とある魔術の未元物質
SCHOOL22  パニック オブ パニック


―――神は勇者を叩く。
神は勇者に対して誰よりも慈悲深いが、同時に誰よりも厳しい。
勇者は多くの幸運に恵まれるが、同時に多くの苦難を経験する。
勇者は人一倍恵まれているが、だからこそ人一倍の苦労があるのだ。








 空の旅は長い。
 学園都市製による『ヨーロッパまで一時間足らずで到着する』ような怪物旅客機でもない限り、飛行機とはいえど外国に行くのには時間がかかる。
 幸い垣根はLEVEL5の超能力者であり、学園都市を脱走する際の『換金』で多少減ったとはいえ、依然として一生遊んで暮らせるほどの金はある。
 なのでこの飛行機も安いエコノミーではなく、最高のファーストクラスであり、それなりに快適な時間を過ごすことが出来るのだ。
 
「ていとく、このカチャカチャはどうやって使うの?」

「カチャカチャって…………あぁTVだろTV。
ファーストクラスだからな。A級からZ級(資料の盆踊り)までのハリウッドに、わりとコアなアニメまで揃ってる。
ま、どうせお前はアニメだろ」

「むっ。ちょっと失礼なんだよ。
もしかしたら私だって『みとこーもん』とかいう時代劇を見るかもしれないんだよ」

「見るのか? 水戸黄門」

「見ないよ。あんま面白くなさそうだし」

「おいコラ。水戸黄門を馬鹿にするんじゃねえぞ」

 イギリス人のシスターの暴言に、一応日本人である垣根が待ったをかける。
 水戸黄門といえば大人から子供まで知っている時代劇だ。
 謂わばイギリス人にとってのアーサー王伝説。中国人にとっての三国志といっていい。
 少なくとも日本の「に」の字も知ってるかどうか曖昧な暴食シスターに侮辱されていいほど安い時代劇ではないのだ。
 日本の小学生なら一度くらいは水戸黄門の真似して「これが目に入らぬかー!」と言ったことがあるだろう。

「ていとくていとく」

「今度は何だよ?」

「お腹減った」

「つい五分前に俺が事前に用意していた菓子パン六つが消えたのは気のせいなのか?」

「気のせいじゃないよ。あのパンは細やかなる糧として、私に力をくれたんだよ!」

「パン五つのどこが細やかなる糧だアホ。
大体ファーストクラスなんだから、直ぐにキャビンアテンダントが来るだろ」

「それって後何分?」

「知らねえよ。直ぐだよ直ぐ。十分もすりゃ来るだろう」

「うぅ。じゃあこの『魔法少女まどかマギカ』っていうのを見て我慢しとくね」

「……………………一言だけ言っておくぞインデックス。
たった一つの、なんてことのない忠告だ」

「?」

「見た目に……騙されるな」

「良く分かんないけど、分かった」

 インデックスが『トラウマ』物の魔法少女アニメを見だしたので、垣根も適当に本屋で購入した本を取り出す。
 タイトルは『反逆しない軍人』だ。内容は……軍人が反逆しない話らしい。

「ふむふむ…………」

『僕と契約して魔法少女になってよ』

「成程、ここに伏線が」
 
 垣根は適当にページをパラパラと捲っていく。
 インデックスのほうもアニメに夢中になっていた。
 ふとそっちを見ると、丁度マミられてたところだった。

「……………………」

『URYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYY!』

 なんだか魔法少女物に時を止める吸血鬼が乱入したような錯覚を覚えたが、気にせず読み進める。
 そして粗方読了した垣根はパタンと本を閉じる。

「………………………………つまらねえな」

「ちょ、ちょっと待つんだよ!」

 アニメに夢中だった筈のインデックスが、台風のような勢いで垣根を制止した。

「おいおいおい、どうした?」

「もうちょっと! もうちょっと読めば、その本の良さが分かるかも!」

「いや、いいって。全然面白くねえし。
というか何でお前がこの本の事庇うんだ?」

「それは突如として天の声が聞こえたんだよ。
なんというか『その本は素晴らしい』って」

「…………『首輪』の呪縛。こりゃ大変かもしれねえな」

「ところで、私はお腹減ったんだけど」

「本当に唐突に話題変えるな。
だが、妙だな」

 アニメや本を見ていて、あれから少し時間が経っている。
 ファーストクラスどころか、エコノミークラスにも機内販売が来ても可笑しくない時間帯だ。
 だというのに、未だにそれが来る様子はない。

