とある魔術の未元物質
SCHOOL1   未元物質 と 禁書目録 が 出会った 日


―――全ての常識は、すべからく非常識に繋がる。
貴方が今現在当たり前のように『常識』と認識している事は果たして本当に『常識』だろうか。
例えば大昔は人が空を飛べないのは『常識』だった。けれど現代では飛行機という存在によって人がソラを飛ぶという『非常識』を『常識』にした。だがそれは正しくない。例え大昔だろうと、然るべき技術があったのならば人は空を飛べたのだ。ならばそれは不変の『常識』だ。
この学園都市においては超能力者という『非常識』を『常識的』に開発している。だがそんな『常識』の中にも『非常識』はいる。序列第二位の超能力者というブッチギリの『常識外』が。








 基本的に一日の始まりは朝である。
 深夜に働くような人間は、朝ではなく昼から始まる事もある。だが大抵の場合、人間が目覚めるのは朝だ。朝に起きて仕事や学校に行き、そして帰ってくる。
 
 それはこの学園都市においても変わらない。学園都市とは学生に記憶術や暗記術などの名目で、人工的に超能力を発現させるという特殊なカリキュラムがあり、東京都の開発が進んでいなかった三分の一にまるごと押し込んだというダイナミックな都市である。学園都市の学生の全ては、発火能力なり発電能力なりのなんらかの能力を発言した能力者だ。
 
 それだけ聞くと凄いようにも聞こえるが、実際は発現する能力なんて大したことはない。能力者の格付けとしては下から無能力者(レベル0)低能力者(レベル1)異能力者(レベル2)強能力者(レベル3)大能力者(レベル4)超能力者(レベル5)が存在し、能力開発を受けた学生の六割はレベル0と呼ばれる無能力者で、頭に電極やら何やらを張り付けて漸くスプーンを曲げられる程度だ。無論、そんな事が出来たところで日常生活に何の役にも立たない。

 けれど何事にも例外がある。
 その最たるものがレベル5という学園都市に七人しかいない超能力者たちだ。
 レベル5の超能力者たちは一人で軍隊を相手にできるという並外れたポテンシャルを持ち、その中でも学園都市第一位の超能力者は世界に対して喧嘩を売っても勝利できるような怪物である。
 
 さてそんな超能力者であり、学園都市第二位のレベル5こと垣根帝督は自室でゆっくりと目覚めた。
 時刻は朝の九時。一般的な学生ならば遅刻確定のレッドゾーンな時刻であり、某ウニ頭の少年ならば確実に焦って学校まで疾走したであろうが、垣根帝督に限ってはその必要はない。
 何故かと言うと彼は書類上学校に在籍している事になっているが、その学校には通っていないからだ。外の教育機関であったならば不登校児のレッテルを張られる所だが、ここは学園都市。能力開発や研究のために一人しかいない特別クラスが用意されることも少なくない。
 一応、序列第二位の超能力者である垣根も、そういった特別クラスに在籍していることになっている。
 尤も垣根が学校に通わない理由は能力開発の為でも研究の為でもなく、『スクール』という学園都市の暗部組織の一つのリーダーであるからなのだが。

「九時か。思ったより早く起きたな」

 頭を掻きながら、ゆっくりと起き上る。
 昨日は色々と面倒な仕事があったせいで、就寝したのは深夜の三時だったのだ。
 垣根としてはもう少しベッドの誘惑に甘えたい所ではあるが、二度寝という気分でもなかったので仕方なく意識を完全覚醒する。

「暗えな」

 ポツリと呟く。
 今日の天気は晴れなのだが、垣根の寝室のカーテンは閉ざされており日光が入ってこない。
 だから何時もと同じように、カーテンをパッと開いた。

「おなかへった」

「はぁ?」

 垣根は慌ててカーテンを閉めた。
 落ち着こう。さっき何故かカーテンを開いたら、ベランダに白い修道服のようなものを着た少女が雑巾のように掛かっていたような気がするが、あれは恐らく何かの見間違いだ。大体考えてみろ。常識的に考えて、こんな朝っぱらに自宅のベランダに謎の少女が雑巾のように引っかかっているなんて事があるだろうか? いや絶対にない。例えお天道様が西から上るようなバカボン的な事があろうとも、そんなことは絶対にない。というか銀髪碧眼のシスターが日本語で「おなかへった」なんて事を言うのが色々と有り得ない。そうだ、あれは確実に見間違いだ。垣根はそう自分に納得させる。

(待てよ。俺の未元物質に常識は通用しねえ。
だとすると、そんな常識的じゃねえ事も起こりうる……のか……?)

