とある魔術の未元物質
SCHOOL120 翼の焼けたイカロス されど死なず


―――誇りを持つと、人は自分に厳しくなる。
誇りを何も持たない人間というのは、どんなに屈辱的な事だろうと容易く屈服してしまう。厳しさが人を成長させるのであれば、誇りのない人間は成長する事はない。しかし誇りだけが増長し中身が伴わなければ、それもまた意味が無い。











 上条当麻に殴り飛ばされた垣根は、溜まらずにのけ反る。
 それでもステイルと違い意識を手放すこともなく、パニックにもならなかったのは豊富な実戦経験の賜物だろう。
 垣根は直ぐに事態を察すると、白翼を羽ばたかせる。

「待ちやがれ!」

 上条が右手を伸ばしてくるが、それよりも早く垣根は空中に逃れた。悔しそうに上条が歯軋りをするが、どうしようも出来ない。上条当麻に空を飛ぶ術はない以上、空を飛ぶ垣根に攻撃を与えることはできないのだ。

「ハッ! 上条当麻、テメエの方から来てくれるとは幸先が良い。先ずはテメエの右手から確保させて貰うぜ」

 垣根は兵士が落としたモノなのか地面に転がっていた銃を魔術で手元に引き寄せる。上条当麻の『幻想殺し』は異能の力なら核兵器に匹敵するような威力のものでも防げるかもしれないが、異能の力が使われていないものなら弾丸一発防ぐことは出来ない。
 
(見た所、上条当麻の戦闘力は良くて腕っぷしの良いチンピラ程度。弾丸は防げねえ)

 ただ殺す訳にもいかない。
 殺しては『幻想殺し』がなくなってしまうかもしれないのだ。『幻想殺し(イマジンブレイカー)』が一体全体どういうものなのか今一分からないので確信はないが、上条当麻という人間を殺してしまえば『幻想殺し』が失われてしまう可能性がある。
 足を狙い、発砲。だが弾丸が上条に当たる寸前、炎が奔り弾丸を溶かしてしまった。

「悪いけど、上条当麻はやらせない。僕としては彼が死んだところで清々するだけだが、一応はその妙な力に対抗できると確信できる唯一の駒だからね」

「俺は駒じゃねえよ、ヘタレ魔術師!」

 ステイルの評に上条が憤慨した。
 無理もない。気に入らない相手から駒扱いされたら、それは怒りたくなるだろう。

「邪魔ばかりしやがって、この糞共」

 上条と違いステイルは一流とはいえ単なる魔術師だ。使う術式も割れている。最初にステイルを倒してから、ゆっくりと上条当麻を料理するとするか。
 そう決断した垣根は、ステイルに烈風攻撃を繰り出そうとする。

「余所見ですか、垣根帝督」

 しかし攻撃を繰り出す前に、地面から10mは浮いている垣根の背後にまで一っ跳びで跳躍した神裂がその刀を抜刀する。
 七天七刀。2mを超える長さをもつ日本刀だ。
 垣根は直感的に次に来る一撃が必殺だということを察した。本気で防御しなければ殺られる。

「唯閃!」

 聖人としての力は本来人間には過ぎたるものだ。
 アックアのような例外でもない限り、聖人はその全力を行使し続けることは出来ない。人の身に余る力を長時間使用し続ければ体に多大な負荷がかかってしまう。
 神裂火織の誇る『唯閃』は飾り気のない一つの完成された術式だ。聖人としての全力を抜刀術という一瞬に込めた一切の無駄のない術式。
 隠れキリシタンを原型とする天草式が数百年の歴史の中で産み落とした一つの成果。
 『神の力(ガブリエル)』の水翼――――この世のものではない天上世界の物質すら両断することを可能とした一撃は、同じく天上世界の物質を現実世界に引っ張り出す垣根帝督の『未元物質(ダークマター)』をも引き裂くことが可能だ。
 神裂火織の奥義が垣根という君臨者を空から地面へと叩き落とす。太陽へと挑んだイカロスが如く、垣根という怪物は翼を破壊され、地面へと落下した。

「…………聖人ってのは、やっぱ伊達じゃねえなぁ。ええ、神裂」

 だが、聖人・神裂火織の奥義をもってしても垣根帝督という怪物を打倒するのには敵わない。確かに地面に落とすことには成功したが……それだけだ。
 垣根は五体満足で無事。顔などに切り傷があるものの重傷を負った様子はない。

「だけどな……こっちも伊達に化け物相手にしてねえんだよ!」

 垣根の背から噴出しているのは普段展開している純白の翼ではなく、見る者を焼き尽くすような眩い光を放つ翼だ。
 ロシアではアックアを退け、学園都市では一方通行という怪物と互角の勝負に持ち込んだ正体不明の『光翼』。垣根帝督は既にこれの制御を可能としている。

「なんですか……そのエネルギーはッ!」

 突然現れた光翼に面食らった神裂が叫んだ。
 ステイルも見た事のない正体不明の能力に驚愕し言葉を失っている。

「我々の扱う『天使の力(テレズマ)』と酷似しているようで……どこか違う。けれどエネルギーの総量は、私のような聖人でも扱え切れるようなものでは。垣根帝督、貴方は一体!」

 神裂の問いに答えることなく、垣根はより巨大に光翼を噴出していく。『未元物質(ダークマター)』という公式の全てが手元にあった。
 チラリと横目でキャーリサのいる方を見やる。面倒臭いが、もしやられそうになっていれば助けに行く必要がある。
 だが、その心配は不要そうだった。

「どーした、ウィリアム・オルウェル! 私を殺らねば、ヴィリアンの命はないぞ! どうだ、私に降ればヴィリアンの命は奪うが地位を保証してやってもいーぞ?」

「断る! 私は傭兵、そのような地位など無用である!」

 見た事のない巨大な剣を得物にしたアックアと、カーテナ=オリジナルをもったキャーリサが戦っている。まるで神話の具現のような、余りにも壮絶な戦いだった。並みの魔術師では、いや一流の魔術師でもあの戦いに介入することは出来ない。人間の領域を超えすぎている。
 しかし、どうやらキャーリサが優位に戦っているようだ。天使長の力をもっているというのもあるが、どうにもアックアの身体の様子がおかしい。
 聞く所によれば、学園都市に侵入した際に重傷を負ったときく。恐らく傷が完治していないのだろう。

「―――――――さて、第二ラウンドだ」

 垣根はキャーリサとアックアの激戦から目を逸らし、再度ステイル・神裂・上条の三人を見る。
 光翼という絶大なエネルギーを前にしても三人からは闘志というものが失われていなかった。
 正に怪物に挑む英雄だ。だが今回は英雄に負けて貰わなければならない。偶には化け物が英雄に勝利する英雄譚があってもいいだろう。

「行くぞ」




アックアに半死半生にされたり、ワシリーサに貞操を狙われたり、一方通行にミンチにされかけたりしただけあり、そげぶ一発ではまだまだ平然としていた垣根。ここにきて冒険の成果が出ています。タフネスという形で。



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