とある魔術の未元物質
SCHOOL92  先方の迎撃の用意 当方は破壊が容易なり


―――私は即座に答えることができて満足した。私は知らない、と言ったのだ。
知らない事を知らないと言う事は必要なことだ。人間は知らない事でも知っているように見せたがる。他人に対する見栄。人は常に自分を大きく見せたがる。だが知らない事を知らないと言わなければ、正しい情報を教えてはくれない。知っている人間に知っている事を教える者はいないのだから。










 浜面仕上は生々しく重い袋の感触に身震いした。中身も含めた袋の重量は大体70k〜80kといったところだろうか。恐らく中身は男だった物だろうと浜面は予測をつける。
 
「………………っ!」

 袋に入っているのは『人間』だった。浜面自身は中身を見た訳ではないが、『アイテム』のリーダーである麦野によると処理し忘れていた死体らしい。ターゲットである第二位とやらと戦う時に邪魔だから片付けておけと命令されたのだ。
 興味本位というのもアレだが、それでも中身が気になった浜面はどんな奴なのかと尋ねたが、麦野は知らない方が良いし知る必要もないというだけだった。それに付け足しで腐敗が進んでいて異臭もするだろうから袋を開かない方が良いとも忠告されている。
 『アイテム』のアジトから進んで十数分の所にある実験動物排気用の電子炉まで来た。本来なら実験に使用された鼠などのモルモットを遺伝子情報を欠片も残さず灰にする為の機械だったが、今回処理するのはモルモットではなく人間だ。寝袋に包まった死体の重さを感じながら、この電子炉にどれほどの人間が同じように投げ込まれてきたのだろうかと想像し、気分が沈んできたので止める。
 既に電源が入っているので浜面の仕事は寝袋を中に放り込んで焼却ボタンを押すだけだ。たったそれだけの動作で人間だった存在の残滓は跡形もなく消滅する。遺伝子情報を残さず灰となって、どこかへと散っていくのだろう。骨となる事も許されず、ただ灰に。

「……人間の命ってなんなんだろうな」

 70〜80kの重さだが、逆説的に言えばたったの80kだ。数百年前とかならまだしも、現代日本といったら死んだら墓石なり十字架の下に埋まるのが普通ではなかったのか。それとも学園都市だから許されるのか。学園都市の表なら死体は一応墓石の下に埋められる事が出来るが、こうやって出てきては不都合な死体は秘密裏に抹消される。随分と人の死という重大事に対する扱いが軽かった。

「はまづら」

「……滝壺か」

 背後から声を掛けてきたのは『アイテム』に所属する滝壺だ。単なる無能力者の浜面と違って羨ましい限りの大能力者だ。どうして滝壺という少女が闇に堕ちたのかは知らない。それは滝壺だけでなく絹旗や麦野、フレンダも同様だ。大能力者なんて人間がどうやったらこんな場所に来てしまったのか、或いは能力があった故に堕ちたのかもしれない。だがどっちにせよLEVEL0である浜面からすれば滝壺は遥か彼方の存在だった。

「きぬはたが戻って来てって。人手がいないから」

 人手が足りないのにLEVEL0の浜面を探すためにLEVEL4の滝壺を寄越したのが疑問だったが、直ぐにそれは氷解する。一口に能力者といっても精神操作系など直接戦闘が不得手な能力だってある。滝壺は見た目的に筋力があるように思えないし、ただの労働力としてはスキルアウトとしてそこそこ鍛えてる浜面の方が役に立つのかもしれない。
 急かされた浜面はまるで死体の重さから逃れるように寝袋を電子炉に放り込み焼却ボタンを押す。そして滝壺と共に、目を背けるように去っていった。



 絹旗がアジトの防御を固めていると、浜面と浜面を呼びに行った滝壺が戻ってきた。なにやら二人とも表情が優れないが、病気とは思えない。なんとなく予想がつく。滝壺は暗部として長いが、浜面の方は下っ端とはいえまだ暗部に堕ちたばかり。死体の生々しい重さに思う所があったのかもしれない。似たような経験があるからか絹旗は敢えてそのことについては何も言わずにおいた。

