とある魔術の未元物質
SCHOOL14 心 に 残る 微かな 灯
―――一つの敗北を決定的な敗北と取り違えるな。
勝利して浮かれる事は誰にでも出来る。勝利を喜ぶことは猿にもできる。
だが徹底的な敗北から早々に立ち上がれる人間は多くはない。敗北を喫した者の末路はたいていの場合三つに分けられる。一つが直ぐに立ち上がり前を行くもの。立ち上がるのに遅れながらも前を行くもの。そして何時までも倒れたままの敗北者。敗北者にならない限り、決定的な敗北ではない。
「幸い怪我は大したことないよ。六日もすれば退院できると思うね?」
大学病院のベッドで目覚めた垣根は、ベッドの隣にいる小太りの医者から説明を受けていた。カエルのようなその顔立ちは、何時だったか第三位が夢中になっていたゲコ太とやらに似ている。本人もそれを自覚しているのか胸元のIDカードにはカエルのシールが張り付けられていた。
どうやらあの戦いの後、自分は倒れ神裂かステイルにこの病院まで運ばれたらしい。しかし普段は怪我をしたとしても『スクール』の施設で粗方済ませてしまうので、こういった場所で手当てを受けるのは久しぶりだ。しかも驚いた事に、この医者は垣根達暗部の人間にはそこそこ有名な『冥土返し』の異名を持つ名医だ。
「それにつけてもIDを持たない人間が、君を連れてきた二人と白い修道服を着たシスターの三人もいた事が驚きだよ? 監視衛星の一つが謎の閃光で破壊されたせいで今頃警備員や風紀委員はてんてこ舞いだろうけど、もしかしてそれと関係しているのかい?」
「…………知らねえな」
謎の閃光というのは、恐らく神裂がインデックスの足元を破壊した時に、射線がずれた『竜王の殺息』だろう。だが馬鹿正直にそれをやったのは私です、と名乗り出る程垣根は真面目ではないので、だんまりを決め込むことにした。
「それと妙な格好をした二人から手紙を受け取っているのだけど、君の知り合いで間違いないかい?」
垣根は頷くと、カエル顔の医者はその封筒を渡した。
封筒を閉じるハートマークが妙に怪しい。しかも差出人が『炎の魔術師』で『親愛なる垣根帝督へ』となっているのが怪しさを二乗にしていた。
苛々しながら適当に封筒を破くと、中から手紙を出す。
どうやらそれなりに長い文を書いたらしく八枚ほどが入っていた。
一枚一枚に目を通していくと、そのどれもが垣根に対する嫌味や、今度会ったら焼き殺すなどと書いてあったので適当に未元物質で焼却処分していく。そして遂に最後の一枚に目を通して、垣根の体がピタリと硬直した。
垣根は純白のシスターが待っているという部屋まで来た。
意を決して扉をノックすると「どうぞ」なんて声が聞こえたので中へ入った。
部屋の中にはその少女以外は誰もいなかった。もしかしたら、あのカエル顔の医者が気を利かせたのかもしれない。
垣根は意を決して、その少女に言葉をかける。
「テメエは軽い打ち身で済んだんだって?
たっく世の中ってのも変なもんだよな。お前のような糞ガキが軽傷で、俺が六日間とはいえ入院だ。本当に分からねえもんだぜ」
「うん、そうだね」
曖昧にインデックスが答えた。
「そういや覚えてるか?
