とある魔術の未元物質
ちなみに本作品の未元物質には結構独自設定が入る事があります。読む上ではそこに注意して下さい。
SCHOOL3 超能力者 の プライド
―――恋は誤解から生まれ、愛は理解から生まれる。
人と人との繋がりや関係というのは、何も善意や好意だけから生まれる訳ではない。
善意から生まれる対立がある。好意から生まれる決別がある。
逆に悪意から生まれる愛情がある。打算から生まれる愛情がある。
人と人との営みに確固たる方程式などはなく、それ故に営みとは最も難しい数学なのだろう。
垣根は補給してきた食糧を一先ず地面に下ろし、その男と対峙した。
もう世間では夏休みというのに、どうにも風が肌寒い。
「ふざけるな……ねぇ。
僕としては君のような素人に仕事の邪魔をされる方が『ふざけるな』と言いたい所なんだけどね」
垣根はその赤毛の大男の問いに答えず、ただ思考する。
ここにいる男は明らかに一般人ではない。かといって垣根のような『暗部』の人間でもない。今朝にインデックスが言っていた事を信じるのであれば魔術師。成程、神父の僧服を纏っている癖に甘ったるい香水の匂いと煙草を咥えたその姿は、魔術師と形容されるとシックリくる。
もう垣根はインデックスを『頭がお花畑の少女』という考えを破棄していた。何故なら赤毛の神父から放たれる気配は明らかな『殺意』。暗部に身を置く垣根だから分かる。あれは『殺し』を躊躇しない男だ。つい先ほど潰した不良とは違う。本物のプロ。
魔術があるにしろ無いにしろ、この男が本物だという事は認めなくてはならない事実であった。
「たっくよぉ。今朝にそこの大食いシスターがベランダに引っ掛かってた時から思ってたけどな。
何時から俺のいる世界まで『非常識』に染まったんだ? 変なシスターの次は煙草を咥えた不良神父ときてやがる。で、テメエは″魔術師″ってえのでいいんだよな?」
「ステイル・マグヌスって名前もあるけどね。しかし、その子から聞いたのかい? ま、これでも僕達にも面倒な都合があってね。僕としては君の命がどうなろうと興味なんてないんだけど、出来れば殺さずに済まさなければいけないんだよ」
だから、と神父は告げる。
「さっさとここから消えてくれるかな。
僕はその十万三千冊を回収しなければならないんだよ」
「十万三千冊?」
垣根がオウム返しに尋ねる。
今日までで『魔術結社』だの『歩く教会』だの訳のわからないオカルト用語を聞かされた垣根だったが、十万三千冊というのは聞いた事がなかった。
「ああ知らないのか? 魔術師を当たり前のように認識してたから話したのかと思ったけど。
Index-Librorum-Prohibitorum――――――この国では禁書目録って所かな。
これは教会が『目を通しただけで魂まで汚れる』と指定した邪本悪書をズラリと並べたリストの事さ。危険な本が出回っていると伝令しても、タイトルが分からなければ知らず知らずの内に手に取ってしまうかもしれないからね。――――――――かくして、ソレは十万三千冊もの『悪い見本』を抱えた、毒書の坩堝と化したって訳だ。ああ、注意したまえ。ソレが持っている本ね、宗教観の薄いこの国の住人なら、一冊でも目を通せば廃人コースは確定だから」
「おいおい今度はまたスケールのデカいオカルト持ちだしてきやがったな。
だがテメエ等の言うオカルトが何だかは知らねえが、このガキがどこに十万三千冊の本なんて持ってるんだ? まさか魔術とかいう奴で四次元ポケットに収納してるとか言い出さねえよな」
「そういうポケットがない訳じゃないけど、魔道書が入っているのはそこじゃあない。
ソレの頭の中だよ」
「頭?」
「そう。完全記憶能力っていうものは知っているかい?
