―――天命。
天が人に与えた一生を掛けてやり遂げるべき使命。
どのような命だろうと無駄な命は無い。
それが良かれ悪かれ生まれた時点をもってその個体には天命が定められる。
ただ世界には天命を知らずして散る者が余りにも多い。そう特に戦時中は。






「アリス、こっちは片付けたよ」

「そう、私もたった今っ」

 言いながら、私は黒服のSPをサイレンサー着きの銃で撃つ。
 SPは一瞬痺れたかのように震え、そして動かなくなった。
 
「でも呆気ないね、SPっていうのも。
こうも簡単にやられちゃうなんてさ」

「あのね、ダルク。
私達はギアスユーザーよ。生身の人間相手なら、それこそラウンズ級の怪物でもない限り負ける訳ないでしょ。特に私達のギアスは戦闘に適してるんだから」

「はいはい、分かってるよ」

 私のギアス、加重力で相対的に超高速を得る事が出来る能力と、ダルクの自身の筋力を底上げする能力。純粋な白兵戦においてこれほど強い能力もそうはない。
 事実、今倒しているSP達だって普通の人間としては十分すぎるほど強い。ただ私達が通常の理から外れているだけ。勝敗を分けた原因はそこにある。

「ダルク。しくじらないでよ。
今日の為にずっと動き回ってきたんだから」

「勿論っ!」

 既に遠方から聞こえる喧騒は近付いてきている。流石は最強の戦艦アースガルズというべきか。此処の守備兵をこうも容易く突破するだなんて。

 こっちも頑張らないと。
 なにせ私達が失敗すれば作戦は全てパーだ。

 此処まで来るのに随分と時間が掛かった。
 表向きシュナイゼルに私達の本心を悟らせない為に、あくまでもナナリーとは仕事だから嫌々付き合っていたという風に振舞った。幸いシュナイゼルにとって私達の重要度はさして高くなかったようで、直ぐに元の指揮官であるマッド大佐の下に再び着くことになった。
 それでも地道に操作を続け、漸くナナリーの居場所を見つけたのだ。イレギュラーズが比較的中枢に誓い場所にあったのも運がいい。
 だけど幾らギアスユーザーでも大国ブリタニア相手に、二人でナナリーを助け出すなんて愚行を超えた暴挙だ。そこからはナナリーの居場所ではなく、アースガルズと如何に連絡を取るかが勝負になった。
 そして今日。全ては実行に移る。

「だけど変なもんじゃん。
最初はブリタニアのお姫様の護衛だなんて嫌々やってたのに、今じゃ命賭けでそのお姫様を助けようとしてるなんてさ!」

「不満なの?」

「全然!」

 私もダルクも同じだ。
 最初は嫌々だった。人質として日本に送られ帰国したばかりの我侭姫様の護衛だなんて。
 そんな退屈な仕事につくくらいならサンチアとルクレティアと一緒のほうがましだと思っていた。
 
 だけど…………

 ナナリーは違った。こんな私達を対等の"人間"として扱ってくれた。今まで幾度と無く戦場を駆けてきたけどそんな事は始めて。元指揮官のマッド大佐もブリタニア軍人もナンバーズも私達を同じ存在としては扱わなかった。そうブリタニアにとって真実私達は道具だったのだろう。ギアスを使い戦局を優位に進める為の駒。仲間なんて同じ境遇の三人しかいないと思っていた。
 けどナナリーは、そんな風に私達を扱わなかった。ギアスユーザーでも、兵士でも、道具でもなく、人間として私達を見てくれていた。
 私もダルクも身分こそ違うけど、ナナリーのことを掛け替えの無い親友だと思ってる。だから誓ったのだ。ナナリーの力になると。この儚い姫の騎士になろうと。

 だからこそ負けられない。
 私達と一緒に遊ぶ時のナナリーは楽しそうだったけど、時々笑顔に影が差した。理由なんて考えるまでもない。ナナリーが他の誰よりも愛しそうに名前を言う存在。ナナリーの兄、ルルーシュ・ヴィ・ブリタニア皇子。そしてもう二人。ナイトオブワン、レナード・エニアグラムとユーファミアの騎士である枢木スザク。きっと兄とその二人はナナリーにとって特別な三人なんだろう。
 悔しいけど、私達以上に、ナナリーは彼等を求めているんだと思う。
 
 だから私は絶対に、ナナリーを連れて行くんだ!
 兄の下へ! 優しい世界へ!

