──宇宙歴797年4月10日──
自由惑星同盟の首都星ハイネセンにある最高評議会ビルの議長室にて、非公式の会見を開いていた同盟元首ヨブ・トリューニヒトとエリオル社社長アカツキ・ナガレ。
トリューニヒトの情報から首都星でクーデターが起こることを知ったアカツキは、要人用エレベーターで元首と脱出するも、途中で故障してクーデターの渦中に放り込まれてしまう。
アカツキは、余裕の脱出が予定外のアクシデントでパニックに陥ったトリューニヒトを叱咤激励して占拠される直前のビルから間一髪で脱出。途中、前倒しで退院したウランフ提督と合流し、一路「秘密基地」を目指すのだが……
(あらすじ・第十章後編・其の二より)
闇が深くなる夜明けの前に
<十章外伝>
機動戦艦ナデシコ×銀河英雄伝説
『舞台の裏でU/逃走から逆襲へ』
T
事態はアカツキの意表を突いて深刻化していた。
──20分前──
ハイウェイを北西に逃走中、追ってきた地上部隊にSPが乗る地上車が応戦し、先頭車両を撃破した直後、それまで追跡だけだった武装ヘリが突然過激な手段に打って出た。機首に取り付けられたレーザー機銃を撃ってきたのだった。
アカツキは完全に意表を突かれてしまった。トリューニヒトは呪詛の声を上げながら涙目だ。
「おいおい、こりゃあ甘くみてたかな?」
応戦したSPの乗る地上車は再三にわたるヘリからの攻撃をかわしていたが、後部タイヤを運悪く破壊されたのかスピンしてついに途中離脱してしまう。
その間に後方から地上部隊がぐんぐんと距離を詰め、なんとウランフ提督が乗る地上車に向けてレーザーライフルを撃ってきた。
これにはウランフ提督も驚いたようだった。
「まさか、我々を拘束するんじゃなくて暗殺にでも切り替えたのか?」
そうではなかったが、そうでもあった。地上部隊は反撃してきたアカツキたちを厄介に感じたのか、グリーンヒル大将の「多少、過激になるのはやむをえない」という命令の一部を拡大解釈したのだ。
そこまではさすがのウランフ達も読み取れなかったので、クーデター側の命令系統について危うさを感じていた。彼ら以外の地上車が走っていたとしたらなおさら強く懸念しただろう。
そしてもしそうだったとしたら、アカツキたちはもっと早い段階で勝ち目のない反撃をする羽目になっていたかもしれない。
いずれにせよ……
──他に地上車が走っていないからってむちゃくちゃだ!
読み違いも甚だしいとばかりにアカツキは舌打ちしたが、彼はすぐにウランフ提督の乗る地上車に連絡をいれた。
『ウランフ提督、ここは僕らが何とかします。先に行ってください』
『おいおい、無茶はやめたほうがいいぞ』
ウランフの心配はもっともだが、このままでは集中して狙われてしまう。リスクを軽減するためにも先行してもらうことがベターだった。向こうの狙いがアカツキたちなら、いい具合にひきつけることができる。その間に援軍が駆けつけてくれるかもしれないのだ。
ウランフは一瞬だけ不服そうな顔をしたが、自分たちには何もできないことを知っていたのでアカツキの指示に従った。
『アカツキくん。もし万が一ダメなら潔く降伏するんだ。向こうも礼節はわきまえているはずだからな』
『ええ、もちろんですよ。無駄死になんて僕の主義に反しますからね』
アカツキは通信を切り、地上部隊だけでも足止めしようと運転するSPに指示し、自らが乗る地上車でその前方に立ちふさがった。
「ちょ、ちょっと……アカツキくぅぅぅぅぅぅーん!!」
トリューニヒトは「死にたくない」とわめき散らすがアカツキは無視する。
そのとき、ハイウェイを逃走し続けて15分あまりが経過していた。予定通りならあと15分ほどで来援があるはずだ。1分でも10分でも逃走を長引かせ時間を稼ぐ必要があった。
「やっぱり装備しておいてよかったね」
アカツキの乗る地上車は、車にいくつか仕掛けているトラップの一つを発動させた。古典的な方法ながら特殊なオイルを路面に撒き、狙い通り追尾してくる地上部隊の車両を次々にスピンさせ、衝突させることに成功する。
しかし、直後にまたもヘリがレーザー機銃をアカツキ達の乗る地上車めがけて撃ち込んで来た。
「うわあああああああっ!」
上身を丸めながら悲鳴を上げる同盟国家元首。とても市民の目には晒せない。