ソレはその能力を使い十万三千冊の魔道書を記憶した魔道書図書館というわけさ」
正直言って垣根にはそんな事信じられない。
今朝に垣根の家の食糧を全滅させたシスターが、完全記憶能力なんて大層な頭脳を持っているなんて考えたくもない事だ。
なにそう難しい事じゃない。
今現在、学園都市第二位の超能力者である垣根は非常にイライラしている。
あんな少女に守られようと思われた事もそうであるし、この神父に至っては明らかにこちらを見下している。極め付きには『さっさとここから消えろ』ときた。この垣根提督の家の真ん前で。
垣根は一般人には手を出さない事を信条としているが、同時に自分の敵には容赦しないことも信条としている。それに垣根にも超能力者としてのプライドというものがあるのだ。自宅の前で勝手にオカルトストーリーを展開され、格下と見下されて、そこまでコケにされて大人しく引き下がってやるほど垣根は甘く優しい性格をしていなかった。
ようするに、だ。
垣根帝督にとってこの神父は明確なる敵となった。
「へぇ、穏便に済ましても良かったんだけどね」
明確なる敵意を持って神父を睨む垣根。
それを見た赤毛の神父もまたニヤリと獰猛に笑う。
「駄目だよ、ていとく! そいつは魔術師なんだから。垣根のような普通の人が対峙できるような相手じゃないんだよ!」
「普通の、人ねえ。クックックっクッ、あははははっはははははははははははは!
傑作だな、おい。この俺が、学園都市第二位の超能力者である俺が『普通の人』ときたかっ!」
思わず垣根は笑ってしまう。
今日はなんて無茶苦茶な日だ。朝っぱらから変な白いシスターがボロ雑巾になっているわ、時間を止める能力を持った不良と戦うわ、赤毛の神父には見下されるわ、最後には年端のいかぬガキが『普通の人』よばわりときた。
常識は通用しないと豪語する自分がするのも何だが、この『非常識』二人には学園都市の『常識』というものを教えてやらなければなるまい。即ちLEVEL5の超能力者の強さという『常識』を骨の髄にまで刻み付けてやる必要があるだろう。当然、授業料は人の家の前で舐めた真似をしてくれた不良神父の命だ。
「てい、とく?」
インデックスという少女が恐怖ではなく100%の善意、垣根の身を案じて声をかけてくる。
それがまた堪らなく不愉快だったから、垣根は自信満々に言ってやった。
「いいからテメエは黙ってみとけ。この俺を誰だと思ってやがる。
授業料ついでにテメエの尻を追いかけてきたこの野郎も愉快な死体に変えてやるよ。
んだから、テメエは――――――」
インデックスという少女は幸運だった。
垣根帝督の怒りが結果として少女を救ったのだから。
垣根帝督という少年は不幸かもしれなかった。
ただの八つ当たりでもインデックスという少女はそうは思わなかったのだから。
けれど、たった一つの真実がある。
それは今日この日、垣根帝督はインデックスを救うという事だ。
「黙って指咥えて見てやがれ!」
対する神父も既に戦闘準備は完了していたらしかった。
さっきまでとは目が違う。ただの『殺意』に本物の『敵意』が混じっている。
「LEVEL5というと、この街の能力者の最上位だったかい。
なら僕も真面目にやらないとね。『Fortis931』」
「あん?」
「魔法名だよ。日本語では強者といった所だが、僕たちにとっては寧ろ『殺し名』かな」
「そうかよ。なら、俺も少し本気を出してやる」
そう言った瞬間、魔術師ステイル=マグヌスの顔が比喩ではなく凍りついた。
ステイルの視線は真っ直ぐに垣根の背に現れたソレに向けられている。だがそれは垣根から見ればステイルだけだが、実際には背後にいるインデックスもまた同じように垣根の背にあるソレを見ていた。
垣根帝督という少年の背中にあったのは純白の羽。
純白の羽を生やした学園都市第二位の超能力者の姿。それはインデックスやステイルのような魔術師、否、魔術を知らない十字教徒でも知っているような存在と酷似していた。ステイル達魔術師にとっては異能の力の塊であり、十字教徒にとっての力の根源。
「…………天、使」
「天使だぁ? そんなメルヘンなものじゃねえよ。
俺の能力は『未元物質』っていうんだが、能力を発動させると何故か羽が出てきてな。似合わないのは自覚しているが、これでも一応は実用性はある。そうだな、例えば」
垣根が翼を一閃する。
すると巻き起こった突風がステイルを襲う。
「クッ――――――」
けれどステイルという魔術師はどのような手段を使ったのかそれを防いだ。
垣根は魔術師というオカルトの有無は別にして、ステイル=マグヌスが普通の人間ではないということを確認する。
けれどそれはステイルも同じ。
ステイル=マグヌスは垣根の初撃にて相手が油断ならないと悟り、完璧に油断が消える。
「炎よ――――――――」
ポツリとステイルが呟く。それは魔術における『詠唱』というものである。
詠唱に従いオレンジ色の光を放ちながら炎の剣がステイルの手に現れた。
