―――猿も木から落ちる。
どんなに、その道のプロフェッショナルであろうと失敗する時はある。
では失敗する事がない者をなんというか知っているだろうか。
それは神と、そう言うのだ。
「約束を果たしに参りました、天子様。
貴方に、外の世界を」
星刻がそんなことを天子へと言っているのを聞いた。
だが残念なことに、今はそんなロマンチックな事をしている場合じゃない。
「星刻ッ！ さっさと逃げるぞ！
このままじゃ包囲されてやられる！」
「分かっている。天子様暫しのご無礼をお許し願います！」
「えっ？」
「御免！」
星刻が天子を抱きかかえる。所謂お姫様抱っことかいうやつだ。
それを確認するとレナードが手榴弾を投げる。起こる爆風。乗じて逃げた。
今回レナードが執った作戦は実に簡単であった。
『祝賀会に二人で乗り込み天子を浚う』これだけである。
捻くれた策も大々的な罠も何もない。やった事といえば停泊しているグレートブリタニアに退避しずらくする為に間の通りを爆破しただけ。
はっきり言おう。
こんなものは策とすら呼べない。ただの暴挙だ。
余りにも短絡的かつ愚考過ぎて誰も考えようとすらしないような馬鹿な行為。
そして、そんな下策だからこそシュナイゼルの裏をかくことが出来たのだ。策士策に溺れるとは言ったものだが、なまじ頭が良いだけあって短絡的な暴挙には酷く弱いところがあったりする。ルルーシュが良い例だろうか。彼は純粋な頭脳戦ならば最強であるが、感情や常人と別の理屈で動くような相手には脆いところがある。
シュナイゼルはルルーシュよりもイレギュラーに強くはあるが、流石に今回のような行動は、余りにも愚か過ぎて想定すらしていなかっただろう。
つまりそれこそレナードの作戦。
全ての思考回路がシュナイゼルに読みきられている可能性があるので、逆に何も考えず真っ向から突撃したのだ。
結果は成功。今、レナードと星刻は隠しておいた車に乗り逃走中だ。
KMFなどの兵器の類を洛陽城内に持ち込めなかった為に、用意したのがこの車だった。
ただの車と思うなかれ。最高速度は時速400km。窓は全て防弾仕様、タイヤだってサブマシンガンの直撃を受けてもノープロブレムな一級品。しかもタンクの中にはバズーカー砲や武器弾薬がごっそりある。
『そこの車！ 武器を棄て停止しろ！
今ならば裁判を受ける事が可能であるッ！ 繰り返す。大人しく――――――』
バズーカ砲で叫んでいた兵士達を吹き飛ばす。
裁判だって？ 悪いが中華連邦の法で裁かれるつもりはない。
「まさか、B級映画ばりのカーチェイスをリアルにする事になるとはな」
「仕方ないだろう。そもそも、これは君の発案だったと思うが？」
車を運転しながら、窓からサブマシンガンで追っ手を撃破する。
よしよし。計画通りだ。
中華連邦側も天子がこちらにいる状況では、こちらに思うように手出しは出来ない。
下手に攻撃すれば、大事な外交の道具を失う事になるのだから。
ましてや此処は洛陽の城内。天子に危害を与える場面を人民――――――それも富裕層の――――――に見られたら大宦官の権力すら危ういかもしれない。しかし、ならばどうするか？
シュナイゼルの立場になって考えた時、それは容易に理解出来た。
『レナードッ！』
「カレン！ 紅蓮のお出ましとはな」
当初の予定と違う。来るのはガンルゥかと思っていたのに。
ライオンを期待していたらドラゴンだったような気分だ。
『大人しく止まって。最終通告よ。
止まらないなら強引にでも止まらせる！』
紅蓮なら容易に可能だろう。
ガンルゥとは違い、紅蓮と紅月カレンならば天子に危害を加えず車を止めることも簡単に出来てしまう。だが、こちらもそう簡単にやられるほど往生際が良くない。
「それはこっちのセリフだぞ、カレン。
動くな！ さもないと、天子を殺す！」
レナードが、銃口を眠っているらしく何の悲鳴も上げない天子へと押し付ける。
はっきりいって、どう見ても悪人としか見えない。
『アンタ…………そこまでするなんて……』
「ふはははっははっはははっ！ どうだ、手が出せまい！
そして、今の内に」
アクセル！ アクセル！ アクセル！ アクセル！
走行速度が時速250kmに到達する。洛陽の北門まで一直線で助かった。
『逃がさない！』
「しつこいぞ！」
紅蓮が左腕に装備されている銃口から発砲する。
それは今現在逃走中の車が走っている道路を滅茶苦茶に破壊し走行を不可能にした。
「ちぃぃ！ 流石は成績優秀のカレンお嬢様。機転が利くじゃないか」
車を停止させる。あんな場所に突っ込んだら新聞の一面を飾るような大事故だ。
こんな場所で自殺するつもりはない。
天子を抱きかかえて車から降りる。既に真上には紅蓮が浮かんでいた。
『これで貴方はもう逃げられない。
さぁ大人しく天子様を放して。ゼロに命だけは助けて貰うよう頼んでもいいわ』
「逃げられないだって？ やはりカレン、お前は理解していない」
『なにが？ 言っておくけど見逃すつもりはないわよ』
「だから理解してないんだよ。
いいか、今後の為に一つ教授してやる。
常人には不可能な事を鼻歌交じりに達成するのが、ナイトオブラウンズだってことを」