エリオル社の地上車はアカツキの指示によって同盟要人の地上車より装甲は厚めだが、武装ヘリの機首レーザー機銃掃射の威力にいつまでも耐えられるわけではない。地上車のいたるところに穴が開き、リアガラスもバラバラになってしまった。そもそもこれが攻撃ヘリが搭載するレーザーガトリング機銃だったらとっくにあの世だ。
武装ヘリが搭載するレーザー機銃は制圧を目的とし、対人用なので威力がガトリング機銃よりはかなり劣る。
幸運といえば威嚇だったこともあるのか致命的な損傷がなく、地上車が走行できていることだろう。
残念ながら、不幸のほうが程度が重かった。車内に飛び込んで来たレーザー機銃の一発がアカツキと主任を負傷させてしまったのである。レーザーがかすっただけとはいえ肩の肉を一部えぐり取られ、辺りに焦げ臭い匂いが充満した。特に主任は当たり所が悪かったのか出血も酷かった。
「やばいぞエリナ君! 援軍はまだかぁ!」
さすがに余裕をなくしたアカツキが傷口を押さえながらスクリーン越しにエリナに怒鳴った。美人秘書も状況の切迫度をいやおうなく感じていたが、その口から突きつけられた事実は危機的だった。
『あと7分必要です』
ヘリだけならトンネルの多くなる山岳地帯に差し掛かった手前、時間を稼ぐことはできただろう。危機的というのは、一時的に足止めした地上部隊の車両が予想より早く体勢を立て直して追ってきていたからだった。
止血をしている最中、運転するSPの報告がさらに追いうちをかけた。
「社長、駆動系か動力部分に問題が発生したようです。スピードがこれ以上あがりません」
一難去らずにまた一難だった。これではヘリはおろか、あと十数キロ足らずで地上部隊に追いつかれてしまう。果たして、この危機をどう乗り越えるべきか?
アカツキは数秒の黙考の末に決断した。都市部のハイウェイでヘリに挟撃されなかったのは、地上車および歩行者用連絡橋が連続していたためだ。都市部から離れた地域でも1キロごとに連絡橋が設置されている。本来なら一機がアカツキたちの前方に出て逃走を阻止したいだろうが、ヘリにとっては連絡橋が邪魔をして高速で逃げ回る地上車に対してタイミングが合わないのだ。
この先の区間は山岳地帯になり、三つほどトンネルがある。その間に連絡橋がひとつずつある。通常は一キロ単位に設置されるが、山間部のためにその間だけ500メートルごとだ。その一ヶ所をミサイルランチャーで破壊し、地上部隊の追跡を完全に断とうというのだ。少々、過激な方法だがここに至っては仕方がない。地上部隊の追跡だけかわせれば、ヘリに対してはトンネル内で時間を稼ぐことも可能なのだ。
「議長、出番ですよ」
言ったほうも言われたほうもかなり意外に感じていた。
「……本気かね?」
アカツキは、トリューニヒトの反応を無視し、痛みをこらえて座席の下から携帯型のミサイルランチャーをさっさと取り出した。
「議長、時間がありません。ヘリの目的が地上部隊の支援なら、しばらくは攻撃してこないはずです。やってもらいますよ」
アカツキは問答無用でランチャーをトリューニヒトに押し付けた。議長の表情から血の気が引いた。身体も震えている。
「……や、やらないとダメかね?」
「残念ですが、この状況から脱するには議長の手腕に頼るしかありません」
アカツキの右肩は上がらず、主任はとうてい無理だ。もちろん、運転しているSPにやらせるなど論外だった。
アカツキの口調は脅迫じみてきた。
「ここで捕まればクーデター側は貴方を人質にしてヤン提督に降伏を迫るでしょう。そうなれば何もかもお終いです。あなたは民主下の同盟最後の国家元首となり、なにかと覚えもめでたいですから状況によっては公開処刑もありえますよ」
ぐうの音もでないトリューニヒトに、アカツキはプラスの結果を示すことも忘れなかった。
「ですが、貴方が自らの手でこの危機的な状況を乗り越えることができればクーデター鎮圧後、その目論見の7割は達成したも同然となるでしょう」
と説得している間に最初の連絡橋を通過してしまった。チャンスはあと二回あるが、地上部隊の距離と速度から計算すると次で勝負をつけねばならない。
トリューニヒトは黙考していたが、それも数秒間だけだった。
「わ、わかった。私も国家元首だ。な、なんとかやってみようじゃないか……」
本音は
「冗談じゃない!できるか!」なのだろうが、権力欲が勝ったのか虚勢を張ったとしても返事としては合格だった。
「で、どうすればいいんだね?」
