シルフェニア6周年記念作品

ありえないコラボレーション2

『メメントモリ攻略戦異聞』(後編)

機動戦士ガンダム00×銀河英雄伝説








T

 「閣下、捜索部隊の指揮を執っているハルバーシュタット中将より通信です」

 「よし、繋げろ」

 「はっ!」

 交渉成立からおよそ40分後、正確には40分38秒後、旗艦「王虎」の通信画面にいかにも勇ましい髭面の軍人の顔が映った。

 『閣下、例のオーロラを発見しました』

 吉報だった。

 「そうか、思ったよりも早く発見できたな、ご苦労だった。で、どの辺りで発見できた?」

 『はっ、海王星付近です。得られたデーターと彼らが提供してくれたEセンサーを使ってすぐに発見できました』

 「なるほど。数時間のうちにそれだけ移動していたか……引き続き追跡を頼むぞ。俺は彼らに礼を言わねばならない」

 『承知いたしました。それで艦隊のほうはいかがいたしましょう?』

 一瞬だけビッテンフェルトは考え込んで副司令官に告げた。

 「まだそのままでいいだろう。完全にオーロラを捕捉してからでも遅くはないだろうからな」

 『了解いたしました。それでは』

 敬礼するハルバーシュタット中将の通信スクリーンが閉じる。

 ビッテンフェルトは一安心というように肩の緊張感を拭ったものの、多少の悔しさがあった。

 驕りと断じられればそれまでだが、世界が違うとはいえ1000年も前の技術に遅れをとった事実がビッテンフェルトたちを釈然とさせていなかった。

 というのも、4時間前、CBがラグランジュ3にある秘密基地でMSの性能テストをしている最中にビッテンフェルトたちのセンサーでは感知しきれなかった「次元のオーロラ」の存在を鮮明に捉えていたことが判明したのだ。

 それは、ある特殊な粒子にも反応するEセンサーの働きによるものだった。

 基地の格納庫に停泊するプトレマイオス2のブリッジでシステムの点検をしていたフェルト・グレイスがEセンサーの反応に気づき監視していたのだ。

 反応はすぐにラグランジュ3から遠ざかってしまったため、かつ艦船でもMSでもなかったため、隕石か何かが周辺に散布されたGN粒子とぶつかって反応したものだろうとスメラギによって判断されていた。

 そう、それこそが黒色槍騎兵艦隊が戦場に向う途中に突っ込んでしまった「次元のオーロラ」のこちら側の痕跡だったのだ。

 データーを提供されたビッテンフェルトはすぐにオペレーターに解析させ、5次元CPが予測した宙域が海王星付近だったのである。しかも念を入れたスメラギの判断によってEセンサーの予備を貸与され、早期発見が実現したのだった。

 「まあ、いい。ここは我々の世界とは異なるからな、別の発展があってしかるべきだろう」

 ただの負け惜しみである。ビッテンフェルトは鼻を鳴らし、オペレーターにプトレマイオス2との通信回線を開くように指示し、数秒後、スメラギの凛とした顔が映った。GN粒子のせいで若干映像が乱れたが、すぐに調整された。

 『おう、スメラギ・李・ノリエガ。協力感謝する』

 『その様子だと発見できたみたいね』

 『おかげさまでな、海王星付近で発見できた。重ねて礼を言おう』

 ビッテンフェルトは、一瞬スメラギが目を見開くのを見逃さなかった。

 『ずいぶんと遠いわね。遠いはずなのにあなた方は数十分の間に見つけてしまったということかしら?』

 『まあな』

 と、ビッテンフェルトが得意げに言ったのはEセンサー分の悔しさが相殺されたからだろう。

 『約束どおり我々はここから去ることにする。ついては先刻借りたEセンサーとやらを返したいが?』

 返答は「否」だった。

 『いいのか?』

 『ええ、かまわないわ。ロストするという可能性もないわけではないでしょう? それにそちらにあげるだけなら実害はないはずだから』

 先刻の交渉の最中に最低限の事情はスメラギに話していた。彼女は特に話の内容を否定も肯定もせず、ただストレートに要請内容に同意しただけだった。

 もちろん、彼女はこの意表を突きすぎた接触に詳細な追究をしたかったにちがいない。ただそうしなかったのはCBの置かれた状況が許さなかったからである。当然、ビッテンフェルトもCBの背景を詳しく知ろうなどとは考えていなかった。

