とある魔術の未元物質
SCHOOL66 心 理 掌 握
―――精神操作。
学園都市でもポピュラーな能力の一つである。発電能力と発火能力に匹敵するほど、その数は多いといえるだろう。ただしその能力にも差があり、単純な読心やテレパシー、珍しいものだと人の心の距離を操る、というものまである。これら全ての能力を使えるのは常盤台の女王唯一人とされている。
心理掌握、というのは学園都市においても垣根や麦野沈利とは違い表側に属する超能力者だ。超電磁砲と違い完全な表側という訳ではないだろうが、少なくとも垣根や麦野のように暗部組織には所属していない。少なくとも垣根の知る限りは。
厄介なのはその能力。
『心理掌握』というのは精神操作系限定の多重能力のような力で、精神に関する事なら読心だろうと記憶消去だろうとお手の物ときている。垣根のような超能力者にとっては、真っ向から挑んでくる超電磁砲や電子崩しよりも厄介な相手だ。
「にしても悪趣味な女だ。もっと座り心地の良い椅子くらいあるだろうに」
「酷ぉ〜い。この人達、あなたの殺害を命じられたのを私が改竄しておいてあげたのにぃ」
心理掌握、食蜂は大柄の椅子に座っていた。大きな、ではなく大柄だ。食蜂に精神を改竄されたせいで椅子となっているその男は佐久辰彦という名前だ。スクールと同程度の機密力を持つ『ブロック』を率いている男である。近くで転がっている三人も其々『ブロック』のメンバーだろう。垣根にはデータで見た覚えがある。
「ていとく……」
ギュっとインデックスが垣根の服の裾を握りしめる。食蜂の怪しさを何となく感じ取っているのだろう。垣根はインデックスと食蜂の間に立つよう前に出ると、何時でも食蜂を解体出来るよう準備する。
「きゃぁ、そんなに睨まないでぇ。私恐ぁい」
「猫被ってんじゃねえよ。何が目的だ、第五位。まさか善意100%って訳じゃねえだろう?」
「人の善意が信じられないのかしらぁ?」
「暗部歴が長いからな。なによりテメエが信じられねえ」
「酷い。こ、こんなに……こんなに貴方のために、精一杯頑張ったのにぃ!」
「は、何言ってやがる?」
「貴方が学園都市を去って一か月半余り。その間も私はずっと貴方の帰りを待ち続けてたのにぃ。朝起きる時と夜寝る時は毎日、貴方の写真に挨拶してたんですよぉ!」
「本当なの、ていとく」
怯えた様子はどこへやら、インデックスが垣根の腕を強く握りしめた。余りにも強く握りしめ過ぎて正直言って痛い。
「あいつの口から出任せだっ! 騙されてんじゃねえ! 俺とあいつが直接会ったのは今日が初めてだ!」
「本当に?」
「ああ!」
大体、垣根と食蜂にLEVEL5の超能力者ということ以外に接点なんてものはない。
「えぇ、垣根さぁん。あの夜はあんなに激しく私を愛してくれたのにぃ。忘れちゃうなんて酷いゾ☆」
食蜂が余計に事態を混乱させるような事を言った。というより確信犯だろう。垣根の超電磁砲や電子崩しよりも厄介だという推察は間違っていなかった。
「ていとく〜! また私に黙って女の人と!」
「またって俺がいつテメエ以外の女と―――――――」
「サーシャとかワシリーサとかエリザリーナとか、なんだよ!」
「サーシャとエリザリーナはまだしも、ワシリーサはねえよ! 誰があんな変態女!」
「うん、ワシリーサはないかも。け、けどエリザリーナとかサーシャとかと良い関係だったのは本当なんだよ!」
「本当じゃねえ! サーシャには体の治療して貰っただけだし、エリザリーナにはテメエの頭ン中の治療を依頼しに行っただけだ!」
「そうやってぇ、私の時も手籠めにしたのよぉ、インデックスちゃん。最初は一緒に能力開発を頑張ろうだなんて優しく擦り寄ってきて、次の日には高圧的に…………あぁ、これから先はアダルト過ぎて言えないわぁ」
「あ、アダルト!?」
「そう十八歳未満お断りな事を、色々としちゃったぁ♡」
「いい加減にしやがれぇええええええええええええええ!!」
