―――大英帝国。
サクラダイトが一般に流通してからは勢いが衰えたとはいえ、未だに欧州にて覇を唱える大国である。
実質的なEUの盟主といってもよく、その軍事力、経済力は他を寄せ付けない。
そんな大英帝国だが非常に似通った文化体系を持つブリタニアとは非常に仲が悪い。
女王を頂点とした立憲君主制と皇帝を頂点とした絶対君主制という違いもあれば、ブリタニアという国が欧州などの大国から新大陸に逃れた者達が興したものだという歴史的確執もある。
その両国の対決が、今、起ころうとしていた。








「やれやれ本国も随分と俺を扱き使うものだ」

 アースガルズのブリッジでルルーシュがそうぼやいた。
 だが不満と言う訳ではなく、どちらかというと皮肉を言っているような感じだった。

「仕方ありません。
アイスランドはブリテンを攻めるには易い場所ですから」

 ルルーシュがアイスランド、いやエリア22の総督となって六ヶ月、彼の地は急速な勢いで復興しつつある。基本的に植民地となったばかりのエリアのナンバーズというのは徹底的に弾圧され温情など欠片も見せられないのが慣例なのだが、問題なのはルルーシュはこれを完全に無視した。
 確かにブリタニア人とナンバーズとの間に差はある。
 だが嘗てのエリア11のようにブリタニア人が何の理由もなしにナンバーズに危害を加えようとしたら犯罪となり逮捕されるし、ナンバーズの最低賃金を設定するなど、矯正エリアとしては有り得ない政策が実施されていた。

 民主主義的な思想を持つ者ならば疑問に思うだろう。
 何故、ナンバーズに温情を見せ優遇するのは問題なのか。ましてやルルーシュはそれでエリア22の経済を破綻させるどころか、嘗てのアイスランドよりも復興させているのだ。アイスランド人の中には、ブリタニアの植民地となった事を喜び、ルルーシュに喝采を浴びせる者も少なくない。

 だが実はこの政策、その地を永続的に支配するのには少し弱いのだ。
 ルルーシュの行った政策は謂わば飴だ。飴を与えられた子供(ナンバーズ)は喜びルルーシュの政治に万歳を送るだろう。
 だが飴ばかりを与え続けられた子供は、やがてもっと飴を欲しいと言う様になる。つまり変な話だが我侭になるのだ。
 
 対してブリタニアが通常行う政策は違う。
 最初に鞭で徹底的に子供(ナンバーズ)を弾圧し恐怖をその脳裏に刻み付ける。そして刻み付けた後で次の段階に移行するのだ。
 元より恐怖政治というのが長続きしないというのは歴史を紐解けば分かる事である。
 だからこそ恐怖を植えつけた後、ブリタニアは次第に温情を見せていくようになる。つまり飴を与えるのだ。すると子供は鞭のことを覚えているので、与えられた飴を非常に喜ぶし、鞭を忘れていないからこそ我侭にはならない。

 無論レナードを始めとする武官、そして文官一同もルルーシュの政策には反対した。
 だがルルーシュはどのような手段を使ったのか、反対する者達を説得しその政策を実行に移してしまった。結果は先に述べたとおり一応の大成功を得た。
 結果をえてしまった以上、反対派の者達も非難する訳にはいかない。
 
 尤もルルーシュはユーフェミアなどとは違い、ナンバーズの為にそのような政策を実行したのではない。全て私欲である。
 ルルーシュはナンバーズに対して穏健な政策をすると同時に、ギアスで完全支配下においた密偵などを使い、他の植民エリアのナンバーズがどれほど悲惨な目にあっているかを、アイスランド人達の脳裏に焼き付けていった。これは僅かながらも鞭の効果を発揮すると同時に、ルルーシュに対して"ブリタニア人以外にも優しい皇子"というイメージを作ることにも成功した。

 そんなルルーシュに今回の……ブリテン攻略に参加せよという命令が下ったのは、ついこの前の出来事だった。
 当初ルルーシュはアイスランドの内情不安を理由に断ろうと思ったのだが、アースガルズの戦力をそのままにしておくのは惜しいというシュナイゼルの強い要望もあって、しぶしぶと参加を表明した。
 留守は副総督であるユーフェミアとその騎士であるスザクに任せて、といきたかったルルーシュだがシュナイゼルが更に要望を追加してきた。
 それは特派の第七世代KMFランスロットの参加である。
 元々、というより現在でもランスロットは特派のものであり、便宜上ユーフェミアの騎士である枢木スザクにそれを貸し与えているという立場をとっている。つまりランスロットをどこに配置するかの決定権はユーフェミアではなく、特派における直属の上司である第二皇子シュナイゼルが握っているのだ。

 ランスロットが参加する以上、パイロットは必要不可欠である。ただランスロットはその性能のせいでパイロットがいない。試しにギアスユーザーの二人やキューエルやヴィレッタを乗せてみたが、結果は失敗。まぁまぁの適合率を出すものはいても、80%以上の適合率となるとスザクとラウンズであるレナード以外にはいなかった。