お前が営業停止にまで追い込んだ店、新装開店したってよ。
なんでも今度は大食い暴食シスターにも負けねえ激辛カレーだってな」
「そうなんだ。また行ってみたいな」
「また行くといえば、今度カラオケ行ったらリベンジしてやるよ。
あの時は狂ってやがった。大体なんだよ『2点』って。実際の所ぶっ壊れてたんじゃねえかって話だろうが」
「カラオケで2点なんて、かなり駄目だね」
「お前だって最高得点は大したことなかったじゃねえか」
「そうだね。私も頑張らないと」
「この数日間、テメエのせいで俺は振り回されっぱなしだ。
何時か絶対にこの借りは返済させるから覚悟しとけよ」
「勿論だよ」
「………………それと、昨日行った遊園地も楽しかったな」
「うん、そうだね。また行けるといいな」
「……………………………………」
嘘だった。垣根とインデックスは出会ってから今まで、遊園地など一回も行った事はない。確かにカラオケにも行った。カレー屋にも行った。
だけど一回たりともインデックスと垣根は一緒に遊園地など行った事はないのだ。
「………………なぁ」
「なに?」
「俺の名前は、なんだ?」
インデックスには絶対記憶能力がある。
だから機能の晩御飯のメニューだろうと、朝に起きた時間だろうと、そして何より人の名前だって絶対に忘れる事はない。
「…………ごめん、なさい」
なのに彼女から出た言葉は、そんなものだった。
悲しみではなく悔恨の涙がインデックスという少女から流れ落ちる。
「ごめんなさい」
それが真実だった。
絶対記憶能力者が垣根帝督の名前を忘却してしまった。
そんなもの考えられる心当たりは一つしかない。
「…………畜生」
垣根帝督は、インデックスを救う事は出来なかった。
『不可能』はやっぱり『不可能』のままで、決して『可能』になどなりはしなかったのだ。
「畜生ォおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!」
負け犬の遠吠えが部屋に響いた。
インデックスを救えば、自分にもまだ上等な世界があると勘違いしていた。超能力者の自分ならばインデックスを救えると思っていた。あの馬鹿みたいに騒がしい日常を、守れると思っていた。
結果はこれだ。勝手に自分の力を勘違いして、勝手に頑張って、結局はなにも救えない。なにも守る事が出来なかった。
やっぱり奇跡を起こせる『主人公』なんていうのは物語の中だけに存在していて、自分のような悪党がそんな『奇跡』を夢見るなんて分不相応にも程がある。
自分のような外道の糞野郎が、人を救えるはずがないのだ。
「ごめんなさい。私が、忘れちゃって……」
インデックスが謝っている。
哀れな敗北者に情けをかけている。それがどうしようもなく悔しい。
さっきだってそうだ。わざわざ記憶を失っていないフリしてまで、自分を傷つけないようにと気を使って。本当に腹立たしい。
「まて、よ?」
ふと垣根は違和感に気付いた。
『わざわざ記憶を失っていないフリ』というが、如何してインデックスはそんな面倒な事をしたのだろう。記憶を失ったという事は、垣根に対する信用や信頼も丸ごと失っている筈なのに。今のインデックスにとって垣根帝督は赤の他人でしかないというのに。
「インデックス。なんで、さっき何もかも覚えているっていう風に嘘をついたんだ?」
まるで一縷の希望に縋るみたいに、垣根は訊いた。
けれど有り得ない事だ。インデックスの記憶は消えている。覚えている筈がないのだ。だけどもしこの世界に奇跡なんていうものが存在するなら、最後にそれを信じてみたかった。
「……なんだか、貴方には悲しんだり泣いて欲しくなかったから。そう思う事ができたから。シスターなのに嘘を吐いちゃったんだよ。本当に、ごめんなさい」
なんだというのだ、それは。
一年間の記憶を。ベランダに引っ掛かっていたことも、勝手に煎餅を食ったことも、ステイルという魔術師と戦ったことも、脱衣所でパニックになったことも、カラオケに行って騒いだことも、全部忘れている筈なのに。失われた記憶は、もう二度と帰ってくることはないのに。
「ははははっ。おいおい、忘れたんじゃねえのかよ」
「…………でも私が貴方に傷ついてほしくなかったのは、本当なんだよ。
だから、もしかしたら私はまだ覚えているのかも」
「覚えてるって何処にだよ」
インデックスの脳味噌にあるエピソード記憶は完全に殺し尽くされている。