「ダルク!」

「分かってるよ。もう少しだよ!」

 それに、私に関してはダルクとは別に理由がある。
 私には妹がいた。だけど私は守れなかったのだ。
 だから私は今度こそ守る、絶対に。だって私は。

「ナナリーの騎士なんだから!」

「あぁ、ずるい! あたしだってナナリーの騎士だよ!」

「そう、じゃあ二人で騎士ってどう?」

「いいね、それ!」

 最後の扉が見えた。
 ダルクが先行し扉を蹴破る。すると中に三人のSPと一人の侍従、そして見間違える筈もない少女が、ナナリーがいた。
 私は自分のギアス、ザ・スピードをフルで使い数瞬で間合いを詰めると素早くSPを沈黙させる。侍従の一人が慌てて銃を構えたが遅い。既に侍従には私じゃなくダルクが迫っている。
 ダルクのパンチが思いっきり腹に入ると、侍従はそのまま壁へと吹っ飛ばされていった。

「ナナリー、久し振り」

 私は万感の想いを込めて言った。

「アリス、ちゃん?」

「助けに来たよ。ついでにダルクも」

「こらっ! あたしはついでじゃないーー!」

「はいはい。ダルクは放っておいて。
さぁ早く逃げるよ。此処はもう危ない。もう直ぐ――――――」

 その時、私には見えた。
 月夜の空から真っ直ぐにこちらに向かってくる漆黒の魔人を。
 見覚えがある。ナイトオブツー、いや、ナイトオブワン専用機マーリン。というとアレに搭乗しているのはレナード・エニアグラム。ナナリーの想い人。
 漸く、私は肩の荷が下りた気がした。
 彼に任せておけば大丈夫。
 ブリタニア以外の国において、悪鬼の如く畏怖されるKMFは、今の私には天使のように思えた。



 一人の男の話をしよう。
 彼はブリタニアの極普通の家に生まれた。
 貴族でもナンバーズでもなく、ましてや皇族でもない。
 普通の平民。父は元軍人の警備員で母は専業主婦。
 そんな風に極普通に育った彼はやがて軍人を志した。
 最初の動機なんて単純なものだ。KMFに乗るのが格好良さそう、そんな子供染みた思いで彼は軍人に興味を抱くようになる。
 
 彼はそこそこ優秀だった。
 学校の成績だって上位には確実に食い込んでいるし、担任教師の覚えも良かった。
 だから、だろうか。
 彼は思った。もっと上に行きたいと。

 神聖ブリタニア帝国皇帝シャルルの言葉で最も有名な物は何か?
 そう聞かれれば多くのブリタニア人が『人は平等ではない』と答えるだろう。
 事実ブリタニアは平等とは程遠い国家だ。貴族主義が当然の如く存在し、植民エリアのナンバーズは徹底的に差別を受ける。
 
 だがもう一つ重要な事がある。それはブリタニアが"弱肉強食"の国だということだ。
 謂わば実力主義、冷酷なまでの。
 例をあげよう。よく泥棒に入られた人に対して"泥棒も悪いが鍵をかけないで出かけた貴方も悪い"というだろう。ブリタニアという国は言うなれば、その思想を極端に肥大化させたような国家だ。
 
 市民が人質に捕られてもブリタニア警察は絶対に犯人の要求には応じない。人質の命を度外視して突入する。何故か? それは犯人も悪いが、人質となった弱者が悪いからだ。
 結果として人質が全員死んだとしても『我々は人質の救出に尽力したが、既に犯人によって人質は全員殺されていた』とでも報道して終わり。