 『ならばその言葉に甘えてセンサーは頂戴しておこう。すまんな』

 『どういたしまして』

 冷然というくらい、スメラギの口調は淡々としていた。ビッテンフェルトは苦笑したが、彼は一応彼女に聞いてみた。

 『礼と言ってはなんだが、我々が手伝えることはないか? このまま永久に借りを返せなくなるのは後味が悪くてな』

 スメラギは意外そうな顔をしていた。その反応からビッテンフェルトは断ってくるだろうと予想していたのだが……

 『そう、借りを返していただけるのね』

 初めて、だが確かにスメラギは魅惑的に微笑してビッテンフェルトを戸惑わせることに成功した。いや、幕僚連中の心も奪い去ってしまった。

 「すました女性が微笑むと破壊力抜群ですね」

 などというオイゲンのもっともらしい解説は無視する。

 ビッテンフェルトは自戒するように大きく咳き込み、周囲も立ち直らせるとふたたび通信スクリーンを見た。

 『で、何かあるようだが?』

 スメラギの口から発せられたのは協力要請だった。

 しかし、ビッテンフェルトはすぐには応じず、2人のやり取りが続いたが、スメラギの発した「観戦だけかも」という言葉に興味を抱いた猛将は要請内容を聞くことにした。

 『結構よ。気に入らなければ最終的に断っていただいていいわ』

 『そうしよう。しかし先刻よりも情報を開示することになるが、それでもいいのか? お互いに暗黙の了解で細かい詮索はしないことにしていたはずだが?』

 意地悪な言い方だったかもしれない。それでもスメラギの麗美な表情は変わらない。

 『もちろん、提督に協力を要請する以上、たとえ断られても必要な情報は提供するわ。それが筋というものでしょう?』

 ビッテンフェルトは相手を気に入ったように一瞬だけ口元を緩めた。

 『上出来だ、スメラギ・李・ノリエガ。ではさっそく聞くとしよう』

 『ええ、こちらも時間がないわ。要領よく簡潔に話をするわね』

 スメラギは、要請内容をビッテンフェルトに説明し始めた。







U

 そのあまりにも控えめすぎる要請内容にビッテンフェルトや幕僚たちは大いに落胆すらしていた。なぜなら「武力による紛争の根絶」という矛盾し、困難を極める題目を掲げる彼らCBである。戦わないかもしれない要請があるとは予想外だったのだ。

 『もう一度聞こう。本当にそんな程度でいいのか?』

 『もちろんよ。それならあなた方は傷つくことはないでしょう?』

 『まあ、そうだが……』

 スメラギの要請内容は、アロウズ極東艦隊への攻撃(牽制)だった。

 本来なら「まかせろ!」と張り切るところだが、その艦隊が戦場に参戦する確率が問題だった。

 『確率は10%というところかしらね』

 あっさりすぎる口調でスメラギは答えたものだった。まるでビッテンフェルトの気質を知り尽くし猛将を生殺しにでもするかのような意地悪な演出である。

 ラグランジュ3における戦闘やそれ以前の戦闘においてアロウズは少なからず戦力を消耗している。また、「衛星兵器メメントモリ」周辺にはCBの攻撃を予測し、かなりの戦力が配置されているとスメラギは睨んでいた。

 実際、ミッションが始まれば状況の推移によってアロウズは増援を送ってくるだろう。そのほとんどの戦場到着時間はスメラギの予測の範囲内にあり、ミッション完遂までにはギリギリ間に合わないと計算されている。

 しかし、中東で活動する「反政府組織カタロン」を牽制する意味でも速やかに派遣が可能な極東艦隊(アロウズ極東方面艦隊)の動向だけが不確定だった。

 距離的に考えれば戦場となる低軌道オービタルリングから最も遠距離になる艦隊の出撃率は限りなくゼロに近い。だが、アロウズが今回の作戦を総力戦と捉え、一時的にカタロン地上部隊の活動を放置した場合は確率が断然増すのである。

 それが最大で10%だった。

 確率低すぎだろうが!

