。
最終的な判断を下したのは司令官であるビッテンフェルトだ。誰も責めることはできない。
「まさか、このような結果を招くとはな……」
たくましい胸板に太い腕を交差させたままビッテンフェルトは後悔したように独語した。センサー類は事前に何も異常を検知しなかった。計器類にも異常はみられなかった。言い訳にしかならないが確実に決戦には間に合わない。全艦隊を反転させて虚しく目標の宙域まで帰還するしかないだろう。その時は勝利を収めていると信じる忠誠心の対象からこっぴどくしかられるに違いない──
──もし本当に反転してそのまま帰還できるならばそれくらいで済むかもしれなかった。ちょこざいなペテン師を自分の手で葬り去るという宿願は達成できず、司令官は空虚な気持ちで帰還の途に着くだけで、黒色槍騎兵艦隊の将兵達は無事に故郷に帰れるだろう。
そう、あくまでも“空間のみを移動した”だけなら意気消沈するだけで解決するだろう。
問題はそうでなかった場合、我々は正常に帰還できるのだろうか?
状況は後者であるらしかった。目の前に突きつけられた現実をどう説明し、どう理解すべきか、現状認識のレベルによってはさらに事態を悪化させる危険性をはらんでいる。
「あれは過去の地球でしょうか?」
言っちゃったヤツがいた。副官のディルクセン大佐だった。ビッテンフェルトもまさかとは考えていたが断言することは避けていたのだ。
今度は一斉に副官に向って幕僚連中の視線が一斉に突き刺さった。グレーブナー中将が軽率な発言をたしなめるも、ビッテンフェルトが軽く片手を上げて参謀長の怒りを遮った。
「いや参謀長、案外ディルクセンの言ったことは当たっているかもしれんぞ。その可能性は高い」
「ですが閣下……」
「わかっている。確かめることはする。それにこの事態に陥ったのは俺の判断ミスのせいだ。ここで認識を誤まるわけにもいかん」
参謀長が一礼して引き下がると、ビッテンフェルトは全艦に停止を命じ、旗艦以下索敵能力に長けた高速戦艦20隻をともなってさらに地球に接近した。
先刻よりも地球の様子が鮮明になり、彼らが地球の周囲にあるとあるリングまで光学カメラに捉えようとしたとき、オペレーターの一人が声を上げた。
「10時方向に展開する衛星群から熱源反応を多数キャッチいたしました」
その場所は月の裏側だった。艦隊はちょうど左舷から月を望む位置にある。
「映像に出せるか?」
ビッテンフェルトが問うとオペレーターは短く応じて忙しくコンソールを操作し、メインスクリーンに熱源反応のあった宙域を二箇所表示した。
「なんだ、あれは!」
ビッテンフェルトたちが目撃した光景は衛星の一つが十字に切り裂かれて爆発し、そこから赤色に発光する人型の機体が飛び出し、狙いをすました様に別の衛星めがけて突進する様だった。
その直後にそれが突進する方向から粒子ビームと思われる光の奔流が一直線に伸びる。赤く発光する機体は目で追うのが困難なほどのスピードでエネルギービームの執拗な追尾をかわし、その元であろう薄緑色の人型機動兵器に急迫した。
「うおっ!」
まさに刹那の出来事だった。
ビッテンフェルトたちは短時間のうちに交わされた攻防の全てに唸った。薄緑色の人型は右手に持った大砲からほとばしるエネルギービームに沿って急速に接近してくる赤く発光する機体に向って左手に光の剣を出現させると、そのまま突き出したのだ。
次の瞬間、誰もがその光景に騒然とした。
「なんだと!?」
衝撃と驚愕が短時間の内に交互に艦橋で入れ替わった。薄緑色の人型が突き出した光の剣は赤色に発光する人型に深々と突き刺さったはずだが、それが霧散するように消え、薄緑色の機体の左側面に突如として出現したかと思うと、その右手に持つ大砲を一刀両断にした。
薄緑色の機体はすばやく右手からもう一つ光の剣を出現させて赤色に発光する機体に振り下ろしたが、またもそれは消えてしまい──今度は背後に現われたかと思うと回避も防御も間に合わなかった薄緑色の機体を袈裟斬りにしてしまったのである。
そして、脱出ポッドのようなものが飛び出すと同時に薄緑色の機体は爆発を起こした。
宇宙に煌めく一瞬の光芒である。それはビッテンフェルトたちから見ても決して珍しい部類に入る破壊の光ではないはずだが、彼らが初めて目にするだろう人型機動兵器の攻防と重なって新鮮な瞬きに満ちていた。
「赤く発光する機体が高速で移動していきます」
