とある魔術の未元物質
SCHOOL89  4人目 の 主人公


―――名声を勝ちとった芸術家は、そのことによって苦しめられる。そのため、処女作が往々にして最高作となる。
政治家が権力を得て変貌するように、芸術家は富と名声を得て変貌することもある。何も持たない貧乏な芸術家が才能を評価され莫大な財産を得ると、当初の作風が変わるのは芸術家の心象が金を得た事で変容してしまうからだろう。










 博士が吐いた情報の中に残念ながら『心理定規』の居場所を示すものはなかった。だが無意味ではなかった。今回の心理定規を囮とした垣根帝督抹殺計画。その詳細を博士は洗いざらい話してくれたし、興味深い情報もあった。

 手をはなすと、意識を失った博士が崩れ落ちる。ショックで気絶しているが命に別状はないはずだ。大人しく入院していれば一週間で完治するだろう。もし学園都市上層部が博士が生存する事を認めればの話だが、垣根はそんなことはどうでも良かった。もはや博士に垣根をどうこうする余力は残されていない。故に見逃す。しかしその後、見逃した人間が死のうが生きようが知った事ではないのだ。

「……流石は統括理事長様直轄部隊だ、レア情報溜めこんでんじゃねえかよ」

 『ピンセット』に『滞空回線(アンダーライン)』、学園都市の裏情報。
 その内でも本当に興味深い情報が『滞空回線(アンダーライン)』だ。学園都市中に5000万機ほど散布されている70ナノメートルのシリコン塊で、当然のことながら一般の学園都市住人はその存在を知らされてはいない。
 形状は球体状のボディの側面から針金状の繊毛が左右に二対・六本飛び出しているもので、 空気中を漂うような感覚で移動を行う。 機体自体が空気の対流を受けて自家発電を行うため、半永久的に情報収集が可能であり、 収集したデータは、体内で生産した量子信号を直進型電子ビームを使って各個体間でやりとりされ、一種のネットワークを形成している。
 学園都市で発生するイレギュラーな事態に『暗部』が即座に対応できる理由がこれにあった。
 統括理事長アレイスターの耳であり目。
 だが余りに小さすぎる為、これを解析するには『ピンセット』などという特殊な器具を使う必要がある。

「…………………チッ、吐かせたのは失敗だった」

 直接脳内から情報を引っ張り出していれば良かった。そうすれば学園都市暗部は博士が『ピンセット』や『滞空回線(アンダーライン)』についての情報を垣根に教える光景を見られずに済んだだろう。事前の対策もできた。だが暗部は博士が二つの情報を垣根に懇切丁寧教えた事を既に知ってしまっている。『暗部』の動きは迅速だ。今にも暗部組織の何処かが『ピンセット』を別の場所に移すべく行動しているかもしれない。

「善は急げ、昔の人間ってのは言えて妙な事を生み出してくもんだ。お蔭でボキャブラリが増える」

 白翼が垣根の背から生える。また万が一飛行中にキャパシティダウンなどの妨害を受けた時の対策に、魔術的な安全術式も組み込んでおく。倉庫で最初聞いた音も既に対策してあるので大丈夫だと思うが念には念を入れた方が良い。
 ピンセットがある場所まで地面を走っていれば結構な距離だが、空を飛んで幾分には時間はかなり短縮できる。『警備員(アンチスキル)』や『風紀委員(ジャッジメント)』に目撃される可能性は高いが、そんなこと知った事じゃない。
 表の治安維持部隊如きが学園都市第二位をどうこう出来る訳がないし、学園都市側も垣根のことを表沙汰にはしたくない筈だ。もし表沙汰にしても垣根を捕まえたいのなら、とっくに垣根帝督の名は世界中に指名手配されている。それがないのは、学園都市が垣根を秘密裏に処理したいという心情の現れだ。
 割れた窓から外を覗き見る。
 良い天気だった、物騒な学園都市とは裏腹に、目が痛くなる程の良い天気だ。
 そのまま垣根は窓から飛び降りた。重力に従い垣根の体が地面に落下していく。そして体が地面に激突する直前、ふわりと体が飛び上がる。白翼を羽ばたかせ、垣根帝督はまるでジェット戦闘機のような速度で目的地点まで飛翔していった。空には何の障害もない。



 プルルルル、とやや間抜けな音で『アイテム』が詰めているアジトの一つに連絡が来た。『アイテム』のリーダーである麦野沈利はその電話をかけてきた主が誰か予測できるだけあり、嫌そうな顔をして無視しようとした。しかし電話を掛けている相手は諦めることなく、延々と鳴りつづける。

