とある魔術の未元物質
SCHOOL98  悪の美学と 傲慢な流儀


―――将を射んと欲すればまず馬を射よ
敵が強い時に当たる必要はない。また敵が強い時は、敵の周囲を固めるものを潰していき弱らせるのが常道だ。難敵と戦いよりも弱敵と戦う方が易く犠牲も少ない。必ずどんな敵にも他より弱い場所がある。そこが戦闘における突破口となりえる。











 今まで並列する物語は擦れ違う事は多々あれど明確に交わる事はなかった。ただそれは今日ここまで。一方通行と垣根帝督の戦いはもはや不可避だ。

「流石は滞空回線(アンダーライン)、アイテムとメンバーがぶっ潰れて焦っちまったかな? 上層部の糞共はよぉ」

「あァ?」

「粋がってるじゃねえかよ、一方通行。あれだろおい、八月三十一日に脳天へ弾丸喰らった野郎が元気してるじゃねえか。どんな魔法使ったか知んねえけど、どうせ元の演算はねえんだろ?」

「ハッ、テメエもどこぞの雑魚と同じよォなことを言うンだなァ」

 一方通行は首をポキッと鳴らす。
 学園都市最強の怪物は軟な体型で、しかも杖を突いているにも関わらずその姿には弱々しさというものがない。逆に底知れぬ恐ろしさを漂わせている。

「俺も同じ事を言ってやるけどよォ、確かに俺は脳にダメージを負った。今じゃ演算も外部に任せてる。だがなァ、俺が弱くなったからって別にテメエが強くなった訳じゃァねェだろォがよォ! あァ!」

「返答だ。この数か月テメエがクローン共と遊んでる間、俺は強くなっちまった。知らねえなら懇切丁寧に教えてやる。第一位と第二位の序列はとっくの昔に入れ替わってんだよ!」

 未元物質により発生した衝撃波が『一方通行(アクセラレータ)』へと直撃する。ただ一方通行は既に鉄壁の『反射』の幕を起動させていた。コレがある限りあらゆる衝撃は一方通行に触れた瞬間に反射されてしまう。垣根の放った衝撃波もまた銃弾や超電磁砲と同じように『反射』され、垣根の方へと向かってきた。力場が破裂する。衝撃波は垣根に直撃する前に、その威力を雲散させる。『反射』ほど万能でもないが垣根の『未元物質(ダークマター)』もかなりの防御性能を持っている。大抵の物理衝撃は『未元物質』と接触することにより減少させることが出来るのだ。
 あっさりと攻撃を『反射』されてしまった垣根だが驚愕も不安もない。先程のは謂わば様子見のジャブ。一方通行の『反射』……『一方通行(アクセラレータ)』という第一位の能力を測る為のもの。そして第二位の頭脳はこれだけのやり取りで正確に一方通行を分析することに成功していた。

「テメエは、この場にあるベクトルを制御する能力者だ。だが駄目だな。俺自身のベクトルも操作されるんじゃどうしようもない」

 垣根の背から白翼が生えてくる。
 まるで天使のような、真っ白な翼が垣根帝督の背後で蠢いた。

「似合わねェな、メルヘン野郎」

「心配するな。自覚はある」

 垣根と一方通行が同時に空へと跳躍する。まるで重力を無視したかのように空を翔る両者。ベクトルを操って飛翔する一方通行に対して、垣根の飛行は自由に分かり易い。まるで鳥のように自由に空を羽ばたく。
 ビルとビルの間で亀裂が奔った。一方通行が垣根を蹴りあげる。白翼でどうにか防御したが、脚力のベクトルを増幅させ『超電磁砲(レールガン)』の軽く三倍以上はあるであろう衝撃を完全に緩和することはできず、垣根の四肢が弾き飛ばされていく。体勢を整える間を一方通行は与えなかった。背中に小規模の竜巻を接続し高速飛行する一方通行は風のベクトルを操り、追い打ちを掛ける。暴風が垣根に衝突する直前、『未元物質』と接触した事で消滅していく。その間にどうにか体勢を立て直した垣根は自由自在に飛び回り、烈風を一方通行に浴びせては『反射』の具合を確かめていった。
 空を疾走する二人は、街中で暴れまわった。