オペレーターが報告する。向う場所はわかっている。12時方向の衛星群内で攻防が応酬されている宙域に急行したのだろう。いずれの陣営に属する機体であるかはこのまま観察すればすぐにでも判明することだったが、ビッテンフェルトはこの事態を受けて適切に対処せねばならなかった。
「後方の艦隊に連絡せよ。さらに80万キロ後退し、月との直線上に艦隊を集結させよとな」
ビッテンフェルトの意図は、宇宙船を擁する地球側に人口的な光群の存在を隠すためだった。
ここが過去ならば悪戯にこちらの存在を知られてはまずいのである。宇宙に進出する前の人類なら対処も容易だっただろうが、目の前の戦闘を見た限りではどうやら慎重にならざるを得ないようだった。
ビッテンフェルトが最も苦手とする対応である。
問題は、どの程度の宇宙進出規模か? 恒星間航行可能な宇宙船舶を有しているなら、あまり長くこの宙域に留まってはいられない。不要な接触が歴史を変えてしまったら、それこそ「知らんな」では済まされない。
かと言って、このままあっさりと離れるわけにもいかなかった。停止命令と同時にハルバーシュタット中将には例のオーロラの捜索を指示しておいたのだが、現在のところ吉報は入っていない。
最初に、こちら側に出てきたであろう宙域には何の異常もなく、無限の虚空だけがただ果てしなく広がっていただけだったという。
ディルクセン大佐の推測するところによると「艦隊が進入した場所と出口とは空間の歪みよって実際の距離は開いているのではないでしょうか?」ということだった。
何のことかよく理解できないが、ビッテンフェルトは密かに戦場でもかいたことのない冷や汗を額に滴らせていた。
もちろん、状況を完全には把握できていないからだ。
「いっそ、あいつらを全部捕縛して洗いざらい聞き出そうか?」
思わず過激な方向に行動が傾きかけたが、もちろん思いとどまった。
「閣下、12時方向の戦闘に変化があります」
参謀長の声で思考を重ねていたビッテンフェルトは戦況スクリーンに意識を傾けた。もう一つの戦闘が終息しつつあるらしかった。
青緑色のシールドに覆われた戦闘艦を攻撃し続けていた多数の赤い配色のされた人型機動兵器が撤退を開始したのだ。
「さて、面白いものを見せてもらったが……」
ビッテンフェルトは交互に二つの戦況スクリーンに視線を移した。一つには一隻の戦闘艦と二機の人型機動兵器が映り、もう一つには発光するのをやめた青い配色の人型機動兵器が急に力を失ったように途中の宙域で立ち往生していた
V
私設武装組織ソレスタルビーイングの戦闘空母プトレマイオス2は、地球連邦政府が編成した独立治安維持部隊アロウズの奇襲攻撃をかろうじて退け、傷ついた船体と搭載されている人型機動兵器──ガンダムの修復作業を行いつつ、地球に向けて針路をとっていた。
とってはいたが、ダメージのせいもあり先の戦闘宙域からあまり進んではいない。その間に彼らCBが破壊しようと準備を進めていたアロウズが所有する衛星破壊兵器「メメントモリ」から第二斉射があり、中東のとある軍事基地と周辺にテントを張っていた100万単位の難民もろとも消滅させた。
プトレマイオス2の責任者兼戦術予報士スメラギ・李・ノリエガは、アロウズと彼らを裏で操るイベイダーという集団の許されざるやり方に一刻の猶予もないと感じ、艦内放送で総員に船体の補修が完了次第“トランザム”によって最大加速し、衛星兵器破壊ミッションを開始する旨を伝えた。
「ちっ、それにしてもなりふりかまわねぇヤツらだぜ」
怒りを隠しきれない様子で砲撃手のラッセ・アイオンが右手を壁に叩きつける。古参の一人として5年前から活動に参加している精悍な顔つきの青年である。ちょうど4年前に当時の連邦軍と激しい戦闘を経験し、重症を負いながらも復帰した彼だが、今相手にしているアロウズとその後ろで悪意をむき出しにするイノベイダーたちには心の奥底から憤りを感じずにはいられなかった。
順調にミッションプランが進んでいれば、今頃は衛星兵器の破壊行動に移行できていただろう。
だが現実はアロウズの奇襲を受け、貴重な時間を浪費したばかりか船体と搭載する4機のモビルスーツ(以下、MSとする)のうち1機が浅くない損傷を被ってしまった。
ぐずぐずしていればアロウズは天空から虐殺する対象を俯瞰し、絶対とはいえない悪逆なやりかたで思い通りにならない人々や中東の国を強力なビームの光で滅ぼすだろう。
「一秒でも早くメメントモリを破壊しないと犠牲者が増すばかりだ」