「おい、それ放っておいて良いのか?」

 元スキルアウトの幹部であり一時的には束ねた事もある男、そして現在の『アイテム』の下っ端である浜面仕上が、鳴りつづける電子音に耐えられなくなったのかそう尋ねた。

「良いって良いって、私らがやらなくたって別の誰かが対処してるよ」

 しかしやはり電子音は停止することはない。
 麦野も流石に出た方がうざったくないと判断したのか渋々と出て怒鳴る。

「やっかましいな糞莫迦! 応答する気がない事ぐらい分かんないの!?」

『こいつときたら! こっちだって連絡したくて連絡してる訳じゃないんだっつーの!』

 声の主は女性のものだった。スピーカーフォンでないにも関わらず浜面にまで聞こえるほどの大音量だった。信じられないかもしれないが、この如何にも軽そうな女性の声が学園都市内部の不穏分子の粛清などを主な仕事とする『アイテム』の上役だった。

『第五学区のウィルス保管センターにターゲットが中にある物品を強奪しようと迫ってるから、そこから一番近い場所にいるアンタ等が回収して他の場所に移しなさい!』

「えー」

『えーじゃないわよこいつときたらーっ! ったく駆動鎧の連中はアビニョンの後始末とか「左方のテッラ」とかいう奴の死体捜索とかで忙しいんだからさ。そっちもきちんと動きなさいよね!』

 麦野は上役の事を半ば聞き流しながら応対する。ターゲットというのは間違える筈もなく『垣根帝督』のことだろう。何時かの借りを返す為虎視眈々とここで準備をしていたのだが、どうやら垣根の方が学園都市側より攻勢に回るのに長けていたようだ。

『あとターゲットとの直接交戦は避ける事っ! 不確定情報だけどターゲットが「多重能力者(デュアルスキル)」になったって情報もあるんだから!』

「おいおい嘘だろっ!?」

 浜面が思わず口を挟んでしまう。苛々している麦野が一睨みすると、「悪ぃ」と言いながら大人しくなった。元武装無能力者だからこそ、LEVEL5の恐ろしさは身に染みて理解しているのだろう。

「で、垣根の糞野郎が『多重能力者(デュアルスキル)』になったって? あの野郎の能力は『未元物質(ダークマター)』になったんじゃなかったっけ」

『だから不確定情報だっつーの! 私自身が直接確認した訳でもないから詳しくは知らないわよ。ただ上の方がそう言ってきただけ。詳しい情報は知らない! さっさとアンタは物を回収しに行って!』

「……………仕方ないわね」

 麦野沈利はLEVEL5の第四位、当然ながらその頭脳も学園都市第四位だ。やや頭に血が上り易い欠点もあるが、逆に言えば血が上っていないのなら麦野は冷静に物事を判断できる頭脳を持っている。
 『原子崩し(メルトダウナー)』では『未元物質(ダークマター)』には勝てない。強さの強弱ではなくそういう法則になってしまっているのだ。
 
「浜面」

「なんだよ」

「アンタは足を……やっぱいいや。こっからなら歩いたほうが近いし。アンタは滝壺や絹旗と一緒に第二位の糞野郎をぶち殺す用意しておいてね。フレンダ、アンタは私と一緒。なんだか危なっかしいし」

「りょーかい。でも結局、多重能力者ってどういうことなんだか」

 フレンダがやれやれとジェスチャーする。麦野も同意見だったが、不確定情報なのだから上役を問い詰めたところで何も始まらない。取り敢えず仕事を果たすとしよう。

「じゃあ、行ってくるわよ」

 第四位、麦野沈利が出撃する。
 そしてこれが、もう一人の主人公の物語も加速していく。




なんということでしょう。そこそこ人気のあるフレンダや心理定規に垣根の死亡フラグが取り除かれない中、博士の救済がなされてしまったじゃありませんかー。もうホント、誰得なんでしょう。博士ファンの皆様、博士の命は繋がれました。

……さて、浜面が初めて台詞有りで登場しました。これから世紀末覇王浜面伝説が始まりません。残念ながら。そしてフレンダに迫る死亡フラグ。



押して頂けると作者の励みになりますm(__)m


<<前話 目次 次話>>

作品を投稿する感想掲示板トップページに戻る

Copyright(c)2004 SILUFENIA All rights reserved.