―――自分の情熱に従え。自分の本能に忠実になれ。人の群れに惑わされず、いつも自分でいろ。
言うのは簡単だが、実践することがこれほど難しい事もない。
人は誰しも嘘をつくものだ。
社会の波に乗るため、上手く友人と付き合うため、本能に蓋をし仮面をつける。
本能に忠実とは、即ちその仮面を一切付けずに生きることではないだろうか。
枢木スザクは全力で走っていた。
背後では特区式典会場に突入した黒の騎士団とブリタニア軍の間で戦闘が繰り広げられている。
戦況は、残念ながらブリタニアが不利。何故だか知らないが、黒の騎士団が突入して直ぐにブリタニア軍から裏切り者が多数出たことが原因だ。
「スザク……会場は!」
「今は副総督のお命が最優先です!」
万が一にでも傷つける訳にはいかない。
しかし、逃げ切れるだろうか。幾らスザクが超人的な身体能力を有しているとはいえ、KMF相手に生身で戦って勝てる程には人間止めてない。
先ずはアヴァロンに救援要請をするべきだ。ランスロットに乗ってしまえば怖い物などないのだ。
通信をアヴァロンに繋ぐ。しかし何時もなら直ぐに聞こえる筈のメインオペレーター、セシルの応答がない。可笑しい、、まさか通信のコードが変更になったということはないだろうし……ならば何が起きた? まさか何か異常が……。
その時だった。
「そんな、あれは……」
スザク達に向かって接近してくるKMFが一機。サザーランドやグロースター、ましてや黒の騎士団の無頼や月下でもない。スザク自身が何よりも見知ったフォルム、第七世代KMFランスロット。
しかも何故か手にロイドを乗せている。
ランスロットはスザク達の正面に来ると急停止して、ハッチが開く。そこには見知った顔、セシルがいた。
「スザクくん! 急いで乗って!」
「は、はいっ!」
事情がよく分からないがスザクとて軍人の端くれ。
考える事を一時中断して、セシルに代わり騎乗した。
「ユフィ、手に」
ランスロットの右腕に乗るように言う。
ちなみに左腕にはセシルとロイドがいた。
「でも、私だけが逃げる訳には参りません。それよりもこのランスロットで――――」
ユーフェミアは式典会場に残った人たちを気にしているのだろう。
自分だけが此処を離れる事に躊躇いを覚えた。
「恐れながら申し上げます、殿下。
会場に残った人達は、貴女の無事の為に残って戦っているんです。
ここで殿下が戻る事は、ダールトン将軍を始めとする人達の頑張りを無駄にする事になる……!」
スザクは自分でも、よくこんな上手い事が言えたものだと驚いていた。
だがそれよりもすべき事がある。
自分はユーフェミア・リ・ブリタニアの騎士。そして騎士にとって当たり前とでも言うべき責務は、主君の身を守護する。だから、スザクはユーフェミアの返答を待たなかった。
強引にランスロットの手の平に乗せて、そのまま式典会場から離れる。
「ところで、ロイドさん。一体アヴァロンはどうしたんですか?