 そんな考えを慌てて振り払う。

(アホか! 常識が通用しねえのは俺の能力だ!
そうだ冷静になれ。落ち着いてカーテンを開けば、そこに広がっているのは蒼い空と白い雲のはずだ。断じて白い修道服のボロ雑巾シスターじゃねえ)

 そうと決まれば話は早い。
 再度、垣根はカーテンを思いっきり開いた。

「おなかへった」

 そこには確かに垣根の望んだ通り青い空と白い雲があった。
 ただし銀髪碧眼のシスターはそこにいるのが当然のように、ベランダに引っかかっていたが。

「………………」

「おなかへった」

「……………………………ふっ」

「おなかへった」

「事実は小説よりも奇なりってか。
ははっ。何時から俺の日常に常識が通用しなくなってんだ?」

「おなかへった、って言ってるんだよ」

 垣根は恐る恐る少女の頬に触れる。暖かい。少なくとも人間の体温だ。
 そして最後の希望とばかりに、自身の頬を抓る。痛い。痛かった。一向に夢から覚める気配もない。
 ということは、だ。ここにいる少女は紛れもなく本物で、立体映像などではなく、訳の分からない心理操作系の能力者が見せた夢でもない、と。そういう事だろう。

(おいおいおいおいおい! じゃあ、こいつは何だ?
アレイスターの野郎の差し金、にしては能天気すぎる。いやそれを見越して差し向けてきたって可能性も。待て待て、決めつけるには早計すぎる。先ずは)

「テメエ、一体何の目的があってやって来た?」

 手始めに目的を尋ねる。

「だから、おなかがへって動けないんだよ」

 ぐぅ〜、と如何にもお腹減ってますと叫ぶような音がなった。
 こういう年頃の少女は腹が鳴る音なんていうのを隠そうとするものらしいが、どうやらこの少女Aに常識は通用しないらしい。

「お腹いっぱいご飯を食べさせてくれると嬉しいな」

 邪気のない笑み。
 まるで人を信じることに何の疑念も抱いていないような、そんな笑顔。
 垣根は確信する。この少女は自分と同じような悪党じゃない、と。もし自分たちと同じ人種だったのならば、こんな顔をすることは出来ない。あんな人を疑い出し抜くのが当然なクソッタレな世界の住人には遠すぎる笑顔。

(だとしても、面倒くせえな)

 垣根は学園都市の闇に身を置く人間ではあるが、かといって光の世界にいる人間を積極的に傷つけようとは思わない男でもある。
 この少女が自分と同じような人種ならば、物理的手段でお引き取り願うところだが、表の世界の住人相手だとそうもいかない。

(はー、何なんだろうなぁ)

 出来れば唯でさえ疲れている所に、こんな如何にもな厄介ごとに関わっていたくないが、かといって放置しておいて目撃した誰かに通報されても面倒だ。この部屋には警備員(アンチスキル)風紀委員(ジャッジメント)に見られてはいけないような物もあるのだし。
 ここは適当にあしらって、丁重にお帰りいただくのが妥当だろう。

「分ぁったよ。何か食わせりゃいいんだろ」



 そして二十分後。
 垣根宅にあったパンなどの食品はたった一人の暴食シスターによって壊滅した。
 本来それらは決して少なくない数が配備されていた。もしも垣根一人だったならば一か月は保ったであろう。それが二十分だ。僅か二十分で一か月は保つ筈だった物資は全滅した。