 そんな国家だからこそ彼は上を目指したのだ。
 確かにブリタニアは弱者に対して温情など欠片も見せない国家だ。
 だが強者に対しては身分に関わらず取り立ててくれる。平民から貴族へとなった者だって少なくはない。そして一番の近道が軍人だった。

 彼には若さもあったし情熱もあった。
 上を目指す上昇志向もあった。
 ただ、それだけに彼は深く現実に絶望してしまったのだ。

 彼の入った士官学校。
 そこには最も目立つ二人の候補生がいた。
 一人はルキアーノ・ブラッドリー。もう一人がレナード・エニアグラム。
 
 そう、彼らは彼/俺にとって遠すぎる存在だった。
 少しでも目に見える欠点があるなら、まだ妥協できただろう。
 特にあのルキアーノ・ブラッドリーのように実力があっても性格に余りにも難があるというならまだ許せた。我慢もできた。
 
 しかしもう一人。 
 レナード・エニアグラムは違う。
 実力だって何もかもが私は奴に劣っていた。無論、悔しくて努力もした。士官学校の誰よりも体を苛め抜き人の三倍は努力してきたと自負している。
 だけど届かない。三位と一位・二位の間には絶望的なまでの持って生まれた才能の差があって、余りにも高く厚い壁。それでも諦めず努力に努力を重ねた。人と接する事すら時間の無駄に思え、交流を断ってひたすら努力に努力を重ねる。
 
 でも俺の指は奴の足元にすら届かない。俺は知っていた。レナード・エニアグラムもルキアーノ・ブラッドリーも決して自らの才能に溺れているだけの軟弱ではないことを。影で他の士官学校生より遥かに努力をしていることを。
 
 俺の目から見て、彼等は、完璧だった。
 そして彼等は、俺の事を、認識してすら、いなかっただろう。

 なんだこれは…………!
 余りにも、余りにも不公平じゃないか。
 何故そんなにも差があるんだ。努力なら誰にも負けないという自信がある。才能が違う? そんなことは誰よりも分かってる!
 教官に相談しても返答は同じだった。あの二人は才能が違い過ぎるんだ、諦めろ。
 そんな事を何度も聞かされてきた。
 
 理不尽すぎる。
 その癖レナード・エニアグラムという男は、ブリタニア貴族の名門エニアグラム公爵家の嫡男にして現在のナイトオブナイン、ノネット・エニアグラムを姉に持つという。
 既にその成績もあって未来のラウンズ候補として期待されているという話も聞いた。
 
―――――――――――人は平等ではない。

 嘗て自分を奮い立たせた言葉が、今度は自分を追い詰めていく。
 そう人は決して平等などではなかった。神が平等を謳ったとしても俺が認めない。人は平等なんかじゃない。絶対に、平等じゃない。
 
 その後のレナード・エニアグラムといったら、もうそれはそれは華々しいご活躍だった。
 エリア11での活躍、そして欧州戦線において名将テオ・シードのいる基地を一人で陥落させたというニュースも、当時ブリタニア軍少尉だった俺の耳には痛いほど入ってきた。
 そして来るべき時、レナード・エニアグラムがラウンズへと任命され、准将にまで特進した時、俺はまだ中尉であった。
 
 今も同じ。
 国際的にはテロリストとされているレナードだがそれは遠くない未来に崩れるだろう。
 あいつはそういう奴だ。誰よりも俺が理解している。
 今度はどうなるのだろう?
 確かナイトオブワン、だったか。なら無事にブリタニア奪取に成功したら、今度はどうなるんだ? これ以上出世するというのか。誰もかもを置き去りにして。
 今、レナード・エニアグラムはルルーシュ・ヴィ・ブリタニアの妹ナナリー・ヴィ・ブリタニアを救う為に戦っている。俺は知っている。ナナリー・ヴィ・ブリタニアがレナード・エニアグラムを一人の男として好いている事を。また俺は知っている。レナード・エニアグラムにとってナナリー・ヴィ・ブリタニアが特別な存在だということを。
 