 ビッテンフェルトとしては、このまま借りを返さず去るのは矜持が許さないので、アロウズの上層部に一歩前進した決断に期待したいところだった。

 ただし、その艦隊の戦力はビッテンフェルトたちから見れば極めて微量だった。250メートル前後の航宙巡洋艦4隻と搭載されるMSが最大で16機だという。

 「話にならんな」

 ビッテンフェルトが率いる黒色槍騎兵艦隊は600メートルを超える高速戦艦のみで構成された総艦艇数15,000隻。搭載される戦闘艇の総数は軽く80,000機以上である。

 『いっそ……』

 ビッテンフェルトは提案した。

 『いっそ我々がメメントモリとやらを破壊してやらんでもないが?』

 スメラギの目が瞬時にキョトンとなった。

 『破壊? あなた方が衛星兵器を破壊するというの?』

 『そうだ。卿らは何もしなくていい。我々に任せれば相手の攻撃を一切受けず、こちらにも損害を一切出さずにケリをつける』

 大きく胸を反らした猛将にスメラギは思わず禁断の質問をしてしまった。

 『そちらの最大射程は?』

 『600万キロだ。有効射程なら500万だな』

 直後にスメラギの身体が小刻みに揺れ、その周囲から「マジかよ!」「想像できない……」「そ、そんな……」という愕然とした声が通信スクリーンを通して伝わってきた。艦橋に上がってきていたティエリア以下3名のガンダムマイスターも全員絶句中だ。

 「フッ、どうやらこれでEセンサー分のカルチャーショックは完全にチャラだな」

 と、ビッテンフェルトが内心でほくそ笑んだかどうかは別として、猛将はまだ衝撃から抜け出せないでいる赤毛の指揮官に聞き返した。

 『どうだ、乗るか?』

 『お断りするわ』

 揺らぎようのない「意志」が瞬時にまっすぐビッテンフェルトを見つめていた。ビッテンフェルトはほんの一瞬だけ口の端を吊り上げたが、それは相手に対する侮蔑などではなく、「戦士」に対する敬意の表れだった。

 その返事は予想されていたのである。

 『お気持ちだけ頂いておくわ。これは私たちソレスタルビーイングに課せられたミッションよ。私たちが自ら背負うべきことなの。わかっていただけるかしら?』

 『だろうな、スメラギ・李・ノリエガ。卿らソレスタルビーイングならそう答えるだろうと思っていた』

 2人の視線が穏やかに火花を散らした。

 『私たちを試したのかしら?』

 『どうかな?』

 その直後、双方のオペレーターがそれぞれの責任者に報告した。一方は恐れと憤りをもって、一方は状況の変化に対する義務感のためである。

 旗艦「王虎」の艦橋からも太い柱のようなエネルギーが宇宙に向って一直線に伸びる光景が確認できていた。通信スクリーンの向こうのスメラギは別のほうを向いている。彼女はオペレーターの報告を聞いているようだった。

 『ビッテンフェルト提督』

 二、三のやり取りを終えたらしいスメラギが言った。

 『メメントモリから第三の斉射がされたわ』

 その口調は怒りによって感情がいく分露になっていた。

 『あれがメメントモリからの砲撃か? たしか話だと下方にしか撃てなかったのではないか?』

 『ええ、私たちも直前までそう思っていたけど、どうやら大きな認識違いをしていたようね』

 上方にも砲塔が存在したのだ。低軌道リングの内部に通したような六角の構造と、二度、地上に向けて発射されたことから地上の標的のみに対しての衛星軌道兵器だと考えてしまっていたのだ。