ラッセの焦りのような感情は艦橋にいるスメラギや戦況オペレーターのフェルト・グレスも同じだっただろう。
先の戦闘の緊張感も未だ継続されたままだ。ノーマルスーツに身を包んだスメラギたちは警戒態勢を維持したまま復旧に尽力している。
そんな張り詰めた空気の中、それは突然接触してきた。
「Eセンサーに反応です! トレミーの7時方向から未確認機が接近。速度は……」
フェルトが声を詰まらせつつも数値を読み上げると、スメラギとラッセの驚愕値は先のアロウズの新型機の比ではなかった。
「ちょっと嘘でしょう! いくらなんでも異常な速度だわ」
未確認機はあっという間にプトレマイオス2の後方に急迫する。
「捉えられないなんてどういうこと!?」
ガンダムの出撃は間に合わなかった。未確認機はスメラギが迎撃指示をする前にプトレマイオス2の右舷を疾走して機影を残したまま前方で急上昇し、その機体を翻したかと思うと爆発的な速度で迫ってきた。
「GNフィールド緊急展開! 砲撃準備!」
しかし、それを目にしたスメラギは先の指示を撤回した。
間一髪でラッセは砲撃のトリガーを押し留める。フェイトが驚いてスメラギに振り向いた。
「どうしたんですか、急に」
「あれを見て二人とも」
「「えっ?」」
スメラギが指差す前方には白銀の見たこともない機体が急停止し、腕状のユニットの真ん中──機体本体と思われる機首辺りが何度も瞬いていた。
「発光信号……ですね?」
フェイトの呟きにスメラギは首肯した。
「どうもそうみたいね。モビルアーマーみたいだけど何か変だわ。国際規格の発光信号を送ってくるということはどこかの勢力かしら?」
それは微妙だとスメラギは思った。目の前の機体の推進機関は連邦軍やアロウズのMSやMAが搭載する擬似太陽炉ではない。赤い独特の粒子噴射がないのがその証拠だ。ましてやCBが所有する太陽炉そのものでもない。
一体どこの何者なのか?
「スメラギさん?」
フェイトの声で思考の螺旋から我に返った赤毛の美人戦術予報士は信号の内容を解読した。
「我々は貴殿ラトノ通信ヲセツニノゾム。至急、回線ヲヒラカレタシ」
どういうこと?
スメラギはラッセとフェルトに視線を交差させたが、戦術予報士である明晰な彼女がわからないことを2人が答えを導き出せるわけがなかった。
その時、
『ダブルオーガンダムいつでも出撃できる』
『ケルディムもなんとかいけるぜ』
『アリオスも出撃できます』
3名のガンダムマイスターからの通信だった。刹那・F・セイエイ、ロックオン・ストラトス、アレルヤ・ハプティズムである。彼らはCBが開発したガンダムという人型機動兵器のパイロットたちだった。スメラギからの出撃指示は間に合わなかったが、3名とも緊急事態を察知し、速やかに準備を整えていた。
『そのまま待機でお願いします』
けどよー、というロックオンの懸念する声が返ってきた。
『今の所攻撃してくる気配はないわ。そのまま待機していて』
スメラギは再度強く指示すると、発光信号を送ってきた謎の機体になんと返信するかしばらく考え込んだ。
そこへ──
「スメラギ・李・ノリエガ、あれはなんと言ってきている?」
ブリッジに入ってきたのは中性的な美貌が印象的なティエリア・アーデだった。紫色の専用のパイロットスーツを着用した「彼」もガンダムマイスターの一人であり、重装備を誇るセラヴィーガンダムのパイロットだった。
しかし、彼の愛機は先の戦闘においてアロウズの新型と交戦の折損傷し、今は格納庫にて修理中だった。
「ええ、私たちと交信を望むと言ってきているわ。ティエリア、あなたはこの事態をどう思う?」
問われた青年は、その形のよいあごに手を当てて、彼自身の記憶にも一切データーのない所属不明の機体を眺めて思考した。アロウズでも連邦軍の機体でない事はスメラギと同じ見解だった。もちろん、反政府組織カタロンの所有するMSでもMAでもない。もしそうだとしたら、カタロンはCBの協力など必要としないでアロウズを打ち倒していることだろう。彼らにあそこまで高性能のMAを開発する資金も技術力もあるとは思えない。
また、罠という可能性に及んだ場合、多くの点で疑問が残ってしまう。連邦やアロウズなら「交渉」などという手段をとらずに攻撃を仕掛けてくることが明白だからだ。
ますますわからない。
しかし、相手が攻撃してくるそぶりはなく交信を望むというなら、ここはあえてその正体を知るために回線を開いてみるべきではないか?
