とある魔術の未元物質
SCHOOL68 ロシアからの 変態
―――愛することが苦手な男は、せめてお世辞の言い方くらいは身につけておいた方がいい。
お世辞というのは世間一般でも良い嘘と認識される数少ない嘘の一つだ。日常で人間と言うのは必ずお世辞を使う。似合ってもいない服装を似合っていると言ったり、というような具合で。寧ろお世辞を言わず正直な感想ばかりを語れば社会から爪はじきにされる。嘘なくして社会は回らないのだ。
再び学園都市を後にした垣根達は障害らしい障害もなくヴァチカンへの帰還を果たす事に成功していた。リドヴィアの語った安全着陸地点とやらは正しかったらしい。イタリアの大地を降り立った後も魔術サイドや学園都市の刺客が襲い掛かる何て不幸もなく、イタリアで長期滞在しているホテルに戻ってこれた。行く先々で災難に見舞われていた垣根とインデックスはそれはもう喜んだものであったが、時がたち落ち着いてくるにつれて災難の影を察し始めていた。
垣根達と同じ時期に学園都市へ潜入しある目的を果たそうとしていたオリアナとリドヴィアとの連絡がとれない。科学サイド的な通信手段と魔術サイド的な通信手段の両方を試してみたが連絡が繋がることはなく、ただ時が流れるのみ。
もしもリドヴィア達の計画が成功していれば多かれ少なかれ騒ぎになっていそうな学園都市にしても平穏そのもの。TVでは騒がしくも平和な大覇星祭の生中継などを流している。
「リドヴィアとオリアナ…………どうしちゃったんだろ」
インデックスはそう垣根に言った。
暴飲暴食という欠点を除けば心優しいシスターであるインデックスにとって、今まで慣れないローマでなにかと世話になったオリアナとリドヴィアはエリザリーナなどと並んで良い人設定されており、心から心配しているであろうことが心の端々から滲み出ている。
「調べてえが、科学サイドと違って俺には魔術サイドの情報網は大してねえ」
そういった情報はロシアにおいてはエリザリーナやワシリーサ。ローマにおいては件のリドヴィアから得ていたのだ。それを失えば垣根に魔術サイドの情報網はなきに等しい。ただこのことは垣根が未熟ということではなく、まだ垣根が魔術サイドに触れて短いというものが大きい。情報なんていうのは信頼第一だ。そういった情報網を獲得するにはそれなりの年月に見合う信頼が必要となってくる。
「でも……気になる。ていとく、我が侭かもしれないけど、なんとかならないかな?」
瞳を涙で濡らし言った。
食べ物を強請る時はわりと強引な癖にこういう時ばっかりしおらしくなる。垣根はインデックスのこのギャップにキャラに似合わぬ何かを感じつつ、どうにか平静を保って返答した。
「出来る限り頼りたくはねえが、当てになるのはあいつしかいねえか」
「あいつって?」
「ワシリーサだよワシリーサ。俺としてはエリザリーナの方が億倍良いんだが、国家元首相手に雑用頼む訳にもいかねえ。変態ってことには目を瞑る」
垣根は携帯の電話帳に知らぬ間に登録されていたワシリーサの番号に掛けた。
また一つ余計な借りができるが、他に手もなかった。
『はぁ〜い、ていとくん。貴方のアイドル、ワシリーサお姉さんに何の御用か・し・ら♡』
神速で切った。ロシアで散々酷い目に合わされたせいで身に着けた反射的変態対処法だった。電話を掛けたのはこちらだとか、そういった当たり前の理屈は変態というイレギュラーには適用するべきではない。変態なんて絶滅した方が良いと、垣根は心の底からそう感じた。
暫くすると垣根の携帯の着信音が鳴る。表示されている名前はワシリーサ。ちなみに登録された当初は『とっても可愛いワシリーサちゃん』だった。無論、気色悪かったので五秒で名前は変えたが、本当に気持ち悪かった。
『ピピピピピピ♪』
鳴り続ける携帯電話。
掛けたのはこちらの方であるし出ない訳にもいかないだろう。
心の底から気分が悪くなるが。本当に気色悪く、関わりたくないのであるが。生憎と他の頼れる人物はいない。ワシリーサでなくサーシャにでも頼ろうかと思ったが、常にあの変態の毒牙に晒されているサーシャに追い打ちを掛けるように頼みを言えば心労で死ぬかもしれないので自重した。
携帯電話をとり通話ボタンを押す。
『酷いわねぇ、軽いジョークじゃない。ロシアンジョークよ。ロシアよりLoveをこめて♡』
「変態につける薬っての、冥土返しが開発してねえかな」
『馬鹿ねぇ。馬鹿は死んだら直るけど変態は死んでも治らないんだZE!!』
「自覚あったのかよ変態」
『チッチッチッ、私はただの変態じゃないわ。変態という名の淑女よ☆』
「変わらねえよ! んな事より時間がねえから単刀直入に言うぞ!」