 『それで、アロウズとやらは何に対して攻撃をくわえたのだ?』

 『あれは反政府組織カタロンという組織の艦隊に対して行われた攻撃よ。私たちより早く衛星兵器の破壊行動に動いていたみたいなの』

 『ほう……』

 実は、「王虎」の超長高感度光学カメラはカタロンの艦隊を捉えていたのだが、データー不足でアロウズの艦隊と誤認していたのだ。

 通信スクリーンの向こうの赤毛の指揮官の表情が急に鋭くなった。

 『ビッテンフェルト提督、私たちはすぐにでも衛星兵器破壊ミッションを開始します。要請のほうはどうかしら?』

 『受けよう』

 猛将の返答は短いが、明確で力強かった。

 『ありがとう。私たちの戦いを見届けてほしいわ』

 こういうヤツラは嫌いじゃないな、とビッテンフェルトは思った。

 『そうしよう。卿らの戦い、この目でしっかりと見届けてやるぞ』

 『ええ、刮目していただきたいわ』

 『ふっ、言うな。我々は要請以外のことには一切手を出さん。それでいいな?』

 『もちろんよ』

 ビッテンフェルトが一本とられたと思うくらい、スメラギの口調はキッパリとしていた。

 『わかった。こちらも約束は絶対に守る。ついては卿らや他の勢力のMSとやらと艦船のデーターを送ってもらいたい。まちがって敵でないヤツラを撃ち落として恨まれたくないからな』

 『そうね、当然だわ』

 スメラギは了承し、すぐにフェイトに依頼して調整したデーター回線を通じて情報を送らせた。

 『よし。確かにデーターは受け取ったぞ』

 通信の終了間際にビッテンフェルトはあえてスメラギに問うた。

 『卿らが戦う理由はなんだ?』

 ほんの一瞬、ビッテンフェルトたちが主と仰ぐ黄金の髪の元帥と同じような強固な意志とスメラギの表情が重なった気がした。

 『世界の歪みを正し、真の平和を築くことよ』

 ビッテンフェルトは敬礼し、通信スクリーンは閉じられた。

 直後、CBの戦闘空母が突然赤色に発光し、それまでにない速さで加速し始めた。
ビッテンフェルトたちは知らなかったが、それは「トランザム」と言って「太陽炉」という動力システムを搭載するガンダムを直接プトレマイオス2の動力部に接続し、太陽炉が作り出す膨大なGN粒子を圧縮して全面解放することで機体や艦船の性能を大幅に上げることが可能なとっておきの手段だった。

 「よし、我々も動くぞ。ヤツらには悪いがこちらが先に着いてしまうだろうがな」

 猛将の指揮の下、旗艦以下20隻の艦隊が地球に向って移動を開始した。

 「さて……」

 その赤く発光する船体をすぐに視界に捉えながら、ビッテンフェルトは愉しそうに独語した。

 「お前えらが本物かどうか見極めさせてもらおう」





◆◆◆

 「なあ、あの得体の知れないヤツら、本当に信じられると思うか?」

 格納庫へと急ぐ途中、たまらず声を上げたのはロックオン・ストラトスだった。ウエーブのかかった長めの褐色の頭髪を有する29歳の青年である。狙撃タイプのMS──人型機動兵器「ケルディムガンダム」のパイロットだった。

 「あのどこぞの軍人さんに守られるかどうかも怪しい要請なんかして大丈夫だと思うか?」

 すぐに返答はない。

 ようやく5秒ぐらいして先頭を歩いていたティエリア・アーデが肩越しに振り向いてロックオンに言った。

 「懸念材料は大きいが、今はメメントモリの攻略に集中するしかないだろう。スメラギ・李・ノリエガとビッテンフェルトとかいう軍人が交わした約束を信じるしかない」

 「僕もティエリアの意見に賛成する」

 アレルヤ・ハプティズムがすぐに同調した。飛行形態に変形が可能なアリオスガンダムのパイロットである。普段は物静かな青年であり、両目の瞳の色がそれぞれ異なっている。

 ティリアが意外とばかりにロックオンに再び言った。

 「君らしくないなロックオン、そんなに心配か?」

 「当然だ。後ろからズドンなんてこともあるわけだ。それにアイツらMAみたいなヤツを10機も搭載できる艦隊を20隻も持っているんだぜ。さらにあっちからは俺たちの母艦は丸見えらしいが、こっちからはヤツらの戦艦をまったく捉えられないんだ。不安になるなというほうが難しいだろ?」