「ごちそうさまなんだよ」

「……………………まじかよ」

 垣根は改めて少女を見る。
 あれほどの量、一体どこに入るというのか。大の男である垣根でもあの量を食べきるのは不可能だというのに、目の前のシスターはケロリと完食してみせた。
 成程、この少女の胃袋は化け物か。

「で、テメエは一体どこの誰なんだ?」

 食事も終わった所で漸く垣根はそう切り出した。
 
「私の名前はインデックスっていうんだよ」

「俺は垣根帝督……いや、それはどうでもいい。
インデックス、か。――――目次? なにかの能力名か?」

 目次という能力だと、サイコメトリーの一種だろうか。
 それとも何かの暗号を読むのに特化しているだとか、その辺だろう。

「ううん、私は見ての通り教会のものだよ。
普通、この修道服を見れば分かると思うんだけど」

「いや、どこの世界に真っ白い修道服を着たシスターがいるんだよ。
常識は通用しねえどころじゃねえぞ」

「?」

「おい、何でそこで首をかしげる」

 どうやら本当に気づいていないらしい。
 それとも、垣根が知らないだけで白い修道服に特別な意味があるのかもしれないが、生憎と垣根は演算能力がくても、宗教には疎い。

「で、お前は一体全体どおして、俺の家のベランダに引っかかってやがったんだ?
まさか空腹が祟って自殺、どかいう理由じゃねえだうな」

「むっ。自殺っていうのは最も忌避すべき大罪のひとつなんだよ!
敬虔なるシスターである私はそんなことなんてしないんだよ」

「敬虔なる、シスターねぇ。そのコスプレみたいな修道服でか?」

「そこはかとなく馬鹿にしてるね」

「……………………」

「そこはかとなく馬鹿にしてるね!」

 垣根は文句を言うインデックスとかいうらしいシスターを適当に相手をして、再び思考する。
 思い描くのは学園都市の地図。垣根の記憶が正しければ、この学園都市に教会なんてメルヘンなものはなかった筈だが……。

(まさか外から来たっていうのか……この餓鬼が)

 基本的に学園都市の住人はそう安々と外には出れないし、その逆もまた然りだ。
 厳重な警備が敷かれている学園都市に侵入するのは困難極まる。出来るとしたら自分のような規格外か余程学園都市に精通した人間くらいだ。
 となると、この少女はそういった規格外か学園都市に精通しているということになるが。

「どうしたの?」

 とてもそうは見えない。
 確かに常識的な面では規格外な服装をしているが、だからといって能力まで規格外という事はないだろう。というより本当にこの少女は能力者なのだろうか。
 なんというか、学園都市の住人の臭いがしないのだ。