「よりによってこの大事なときに……」
とはあえて声に出さないが。
「私もティエリアの意見に賛成するわ。このまま無視するほうが危険が増すでしょう。あれが何を望むのか話くらいは聞きましょう。少なくとも人間でしょうから」
スメラギは決断し、フェイトに返信するよう指示した。
W
いくつかのやり取りを経て両者の通信回線が開かれたのはおよそ10分後であった。
『小官は銀河帝国軍、黒色槍騎兵艦隊司令官フリッツ・ヨーゼフ・ビッテンフェルトだ。卿らの通信開示に深く感謝する』
通信スクリーンに映った怖そうな人物を一目みて「しまった」と内心で舌打ちしたプトレマイオス2の乗員は少なからず存在した。
スメラギは、敬礼する黒い軍服に身を包んだ表情も鋭い男に戸惑いながらも儀礼的に返答した。
『私は、私設武装組織ソレスタルビーイングの戦闘空母プトレマイオス2の責任者スメラギ・李・ノリエガです』
ビッテンフェルトは頷き、相手が女性であることに軽く驚きつつ、後ろ手に組んだ姿勢の状態で率直に言った。
『実は我々は少々困っている。ついてはここの周辺宙域のデーターがほしい。ぜひ卿らの協力を仰ぎたいのだが』
『困っている?』
『そうだ。ちょっと迷子になってしまってな、帰るために周辺宙域のデーターがほしいんだが?』
不審そうにわずかに細眉をしかめたスメラギは聞いた事もない固有名詞を問い返した。
『警戒されるのは当然だが、我々と卿らのためにもあまり細かい詮索はしてくれないほうがいい』
スメラギを見るビッテンフェルトの爛々と輝く目は人によっては大いに威圧的に映ったことだろう。
『帰るためと聞こえたけど、それはどういうこと?』
『簡単なことだ。卿らに目的があるように我々にもなすべき目的がある。そしてあまり時間を浪費したくないだけだ』
ビッテンフェルトとその幕僚たちは、ソレスタルビーイングと接触を図るまでの間、それまでの情報を踏まえて「ここがどういうところであるか」を協議し、一つの信じられない仮説に至っていた。
「いわゆるパラレルワールドではないかと」
次元オタクだったディルクセン大佐が最終的な私見を述べたとき、幕僚連中の動揺はペテン師の作戦に引っかかったときよりも極めて深刻だった。
「そんな理論上の現象が起ってたまるか!」
「貴官はすこし頭を冷やしたほうがいい」
不毛な議論が続きかけたが、「単純明快。習うより慣れよ」がモットーみたいな彼らの上官が現状をあっさりと認めてしまったのである。
「難しく考えても何も先に進めん。パラレルワールド? 結構だ」
つまり、現状を正しく認識することによってやりようが出てきたということらしい。
それがビッテンフェルトたちの目の前で寡兵をもって多数の側を撃退したCBとの接触だった。
当然、幕僚連中からは反対意見があった。歴史云々よりも話のわかる連中かどうかが問題だったからだ。
しかし、ビッテンフェルトは接触を指示した。勘という不確かなものではなく、多数を相手にしていたその戦いぶりから決して粗野で粗暴でもないという自信があったからだった。とりあえず、自分が他人からそう思われていることは半分無視している。
その判断は現在のところ成功し、「ズドン」とやらずに話し合いが可能になっていた。あとはなるべく干渉せずに協力を引き出せるかが鍵だった。
ビッテンフェルトも、ここが彼の世界とは違う過去の地球とはいえ、やりたい放題していいとは考えていなかった。
──理解をしているとはいえ、慎重と名の付く駆け引きはやはり苦手なようだった。
『卿らの戦闘は見せてもらった。寡兵でありながら見事な戦いぶりだったぞ』
ビッテンフェルトとしては、彼らの奮闘を讃えることで協力に繋げたい意向だったらしいが、詳しく知らなかったとはいえCBの置かれた立場上、好ましくない発言だった。
スメラギの表情が険しくなる。
『あなたは戦いを見ていたというの?』