 彼らから見れば20隻の戦闘艦はアロウズの部隊編成でいえば5個艦隊に匹敵する戦力である。しかも30メートルを越える白銀の戦闘艇を搭載可能ということは一隻の大きさがアロウズの航宙艦やプトレマイオス2より巨大であることが易々と想像できるというものだった。加えて、ラグランジュ3の後方にはまだ艦隊が控えているというのだ。

 スメラギが声に出さずに予測した艦隊数は100隻。

 しかし実際の総数はその150倍に達していた。が、さすがに彼らの常識と少ない情報の中でそこまで想像は及ばないようだった。

 「刹那はどう思う?」

 ロックオンは、すぐ後方を歩く僚友に質問した。自然とウェーブのかかった黒髪を有するちょっと吊り目の青年はいつもの仏頂面だった。

 「興味は尽きないが、俺も今は目の前のミッションに集中したい。それだけだ」

 「お前ら、揃って楽観的すぎるだろ……」

 ロックオンはあきれたようにため息をつき、そこで会話は終わった。








V

 「ソレスタルビーイングの母艦がメメントモリの射線上に押し出されていきます!」

 直属のオペレーターがまるで味方のことのようにビッテンフェルトに報告した。猛将の幕僚たちも固唾を飲んで激しい砲火に晒されるプトレマイオス2を見守っている。

 「このままですと彼らはメメントモリとやらの餌食になってしまいますが……」

 心配そうな声を上げたのは意外にも参謀長のグレーブナー中将だった。灰色の口ひげを蓄えた顔には、あまりにも困難なミッションに挑むCBに対して憂慮と同情めいた感情が混ざり合っていた。参謀として幾多の戦場において的確な助言をしてきた年長の軍人は上官の気質を知りながらも、あえて彼らを支援してはどうかと進言した。

 ビッテンフェルトの返答は「否」である。その轟然たる目は「ヤツらを信じろ」と語っていた。

 「さて、どうするつもりだ? スメラギ・李・ノリエガ」

 CBがカタロンの艦隊を全滅から救ってもう20分以上は経っただろうか。プトレマイオス2はGNフィールドを展開し、迎撃艦隊の集中砲撃を受けながらもメメントモリ砲撃の死角となるオービタルリング上を一直線に突き進んでいた。

 しかし、アロウズ側の指揮官は無能ではないのか当然のようにCBの突入経路を予測し、メメントモリからやや離れた距離に4隻の迎撃艦隊と多数のMSを配置して迎撃にかかった。プトレマイオス2の左舷側を集中的に攻撃し、メメントモリの射線上に押し出そうとしていたのだ。

 ビッテンフェルトたちが不思議に思ったのが、CBが所有する4機のガンダムのうち直接戦闘に参加しているのが青い配色のされたダブルオーライザーだけということだった。ビッテンフェルトたちに脅威の戦闘能力を見せつけた機体である。

 詳しい作戦内容を聞いたわけではなかったが、あえて不利を承知で困難な作戦に挑むCBである。何かあると信じたいところだった。

 「だめです! 射線上に押し出されますっ!」

 オペレーターの悲観めいた声とともにプトレマイオス2を太いエネルギーの柱が襲った。ビッテンフェルトたちは唇をかみ締め、拳を握り、最悪の結果を招いた光景を呆然と見つめた。