 そんな時、俺は……………。
 こうして、あっさりと倒された愚かなSPとして地面を転がっている。
 手にはサブマシンガン。もう直ぐ消える命だが幸いな事に右腕だけは動かせそうだ。

 ざまぁみろ、レナード・エニアグラム。
 お前の幸せを壊すのは、お前が取るに足らない相手とすら思っていなかった凡人だ。
 何の事は無い、ただの人間。
 そうだ。お前は俺のような凡人の八つ当たりで幸福を奪われるんだ。

「ははっ………ははははっ…………」

 笑いが込み上げる。
 なんだ、簡単なことじゃないか。
 こうやって、引き金を引けばいい。なんだ、こんな簡単な――――――――




「いたっ!」

 マーリンのセンサーが捕らえた、屋敷内でのその光景。
 余りにも近すぎる距離だというのに、この時ばかりは酷く遠過ぎた。

「…………ッ!」

 レナードは見た。
 血塗れのSPが末期の力でサブマシンガンの銃口をナナリー達に向けるのを。
 そしてサブマシンガンから放たれた銃弾が、ナナリーと他二人を貫く極近未来の映像を。
 
「!」

 ナナリーや他二人はこの事態に未だ気付いていない。
 向けられている銃口。ナナリーは動けない。そして。

 鳴り響く銃声。
 その瞬間、あらゆる全てが―――――――。

 倒れていく体。サブマシンガンの業火に晒された三人は、呆気なくその命を。
 いや、まだだ。

「ああああっ、ああああああああああッ!」

 あらゆる要因を無視してレナードは突っ込んだ。
 倒れているSPにヴァリスの銃弾を浴びせて消滅させる。
 思えば、レナードは狂ってしまえれば楽だったのかもしれない。だが、彼が戦場で育んだ鉄の理性はソレすら許してはくれなかった。
 叫びながらも、余りにも冷静沈着に、そして冷酷に事実を悟る。

 ナナリーはまだ生きていた。
 ギアスユーザーと思われる二人は即死だったが、どうやら車椅子が守ったらしい。ナナリーにはまだ息があった。けれど…………。

 レナードは渾身の力を込めて、その先の思考を無視する。
 考えてはいけない。絶対にその先は。




 オーディンのコックピットで、ルルーシュは焦る気持ちを抑えつつ、冷静に戦場を俯瞰していた。
 敵の守備兵はほぼ壊滅状態にあるといっていい。
 戦術が戦略に敵うはずが無い、その固定観念をこの戦艦だけには例外を適用させる必要がありそうだ。

『ルルーシュッ!』

 その時。通信越しにC.C.の悲痛な叫びが響いた。
 不意に嫌な予感がした。何か不吉な事が起きようとしている。そんな感じが。
 だからC.C.に何を慌てているのかを問いただす事が恐ろしかった。

「どうした、C.C.! 何があった!」

『早く……お前の……生きる……目的……』

「おい、C.C.!」

 それっきり通信が途絶えた。
 だが再びの通信。今度はキューエルからだった。

「今度はなんだっ!」

『申し訳ありません、陛下っ! ですがレナード閣下のマーリンが物凄い速度でアースガルズに!』

「なんだとっ!」

 瞬間、ルルーシュにはレナードが何故アースガルズに帰還したかの理由が三十五通り浮かんだ。
 そしてその中の一つ。最悪の想像が脳裏を霞め。

「モニカ! 全ての指揮はお前に任せる!」

 いてもたってもいられなかった。
 ルルーシュは他のあらゆる全てを無視して、アースガルズへと帰還した。

 そして丁度その頃。
 血塗れのナナリーを抱きかかえ、レナードは帰還したアースガルズの艦内を走る。
 足どころか全身の力を失ってしまった四肢。急速に色を失っていく肌。
 レナードに理性が告げる。もう絶望的だと。即死は免れたもののそれは致命傷だと。
 だがそんな事はどうでもよかった。レナードは持てる全ての力を振り絞り走った。
 医務室の扉が開く。そこから現れた主任とセシルは余りの惨状に言葉を失った。あの純白の騎士服は返り血で紅く染まり、それを着込む男も常日頃の飄々とした雰囲気を置き去りにしてしまったかのような悲愴な表情をしている。