ビッテンフェルトは、彼女の口調と表情から失言だったことに気が付いた。内心で舌打ちしたものの撤回できるわけでもない。彼は下手に取繕うよりもここは率直に話したほうが上策だと判断した。
『ここがどこだか確かめるために地球を目指した。その途中で卿らの戦闘を目撃したわけだ』
『ずいぶんとスケールの大きなことを言うのね』
『事実だからな』
『事実……ね』
やり取りを聞いていたプトレマイオス2のオペレーターたちはその異常さに騒然としていた。
スメラギも内心ではラッセたちと同じ気持ちだったが、眼前の通信スクリーンに映る黒い軍服姿の男が全くの嘘を言っているようには思えなかった。
あくまでも私見である。
とはいえ、彼女自身が感じつつある想像の輪郭が鮮明になってくる都度、スメラギ・李・ノリエガは身体全体にえもいわれない緊張感が高まっていくのを自覚していた。
まさか、これがイオリア・シュヘンベルグの予言した“来たるべき対話”だというの?
スメラギが操舵席に視線を移すと、その心境を読み取ったかのようにティエリア・アーデが肩越しに振り向いて頭を左右に振っている。
「ありえない。来たるべき対話は人類の意志統一後に起りうるはずだ」
ティエリアは静かに否定した。もし目の前の出来事がそうだとしたら、なんと早すぎる対話だろうか!
スメラギもティエリアと同じく確証はない。だが信じるしかないだろう。この唐突に訪れた邂逅の偶然とと自分と仲間とイオリア・シュヘンベルグの計画を……
そして彼らは完遂しなければならないミッションがあるのだ。大量破壊兵器たる「メメントモリ」を破壊することである。ビッテンフェルトという軍人の言うように迷って時間を浪費するべきではない。
スメラギは賭けに出た。彼らを信じる保証はないが、その要望を受け入れるしかないと。要望を受け入れて早めに退場してもらうしかないと。
『承知したわ、ビッテンフェルト提督。あなた方がほしいデーターを差し上げましょう。もしデーターを渡せば大人しく帰っていただけるのかしら?』
微妙に意地悪さが込められていたがビッテンフェルトは意に介さない。
『もちろんだ。我々は地球に用はない。約束しよう、探し物が見つかれば我々は何もせずに太陽系から立ち去ろう』
語尾の部分にスメラギたちは耳を疑ったが、今度は騒ぐようなことはしない。
『嬉しい約束だわ。でも協力するにあたってもう少しそちらの事情を詳しく聞きたいわ』
『というと?』
『もちろん、宙域データーを渡しただけでことが済むようには思えないからよ。二度、三度はごめんだわ』
頭のいい女だ、とビッテンフェルトは感心し、要点を絞ってこれまでのいきさつを話したのだった。
──後編に続く──
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
あとがき
空乃涼です。シルフェニア6周年記念作品です。当サイトも長い運営ですね。そして6000万HITが間近というめでたさです。
今回の短編は記念作品なので大目にみて下さい。あまり詳しい描写はしていません。
ネタは、メメントモリ攻略戦が放送されたときに考え付いていました。ごく普通の「妄想」としてw これまでなかなか実現できなかったのですが、劇場版公開やサイトさまが6周年記念を迎えるということでなんとか間に合わせました。若干、オリジナルなエピを踏まえつつのメメントモリ攻略戦です。
作品中のダブルオーの時系列はアニメにも小説版にも詳しい経過は記されていなかったので勝手に設定してます。あと、ちょっと細かい部分で「曖昧な点」があろうかと思います。
12月に入り、年末も迫ってきましたが、よいお年をお迎えください。
2010年12月1日 ──涼──
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