 「だめだったというのか……」

 ビッテンフェルトの嘆きに近い呟きを打ち消すように、オペレーターの一人が突然叫ぶように報告した。

 「リング上方に反応!」

 奇跡を信じて見入ったスクリーンには、瞬いた光とともに赤色に発光して高速で急降下するプトレマイオス2が映っていた。

 「あいつら、やりやがったなっ!」

 ビッテンフェルトは嬉しそうに腕を振り上げ、スメラギ・李・ノリエガの大胆さに舌を巻いた。

 「上出来だ。ハラハラさせやがって」

 プトレマイオス2は赤色に発光しながら再びオービタルリング上を破壊兵器に向って驀進した。

 ビッテンフェルトや幕僚たちは非凡な用兵家らしく、赤毛の戦術予報士の作戦内容を大筋で理解した。メメントモリからの第一斉射を取っておきの方法で回避し、再充填までの時間内に攻略しようというのだろう。

 「果たしてうまくいくのか?」

 戦力的には8:2。カタロンの残存艦隊がオービタルリングの下に移動し、アロウズの部隊をいくつか引き付けているとはいえ、迎撃艦隊全ての砲撃はCBの母艦に集中している。敵の新型らしい緑灰色のMSを青いMSが母艦から遠ざけるように交戦していたが、なお先の見えない攻防である。

 「それでも完遂するつもりなんだろう? CBよ」

 ビッテンフェルトが独語する間に変化があった。赤色に発光するプトレマイオス2の艦首部分中央が開き、ラグランジュ3で目撃した2機のガンダムが出現したのだ。重装備をほこるデカブツのガンダムと緑色のガンダムである。

 その緑色のガンダムが母艦同様赤色に発光。拡散するようなシールドを展開したかと思うとそれがアロウズの粒子ビームを防ぎつつ、逆に動く盾から粒子ビームがほとばしって反撃する。

 「どうやらシールドが展開できなくなっているようです」

 オイゲンの指摘はビッテンフェルトも承知していた。メメントモリからの砲撃を回避する直前までプトレマイオス2はGNフィールドで船体を覆って防御していたが、赤く発光してからは船自体の推進力は大幅に飛躍したものの、敵のビームを防ぐことはできないらしかった。

 「リスクか?」

 ビッテンフェルトの直感は当たっていた。

 「そのための緑色のMSとやらの登場か?」

 なぜ母艦がシールドを展開できなくなったのか、その理由を考えている時間はなかった。CBの戦いを見届けることに集中するためだ。

 その直後……

 「アロウズの新型がソレスタルビーイングの母艦を狙っています!」

 周囲を警戒していたオペレーターが映像とデーターを表示した。緑灰色の新型(と表示される)MSが砲身の三つに割れたGNメガランチャーの標準をプトレマイオス2に定めていたのだ。カタロンの艦隊を一撃で何隻も葬った大口径の粒子ビーム兵器だった。

 「やばいぞ」

 誰しもが心の中でそう呟いた直後、刹那・F・セイエイの操るダブルオーライザーの実体剣が新型の構えたGNメガランチャーを切り裂き、2機は再び格闘戦に突入した。

 その瞬間を狙ったかのようにプトレマイオス2は突進し、ついに迎撃艦隊の防御網を突破する。

 「おおっ!」

 艦橋に歓声が上がる。全員我が事のようである。

 残念だがまだメメントモリまでは距離がある。ビッテンフェルトたちにとっては至近でも、彼らの兵器は長大ではないのだ。スメラギ・李・ノリエガは確実に仕留められる距離まで近づくつもりなのだろう。

 突破を許したアロウズの迎撃艦隊4隻は艦首を翻してプトレマイオス2に向って攻撃を集中する。と同時にメメントモリ周辺に配置された護衛艦2隻とMSが突き進んでくるCBの母艦に一斉に砲火を叩きつけた。