言い終わると、そのまま抱きかかえていたモノを天高く放り投げた。
『天子様を！』
紅蓮が慌てて放り投げたモノに手を伸ばす。が無駄。
幾ら紅蓮が早かろうと、こちらが爆破スイッチを押すほうが断然速い。
轟音。紅蓮がそれを掴む寸前にそれは木っ端微塵に爆散する。周辺にチャフスモークも撒き散らしながら。
「さてと、遅かったな星刻」
『ああ。少々追手のガンルゥを潰すのに手間取った』
猛スピードでこちらに接近してくるKMF。
それはブリタニアのものでも、ましてや黒の騎士団のものでもなかった。
ラクシャータの手により製造されたが、余りにも高性能を追及し過ぎたせいで、扱えるパイロットのいなかった孤高のナイトメア。名を神虎という。
『その声、確か一度大宦官の護衛に来てた星刻！
でも、アンタはそこに……！』
カレンがレナードと同乗していた"星刻"を見た。
その特徴的な服装といい長髪といい間違いなく"星刻"に見える。
しかし"星刻"はしてやったり、という表情で笑うと頭につけていたカツラを取り払った。
現れたのは星刻ではなく、顔立ちの似た別人だった。恐らく反主流派のメンバーの一人だろう。
『まさか、偽者……』
『隙ありッ！』
神虎は武装の一つである中華刀で、異常事態の連続に混乱している紅蓮のフロートを破壊する。落下していく紅蓮。
「星刻！」
『分かっている！』
そのまま神虎が急降下。車の側にいたレナードと影武者を手に乗せると、今度は急上昇する。
『待て！』
『待てと言われて素直に待つ奴はいない』
みるみる内に神虎が洛陽から離れていく。
中華連邦はまだフロートを装備したKMFはこの神虎しかない筈なので追ってくるのに時間が掛かるだろう。カレンはフロートを破壊したので一時的に追撃不能であるし、最悪、中華連邦がブリタニアに協力を要請したとしても、様々な調整のため最低でも数時間は動けない。
「星刻。天子様は？」
『この神虎を奪う際、護衛兵の首を二つ三つ切り飛ばしてな。我々には如何と言う事はないが、まだ御幼少の天子様には刺激が強かったらしい。クッ、私は何て事を……』
つまり天子は本当に気絶してしまったらしい。
冗談から出た真ということか。
『しかし本当にこのような……』
「クレイジーな作戦が上手くいくとは思わなかったか？」
『正直に言うとな。
まさか真正面からの強奪という暴挙を囮にして、その真の目的は新型機強奪とは』
そう、それこそがレナードの本当の策。
頭の良いシュナイゼルのことだ。レナードと星刻が真正面から乗り込んできたのを見て瞬時に全てを悟っただろう。自身の知略には考え付かない暴挙で天子を強奪しようとしている、と。
だがそれすらも囮。インドの大宦官派と呼ばれる一団から、ラクシャータの開発した新型機である神虎が送られ、それが朱禁城のとある格納庫に置かれているというのは、サンチアとルクレティアの調査によって判明していた。
つまり本当の作戦はこうだ。『レナードと星刻が二人で祝賀会に乗り込み天子を強奪する。その後、星刻は警護の兵に化けて神虎の格納庫へ、レナードは用意していた車に乗り込み囮となる』
予め車内には星刻の影武者と天子そっくりの人形は用意しておいたので、カレンも気付かなかっただろう。そしてクーデターの首謀者は既に逃亡したと聞けば大宦官や朱禁城の警戒は薄まる。そこをついて神虎を強奪したのだ。事前にパイロット予定者を『苦痛の伴う尋問』を行い認識番号とキーは手に入れておいたので、さしてトラブルもなかった。
結果はご覧の通り。
天子だけではなく、新型機のオマケつき。
しかし本番はこれからだ。
『中将。お待ちしておりました』
神虎を待っていた二機の黒いヴィンセント。ギアスユーザー専用にカスタマイズされた専用機である。搭乗者は勿論サンチアとルクレティアの両名。
そして二機の間にはオートで浮遊させているマーリンがある。
「ご苦労」
二人を労うと、神虎の手からマーリンのコックピットへ乗り移る。
しかし良くも生きて戻れたものだ。これ程の戦果は、正直奇跡だろう。
「だがしかし、漸く憂さ晴らしが出来たか。
毎度毎度、奪われてばっかだったからな。稀にはこっちが奪うのも悪くない」
【ヴィンセント（ギアスユーザー専用）】
搭乗者：サンチア、ルクレティア
形式番号：RPI-212G
分類：第七世代KMF
製造：アースガルズ（神聖ブリタニア帝国）
生産形態：ギアスユーザー専用機
全高：4.44
全備重量 6.91t
推進機関:ランドスピナー
関：フロートシステム
『特殊装備』
ギアス伝導回路
『武装』
MVS（ランスタイプ）×2
スラッシュハーケン×2
ヴァリス×1
≪詳細≫
主任がギアスユーザー専用に、既存のヴィンセントをカスタマイズした機体。
基本性能はヴィンセントと変わらないが、ギアス伝導回路により能力者の力をKMFに騎乗しながらでもフルに発揮できる仕様になっており、また通常のヴィンセントとは違いアサルトライフルではなくヴァリスを基本装備としている。
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