それにセシルさんがランスロットに乗るなんて」
「それがさぁ〜。ゼロの強奪したガウェインに撃ち落とされちゃったんだよ、アヴァロン。
ブレイズルミナスもガウェインのハドロン砲には敵わないしね〜」
「ゼロが……!」
思わずスザクは手を握り締めた。
今までの事もだが、今回は特にやり口が酷い。
大体、ゼロの主義主張は"弱者保護"ではなかったのか。
弱者保護を謳うゼロが、同じく弱者保護の側面を持つ特区日本を攻撃するなんて道理に合わない。ゼロの魂胆がなんであれ、それが組織としての方針であり主義でもある以上、それを破るのはゼロにとっても得策ではない筈だ。
「まぁ、たぶん狙ってやったんだと思うけど、フロートだけで艦には致命的な損害がなかったから、なんとか不時着したんだけど、待ち構えてたらしい騎士団のKMF部隊に襲われちゃって。
それでなんとか僕とセシルくんだけがランスロットで脱出できたんだよ。
いや〜セシルくんがナイトメアの操縦が出来た事に感謝感激だね〜」
この非常時にも呑気にロイドが言った。その余りの緊張感のなさに横にいたセシルが頬を抓る。
そんな日常の光景が、スザクの頭を冷やした。
「そうだ、政庁は?」
もし切り替わった映像が真実ならば、トウキョウ租界ではブリタニア軍と黒の騎士団との間で戦闘が起きている筈。
そう思い、スザクはランスロットの通信をトウキョウへと繋ぎ、驚愕した。
「なんだ、これは…………」
余りにも信じられない戦況が、そこに映っていた。
ここで簡単にブリタニア軍と黒の騎士団の両者の戦力を比較してみよう。
黒の騎士団はリーダーであるゼロの手腕と、藤堂を仲間に加えた事によって日本解放戦線のメンバーの多くを吸収した事によって勢力を増している。
人材も玉城は別として古参メンバーである杉村、井上、南など程々に仕える者達や、藤堂という優秀な指揮官。KMFのパイロットとしては紅蓮のカレンや、四聖剣も無視出来ない。情報操作に関してはディートハルトという逸材、研究面にもラクシャーターという天才。レジスタンスとしては十分すぎるといってもいいだろう。
だが革命軍としてはどうか?
そう聞かれてしまうと、満足がいかないというのが現状だ。
確かに人材面もそれなりに充実したし、資金もキョウトが後押ししてくれている。だが革命軍を名乗るには致命的なまでに"数"が足らない。
ナリタのような混戦に持ち込むのならまだしも、トウキョウ租界はブリタニアのテリトリー。通常、攻める側は三倍の兵力が必要というのに騎士団はブリタニアと同等の兵力すらないのだ。
つまり黒の騎士団は"革命軍"としては弱弱しいということなのである。
しかし、だ。それは単純計算の話。
ブリタニア政庁に対して、黒の騎士団はゲフィオンディスターバーのステルスを使い強襲を掛けた。それはいい。少ない戦力で勝つには、客観的に見ても奇襲しかない。尤もそれでも戦力差が余りにもあり過ぎて奇襲がどうこうという問題ではないのだが。
ただ、ここで一つ仮定しよう。
もしも、戦局を左右するといって過言ではないKMFの格納庫の殆どが、同時多発的に流体サクラダイトによる大爆発により吹き飛べばどうなるか?
勿論、現実的に考えてそんな惨事が起きる筈がない。
KMFの格納庫には四六時中警備の兵がいるし、出来たとしても精々が一つか二つ。全ての格納庫を同時に爆破するなど不可能に等しい。
だが仮に、その不可能が可能になってしまったとしたら。
戦略を左右するKMFの殆どをブリタニア軍が失えば。
トウキョウ租界はブリタニアの軍事施設で最も惰弱な要塞となってしまう。
そして現在コーネリア率いるエリア11統治軍が直面しているのは、そういう状況だった。
「どういうことだ!」
コーネリアの怒号が飛ぶ。
「何故ナイトメアの格納庫、それもほぼ全てに敵工作員の侵入を許したっ!」
コーネリアは優秀な指揮官だ。しかし戦いの要となるKMFが失われては勝てる戦も勝てない。
しかも腹立たしい事に、自分や親衛隊のナイトメアがある最も厳重な警備下にある格納庫ですら爆破されているのだ。
こんな事をレジスタンスが出来る筈がない。中華連邦やEUですら無理。
可能性としては、ブリタニア軍内、それもかなり上の立場でコーネリアの信頼が厚いものが裏切っている事だが、今はそれを詮索するのを止めた。
