とある魔術の未元物質
SCHOOL101 死者は黙して語らず 生者は激情に任せる
―――勝つ、と決めたものが勝つ。
精神論を完全肯定する訳ではないが、勝敗の要因にメンタルが拘わるのも事実である。太古の昔から、戦争において兵の士気というのは勝敗を分ける条件の一つだった。スポーツや勉学でも同じだろう。同じ実力・才能のやる気のある人間とやる気のない人間が争えば、やる気のある方が勝つ。心というのは以外に馬鹿にできないものだ。
その男は近場の学校で教鞭を執っている数学教師だった。昔、空手部でそこそこの成績を残したこともあり『警備員』にも所属している。
学園都市の性質上、彼は今まで多くの『能力者』と戦ってきた。勿論、どこかのコミックのヒーローのように不思議な力で一対一なんていうものではなく、あくまで警備員として多くの人員と共に兵器で武装して戦うという方法だったが。
彼が今まで捕縛したのはLEVEL2までのような比較的低レベルの能力者だけではなく、LEVEL4の発電能力者や念動力なども含まれる。
その経験は彼に一つの考えを齎していた。
能力者といえど人間。綿密な作戦をたてて、しっかりと戦術を練れば勝てない相手じゃない。事実そうやって彼は、彼等は危険な能力者達と戦ってきた。これまでも、そうだと思ってきた。例えどんな相手だろうと作戦と努力でどうにかできると。
だが、その自信はあっさりと打ち砕かれた。
目の前で対峙している二人の怪物を見た事で。
「どうなってるんだよ……こりゃあ」
バンクへの照合で、あの白い髪の方が第一位のLEVEL5『一方通行』で、長身のホスト顔が第二位の『垣根帝督』だということは分かっている。
分かっているが、それでも彼にはアレが本当に超能力者なんて領域にあるのかが、どうしても理解できなかった。
彼は以前『幻想御手事件』の際、第三位の超能力者『超電磁砲』の御坂美琴の戦いを生で見た。
その時も凄いな、という感想を抱いたものだが…………コレは別格だ。
御坂美琴ですら、この怪物たちと比べればそよ風のようなもの。比べる事すら烏滸がましい。学園都市の頂点に君臨する二人の怪物は、同じLEVEL5の中でも怪物だった。
「bvioaj排nviovajigo」
「zinniaeiwn潰nvoianiige」
二人の怪物は判別不可能な言語を発している。
なによりも、二人の背中からは同じような翼が溢れだす様に噴出していた。
一方通行は黒。垣根帝督は光。
余り能力開発に深い知識なんてない彼でも頭ではなく本能で感じることが出来る。アレはヤバい。いけないものだ。まるで人間の生存欲そのものが悲鳴を上げているようだ。アレに拘わってはいけない。拘われば死ぬことになる。
警備員に所属している彼には、もはや二人を制止するなんて考えは浮かび上がらなかった。
アレは謂わば地震や雷などの災害のようなもの。天災にどうして人が立ち向かえるというのか。
だが彼は警備員だった。
警備員としての責務が、彼をただこの場から逃げ出すのではなく群衆への警告を発せさせた。
「逃げろぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!!」
腹から絞り出すような叫び。
野次馬達が事態に、或いは怪物という脅威に気付かされたのか一斉に逃げ出していく。
彼もまた同じ。彼はどんな能力者だろうと作戦次第では打倒できると思っているが、怪物だけは別だ。自分には怪物を倒す術はない。
一方通行はどうだか知らないが、垣根は群衆が逃げ散っていくことなど微塵も関心を示してはいなかった。
どうでもいい。
この一言につきる。垣根にとって、もはや群衆なんてものは路傍の石に等しい。垣根の頭にあるのは一つ、一方通行への殺意のみ。
喜怒哀楽のうち怒以外の感情が消え失せたみたいだ。一方通行を殺す。絶対に殺す。塵も残さず消し去る。
心理定規が最期に見せた表情がフラッシュバックした。
どうして自分はこんなにも激怒しているのか、これほど憤激しているのか。垣根自身にも分からなかったが、唯一つ一方通行を殺したいという感情は肯定した。
そして、それは一方通行も同様らしい。
垣根帝督と一方通行、互いが互いを否定するどうしようもない殺意が激突する。
光翼と黒翼が同時により強く噴射され、遂に二人の怪物が正面から激突した。
「nvioi三下nioewig貴bioh鬼aigew」
「ioijangi死nvi殺bivain絶対biovan」
ノイズ混じりの声を響かせながら、二人の拳同士がぶつかり合う。単純な筋力なら垣根の方か上だろうが、この二人にとって『筋力』なんてものは全く意味のないことだ。
僅か一度の激突で、地面のコンクリートが抉れていく。
「zuiieテメエgian絶対bi殺すbiov」
「nioa一丁前zinioewinag怒ったngaつもりかviwniagawe」