元々垣根は沸点がくない。食蜂の巧妙な誘導尋問というより誘導破局に痺れを切らし、最終手段に出た。つまり実力行使。垣根が第二位の超能力者としての力を暴力に発揮すれば、第五位の食蜂に対抗する術などはない。
研究所の重要機材だけは破壊しないように未元物質が食蜂の体に衝撃波を叩きつけた。
「…………ぁが」
衝撃波の直撃を受けた肢体がゆっくりと倒れていく。しかしそれは食蜂ではない。衝撃波がその身を破壊する寸前、食蜂の支配下にあったらしい『ブロック』の女が壁になったのだ。当の食蜂は衝撃波の余波でかすり傷程度はあるかもしれないがほぼ無傷。対して壁になった女は重傷だ。死にはしないだろうが、全治一か月といったところだろう。
「ありがとぉ、私を守ってくれたのねぇ」
「自分でやらせたんだろうが」
「そぉだけどぉ、一応? それにしてもぉ、いきなり攻撃するなんて酷ぉい。大覇星祭の競技が幾つか控えてるのにぃ」
大覇星祭にはLEVEL5も表側に所属している者限定で参加する。常盤台の女王様気取っていて、選手宣誓までやってのけた食蜂なら参加するのは当然だろう。
「運動会ごっこがやりてえなら、さっさと失せろ雑魚。競技があるんだろうが」
「そうよぉ。でも実際、競技なんて私の改竄力でどうとにもなるのよねぇ」
あらゆる精神操作系の能力を扱える『心理掌握』なら食蜂という人間一人を「いる」と錯覚させるのは難しくないはずだ。
食蜂は髪を掻き上げながら椅子から立ち上がる。身長と言いプロポーションといいやはり中学生には見えない。印象としては麦野沈利と御坂美琴の間くらいだろうか。麦野ほど年とっていなければ、御坂のように子供でもない。麦野が女子大生で御坂が中学生とすると食蜂は高校生ほどに見える。
「分からねえ。表に属するテメエが何でこの研究所にいる? しかも俺の襲撃のタイミングにどんぴしゃで」
「ここはぁ、私の能力開発にも少しだけ関わった所なのぉ。偶々頭を見てみたら、有名な学園都市の逃亡者が今日ここに来るって言うから興味をもったってことよぉ」
食蜂は優雅な仕草で出口へと歩いていく。
怪しい動きは見られない。ここから立ち去るつもりだろうか。
「有名人の顔を見れたしぃ、私は帰るわぁ。安心してねぇ、このことを言いふらすつもりもないからぁ。それとも口封じに殺しちゃう?」
「…………………さっさと行け」
「優しいのねぇ。好きになっちゃいそう☆」
苛々が上昇する。しかしインデックスの前で第五位をスクラップにすることも出来ない。なにより食蜂は大覇星祭で選手宣誓を任されるほどの有名人。殺せば色々と面倒な事態になるかもしれない。
ここは見逃すのが賢明だ。ただしこちらに対して敵対行動に出た時は容赦しない。
食蜂の後姿を見送る。このままおさらば、という所で最後にとんでもない爆弾を残していった。
「インデックスちゃん、貴方愛されてるわねぇ。口先と心が一致しないのが普通の人間だけどぉ、貴方の愛する人は口先では冷たいけど、行動と心と頭は貴方のことで一杯みたい」
「ほ、本当なの!」
「そんな出鱈目をっ!!」
「『心理掌握』が言うんだものぉ、嘘じゃないわぁ」
「待ちやがれ、コラ。勝手な事ほざいてんじゃ」
心理掌握が追おうとした垣根だが、途中で頭から湯気を出しているインデックスに気付く。
「ててててていとくが、私のことで一杯!? たたたいへん、なんだよ!!??」
不味い。インデックスがリドヴィア並みにアッパーしている。
食蜂を追う前にインデックスを元に戻さないと大変なことになるかもしれない。具体的には研究所内で暴れまわって情報を破壊したり、自爆スイッチを押してしまったりと。
「……不幸だ」
遂に某ウニ頭の少年の口癖が移った。
立て続けに不幸に襲われ続けた垣根は、心労のせいで胃に痛みを感じつつインデックスを元に戻すべく、目の前にキットカットをぶら下げた。
まぁ垣根はアレですよ、ツンデレですよw
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