(嫌な予感がしやがる)

 垣根は適当にキャビンアテンダントを呼び出す。
 するとつい先ほどまでまで全く姿を現さなかったキャビンアテンダントが姿を現した。

「お客様。どのようなご用件でしょうか?」

 比較的美人のキャビンアテンダントは至って平然と垣根に尋ねた。
 恐らくインデックスや、普通の一般乗客なら誤魔化せただろう。
 傍目から見てもキャビンアテンダントの挙動に一切不審な点はなかった。

「大した用じゃねえよ。そこのシスターが腹減ったって言ってるから何か持ってきてくれ」

「畏まりました。ですが、その多少お時間を頂いても宜しいでしょうか?」

「……構わねえよ。じゃ、頼んだ」

 一礼するとキャビンアテンダントは普通の足取りで去っていく。
 けれど暗部組織のリーダーとして、学園都市の『闇』に長く身を置いていた垣根帝督は感じていた。
 キャビンアテンダントが隠していた『恐怖』と『不安』。それも単なる不安ではなく、『死』の不安だ。

(退屈しねえな。中々愉快な事になってるみてえじゃねえか)

 濃厚な『闇』の匂いを嗅ぎ取った垣根は立ち上がる。

「どうしたの?」

「便所だ。少し待ってろ、直ぐに終わる」

 飛行機で死の危険――――それも乗務員が事前に知っていて、尚且つ乗客には何も伝えないような異常といえば限られてくる。
 一番可能性として高いのは『ハイジャック』。この飛行機がテロリストや犯罪者に奪われていることだ。
 もし此処にいるのが極普通の学生ならば、その可能性に怯えるしか出来なかっただろう。
 だが垣根帝督は違う。彼は『一人で軍隊を相手にできる』とまで言われるLEVEL5。それも下位のLEVEL5を寄せ付けない序列第二位に君臨する超能力者だ。
 所詮は銃火器程度しか持ちえないテロリストなど、万人相手にしようと負ける事はない。

 垣根はズンズンと機内を進む。
 取り敢えずテロリストなら………………一応気絶させるだけにしておこう。
 別に殺すのが抵抗があるのではなく、仮にも相手は学園都市外のテロリストだ。
 それを超能力者である垣根が派手に暴れてぶち殺せば、色々と面倒な事になりかねない。

「ロシアに行く前の肩慣らしだ。せめて少しは愉しませろよな、テロリスト」

 垣根の危険な言葉を聞いたのか、、キャビンアテンダントがこちらに向かってくる。
 丁度良い。手始めに彼女から事情を聞く事にしよう。
 『テロリスト』という単語に反応したのだ。言い逃れはさせない。





 機長室には奇妙な緊張感が漂っていた。
 方やテロリストのリーダーと思われる東洋人を警戒し、隙をうかがう機長と。
 『ハイジャック』を指揮するリーダーでありながら、警戒も緊張も全くせず呑気に携帯電話を弄る男。
 
「一体どうするつもりだ……?」

 この緊張に耐えかねたのか、純粋な怒りからか、機長はリーダーと思わしき男にそう尋ねた。

「どうするって? どういうことだい、機長クン。
こちらの目的を聞いてるのか、それとも行動理由を聞いているのか、或いはこれからする事を聞いているのか。
可能性が多すぎて分からないな」