 そんな訳で、ロイドの「データが取りたいからお願い〜」という要望もあって、枢木スザクは一時的に主君ユーファミアの下を離れ、ルルーシュ達と一緒にアースガルズへ乗艦する事になったのだ。

「だが本当にアイスランドからも出撃する必要があったのか?」

 ルルーシュが側に居たレナードとスザクに問いかけた。

「既に西側からシュナイゼル兄上が指揮するブリタニア軍が決戦を挑んでいると聞く。
ナイトオブワンがいる事もあってブリタニア軍が圧倒的な優勢だともな。
この状況でわざわざ危険を冒してまでアースガルズが奇襲を仕掛ける必要はないと思うが」

「勝利をより確実なものとする為ではないでしょうか?
自分も日ほ…………エリア11にいた時、シュナイゼル殿下よりフクオカ基地奇襲の命令を受けましたし」

 場所が場所なためタメ口は使わず、丁寧にスザクが言った。

「私も同意見です。
でなければアースガルズにマーリンのTASを流用せよ、との指示をする必要がありません」
 
「……それはそうだが」

 どうにも解せない。
 ルルーシュは思考を続けるが、結局、英軍へ攻撃を段階になっても、あの強かな異母兄の考えは分からなかった。





 
 TAS(光学迷彩システム)を利用した奇襲作戦。
 それは既にシュナイゼル率いるブリタニア軍と戦っていた英軍には予想外の事だったらしく、混乱が目に見えて分かった。
 アースガルズに流用されたTASはマーリンのものとほぼ同じだが、その長時間使用出来ないという弱点を潜水機能を追加することで誤魔化していた。
 つまりアースガルズはソナーなどはTASで誤魔化し、海面浮上後の僅かな間だけ不可視状態にして一気に奇襲を仕掛けたのだ。

 だが通常ならこのような作戦など大した意味を持たない。
 なにせ幾らアースガルズが最新鋭の戦艦といえど一隻なのだ。ルルーシュが常日頃から言うように戦術が戦略を覆せる筈がない。アースガルズ一隻で英国軍を打ち破り占領するなど出来る筈がない。
 だがシュナイゼルもそんなことは分かっている。
 大体、シュナイゼルが望んでいるのはあくまでも陽動であって、英軍の目をブリタニア軍本隊から逸らすことが出来れば万々歳なのだ。
 それに今、アースガルズに騎乗しているラウンズはレナードだけじゃなかった。

『ルキアーノ・ブラッドリー。パーシヴァル出るぞ』

 レナードの仕官学校時代の同期であり、同じラウンズ仲間であるルキアーノがレナードに先行して出撃する。
 それをレナードは溜息交じりに眺めていた。

『レナード』

「なんですか、ルルーシュ総督閣下」

 慇懃にレナードが言う。

『ルキアーノ・ブラッドリーはお前の仕官学校時代の同期なんだろう。
あいつの指示はお前に一任するぞ』

「…………やっぱり、そうきましたか」

 ルキアーノの性格が、普通の人間からしたら不愉快なものだというのは理解している。
 特にルルーシュは『強者が弱者を一方的に弾圧することを嫌う』というどこぞのゼロのような性格をしているから、ルキアーノのような"殺人快楽者"は嫌悪感を抱く類の人間だろう。
 だからルルーシュがルキアーノの言動などに苛立ちを覚えるのは無理はない事だったし、それはルルーシュが悪いのではなくルキアーノが悪い。
 しかし、そのツケが何時も自分に回って来るのは頂けない。
 仕官学校時代もルキアーノを抑えられる唯一の人物ということで、よく模擬戦などではルキアーノとタッグを組まされた。

 パーシヴァルに続いてヴァルキュリエ隊のヴィンセント、スザクのランスロットが続く。
 最後がマーリンだ。

「レナード・エニアグラム、出撃する」

 思えば、とんでもない戦力が一隻の戦艦に集中している。
 先行量産型のヴィンセント・ウォードにしてもそうだし、ヴァルキュリエ隊のヴィンセントが四機。そして極め付きはラウンズ級の強さを持つランスロット、そしてラウンズであるマーリンとパーシヴァル。これだけあれば小国なら本当に一隻で落としかねない。
 その部隊に突如として奇襲を受けたのだ。
 英軍の驚きも知れるというもの。

 そして、ふと進軍中。
 ルキアーノのパーシヴァルが前に出すぎだということに気付いた。
 注意しようと口を開くが、自分より先に気付いたらしいスザクが、

『ブラッドリー卿、先行し過ぎでは?』

『んんっ〜。イレヴンの猿がこの私に指図するというのか?』

『いえ、そういう訳では』

「ルキアーノ」

『なんだ、レナード?』

「枢木少佐の言うとおりだ。他の皆に合わせろ」

『レナード、もしやイレヴンの味方をするのか?』

「後ろから撃ち殺されたいのか?」

『分かったよ。
まぁお前の言う事なら仕方ない。他のウスノロと合わせればいいのだろォ?』

「分かればいい。ほら、来るぞ」

『おっと、これはこれはァ!』

 戦闘機の小隊を、パーシヴァルがハーケンを使い沈める。
 一瞬の出来事。恐らく戦闘機のパイロットは自分がやられた事にすら気付かなかっただろう。
 パーシヴァル……データでは見たことはあるが生で見るのはこれが始めて。
 どうやら、かなりの機体のようだ。