ライターもガソリンも火薬も使わず、鉄だろうと焼切る剣が生み出される。しかもステイル=マグヌスは能力者ではない。未元物質という学園都市に二人といない特殊な能力を持つ垣根だからこそ分かる。あれは異常だ。科学という現実に唾を掛けるような、完璧なるオカルト。超能力者、垣根帝督は漸く『魔術』の存在を信用した。
けれどステイルの詠唱はまだ完了していない。
更なる呪言を魔術師は紡ぐ。垣根帝督を打倒するために。
「――――――巨人に苦痛の贈り物を」
ステイルは魔術に必要な詠唱をすると灼熱の炎の剣を垣根に放ってきた。かなりの火力だ。能力者で例えるならLEVEL4クラスの発火能力者の炎と同等程度の威力があるだろう。
そうLEVEL4程度だ。普通ならそんな相手に垣根が警戒するなど有り得ないことなのだが、相手は魔術師なんて得体の知れない奴だ。もしかしたら、自分の能力が通用しないかもしれない。
だがそんな弱気な思考を、垣根は振り払う。
(馬鹿が。何をビビッてやがる。所詮は炎。既存の物質じゃねえか。
なら簡単だ。俺の未元物質で炎を通さない空間を作っちまえばいい)
垣根は能力を発動させて空中にある大気に未元物質を流入していった。
自然界の常識を塗り替える非常識が侵食する。
果たして垣根に迫る炎は、
(通って、きた?)
未元物質により『炎の存在できない空間』へと変質した筈の大気を無視するかのように、炎剣は垣根に迫ってきた。摂氏三千度の炎の奔流。炎は二千度を超えると対象を焼くではなく『溶かす』ものに変わる。そのような一撃。直撃すれば能力者であっても『人間』である垣根の命をあっさりと溶かし尽くすだろう。
だがそうはならなかった。
大気が炎を消失させないと認めた垣根が、瞬時に翼で炎を防御したからだ。
翼に着弾した炎は垣根帝督にダメージを負わせる事はなく消える。
「どうやら天使のような羽は伊達じゃない、ということか。学園都市のLEVEL5。多少侮っていた。
しかし随分とアレだね。その翼、ローマ正教辺りが見たら怒り狂うんじゃないかな。神に対する冒涜だとかで。僕はそこまで執着しないけどね」
「ローマだがロマンスの神様だか知らねえが興味ねえよ。
で、ご自慢の炎はあっさり防がれちまったな、魔術師」
余裕気にそういう垣根だったが、実は余裕なのは表面上だけであり内心では困惑していた。さっき防いだ炎。あれが能力者や火炎放射器による攻撃ならば翼で守るまでもなく通さなかった。だというのに魔術師の放った炎は未元物質により既存の炎を通さない大気を突破してきたのだ。つまり、それは。
(俺にも理解出来てねえ法則があるってことか。
面白くなってきたじゃねえか。ああ、解析してやるよ。オカルトだか魔術だか知らねえが、学園都市第二位の頭脳ってもんを舐めるんじゃねえ)
学園都市第二位の超能力者とは、ただ能力が強いからそう格付けされている訳ではない。能力の強度が演算能力に比例する以上、第二位の超能力者とは学園都市でも二番目の頭脳であることを示しているのだ。スパコン並みの演算能力が、魔術というオカルトの解析を始める。
だが当然ながら、そんなものを敵が大人しく待ってくれる訳がない。
並大抵の攻撃では倒せないと悟ったステイルは、己が必殺を行使する決断をする。
「――――世界を構築する五大元素のひとつ、偉大なる始まりの炎よ。
それは生命を育む恵みの光にして、邪悪を罰する裁きの光なり。
それは穏やかな幸福を満たすと同時、冷たき闇を滅する凍える不幸なり。
その名は炎、その役は剣。
顕現せよ、我が身を喰らいて力と為せ――――――――魔女狩りの王ッ!」
垣根がオカルトを含んだ世界への再演算を完了する前に、ステイル=マグヌスは己が最強の詠唱を完了した。
先程の業火がチンケに見える程の炎の塊。ステイルを守護するかの如く顕現した炎の巨人が垣根の前に立ち塞がる。炎の魔人は『魔女狩りの王』の名に相応しく存在しているだけで周囲の物質を溶かしていた。
「行け、イノケンティウス。お前の力をもって、我が名が最強である理由を証明しろッ!」
イノケンティウスが演算中の垣根にその腕を振るう。ステイル=マグヌスの魔術によって生み出された炎の魔人は当たり前だが腕だって炎だ。直撃すれば確実に死ぬ。
「くそがっ!」
仕方なく垣根は演算を一時中止して全開で白い翼を振るう。最初にステイルに防がれた烈風とは比べ物にならない台風が吹き荒れる。だがその風を受けてもイノケンティウスは消えなかった。
「魔女狩りの王に攻撃しても意味はないんだよ!」
「んっ?」
垣根は驚いて振り返る。
すると少女インデックスが必死に叫んでいた。
「それはルーンによって構成されているの! だから魔女狩りの王を攻撃しても何度だって蘇るんだよ!」
正直に言うと垣根にはインデックスの言っていることが殆ど理解出来ない。
だが、それが状況を打破する起死回生の手段だという事はなんとなく理解出来た。
「ルーンっていうと、アレか。訳の分からねえ婆が紙やら鉄だかに文字書くやつか?」
「正確にはゲルマン民族に二世紀から伝わる魔術言語で…………そんな事はどうでもいいんだよ!