本当は時間がないのではなくワシリーサと長時間話していたくないからなのだが、そこまで真正直に言うような義務はない。
「ローマ成教のリドヴィアとそれに雇われていたオリアナ・トムソン。二人がどうなっているかを知りたい。調べてくれ」
『ふーん。イケメンのお願いに答えてあげたいのは山々なんだけどぉ、現在進行形でサーシャちゃんの汗の滲んだ服をくんかくんかしているというかー、淑女としての嗜みをやってる最中で』
「やってくれたらインデックスの寝顔を送る。ばかばっかのボイスつきで」
『任されたわ! 朗報を期待していてね!!!』
一瞬で通話が切れた。
学園都市を出てからというものの、どうにもこういった交渉が得意になってきたような気がする。将来は交渉人でも目指してみるか、と垣根は踊る大捜査線のスピンオフを思い出しながら想像した。
情報を入手するまでに時間が掛かるだろう。ワシリーサから連絡が来るまでに珈琲でも飲もうかと台所へと行こうとした時、また携帯の着信音が鳴った。
表示された名前はまたしてもワシリーサ。
なにか聞き忘れた事でもあったのだろうか。
『分かったわよ! 二人の現状』
「速ェよ! まだ三分も足ってねえじゃねえか。時間でも止めたかっ!?」
『ふっ、愛は偉大なりということよ』
「……………で、二人はどうなんだ?」
垣根はもうツッコむのは止めた。
この変態に普通を求めるのは無意味である。
『結論を言っちゃうと、リドヴィアとオリアナ。この二人は偶々学園都市の知り合いに会いに来ていたっていうイギリス清教の魔術師に捕まってイギリスの監獄の中よ』
「イギリス!」
『そうそう、紅茶ばっかり飲むイギリス。食事が不味いことで有名なイギリス。それはおいといて。そのイギリスの魔術師っていうのは学園都市の差し金だと思うわよ。表だって魔術師に迎撃されるとカオスになっちゃうからこういう手順を踏んだんでしょうねぇ』
「魔術師はどうでもいい。オリアナとリドヴィア、死んではいねえのか?」
『そこまでは分からないわよ。私はあくまでロシア正教の所属だから。だけどイギリスといったらえげつな〜い拷問で有名だから、二人はちょっとハードなプレイを受けてるかもしれないZE!』
「……………………」
イギリス清教。
どこまで自分の邪魔をすれば気が済むのだか。垣根は神裂かステイルにでも連絡してどうにかさせようかと思ったが、垣根は二人の連絡先を全く知らなかった。ついでに立場上、イギリス清教に関わるのは問題が多い。
「分かった。約束の品は送っとく」
これ以上話す事もないし話したくもないので、垣根は早々に切ろうとするが、ワシリーサがそれに待ったをかけてきた。
『ていとくん。実は私の方からもお願いがあるんだけど、聞いてくれないかなぁ』
「あん?」
『サーシャちゃんがねぇ。学園都市にあるっていう「天使の涙」っていう礼装を奪還するのに学園都市に潜入するんだよ。それで、ていとくん学園都市には詳しいでしょ。私の大事な大事なサーシャちゃんを守るために一緒に学園都市へ行ってくれないかな』
「天使の涙、だって?」
その単語は研究所のデータパンクで見た事がある。
やけにオカルトなネーミングセンスだったので良く覚えていた。かなり機密度の高い情報なのか詳細までは知り得る事は出来なかったが、かなり危ないものだというなのは理解していた。
『そうそう。これも助けられた恩を返すと思って、本当なら私がついて行きたい所なんだけど諸々の政治的事情というか内部事情というかで、どうっしても! 行けないからお願い出来ない?』
「………………」
大覇星祭に潜入した学園都市に再び潜入する。
これが他の者の頼みなら断っているところだが、サーシャとついでにワシリーサにはロシアで命を救われたという借りがある。ここらで一つ返しておいた方がいいだろう。
「一つ聞かせろ。天使の涙ってのはなんだ?」
『正しく使用すれば天使と会話することが叶うようになる素晴らしい礼装。サーシャちゃんはちょっとした体質をどうにかするのにそれが必要なの。それじゃあ詳しい事は後で連絡するわね。私にはサーシャちゃんのお洋服をぺろぺろするという使命が』
全力で切った。
これ以上ワシリーサに喋らせれば、この小説はノクターンノベルズに送られてしまう。
18歳未満の読者の為にもそれは回避しなければいけなかった。
「ていとく、どうだった?」
「カムバック学園都市、だ」
再度、あの科学の総本山へと垣根は行くことになった。
そして舞台は科学と魔術が激突する9月30日へと移っていく。
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