説明を終える頃に二つ目のトンネルに突入していた。まだ遠いが、地上部隊の車両がかすかに視界に入る。
「いいですか、すぐにランチャーを構え、連絡橋に狙いを定めて引き金を引いてください。チャンスは一度だけです。僕がタイミングを伝えますからマジで頼みますよ」
「あ、ああ……」
トリューニヒトは風通しのよくなった後方にランチャーを構えながら、射撃のタイミングを計ろうとする。ごくりと唾を飲み込む音がアカツキには聞こえた。トンネルの中では車のタイヤと地面の摩擦音が響いているにもかかわらず、トリューニヒトの緊張感がいくつもの「音」となって青年社長に伝わってきたのだ。
出口が近い。アカツキはコミュニケに表示されるデーターを見ながら国家元首に言った。
「閣下、僕がカウントします。照準をしっかりつけてくださいよ!」
トリューニヒトは黙って頷いただけだった。その横顔は巧言令色の煽動政治家というよりは、追い詰められてがけっぷちに立った必死の形相に近かった。外に向かってはベテラン舞台俳優のように常に余裕の表情をしているが、彼も追い込まれればそんな本能的な顔になるんだと、アカツキは新鮮な発見をした気がした。
トンネルに響く駆動音と摩擦音が小さくなり、視界が明るくなり始めていた。
外に出た!
前方に連絡橋が見える。アカツキはカウントを始めた。
「10、9、8、7、6、5……」
地上車が連絡橋直下にさしかかった。
「……4、3、2、1……」
U
「議長! 撃ってください!!」
アカツキが肩の痛みをこらえながら叫んだ。
しかし、トリューニヒトは怖気づいたのかガタガタと震えるだけでランチャーの引き金を引こうとしない。
「チッ、来るぞぉ!」
トリューニヒトが発射をためらったため、山を越え、これを察知したヘリが再び機銃を撃ってきた。
武装ヘリの機首からレーザー機銃が唸りを上げて地上車を襲った。車はたくみの攻撃をかわすが、その度に左右に激しく揺れ、ランチャーを構えたトリューニヒトの身体が後部座席からずり落ちそうになる。アカツキは必死に議長の胴体を押さえて安定させようとする。ランチャーを構えたトリューニヒトがバランスを崩して転倒でもすれば、うっかり引き金をあさっての方向に引きかねない。
だが、機銃の威力は弱いとはいえ度重なる連続攻撃に耐えかね、ついに地上車は後輪を破壊されて大きくバランスを崩してしまった。
「あっ!」
軽い反動があった。なんと、その拍子にトリューニヒトは明後日の方向にランチャーを発射してしまったではないか!
「おわった……」
とアカツキは覚悟した。
ところが、車がスピンして防壁にぶつかるまで彼は信じられない奇蹟を目撃した。弾が発射された方向にはもう一機ヘリが待機していて、そのメインローターを一枚吹っ飛ばすと爆発せずに放物線を描きながら連絡橋に吸い込まれたのである。
鈍い大きな爆発音とともに炎と爆煙があがった。アカツキたちが停止した車内で見た光景は複合素材の瓦礫で埋まったハイウェイだった。
「すごいじゃないですか議長!」
「はは……とう……ぜん…だよ……」
と真顔で答えるトリューニヒトは後部座席の間にずり落ちてまぬけな体勢いちじるしい。高級なスーツも埃を被り、一部は見事に破れていた。
──議長はよくやったけど……
本来ならこのミラクルを喜ぶべきだが、アカツキの笑顔はすぐに消えた。
まだヘリが二機残っているのだ。しかも車はもう動けない。勝ち誇ったように地上に降り立とうと準備する機体が見えていた。
「間に合わなかったか……」
『いいえ、間に合いましたよ』
突然のエリナの声とともに天空から青白い光線が武装ヘリに向かってほとばしった。
一瞬の出来事だった。一機はメインローターを吹き飛ばされ、そのまま地上に落下した。もう一機は胴体部分から黒煙を吹き上げてハイウェイから大きく離脱し、パイロットが脱出した直後、地上に墜落して炎上した。
さすがのアカツキも呆然とする中、通信スクリーンに映る黒髪の美人キャリアンウーマンは得意気な顔をしていた。
『社長、間に合わせましたよ』
だが、味方の機影は見えない。はるか上空の方からゴウっという駆動音がかすかに聞こえてくるだけだった。
アカツキは驚いたように質問した。
「狙撃……したのかな?」
『ええ、間に合うように』
つまり、本来なら間に合わないところを十数キロ先から狙撃することによって間に合わせたのだ。ハイネセンポリス周辺と違って天候が崩れていなかったことも長距離狙撃を可能にしただろう。それにしてもたいした腕だった。