「頼む!」

 レナードが叫んだ。

「ナナリーを…………ナナリーを助けてくれっ!」

 自分が始めて軍務中に涙を流している事に、レナードは気付いていなかった。  

  
 
 


 ゆっくりと意識を覚醒させる。
 一体どこだろうか、此処は。少なくとも自分が軟禁されていた屋敷じゃないと思う。あそこは、どこか古めかしい雰囲気があったけど、此処はどこかシンプルな感じがする。こんな所はあの屋敷にはなかった。目が見えないせいか、そういう雰囲気には人一倍敏感なのだ。
 
 上半身だけでも起き上がろうとして、気付いた。体が動かない。何故だろう? 足は兎も角、上半身は問題なく動いていたというのに。
 それに何だろうか。なんとか動かせる左腕を伸ばそうとしたら何かにぶつがった。なんだろうと思って触ってみて気付いた。これはガラスだ。でもナナリーにはもっと驚くべき事がある。ガラスの向こう側。そこに夢にまで想った人達の存在を感じた。

「……………………」

 三人の中の一人。
 自分が誰よりも愛している兄が何かを言う。だけど聞こえない。たぶんこのガラスのせいだ。
 そう思っていたらゆっくりと何かが開かれる音がする。左腕を無造作に動かしてみて、そして漸くガラスがなくなったことに気付いた。

「ナナリー」

 遠い、けれど震えた声。
 どうしてそんなに悲しそうなのだろう。私はお兄様にそんな思いをして欲しくない。それにこうしてまた会えたのだ。なら笑って欲しい。お兄様が悲しむ所なんて見たくない。兄には笑っていて欲しかった。例えその顔を見ることが出来ないとしても。

「お兄………様………よかった。………ご無事で……」

「ああ。俺は大丈夫だ! だから、ナナリー!」

 あれ変だな?
 どうして声がかすれているんだろう。もしかして性質の悪い病にでも掛かってしまったのだろうか。だけど本心を白状してしまえば病気というのは嫌いじゃなかった。だって病気ならお兄様が側にいてくれるから。クロヴィスお兄様がお亡くなりになられてから家を空けることが多くなったお兄様。けれど私が病気の時にはずっと側にいてくれた。

 そして。
 ナナリーはもう一人の、やや幼さを残した顔立ちの少年に顔を向けた。

「スザク…さん……」

 スザクの手がナナリーの手を握った。
 ああ、これは間違いない。間違いなくスザクさんの手だ。お兄様と二人だけで送られた日本。ずっと味方なんていないと思っていた。この国で頼りに出来るのは兄だけだと、諦めていた私の中に入り込んできた日本人の男の子。

「ナナリー!」

 大きな声で呼んでくれるのは嬉しいのですが、ちょっと痛いです。でも、それがスザクさんらしいかな。でも何だろう。私の手。水のようなモノが落ちてきている。もしかして。

 ナナリーの手がスザクの頬に触れた。

「ナナリー?」

「お母様が言ってました。人と体温は涙に効くって」

 嗚呼。だけど今回は効かなかったようだ。
 だってスザクさんはそう言うと、もっと涙を溢れさせたんですもの。

 そして最後の人。
 レナードさん。何時も私達を影から守ってくれた人だ。
 そこで漸く思い出した。自分が最後に見た光景、漆黒の機体が自分の所へ飛んでくるところを。
 そうか。たぶん私は助けられる時に気を失って医務室に運ばれてしまったんだ。まったく、格好悪いところを見せてしまった。呆れられるかもしれない。