光翼と黒翼が、全く説明不能の力場をぶつけ合う。破壊力は互角。周囲の建物に余波で被害を出しながらも、光翼と黒翼は全く減衰した様子もなく互いを食い合った。
「一方通行ァァァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!」
それでも、執念の一撃だったのだろう。
垣根が渾身の蹴りを一方通行へと叩き込んだ。吹っ飛ばされながら一方通行は中の物を吐き出す。
「垣根ェェェエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエ!!」
今度は一方通行の逆襲だった。
未知のベクトルが垣根の全身を襲い、巨大なハンマーで殴られたような衝撃を受ける。そのせいで、懐にしまっておいた『ピンセット』が地面へと落ちていった。
垣根はピンセットへは目もくれず、再び一方通行へと向かっていく。一方通行もまた下らないことは一切目に留めず、ただ目の前の強敵に集中した。
――――バーカ。能力なら私が黒い翼に貫かれた時に、解かれちゃってるわよ
一体、自分にとって『心理定規』という女はなんだったのだろうか。ただの同僚というのも今となっては違う気がする。かといって友達というのも違和感がある。『スクール』はあくまで利害関係の一致のもと、垣根帝督というリーダーに他の者が集ったという形の組織だ。『アイテム』ほどメンバーが友達気分でもなければ、『グループ』のように完全にバラバラでもない。形としてはエリザリーナ独立国同盟で襲撃してきた『ブリッツ』や『猟犬部隊』に近いだろう。一人の絶対的なリーダーが存在していて、他の構成員はリーダーの命令を忠実に実行する。『スクール』も垣根という絶対的リーダーの命令に他の構成員は忠実に動いていた。
それを言えば『アイテム』も似た性質をもっているが、あそこは仲良しグループのような一面もあるので多少違う。
そんな『スクール』という組織内で、心理定規は特殊な立ち位置にいたといえるだろう。他の構成員たちが基本的に垣根帝督に対して服従姿勢の中、心理定規だけは配下というより協力者のような立ち位置にいた。表向きは垣根の部下という事になっているし、仕事でも大抵は垣根の指示に従っていた心理定規だが、やはり気が乗らない時などは「今日はパス」などと言ったりもしていた。
垣根のことも、帝督と呼び捨てだった。それを垣根も許容していた気がする。どう呼ばれようと、それを受け入れていた自分がいたのも事実。
心理定規はなんだったのだろうか。何を考えて垣根帝督と共にいたのだろうか。そして何を思って、垣根をこの学園都市へと誘い出したのか。
心理定規は死んだ。
死んだ人間と話すことは出来ない。心理定規が自分をどう見ていたのかを知ることは出来ない。そして自分にとっての心理定規が何だったのかを知る事も出来ない。この湧き上がる怒りの源流を探ることも出来ない。
ならばせめて、一方通行を殺そう。
考えても答えは出ないのなら、せめて激情に身を委ねよう。
「死にやがれぇええええええええええええええええええええええええ!!」
垣根の背中から噴出している光翼が一層輝きを増した。
まるで光のない場所から生み出された原初の光のようだ。絶対的な輝きを放ちながら、明確なる死を秘めた翼が狂い荒れる。
垣根が一方通行へ突進した。
絶対的な力を、その右手に込めて。
「――――――――――――――――――ッ」
垣根は目撃する。丁度、一方通行の背後には逃げ遅れた――――逃げなかったのかもしれない―――――打ち止めと黄泉川の二人がいる。
「テメエにとって、あの赤いドレスの女がどォいう存在だったかなンざ知らねェよ」
一方通行の黒翼がただの黒ではなくなった。
破壊の為の黒が、何かを守る為の『黒』へと変質していく。
「だがな。どンな理由があろォと、どンな御大層な事情があろォと、テメエの宝っつゥもンをこの俺がぶち殺したンだとしても………………この餓鬼には」
一方通行の右手にも力がこもる。
だがこれは垣根とは違うものだ。10032回目の実験の時に、妹達を守る為乗り込んできたLEVEL0と同じ、守る拳だ。
「――――――――――手ェ出させねェ!」
再びぶつかり合う右手同士。
一方通行と垣根帝督、この二人の現段階の実力が全くの互角だったと仮定すれば、勝敗を分けるのは士気、心の問題になる。
心理定規が死んだことで、ただ激情のまま暴れた垣根帝督。
打ち止めを守るために、拳に魂を込めた一方通行。
どちらの心が勝っていたかなど、論じるまでもない。
(――――ぁ――――――俺は――――――――――っ)
垣根帝督が押し負ける。謎のベクトルに押され、音速の二倍を超える速度で、垣根が空へと昇っていく。白髪赤目の怪物を目に焼き付ける。
この日、垣根帝督は一方通行の前に敗北した。
垣根、死す。
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