「超遅いですよ。ただでさえフレンダと麦野の二人が出かけて人手がいないんですから、数少ない男手として超働いて下さい」

「…………わかってるよ」

 渋々ながら浜面は従う。「俺はスキルアウトを率いていたのに」とかいう愚痴が聞こえたが無視した。前がどうだろうとここでは浜面仕上は単なる下っ端に過ぎない。下っ端にしては多少使える方だが、それだけだ。
 黙々と作業を続ける三人だが、それを止める者がいた。
 異常自体は直ぐに表れた。上層部から至急されていたキャパシティダウンや未元物質妨害用音源が破裂した。
 まさか来たのか。
 第二位のLEVEL5、垣根帝督。
 『原子崩し(メルトダウナー)』を操るLEVEL5、麦野沈利すら超越した超能力者。絹旗には前回の交戦の記憶がありありと思い起こされた。
 
「かくれんぼは終わりだ。あの金髪の情報は正しかったみてえだ。上々上々。見慣れねえ男が一人いる。また人員を補充したのか…………こりゃ下っ端か。雑魚面そのまんまじゃねえかよ」

「俺は浜面だよ!」

 虚空から響いてきた声に浜面が怒鳴り返すのと、アジトの窓が割れ垣根帝督が突入して来たのは同時だった。ここは地上六階だったが、この男にそんな常識は全く意味をなさないことを絹旗は経験則から知っている。

「垣根、帝督」

「覚えてくれたのか、嬉しいぜ。テメエ等の頭のしずりちゃんときたら俺の名前すっかり忘れてんだからよ。もしかして俺って地味なのかな」

「さぁ、そんなに目立つ顔になりたいなら私が超顔面を変形させてあげますが」

「お誘いは断る。自分の面には満足してんだよ」

 こちらの戦力は自分だけだ。滝壺の能力は戦闘向けじゃないし浜面は単なるLEVEL0だ。相手が垣根帝督ではなく、もっと他の相手なら少しは役立ったかもしれないが、第二位にとって無能力者なんていうのは戦力として数に入らないだろう。
 麦野とフレンダがいないのが悔やまれる。特に麦野は『アイテム』の最強戦力だ。それがいないのは辛い。

(ですが垣根帝督が超ここに来たって事は、麦野とフレンダはやられてる可能性が超高いです)

 こっそりと垣根には見えない様携帯を操作し二人に連絡をとるが、繋がりはしなかった。やはり撃破されてしまったのか。
 援軍は期待できない。一応、垣根帝督抹殺作戦において『グループ』や『メンバー』とも交戦禁止が命じられているが、あくまで交戦禁止というだけで同盟した訳でもない。しかも『メンバー』に至っては既に壊滅済み。『グループ』は『ブロック』の鎮圧にも向かっていると聞く。
 もし『グループ』に所属している第一位が援軍に来れば個人的感傷は置いといて心強くはあるが、それは期待できない。そもそもクローン二万体を殺す実験に参加するような男が、好き好んで『アイテム』の援軍に来るとは思えなかった。そもそも不穏分子の削除及び抹消を主な仕事とする『アイテム』は長期的には『グループ』と交戦する可能性だって高いのだ。
 仮に『グループ』がここに垣根帝督がいることを知っていたとしても、『アイテム』が壊滅してから駆けつけるだろう。
 絹旗の選択肢は少なかった。

「浜面、滝壺さんを連れて超逃げて下さい。第二位は私が超足止めしておきます」

 滝壺さえ逃げてくれれば再起は測れる。回避すべきなのは全滅だ。

「でもお前はどうするんだよ!」

「滝壺さんがいれば『アイテム』は超巻き返し可能です! こちらの情報を掴んでいるってことは垣根帝督は滝壺さんの能力を厄介と判断した上で仕掛けてきてるんです!」

 直接的戦闘力はないが滝壺の『能力追跡(AIMストーカー)』は非常に厄介な力だ。対象のAIMを記憶し、例え宇宙の果てまでだろうと居場所を特定してしまう。垣根にとっては常に自分の所在を正確にアイテムへ教えているようなものだ。だが滝壺さえ黙らせれば、『アイテム』の持つ追跡者という優位は崩されてしまう。

「だけどお前はどうするんだよ、そいつ第二位なんじゃ」

「浜面が超私の心配をするなんて兆年早いです」

 浜面はやがて黙って頷くと滝壺の手を引っ張ってアジトの部屋から出て行った。恐らく二人は地下の駐車場にいくだろう。あそこには足である車が駐車してある。
 さて。
 絹旗は目の前の敵を見据える。
 問題は何時まで保つかだ。



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