「ちっ。話を戻すぞ。で、お前は何で俺の家のベランダに引っかかっていた訳だ?」

「うぅ、それはごめんね。けど追われてたから」

「追われてた? 
まさか空腹が限界に達して、店の食糧全部喰って逃げて警備員に指名手配でもされてんのか?」

「…………ていとくの中で私のイメージは一体全体どうなっているのかな」

「テメエの胸に聞いてみろ。さっきのハルマゲドン(大食い大戦争)を忘れたとは言わせねえぞ」

「うぅ、それよりアンチスキルってなに?」

警備員(アンチスキル)を、知らない?」

 警備員の存在は学園都市に住む者ならば絶対に知っていることだ。
 それを知らない、という事はこの少女が学園都市外部の人間だという可能性がグッと高まる。

「おい一つ聞くぞ。テメエは外の人間か?」

「外?」

「だ・か・ら。学園都市の住人かそうじゃねえかって聞いてるんだよ」

「むぅ、ちゃんと私の話を聞いていなかったの。さっき教会のものだって言ったよ。
あ、バチカンのほうじゃなくてイギリス清教のほうね。これ重要」

「………………つまりお前は学園都市の人間じゃねえと、そういう事だな」

「そうだよ」

「学園都市に入る許可はとったのか?」

「とってないかも」

 呆気からんと言うインデックス。
 どうやらこの少女は自分が成し遂げた事に気づいていないのか、それともただの馬鹿なのか。

「…………ああ面倒臭い。じゃあお前は学園都市への不法侵入で追われてると! そういう事でいいんだよな?」

 いい加減に面倒になってきた垣根は、若干の苛々を込めて言う。

「私を追ってきてるのは学園都市じゃなくて魔術結社だよ」

「はぁ!? 魔術だぁ。舐めてるのかテメエ」

「むっ! 魔術はあるもん」

「………………………」

 流石に相手にするのが馬鹿らしくなってきた垣根は、このインデックスと名乗った少女を、頭を打ってイカれたお花畑と判断することにした。
 
(さてと。別に仕事はねえが『スクール』のアジトにでも行くかな)

 いい加減この訳の分からない空間をどうにかしたかった垣根は、取り敢えず自分の慣れ親しんだ空間である『スクール』に行こうと決める。『スクール』に所属している狙撃手が「従妹が今度結婚するんっすよー」なんて御目出度いような不吉な事を言っていた事であるし。

「魔術はあるもん」

「……………………」

「魔術はあるもん」

「だー! うるせえんだよ、この糞餓鬼。
俺は今から出かけるんだ。飯食い終わったんならテメエもさっさと出ていけ!」

 言ってからミスったと垣根は思った。
 こういう餓鬼の場合、こういう風に強く言えば逆に反発するのは目に見えているというのに。

「…………うん、そうだね」

 けれど少女の反応は垣根の予想とは違っていた。
 あっさりと頷いた銀髪の少女は、少しだけ寂しげな顔をして立ち上がる。

「やけに素直じゃねえか」

「私の服には魔力があるからね。敵はこれの魔力を元にサーチをかけてるみたいだから。私が何時までも此処にいると、連中ここまで来そうだし、ていとくだって部屋ごと爆破されたくないよね」

「ま、俺の部屋を爆破するような度胸がある奴が、そういるとは思えねえがな。
しかし、もしテメエの話が正しいとすると、やべぇんじゃねえか」

「そうだね。けど大丈夫。教会まで行けば匿って貰えるし、歩く教会だってあるからね」

 歩く教会? また訳の分からない事を言う。
 垣根は多少呆れながらも、少女を呼び止めようとする。

「おい、少し待てって」

 それは正義感からの行動ではなく、野次馬根性のようなものだったのかもしれない。こんな余りにも非日常的で、珍しい恰好をした少女に、何の興味を抱かないというのも珍しいだろう。普通は多少なりとも興味を持つ。
 垣根もそういった普通の人間と同じように、少しだけ興味を持って呼び止めた。それだけの話なのだが。

「ありがとう。心配してくれて」

「はぁ?」

 だが少女のほうは、そう受け取らなかったらしい。このインデックスという少女は、垣根が自分を心配して呼び止めたと考えているようだ。

「けどいいんだよ。これ以上私がここにいると、ていとくまで危なくなっちゃうから」

「おい。何を勘違いしているか知らねえが……」

「私と一緒に地獄の底までついてきてくれる?」

「ぁ?」

 その声が、余りにも寂しげで。
 垣根は彼らしくもなく声を失った。

「じゃあね。ご飯美味しかったよ。ありがとう。
ていとくって良い人なんだね」

 インデックスという少女が十字を切る。
 するとパタパタと走り去ってしまった。

「………………」

 ふと垣根は廊下に白いものが落ちている事に気づく。見ると副露だ。
 そういえば走り去っていった少女は、フードを被っていなかった。 
 呼び止めようと思ったが、既にインデックスの姿は見当たらない。

「地獄の底までついてきてくれる、ねえ」

 インデックスの走り去っていった方向を見ながら、ポツリと呟いた。

「もうとっくに、堕ちてるっての」





 
学園都市第二位の超能力者、垣根帝督。
  
十万三千冊を記憶する魔道図書館、インデックス。
 
二人はこうして出会った。

これはあり得ない邂逅。

少女は幻想殺しの英雄ではなく、スペアプランでしかない少年と出会う。
 
そんな、とあるIFのストーリー。
 
科学と魔術。禁書目録と未元物質が交差する時――――――――物語は始まる。



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