戦争中に味方の士気を下げることほど愚かなことはない。
「ギルフォード、我が軍のKMFは?」
「…………総督や親衛隊のものも含め、総数の95%が破壊されています」
「きゅ、95!?」
「これでは戦いにならぬ…」
「急ぎトウキョウから脱出したほうが……」
がやがやと騒ぐ閣僚達。
コーネリアは机を思いっきり殴る。
「脱出だと? この政庁はエリア11の権威の象徴……。
ここを落とされれば、テロリストどもが更に増長する、そんな事も分からぬのかッ!」
「いえ、そういうわけでは……」
「だが、これは好機でもある。
あの忌々しいゼロめ。ユフィの特区が相当に堪えたらしい。
まさか、ここまで短絡的な手段を使ってくるとはな」
だからこそ、これは好機なのだ。
今、この叛乱を鎮圧してしまえば、最大の反体制組織である黒の騎士団は瓦解。エリア11も静かになるだろう。
「急ぎ他の租界と連絡をとれ! 援軍を要請するのだ。
それと爆撃機は生きているな? この際、やむを得ぬ。
防御をこの政庁に集中さえ、テロリストどもの進攻を防ぐ。
時間との戦いだ。黒の騎士団は所詮は寡兵。
援軍が到着するまで凌げば、我々の勝利だ!」
「「「「イエス、ユア・ハイネス!!」」」」
この辺りは流石に優秀なコーネリアであった。
最初は予定外の事態に混乱していた将兵も、信頼できる指揮官のもと統率された動きを見せる。
そんな時、警備の兵士の数人が部屋へと入ってきた。
「なんだ、お前達は! 今は会議中だ――――――」
閣僚は注意の言葉を最後まで吐く事が出来なかった。
入ってきた兵士がマシンガンを乱射したのだ。そしてそれは、この会議で最も重要な人物へも。
「姫様っ!」
ギルフォードが慌てて身を盾にしようとするが、間に合わない。
敵の弾丸を受けたコーネリアは、ゆっくりと崩れ落ちた。
「貴様等ああああああぁぁぁっ!」
尚もマシンガンを乱射する警備兵を、素早く銃撃し殺す。
だが、もうギルフォードの関心は死んだ警備兵には向いていなかった。
「姫様! 姫様っ!」
脈をはかる。……よかった。まだ生きている。どうやら、咄嗟に身を捩り致命傷は避けたらしい。
主君の咄嗟の行動に感激しつつも、ギルフォードは通信を医務室に繋げた、が誰も出ない。
「くっ、このままでは……」
「総督! 一大事がッ!」
その時、親衛隊の一人が慌てた様子で会議室へと入ってきた。
先程のこともあって、ギルフォードは銃を向ける。
「な、何を……ギルフォード卿」
「お前は……アルフレッドか」
入室してきた人物がダールトンの養子であるアルフレッドだと分かり警戒をとく。
「なっ! 総督が……。
ギルフォード卿、これは一体?」
「説明は後だ。何があったのだ?」
「それが、発進した爆撃機が神根島で強奪されたというガウェインにより壊滅されました。
畏れながら……制空権は完全に黒の騎士団が握ったものと思われます」
「そんな馬鹿なことが――――――」
『その通り!!』
聞き知った合成音が会議室に響く。
会議室の扉の前。そこには見知った仮面の男がいた。
その手に一振りの大剣を持つゼロが。
「取り押さえろッ!」
咄嗟にギルフォードはそう叫んでいた。
忠誠心の強い閣僚達はゼロを取り押さえようと接近し、次の瞬間には一太刀で両断されていた。
「なっ…………」
それは一瞬の出来事。帝国の先槍とまで呼ばれたギルフォードをもってしても不可能な神業。
なんだ、これは……。
純粋な驚きがそこに浮かぶ。
それは少年野球に所属するピッチャーが、メジャーリーガーの全力投球を生で見たのと同じようなものかもしれない。比べる事すら馬鹿馬鹿しいまでの圧倒的な差。
勝てない……強者であるギルフォードだからこそ、その事実を素直に認識してしまった。
「アルフレッド、殿下を連れて脱出しろ」
「ぎ、ギルフォード卿!?」
「早くしろっ! これは命令だ!」
「い、イエス、マイ・ロード!」
慌ててコーネリアを抱えて走っていくアルフレッド。
それを満足気に頷き、再びゼロと対峙する。
『フフフ、主君を逃したのか。
中々の忠義者だな。私もそういう男は嫌いじゃあない』
「問答無用。覚悟せよ、ゼロ!」
今此処に、歴史に記される事のない一騎討ちが開幕した。
押して頂けると作者の励みになりますm(__)m