 そのとき、端末を睨んでいた「王虎」のオペレーターが反射的に声を上げた。

 「センサーに反応! ソレスタルビーイングの母艦に向って大気圏を離脱する艦隊を確認」

 メインスクリーンの一角にデーターと映像スクリーンが出現し、アロウズの航宙巡洋艦であることを明確に示していた。

 当然、スメラギたちもEセンサーに艦影を捉えていた。「寝耳に水」の事態だが、いっぱいいっぱいの状況ではビッテンフェルトが対応してくれることを願うしかなかった。

 「アロウズとやらの上層部はなかなか判断がいいようだな。だが残念な結果になってしまうがな、フフフ……」

 ビッテンフェルトの拳に力がこもった。艦隊を西側と東側に配置して正解だったのだ。アロウズの上層部が一歩先を見据えた判断をし、極東艦隊を中東方面に前もって振り向け、カタロンの地上部隊を牽制しつつオービタルリング上の攻防に参戦してくる可能性を考慮に入れていた。

 その万が一の予測が当たった。スメラギにはいささか反省の余地があっただろうが、要請を承諾していた猛将は大いに張り切った。

 「よおし! ヤツラに借りを返すぞ!」

 旗艦「王虎」以下、西側の宙域に展開する10隻の戦艦が宇宙に上がってくるアロウズの航宙巡洋艦4隻に狙いを定めた。その距離は19万キロである。彼らの艦船に搭載される21センチ口径の長距離砲には朝飯前の近距離だ。

 「我が黒色槍騎兵艦隊の矜持にかけて一撃で仕留めろ!」

 ビッテンフェルトの右腕が垂直に空を切った。

 「ファイエル!」

 中性子ビーム砲の幾十もの光条が漆黒の世界を疾駆し、プトレマイオス2との距離を詰める4隻のアロウズ艦隊の側面を一撃で貫き、文字通り「光の花弁」に変えてしまった。

 4つの光芒が宙域の一角を照らし、それは残骸を残して瞬くまにしぼんだ。

 アロウズの誰もが何が起ったのか理解できなかっただろう。指揮を執っていたアーバー・リント少佐は尚更である。勝利を決定的にするはずだった増援部隊がはるか闇の向こうからほとばしってきた光の矢に貫かれて撃沈してしまったのだから。

 想定外だった。

 「なぜですか?」

 リント少佐の疑問に答えられる部下はもちろん誰一人として存在しなかった。

 いや、あえて挙げるなら存在した。

 「お見事よ、ビッテンフェルト提督」

 スメラギ・李・ノリエガとCBのメンバーである。それぞれが短く賞賛しただけで彼らは目の前のミッションに集中した。

 しかし、その「変化」を見てビッテンフェルトは何か緊急事態が起ったと思った。

 「どうした? なぜ急に発光をやめたのだ?」

 順調に距離を詰めていたCBの母艦が赤色に発光するのを止め、青い船体色が露になっていたのだ。

 「限界……ということか?」

 ご名答だった。母艦に同力を直結させていたガンダムアリオスのトランザムが限界時間に達したのだ。

 「衛星兵器までは後もう一歩のはずだ。ここからどうする?」

 ビッテンフェルトらの懸念を振り払うようにデカブツガンダムが赤色に発光し、巨大な光弾を作り出したかと思うと、放たれたそれは一直線にメメントモリに突き進んで着弾した。続けざまに母艦から発射された無数の光弾が先の被弾箇所を直撃した。

 「やったか?」

 と思われたが爆発光が薄れると、メメントモリは装甲を剥がされながらもなお健在だった。

 「火力が足りなかっただと!?」

 ビッテンフェルトたちは落胆したが、失敗ではなかった。スメラギ・李・ノリエガはミッション直前にエージェントから送られてきたメメントモリの構造データーを基に幾重にも連なる攻略手順を用意していたのだ。

 超長高感度光学カメラはその行動を捉えていた。動く盾を展開していた緑色のガンダムが赤色に発光したままライフルを構え、そこから放たれたビームがメメントモリの弱点ともいうべき「光電磁場共振部」に命中したのだ。

