とある魔術の未元物質
SCHOOL24 舞い 降りる 白翼
―――無敵。
最強と無敵は違う。最強とは最も強くはあるが、倒すことは出来る。強さにおいて頂点にたっていても、作戦や物量などで対抗できる存在、それが最強だ。
けれど無敵は違う。無敵の存在にはどんな攻撃も防御も意味はない。あらゆる攻撃を無効化する防御力と、あらゆるモノを凌駕する速度と、あらゆる防御を貫く攻撃力があるのならば、技術も戦術も必要なく、ただ君臨していればいいのだから。
垣根帝督というインデックスを守る最大にして最後の防壁を排除した『原石』の男は、意気揚々とインデックスを確保する為に歩いてくる。
インデックスはどうにかして逃げようと思考を巡らせるが……幾らジャンボ機とはいえ飛行機だ。隠れる場所もそんなにないし、なにより所詮ただの人間としての身体能力しか持ちえないインデックスでは、『原石』としての能力を行使することで常人を遥かに超えたスピードを持つ男から逃げられる筈がない。
これでせめて『原石』の男が魔術師だったならば、十万三千冊の魔道書の知識を内包するインデックスにもなんらかの対処法が思いついたかもしれないが、生憎と相手は天然とはいえ能力者。魔術サイドではなく科学サイド寄りの人間だ。
インデックスの十万三千冊の知識はそれほど有効とはいえないだろう。
「普通ならここで眠らせとくのが上策なんだけど、確か『歩く教会』だったっけか?
不幸を呪うんだな。眠ってる間にクライアントのアジトに到着、とはいかねえようだ」
「…………どうして」
「あん?」
「どうして、こんな事をするの!?」
意味なんてない。
対抗手段もない。自分の力ではどうしようもない。
自分の纏っている『歩く教会』はあくまで防御の為だけのもの。自動迎撃機能なんてありはしないし、自身の魔力は全て『自動書記』に使われてしまっている。『自動書記』が起動している時は例外として、自分自身の意思で十万三千冊の魔道書を操り、魔術を行使することは不可能なのだ。
だからインデックスに残された手段は会話だった。人間が他の生物と決定的に異なる一つの要素。それが喋るということ。
会話が通じるなら、もしかしたら説得できる可能性がある。こんな凶行を止めさせることが出来るかもしれない。それ故の行動だった。
「どうして、か…………一言でいうと」
『原石』の男は考え込む仕草をした後、一転して。
「金の為」
「そ、そんな下らない事の為に。駄目なんだよ。あなたがどうしてお金が必要なのかは知らない。でもお金が大切だってことも分かる。
けどこんな酷い方法で、皆を犠牲にしてお金を稼ぐなんて絶対に間違ってるんだよ!」
「そうかねぇ〜。大義名分やお涙頂戴の理由より、よっぽどシンプルかつ分かり易くていいじゃねえか」
「それにあなたがイギリス清教にばれない様に、この飛行機を墜落させてまで私を極秘に誘拐しても無駄なんだよ」
この男の目的はなんとなくだか理解した。
インデックスは――――十万三千冊の魔道書を収めた禁書目録はイギリス清教にとって重要な存在だ。もしそれがどこぞの魔術結社に誘拐されたともなれば、イギリス清教はその総力で奪還しにくるのは間違いない。
たぶんだが、男の雇い主であるクライアントはそれ程巨大ではない、少なくともイギリス清教相手にケンカ売るほどの規模ではない魔術結社なのだろう。だから禁書目録は手に入れたくても、禁書目録を誘拐したのが自分達だとバレるのを恐れているのだ。だからこそインデックスの搭乗している旅客機を、如何にも意味がありそうな場所に落とす事で、インデックスの誘拐から目を背けさせようとしているのだ。
確かに卑劣かつ外道だが、あくまで合理性を重視するなら悪くない方法だ。『歩く教会』になんらかの異常があったとすれば、なんらかの要因でインデックスが『歩く教会』を脱いでいたらと仮定すれば、墜落した旅客機から少女一人が見つからなくても奇妙な事ではない。もしかしたらイギリス清教の目を誤魔化せるかもしれない。だがそれは、
「私の『歩く教会』には魔力があって、それが一種のセンサーみたいになってるの。
例えあなたが旅客機の墜落なんてカモフラージュをしたとしても、イギリス清教は絶対に『歩く教会』…………ううん、もしかしたら私でさえ知らない礼装なんかを使って、私の居場所を直ぐに特定するんだよ」
「……悲しいねえ」
バンッという音とともに男の周囲に鉄の鎖が現れた。
それは『原石』としての能力ではない、インデックスの良く知る法則によるものによって起こった現象。
「嘘……能力者が魔術を使えるなんて」
「それは早計だな。能力者が魔術を使えば最悪死ぬほどの負荷が掛かるが、別に使えねえ訳じゃあねえ。
その証拠に、ほれ」
「!」
『原石』の男は口から血を吐きだしていた。
着ている衣服にも所々から血が滲んでいる。
「あーあー、毎度のことながら痛いなこれ。
知ってっか? 能力者が魔術を使うとな、最悪体中が破裂して死ぬんだぜぇ〜」
自滅覚悟の魔術行使のことを、まるで娯楽で遊んでいるかのようにケラケラと笑いながら言う。
もしかしたらインデックスには全く持って理解出来ないが、この男は自分の死ぬ可能性すら愉しんでいるのではないだろうか。
「それと『歩く教会』がどのこうので居場所が特定されるって話だが、実の所どうでもいいんだよこれが。
金だってとっくに日本円では数千万円くれえの金は貰ってるし」
「そんなに…………お金が必要なの?