「おい…なんか来たぞ!」

「まさか、天使!?」

「やべえぞ、巻き込まれる! 警備員に連絡しねえとっ」

 『闇』となんら関わりのない一般人が学園都市トップツーの戦いを目撃し、散り散りに退避していく。偶然居合わせたらしい頭に花畑を生やした風紀委員が避難誘導をしていたが、垣根にはそんなことは目に入らなかった。

「知ってるか。この世界は全て素粒子によって作られてる」

 ダメージを受け流しながら、垣根は続けて言った。

「素粒子ってのは、分子や原子よりも更に小さい物体だな。ゲージ粒子、れぷt、クォーク……。さらに反粒子やクォークが集まってつくられるハドロンなんてものもあるんだが、まぁ、大概はいくつかの種類に分けられる。この世界はそういう素粒子で構成されてる訳だな」

 だが、と垣根は呟く。

「俺の『未元物質(ダークマター)』に、その常識は通用しねえ」

 敢えて一方通行に能力の秘密を教えてやる。これで一方通行は垣根が自分自身の能力を過信してはしゃいでいるだけだと思うだろう。それでいい。そうやっておけば垣根が持つもう一つの異能の力に目を向けられずに済む。何より『未元物質(ダークマター)』がどのような力なのかなんて、第一位の頭脳なら遅かれ早かれ分かることだ。

「逆算、終わるぞ」

「!」

 ニヤリと垣根が笑う。
 それに不気味なものを感じたのか一方通行が警戒するが、予想に反して先程までと変わらない烈風攻撃だった。当たり前のようにそれは『反射』される。

(これで、)

 烈風や衝撃波で第一位の能力は大体把握できた。
 事前の情報通り『一方通行(アクセラレータ)』はベクトルを操る力。単純に向きを操作するだけではなくベクトルを限りなく増幅させることも出来る。そして一方通行には『反射』の膜があるので、あらゆる攻撃は無効になってしまう。
 だが垣根の見た所『反射』には穴がある。
 白翼から光が爆ぜた。『未元物質』と接触した日光が殺人光線となって一方通行を襲った。反射はできなかった。ジリジリと日光が一方通行を焼く。即座に退避した為大したダメージにはならなかったが、それでも一方通行には明らかな驚きがある。絶対と信じた『反射』の膜が破れたのだから当然だろう。

「今のは回折だ。光波や電子の波は、狭い隙間を通ると波の向きを変えて拡散する。高校の教科書にも載っている現象だ。複数の隙間を使えば波同士を干渉させられる」

 白翼が殺人光線を放ったのではない。翼に接触した日光が、殺人光線へと変容したのだ。 

「……物理の勉強が足りねェようだなボケ。いくら『回折』を利用したって、太陽光を殺人光線に変えられる筈がねェだろォが」

「それがこの世界にある普通の物理ならな。だが俺の『未元物質(ダークマター)』は本当にこの世界に存在しない新物質だ。そいつには既存の物理法則は通じない。そして『未元物質』に接触した既存の物質もまた独自の物理法則に従って動き出す。異物ってのはそういうものだ。たった一つだけ混じるだけで世界をガラリと変えちまうんだよ」

 反射の膜はもはや完全ではなくなった。今度は白翼をただの鈍器として振るわれる。一方通行が初めて回避行動に出た。それを垣根は見越していた。回避場所を予測していた垣根は一方通行の腹を思いっきり蹴り飛ばした。細い一方通行の体が地面に叩きつけられ、二回バウンドした。

「ぉがっ――――あっ」

「こいつはさっきの分だ。借りは返したぜ」

 地面に降りたつ。
 繁華街の中心部、普段は人が賑わうこの場所も、垣根と一方通行が縦横無尽に暴れまわったせいで人はいない。

「テメエの『反射』は完璧じゃねえよな。もしも何もかもを『反射』しちまってるならテメエは呼吸も何も出来ねえ。なんたってそうなら酸素なんてものだって『反射』するんだからな。ならお前は自分にとって有害な物質だけを『反射』するよう設定しているはずだ」

 ならば話は簡単である。
 一方通行が無害と判断してしまう有害を作ればいい。通常の物質ならそんな真似は不可能だ。しかし未元物質なら、この世界に存在しない物質ならそれが可能になる。

「本来テメエに用はなかったんだがな。アレイスターの糞野郎、メインプランをぶっ潰せばどういう顔するか……見物だ。俺としても学園都市は邪魔でしかねえ。俺の目的に立ち塞がるってなら、潰れて貰う。それが第一位だろうと餓鬼だろうと、なんだろうがな」