 ナナリーは口を開き、レナードに助けてもらった事へのお礼を言おうとして止めた。
 何故だろうか? もっと他に言わなければいけないことがあるような気がした。

「……レナードさん……ご迷惑かもしれませんけど……言わせてください………」

「なんだ……………ナナリー?」

 伝えないと、私の想いを。
 でないと一生後悔してしまう。

「レナードさんは……一杯駄目な所があります……。女癖が悪かったり………直ぐに私をからかったり、日常がいい加減だったり………でも、私は………そんな駄目な所も良い所も全部含めて………私は、レナードさんが好きです」

 やっと、言えた。
 最初に思いを告げたのは、確かスザクさんが騎士に任命された時の歓迎パーティー。
 でもあの時は、レナードさんも返事をする事は出来なかった。
 だけど今なら。正直言えば怖い。もし拒絶されたら、なんて思ってしまう。でも。

「ああ。俺も好きだ! ナナリーの黒い所もアホな所も、暴力的な所も全部ひっくるめて、俺はナナリーのことが好きだ! だから……!」
 
 良かった。勇気を出して告げて。
 レナードさんが手を握り締めてくる。すると万感の想いが伝わっていた。レナードさんの言ったことは真実だ。心の奥そこから私の事を好きだと言ってくれている。嬉しい。けど、ちょっとだけ痛い。

 その時だった。
 私の、今まで開く事のなかった瞳が、開いた。でも何故かそれを不思議には思わなかった。
 嗚呼、何年振りだろうか。お兄様やレナードさんの顔を見るのは。
 そしてスザクさん。そうか、こんな顔をしていたんだ。

「ナナリー、目が……皇帝の呪縛を破った……いや……」

 でも皆の顔が見れたのに私は悲しかった。
 だって三人とも酷く悲しそうな表情をしているんですもの。
 そんなのは嫌だった。大好きな人たちには笑っていて欲しい。
 あれ、でも。なんだか眠くなって来た。少しでも力を抜くと、直ぐにでも寝入ってしまいそうなくらい。おかしいな。昨日は早く寝たのだけど。だけど、その前に。

「………笑って………下さい……」
 
「えっ?」

「笑って、下さい………そんな悲しい顔をされないで……ください……」

 我侭かもしれない。けど、眠る前に三人の笑顔を胸に刻んでおきたかった。
 きっとそれは掛け替えの無い想い出になるから。

「ッ! ナナリー!」

 お兄様達が少しだけ目を伏せる。すると次にあったのは、満面の笑顔だった。満開の花のように綺麗な笑顔。
 良かった。この笑顔があれば安心して眠れる。

「ごめん……なさい。………ちょっと……眠くなってきちゃいました……」

「ナナリー! 駄目だ! 逝くな……! 生きてくれ、ナナリー!」

 お兄様が左目に手をやった後に、そう叫んだ。
 だけど、ごめんなさい。

「お願い…です……寝るまで手を……握っていて……くれませんか?」

「ああ! 何時までも握る! だから逝かないでくれ! もっと楽しいことがある! 俺を、俺だけを残して逝かないでくれ。約束したじゃないか。優しい世界を。何時かまた……!」

 大丈夫ですよ。
 お兄様には友達が沢山おられるじゃないですか。
 レナードさんもリヴァルさんも。生徒会の皆もそう。ああ、そうだ。お兄様に教えなくっちゃ。私にも友達が出来たんですよ。そういえばアリスちゃんとダルクちゃんは何処だろう。もしかして私と一緒で眠ってしまったのだろうか。だとしたら夢の世界で会えるかも。
 ああ、そうだ。眠る前に一つだけ。

「お兄様も、スザクさん、レナードさんも…………ありがとう、ございます」

 言いたい事は全て言った。
 私は、幸せだ。こんなにも大好きな人たちに囲まれているだなんて。

「愛している、ナナリー!」

 最期、そんな想いを聞いた。
 それは、私もですよ。
 愛して……います……お兄様……。



皇暦2019年7月7日。
ルルーシュにとっての生きる目的であり、一人の騎士に恋をした少女は、安らかにその目蓋を永久に閉ざした。ただ、彼女は最期笑って逝ったのだ。それだけは誰にも覆せない事実であり、真実だ。
魔女と呼ばれるこの私の真名に賭けて。



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