「さて、俺も負けられないな」

 英軍の主力はシュナイゼルと戦っている為出払っているらしい。
 つまり、今が絶好の好機。




「敵母艦撃沈! 我が軍の損害はKMF一機のみ」

 ブリッジ要因の言葉を聞きながらルルーシュは頷く。
 余り乗り気ではない戦いだったか、もしかしたら本当に奇襲が成功するかもしれない。
 戦術が戦略に勝てる訳がないという持論を持つルルーシュでも、そう期待してしまうほどアースガルズのKMF部隊、特にスザクとラウンズ二人の力は凄まじかった。
 一度敵にまわした事があるルルーシュだからこそ、なのだろう。
 その強さと恐ろしさが良く理解出来た。同時に嘗ての自分のように戦略が戦術に覆されていく状況に絶望しているであろう顔も知らない英軍の指揮官に同情した。

「ルルーシュ殿下、これはいけます」

 興奮した声が響く。

「分かっている。だが油断はするなよ」

「イエス、ユア・ハイネス!」

 シュナイゼルの考えが読めない、というのは忌々しいが仕方ない。
 今は目の前の戦いに集中することにしよう。

 今のところブリタニア軍は、戦闘機が主の英軍の航空戦力に対して圧倒的な戦いをしていた。
 だがいかせん数が多い。既に撃墜スコアは凄まじいことになっているが、英軍にはまだまだ戦力があった。
 もし今後、更に攻撃を加えることを考えるのならば英軍に援軍が来る前に、基地を落とし拠点とするのが吉なのだが、ルルーシュはそこまでする気はなかった。
 程ほどのダメージを与えてから、適当なタイミングで退却しようと考えていた。
 ルルーシュには少数精鋭でナポレオンが地獄を見た焦土作戦を行うなどという考えはない。
 それにどの道、無理に戦えば補給の必要も出てくる。もし深入りして補給線をやられでもしたら、それこそ壊滅だ。





 敵の数少ないフロートを装備したKMFを落としたところで、スザクは一息ついた。
 だが敵の攻撃は止まらない。
 直ぐにランスロットを上昇させ、突っ込んできた戦闘機をMVSで両断した。

 既に何機の敵を倒したのだろうか。
 いや違う。
 一体今日だけで何人を殺したのだろうか。

 そんな考えを慌てて外へ出す。
 いけない、今日は戦闘中だ。

『この売国奴がァアァァァァァァァァッ!』

「!」

 驚く。
 発せられた単語にじゃない。言語だ。
 戦闘機のパイロットが発したのは紛れもない日本語だった。

(もしかして…………日本人?)

 聞いた事がある。
 欧州に永住権を持っていたり、亡命した日本人がEU軍に入って、ブリタニア打倒を目指しているという話を。

(まさか、彼も……?)

『死ね。奸賊、枢木スザクッ!』

 死ね。その言葉を聞いた瞬間、スザクの思考は止まった。

――――――――生きろ!

 瞳が赤くなる。
 スザクの中から全ての迷いが消え去り生きるため、敵を殺すための兵器となる。
 変容したスザクに戦闘機などもはや敵ではない。
 迫ってきた戦闘機を、ブレイズルミナスで覆われた右足で蹴り飛ばす、と同時にスザクが元に戻る。

「これは、一体」

 まただ。
 また意識が飛んだ。
 あの神根島の時以来、たまにこうやって意識が飛ぶことがある。ロイドやセシルに相談してみたが、原因は未だに不明。

(駄目だ、今は戦わないと……)

 ランスロットがヴァリスを構える。
 目標は敵駆逐艦。発砲。
 正確な射撃。ヴァリスの弾丸は吸い込まれるようにして駆逐艦へ飛び、弾けて、消えた。

「え?」

 何が起きたのか分からなかった。
 一体どうしてヴァリスが……。
 良く目を凝らしてみてみる、するとそこに一機の赤いKMFの姿があった。

「そんな。あれは、まさか……」

 見覚えがある、というどころの話ではなかった。
 なにせスザク自身、あのKMFと何度も戦ってきたのだから。
 そうお互いの正体すら知らずに。

「紅蓮……カレン、君なのか?」

 そのスザクの問いに答えるように――――――――アースガルズと同じように潜水機能を持たせたのだろう――――――海面から浮上してきたアヴァロン。そしてあの男の声が響き渡った。まるで見せ付けるかのように。誇示するかのように。

『黒の騎士団、総員出撃せよ! ブリテンを守るのだッ!
我等の覚悟と、力を示せ!!』



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