もし今何らかの奇跡が起こって『首輪』が破壊されたとしても、あの日々をインデックスが思い出す事は有り得ないのだ。
けれど透明な少女は、当然のことを言うように。
「心に、じゃないかな」
どうやら、こんな悪党にも最後に救いは残ったらしい。垣根帝督はインデックスを救えなかったという事実は変わらない。だが一度救えなかったからといって諦めるのか。垣根帝督は一度失敗したくらいで目的を果たす事を諦めるような安い男だったのか。
否だ。断じて否だ。
転んだなら立ち上がればいい。壁にぶち当たったなら壁ごと破壊すればいい。
道がないと言うのならば周りの障害物を吹き飛ばして道にすればいい。
GONGも鳴ったし応援も聞こえた
ならば、もう立ち上がらないと。腐ってる時間は、もうない。
前に進む。その果てに更なる絶望が待っているのか救いが待っているのかも分からない。だがここで立ち竦んでいても何も変わる事はない。自分から行動しなければ、世界も人も変わらないのだ。誰かが奇跡を起こすのを待つなんて甘える気なんてない。もしインデックスというシスターに神の奇跡が与えられないと言うのならば、自分が奇跡を起こせばいい。
ヒラヒラと垣根のポケットから一枚の便箋が床に落ちる。
それは先輩から後輩に送られたメッセージだった。
『――――――――結論から言うと、彼女の記憶は殺された。いや『殺した』と言うのが正しいかな。君が『竜王の殺息』を受けた後、自動迎撃機能のほうも危険は去ったと判断したのか停止したよ。そして現状彼女の『首輪』を破壊する手立てを失った僕たちは、取り敢えず彼女を救う為に記憶を殺した。
だが、だからといって泣き寝入りをするつもりはない。イギリス清教は、『必要悪の教会』は僕達を騙していた。僕も神裂も最悪の場合『離反』すら視野に入れて『最大主教』……イギリス清教のトップと交渉するつもりだ。
それと一応協力して貰った礼として忠告しておくけど、トチ狂ってイギリスに乗り込んで『最大主教』を脅迫するだなんて考えないほうがいい。自慢にもならない話だけどウチの『最大主教』というのが黒すぎて底が見えない程の腹黒でね。仮に君があのメルヘンな翼で突撃してきた場合、イギリス清教及び騎士派の連中まで動員して迎撃してこないとも限らない。はっきり言うけど、それらを全て倒した上で『最大主教』のもとに辿り着くのは、『自動書記』起動時のあの子に無様に敗北した君には不可能だから。こっちはこっちでやっておくから、君は学園都市の科学なり外でも駆けずり回るなりして、あの子の『首輪』をどうにかする方法でも見つけておくんだね。もし見つけることが出来たのならば、特別に君に対する返済は半分にしておくよ。
最後に僕としてはあの子の傍に君がいることは一瞬一秒たりとも許せないのだけど、このままイギリスに連れ戻しても、あの腹黒『最大主教』が何を仕出かすのか分からないので、不本意ながら君に預ける事にするよ。ああ、もし君が彼女に対して不埒な行為に及んだ場合、僕は地獄の底だろうと宇宙の果てだろうと君を追い詰め、灰も残さず焼き尽くす用意があるので忘れないように。尤もどちらにせよ君には色々と借りがあるからね。今度会う時には纏めて返済させて貰うので首を洗って待っていたまえ。寝首をかくのは趣味ではないので、そこは安心してくれ。
P.S.もし彼女を不幸にすれば、僕は君を八つ裂きよりも惨たらしく殺す』
そんなこんなでインデックスが救済されずに終わったインデックス編、いかがだったでしょうか?
実をいうと当初は普通に原作通り救済する予定だったのですが、ふと上条さんから「いいぜRYUZEN。テメエがインデックスが必ず救済されてるって考えてるなら、先ずはその幻想をぶち殺すっ!」とお告げがきまして、こんな展開になりました。なによりご都合主義やら主人公補正を排除したらちょっと魔術を知った程度の垣根が首輪を破壊できるはずもありませんしね。
さて次回は奴が早すぎる登場をします。
果たしてその″奴″の正体とは――――――
A聖なる右の男フィアンマ
B超未確認生命体エイワス
C木ィィィィィィィィィィィ原くゥゥゥゥゥゥゥゥゥン
D幼女通行……もとい一方通行
Eイギリスにお姫様の嫁がいる神の右席の勝ち組兼リア充アックア
Fバナナ弁当
Gガンダム
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