兎に角、それを消すにはこの建物中にあるルーンを破壊しないと」
「ルーン、だって? そいつは何処にあるんだ!?」
「たぶん、その魔術師はルーンを刻んだ用紙をコピー機を使って大量にばら撒いてるんだよ!」
この鉄火場で思わず垣根は笑う。
炎の魔人なんて代物が登場していよいよ世界がオカルトに染まってきた所にきて、インデックスのコピー機発言だ。なんだか急に現実に引き戻された気がする。
「たっく。オカルトの癖にコピー機なんて使うんじゃねえよ。
科学かオカルトかどっちかに絞れってんだ。
だがトリックは分かった。なら後は簡単だ」
垣根は狙いを定める。標的はイノケンティウスではない。この建物だ。未元物質を発動させる。既存の常識が新世界の常識に塗り替えられていく。ギリギリまで力を調節し、そしてそれを一気に解き放った。
「なっ!?」
驚きは魔術師のもの。
垣根を中心に赤い空気が建物の壁や地面を駆け回っていった。
ステイルは知らないだろうが、その赤い空気とは垣根の未元物質によって生み出された炎だ。炎は中心にいる垣根は勿論インデックスを避けるように駆け回ると、やがて建物中にあるルーンというルーンを焼き尽くした。
「刻むなら石や鉄にしとくんだったな。まぁ、それでも建物がヤバい事になる以外結果は変わらなかったが……」
ルーンを失いイノケンティウスが消えていく。
止めとばかりに垣根が未元物質で生み出した大量の水を浴びせると、完全に消滅した。
「そんなイノケンティウス! イノケンティウス!」
「さぁて覚悟はいいか、この三下」
「は、灰は灰に――――」
魔術師はパニックになった頭で再び魔術の詠唱を開始する。
だがそれを垣根帝督が大人しく待つ筈がない。
翼の力を使い瞬時に間合いを詰めた垣根は、ステイルの顔面に右拳を突き刺した。
「ぐぉ」
ステイルの巨体がよろける。
けれど垣根はそれで終わらせるつもりなどない。
「おいおい、オネムの時間にはなってねえだろうが!」
今度は圧縮した空気による一撃。
垣根自身わりと手加減した気絶しない程度の攻撃。だが垣根の予想は外れ、攻撃を喰らったステイルは吹っ飛び、そのまま気絶してしまった。
どうやら体はデカくても身体能力は低かったらしい。
垣根はつまらなそうに倒れたステイル=マグヌスに近付く。まだ殺さない。この男には色々と聞いておきたい情報もある。けれど、その前に。垣根によるものではない烈風が吹き荒れた。
一度閉じた目をゆっくりと開く。するとそこには、一人の見慣れぬ女性がいた。Tシャツに片側だけ大胆に切ったジーンズという、ステイルよりかは現代風の服装に身を包んだ女性だ。
「誰だ、テメエ?」
「神裂火織。ステイルの仲間ですよ」
あっさりと女性――――神裂は答える。
隠す必要がないのか、ただの余裕か。垣根には判別がつかなかった。
「で、今度はお前が相手するってわけか?」
「いえ今日の所は退く事にします。失礼」
短く言い残し神裂火織と名乗った女性は消えていった。
垣根は追わなかった。いや追えなかった。
何故なら神裂という女は、垣根が認識した時には既に、隣のビルに跳躍した後だったから。
(だがまぁ、手始めに)
こちらに駆け寄ってくるインデックスを見る。
そうだ。まず初めにこの少女の相手をしなければならないだろう。
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