もしあなたにどうしようもない事情があって、それでこんな事をしちゃったなら、私も協力するんだよ。だから、こんな事をした理由を」
「残念だが、お前が望むようなお涙頂戴な理由がある訳じゃねえっての。
ただ俺が愉しむためさ。金が入ったら…………そうだな。適当に女でも買って遊ぶかぁ?」
それを聞いた瞬間、インデックスは男に飛びかかっていた。
勝算が皆無な訳ではない。『歩く教会』は垣根の未元物質すら防いだほどの防御性がある。つまり『原石』の男でもインデックスを攻撃することは出来ないということだ。
相手の攻撃は通用せず、こちらは一方的に攻撃をすることが出来る。その僅かな勝機に賭けるしかない。
「アンタも馬鹿だねぇ。俺がそれの対策をしてねえとでも思ったのか?」
男の周囲に展開されていた鎖が動いた。
慌ててインデックスは自分に向かってきた鎖を寸での所で躱す。
「テメエの着てる『歩く教会』は確かに厄介だ。大抵の衝撃は完全に受け流され、魔道図書館であるお前に届くことはない。だが欠点もある。
幾ら頑丈な鎧を着ていようと、お前自身は単なる小娘の腕力しかねえ訳だよ。なら物理的鎖で縛っちまえば、お前にダメージが通る事はなくても、動く事は出来なくなるかもしれねえな〜」
実際にその通りになるかはインデックスにも試したことがないので分からない。
けどもし男の仮設が正しかったとしたら、あの鎖に捕まった時点でOUTだ。認めたくはないが、インデックス本人には鉄の鎖どころかロープを斬る力すらないのだから。
どうにかしてあの男を倒す手段を模索するが、どうしようもなく両者の間に横たわる力量の差は如何ともしがたい。
「この野郎ォ――――――――――――ッ!」
インデックスの思考は突如として『原石』の男に殴りかかった一人の青年によって途切れた。
「おやぁ〜、誰かと思えばキャプテンじゃないですか。
駄目じゃあないか。操縦は…………副長に任せてきたのか?」
キャプテンというからには、その青年がこの飛行機の機長なのだろう。
けれどその拳は、不可視の壁に阻まれ届くことはなかった。
「駄目、逃げて! その男は一般人が勝てるような相手じゃないんだよ。
そんな奴に戦おうなんて思っちゃダメ!」
「そういう訳にもいかないでしょーが。俺はこの飛行機の『機長』なんだ。ファーストクラスからエコノミークラスまで、御爺ちゃん御婆ちゃんから赤ちゃんまで、快適な空の旅をお客様に提供する『義務』があるッ!
能力者だか『原石』だとかは知らないけど、大事なお客様が殺されそうになるのを黙ってるような奴は、機長として皆の命を預かる資格なんてないッ!」
「そうかい。ならお前も飛んできな」
「ぐっッ……!」
それは唐突に起こった。
機内を暴風と形容するのも生易しい程の圧風が襲う。
どうやら破壊された壁に展開していた不可視の壁を解除したのだろう。
圧風を害意あるモノと判断し威力を吸収している『歩く教会』のあるインデックスと、『原石』である男を除き、固定されている筈の椅子などが纏めて飛行機の外へと飛ばされていく。機長のほうも、どうにかして何かに捕まろうとしたが、その捕まろうとした物まで一緒に飛ばされたので意味はなかった。
機長は自然界の法則に従い機外に飛ばされていき、けれどピタリとそれが止まった。自然界の法則に逆らうかのように、自然界の法則を否定するかのように、機長の体はゆっくりと床に落ちた。気づけば暴風も消えていた。恐る恐る破壊された壁を見ると、何時の間にやらこの世のモノとは思えないような白い物体で塞がれている。
この現象、この異常の正体をインデックスは知っていた。
思いっきりその名を叫ぼうとした所で、不意に『原石』の男の体が、飛行機の外から電光のように突撃してきたその男の右ストレートをモロに喰らい吹っ飛ばされた。
「ガ、ハッ――――――――! 生きてやがったか、テメエ」
純白の翼を背負った青年は。
垣根帝督は憮然と告げた。
「悪いな、解析完了だ」
禁書的な機長を書いてみましたがどうでしょう? 1ミクロンでも禁書らしさを表現できていたなら幸いです。
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