 滑るようにメメントモリの右側面をプトレマイオス2が駆け抜けた直後、その後方で火柱が上がり、CBのミッションは完遂された。

 メメントモリを護衛していた2隻の航宙巡洋艦と周辺のMSは爆発に巻き込まれ、指揮を執っていたアーバー・リント少佐は艦もろとも消滅した。

 「やった、やった!」

 「彼らはやり遂げたぞ」

 「王虎」の艦橋は大きな歓声に包まれた。お互いに「人間」というだけで戦う相手も思想も世界さえ違うのだ。

 そんな彼らが共感したのは、ひとえにCBの世界平和を実現したいという強固な意志の行使だったろう。それは「銀河を統一する」という目標に向って戦う黒色槍騎兵艦隊の将兵の意志と同じだったのだ。

 「よくやったぞ、ソレスタルビーイング。貴様らの覚悟は確かに見届けさせてもらったぞ」

 ビッテンフェルトは戦場宙域を離脱する艦影に向って敬礼した。青いMSも新型の追撃を振り切って母艦の後を追っていった。

 「さて、次は我々の番だ。ヤン艦隊を撃滅してやるぞ!」

 上官の激励に艦橋中も声を上げて応じた。心を熱くする見事な戦いを見せられては彼らも奮い立たないわけにもいかない。

 ビッテンフェルトは、高揚感を胸に仁王立ちのまま命じた。

 「全艦反転。この宙域を離脱し、後方の艦隊と合流した後、次元のオーロラを越える。我々もCBに続いて必ずや勝利を手にするのだ」

 地球周辺は敗者の嘆きを除き戦闘前の静けさを取り戻しつつあった。

 こうして歴史に記されることのないソレスタルビーイングとビッテンフェルトたちの短い邂逅は終わった。


 しかし、ビッテンフェルトは知らなかった。戦場宙域を離脱したCBの母艦がアロウズの別の新型MSとMAの奇襲を受けて地球に不時着したことを。

 CBは知らなかった。約束を果してくれた訪問者たちがすんなりと戻ることができなかったことを。



 ──END?──

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 あとがき

 記念作品はこれで終了です。ビッテンフェルト無双を期待した方がいたら「すみません」。そうはならない作りですw

 まあ、問題は終わり方だ。続編示唆とかいう終わりかたはよかったんだろうか? 自分の首を絞めたような気がします。

それから、タイトルが「異聞」となってますが、内容的には「秘話」かな? とか悩んでいました。結局、原作アニメにないエピを挿入したので「異聞」ということにしています。

それでは、シルフェニアの発展を今後も応援していただければと思います。

 以上、ガンダムとクロスさせるという夢コラボでしたw



 それでは、次回は「本編」でお会いしましょう。

 2010年12月16日 ──涼──

◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇

WEBメッセージ返信コーナー

予想よりメッセージをいただけました。この場を借りて返信とさせていただきます!

 ◆◆2010年12月03日14:21

 00とのクロスとは意表を突かれました。

>>>メッセージありがとうございます。00を見ていてふと浮かんだという妄想を活字にしてみましたw


 ◆◆2010年12月04日23:12:19 みのる

 頭を使うという、なれない作業を必死でやってるビッテン提督がかわいいですw
 次回を楽しみにしています。



>>>今話でヤツがどうしたか分かりましたが、期待に応えられずにすみません。みのるさんのSSの続きを大いに期待しております!



 ◆◆2010年12月05日12:47:39 大和

 魔法世界編があればと思ってます。

>>>すごいメッセージキターっ!! 魔法世界編とは……じ、自分が何とかできる世界はなんだろ? 

 ◆◆2010年12月13日19:35:20 M・I

 まさかのガンダムコラボですか! とついつい思ってしまいました。
ガンダム系列作品は、ファーストしか詳しく分かりませんが、これは中々面白い組み合わせかと……。しかも巻き込まれたのはビッテンフェルト。猪武者の彼がどう対処していくのかが楽しみです!



>>>M・Iさん、妄想丸出しの短編にメッセージをありがとうございます。私もガンダム系は久々に観たのですが、それもあるのか、西暦にしたのがよかったのか、あまりヒーローヒロインしなかったのが気に入ったのか、久しぶりに楽しめた「ガンダム」でした。

 対処のほうは……ごめんなさい! 


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