「…………全部だ」

 男は機長の言葉に何か感じる事があったのか、クツクツと笑う。
 相変わらず緊張も糞もないような態度だが、それが逆に不気味で手が出せない。

「贅沢なキャプテンだ。だけど俺も長旅一人でテトリスで遊ぶのも面白くもないし、ちょっとしたお喋りには持って来いだろう」

 どうやら本当に携帯でテトリスをしていたらしい。
 男は携帯を閉じると、

「先ずこれから何をするか、だが。別に大したことじゃない。
アメリカで911事件ってあったろう? あそこにもう一度こいつを落とすだけだ」

「なっ!?」

 その余りの無茶苦茶さに、機長は言葉を失う。
 今言った事がもし本当なら、これは要求も人質も何もない。
 ただこの機内にいる全ての人間――――当然テロリスト達も含めて、全員を抹殺する為にこいつらは動いているのだ。

「な、何のためにだ……そんな、馬鹿げた、事」

「そう思うだろう? それが重要なんだ。
911と同じ場所に飛行機が落とされる。大衆も政府も、全てがそこに意味を求めるだろう。それが狙いだよ。
本当は意味なんて欠片もありはしない。アメリカ民衆諸君は報復や怒りに沸くかもしれないが、そいつもどうだっていい。
こっちの目的は『陽動』だよ、陽動。如何にも意味がありそうな自爆ショーを演出して、本当の目的である『誘拐』を円滑に進めようというだけだ。
クライアントは『図書館』が誘拐したのが自分達だとバレル事が絶対に嫌らしくてね。
俺が言われたオーダーは『あらゆる組織結社に気付かれることなく禁書目録を手に入れろ』てな具合な無理難題だった訳だよ。
本当に無茶苦茶言うよなぁ? 理不尽だろ? そんな訳で残念、死んでくれや。
ただ『禁書目録』を手に入れろってだけなら、こんな面倒くさい小細工なんざする必要もなかったってのに、適当なタイミングで奇襲かけて攫って終了だ。
まぁなんだ。災難だったな。年に何回かは飛行機墜落してんだから、君もその何回かに入っちゃったってことで、納得してくれねえかな?」

「ふ、ふざけるなァ!
お前はこの機内に何人の人が乗ってると思ってる!? クライアントだか禁書目録が何だか何て知らない!
けど、お前にこの機内にいる乗客達の命を奪う権利がある筈がないッ!!」

「権利じゃない、単なる成り行きと事故だ」

「貴様――――!」

 機長は思いっきり東洋人の男に殴りかかる。
 けれど渾身の力を込めた右拳は、男にヒットする前に不可視の壁のようなものに当たり、止まった。

「アンタも考えなしだねぇ。疑問に思わなかったのか?
さっき言った作戦の穴。そもそも飛行機が墜落するんなら『禁書目録』とかいうのも一緒に消し飛ぶんじゃないか、って。
それに対しての解答が、これだよ」

 不可視の力が機長の体を吹っ飛ばす。
 東洋人の男は動いていない。腕どころか指先一つ動かしていなかった。
 だというのに正体不明の力の塊が機長を襲い弾き飛ばした。
 全く未知の力。理解し難い異能。そんな力に、日本人である機長に一つだけ心当たりがあった。

「学園都市の…………超能、…力者?」

「半分正解だ、俺のは学園都市製じゃなくて天然物だよ。
正解者には安らかな眠りを、といきたいが半分正解だから………………よし、半分にしよう」

 未知の力が男の前に集まる。
 凝縮される空気は、まるで刃のようになった。
 あれが放たれた時、それが自分にとっての死刑執行時間となるのだろう。
 残された乗客の事、飛行機の事、禁書目録なる者のこと。多くの事が機長の脳裏を横切り、

「走馬灯は速いんじゃねえかキャプテン」

 その時であった。
 機長室の扉が吹っ飛び、弾丸のように入ってきた少年が、テロリストの男の顔面を殴り飛ばした。




いきなりピンチ……テロリストが。
ですが問題ありません。
原作の主人公たちの話を
浜面→イージーモード
上条さん→ノーマルモード
一方通行→ハードモード
だとすると垣根はベリーハードモードなので、単なるテロリストでも最強クラスの鬼畜ですw



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