「さて……」
パイロットたちを褒め称えたいところだが、今はいろいろ後回しだった。敵の援軍が向かっているかもしれないし、まごまごしていると地上部隊が追いつき、瓦礫を撤去して追跡を再開するかもしれない。
そして何よりもアカツキ自身を含め、負傷者の手当てもしなければならない。
「エリナくん、早く輸送機をよこしてくれ。僕よりも主任が大怪我なんだ」
『急がせていますので、もう少々お待ちください。それから……』
ウランフ提督たちは無事だという。ターゲットの中心はやはりトリューニヒトやアカツキだったらしい。彼らには別の輸送機を差し向け現在収容中とのことだった。
もう一つ幸いなことがあった。SPたちが乗った地上車は途中離脱したが、軽傷を負った者が二名いるだけで全員無事ということだった。地上部隊は彼らを無視してアカツキたちを追ったため、今は安全な場所に身を隠しているという。
アカツキはようやく安心したのか、そのせいで急に肩がひどく痛み出した。
「大丈夫かね、アカツキくん?」
トリューニヒトは本気で心配してくれてるようだが、体勢が間抜けなままなのでアカツキの笑いを誘う。彼はトリューニヒトに手を貸すと主任の容態を気遣った。つらそうな返事があったが意識はあるようだ。主任のタフさはさすがといえるだろう。
「ん、なんだね?」
トリューニヒトの呟きと同時に急に周囲が薄暗くなった。車内からはデルタ翼をもつ大型の輸送機が垂直着陸する光景が目に入ったが、アカツキたちの視線を集めたのは輸送機の傍らに降り立った殊勲機だった。まだ白く基本色しか塗られていないが、たくましくも既存機より洗練されたフォルム、小型高出力のジェネレーターとさらにコンパクトになった第二世代型相転移エンジン。頭部両側面から空に向かって伸びるそれぞれ三つのアンテナが陽光を集めまぶしく輝いている。
そう、その白金の機体はまさに”エステバリス”だった。
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あとがき
修正追加時か別の方法で、と考えていた逃走パートの第二段です。本編に組み込むと視点がガラっと変わってしまうので抜かしたのですが、ちょっと短いですが外伝として投稿しました。
妙な感じになってしまいましたが、感想などお待ちしています。
メカ的な問題があれなご教授ください(汗
2011年 8月17日 ──涼──
以下、修正履歴
ヘリの設定と逃走方法を変更し、それによって生じた状況の書き直しをしました。
2011年10月5日 ──涼──
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WEBメッセージ返信コーナー
第10章(後編・其の三)よりいただいたWEBメッセージです。
◆◆
2011年08月06日16:56:37 malatias
>「ローエングラム候の溜飲を下げてやりましょう」
これだと「ローエングラム候の胸をすっきりさせてやりましょう」の意味になってしまいます。
もっとも発言者の語学力が怪しいということを表現したかったのでしょうか?
>>>ご指摘のとおり、「下げる」は間違いです。投稿直後に読み返した折に気づいていましたが、その後すっかり忘れていました(大汗 第十章が終わりましたので、九章ともども修正を掛けていこうと思っています。
◆◆
2011年08月13日1:13:13 もぐたん
毎度楽しみにしています。次は、帝国パートですか?辺境を討伐するキルヒアイスは60回にも及ぶ戦いに勝ち続けますが、よく考えると辺境は焦土作戦実施で辺境の民衆はラインハルト達に恨み
を抱いてます。原作では書かれなかったキルヒアイスの苦悩を書いて欲しい。今回のゆりかやアキトの苦悩についてもよく研究し書いてあり感心しました。
>>>コメントありがとうございます! なるほどー、キルヒアイスの心境ですか。あの焦土戦術に対する民衆たちの恨みは同盟軍に移っていったと思いますが、多くの声に消されただけでラインハルトへの非難もあったかもしれませんね。うまく書けるかどうかわかりませんが、検討してみようと思います。
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