 一方通行が立ち上がる。ベクトル操作で衝撃を吸収していたのだろう。ダメージは少ない。そして闘志も折れてはいなかった。反射の膜が無効にされたにも関わらず。

「起きたか。第四位やメンバーの雑魚共は雑魚だから見逃したが、流石にテメエに温情をかけてやりはしねえよ。いい加減、学園都市の追っ手にはうんざりしてたからな。それにメインプランを潰せば、セカンドに昇格になってるらしい俺がメインプランへ昇格されるのも当然。アレイスターとの直接交渉権も手に入るってもんだ」

「屁だな」

 つまらなそうに一方通行はそう一蹴した。

「メインプランだの雑魚は見逃すだの、適当なことォほざいてやがるが、テメエの口から洩れてンのは屁だ。冥土の土産に教えてやる。悪党にも種類ってもンがある。テメエには致命的に美学ってもんがねェ。悲劇の使い道は様々だ。抱えるもよし聞かせるもよし、人生の指針にすンのもいいだろ。だがなそれは無関係な餓鬼どもを巻き込んでいい理由にはならねェンだよ。下らねえ理由のために一般人を巻き込むことを許容した時点で、テメエの悪はチープ過ぎる」

「馬鹿が。悪の美学語って説教でもしてるつもりかよ? それこそ屁だ」

 未元物質が垣根の体の周りを渦巻いていく。この数か月、垣根はただ魔術を頭に刻み込んでいただけではない。多くの強敵と戦ってきた。キャパシティダウンで能力を封じられたことも、原石と聖人のハイブリットなんてのと戦ったことも、アックアという怪物とも激戦を繰り広げた。その経験は目に見えない形で垣根の中に刻まれている。

「戦場で美学なんざ糞だ。御大層な理想や誇り持った兵士でも、金と麻薬と女しか考えねえ糞な傭兵の鉛玉で死んじまう。土壇場で説教すりゃ、攻撃が静まるとでも期待しちまってたのか?」

 一方通行が言葉通り、戦いのさなかでも一般人を守っていたのは知っていた。ぶつかり合う衝撃波、音速で飛んで行った破片の類。それらは一方通行が巧みなベクトル操作で防いでいた。だが垣根にとっては関係ない。数多くの戦いの中で、確固たる流儀というものを築き上げてしまっている。
 一方通行の美学と垣根帝督の流儀。
 相反する二つの意志は、決して交わる事も互いを強調し会う事もないが、どちらか一方が一方に叩き潰されることもない。言葉は無用だった。

「チンピラには言っても無駄だってのは路地裏のカスで散々理解してた筈なンだが、俺としたことが銃弾で脳天ぶち抜かれて忘れちまったらしい」

 再び一方通行が電極を能力使用モードで起動する。

「もォテメエの『未元物質(ダークマター)』は俺にとって未知の物質じゃねェ」

「なに?」

「確かに『未元物質』に通常の法則は通じねェし、それに触れた物質がありえねェベクトル方向に曲がっちまう事もあンだろォよ。だからまァ、この世界の理に従ってベクトル演算式を組み立てりゃ『反射』に穴ができっちまうのもしょうがねェ。だったらそいつを含めて演算し直せばいい。この世界は『未元物質(ダークマター)』を含む素粒子で構成されていると再定義して、新世界の公式を暴けばチェックメイトだ」

「そうかよ、第一位の頭脳は伊達じゃねえか」

 学園都市第一位のLEVEL5は能力が強いだけではない。その演算能力でも一方通行は学園都市で最強だ。第一位の超能力者とは学園都市最高の頭脳の持ち主ということなのだから。
 垣根は『未元物質(ダークマター)』という能力を一方通行に解析されたにもかかわらず、至って平然としていた。

「言ったろうが。戦場では美学ある兵士が糞な兵士に殺されることもあるってよ。同じだ。正々堂々の大剣でも懐に忍ばせた短刀でも人は殺せる。こういう風に」

 第一位と第二位の勝敗は、あっさりと決した。
 ただし敗北したのは第二位ではなく、第一位の怪物『一方通行(アクセラレータ)』だった。あらゆる演算能力を失い、言語機能さえ消失した一方通行はあっさりと地面に倒れる。

「テメエの能力は首につけた電極の補助を受けてんだろ。なら俺の『未元物質(ダークマター)』でその電波を遮断しちまえばチェックメイトだ」



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