とある魔術の未元物質
SCHOOL131 英雄譚と悪漢譚
―――死は人生の終末ではない。生涯の完成である。
天寿を全うした者は確かに完成だろう。しかし事故や急病などによって唐突に人生を終えた者は、未完成のまま完成の烙印を押される。一生涯、さて貴方は完成した人生を送れるか否か。そして……完成した人生に納得できるのか。全ては行動という一点にかかっている。
ロシア成教側が用意したVIPルームでフィアンマは久方ぶりに寛いでいた。フィアンマの所属するローマ正教最暗部『神の右席』は知る人ぞ知る特異すぎる人間の巣窟であり、表側には全くといっていいほど姿を現さない。なので普通なら精力的に活動する、ということは余りないのだが今回は特別である。なんいしろ世界を巻き込んだ史上三度目の大戦は、フィアンマの『右手』を完成させるためだけに幕を開いたのだから。
戦争のトリガーを引いた元凶ともいえるフィアンマが動かないことには戦争の針も回らないというものだろう。
無論、ローマ正教と共に戦争に参加しているロシア成教には別の思惑もある。だがフィアンマからすればたかだかロシア成教の思惑など子細なことだ。
一考するにも値しない雑事。
もっといえば仮にローマ・ロシアの同盟が学園都市・イギリスの同盟に敗北したとしても、最終的に『右手』さえ完成すればフィアンマにとっては問題にならないのだ。しかし最低限は用意しなくてはならない。ローマが戦争に負けるにしても、それはフィアンマの『準備』が整ってからでなければならないのだ。その前で戦争が終わってしまえば元も子もない。ロシア側の下らないチョッカイもそれなりに警戒はしていた。
どんなに緻密な計画でも路傍の石ころで躓き失敗することもある。
フィアンマはそのことを俯瞰してきた歴史の中から学んでいた。
「え……ここ……何処?」
部屋に響く、戦争には似つかわしくない少女の朦朧とした声。囚われの姫君が目を覚ましたことに気付いたフィアンマはニヤリと笑った。
「目が覚めたのか御坂美琴。質問にこたえてやると、ここはロシア成教の勢力圏内にある宿泊施設だ。何故お前がここにいるのかということにも説明が必要か?」
「あ、アンタッ! たしかフィアンマとかいう男!」
御坂は直ぐに自分がイギリスでフィアンマに誘拐されたことを思い出したのだろう。悔しさで歯噛みをし、誘拐犯たる男を睨んだ。LEVEL5の敵意なんてものを浴びれば、並みの能力者なら泣いて謝るくらいはするだろう。だがフィアンマは条件さえそろえば学園都市全員の超能力者を打倒してしまう可能性を秘めた最強の男である。たかだかLEVEL5一人に怯えるなんてことはなかった。寧ろどこか面白そうに御坂を眺めている。
「威勢が良いな超能力者。大抵のストーリーで囚われの姫君とくらべ大人しく牢屋なりに軟禁され、大人しくナイトの到着を待つものと相場が決まっているのだが」
「舐めないでくれる? ナイトですって? んなもんくる前に自分を攫った奴くらい自分で片付けるわよ!」
状況から警告は無用と判断したのか、御坂が先手必勝とばかりに最大出力の電撃を放出した。ただ電気を放出するという、そこらへんの電撃使いにも出来る初歩的な使い方。しかしその電力が10億Vともなれば威力は桁違いである。一方通行のように攻撃そのものを反射するという出鱈目や、垣根のように電撃そのものを無くしてしまう常識外、または異能そのものを打ち消す天災でもない限りは防げる筈のない先制攻撃。それをフィアンマは神の奇跡によって打ち砕く。
右手を振るう。たったそれだけの動作だった。フィアンマはそれだけで10億Vの電撃を吹き飛ばし、そのままの勢いで御坂を壁に叩きつけた。
「ぐっ――かっは……」
「いきなり電撃とは、それが学園都市流の挨拶なのか? 見ろ。お前が部屋の中で電撃を放ったせいであらゆる電化製品が全滅だ。知らんようだから教えてやるが、ここにあるものはロシア人諸君等の血税で賄われているのだぞ?」
「戦争の首謀者兼女子中学生誘拐犯が……そんな理屈言っても、これっぽっちも! 一ミクロンも! 一デシリットルたりとも! 心に響かないわよ!」
ただの電撃ではフィアンマは倒せないと悟った御坂は、ポケットの中からゲームセンターのコインを取り出す。
学園都市最強の電撃使いにして同能力の最高峰。御坂美琴の代名詞ともいえる必殺技。
「くたばれぇぇぇええええ!!」
御坂の指がコインを弾くと、あの二重聖人であるアックアの最高速度すら上回るスピードでコインが飛んだ。
LEVEL5の超能力者とはいえ御坂はただの中学生だ。とある事情で多少闇と関わった事はあれど。血で血を洗う暗部組織にも所属していないし、しっかりと学校にも通っている中学生である。だからこそ彼女は例外もあるものの本能的に『殺すような出力』で能力を使うことをセーブしている。不良に絡まれた時でも、電撃の出力は一日痺れがとれない程度で済ましているのだ。
LEVEL5は軍隊にも匹敵する力をもっている。軍隊がただの不良相手に本気を出せば、恐ろしいほど簡単に不良は死んでしまう。
だが御坂はそのセーブを完全に外す。過去にも怒りの余り咄嗟に殺す気の攻撃を放ったことはあるが、その時とは決定的に違うのは、御坂が意図して行っている事だ。御坂は冷静な頭で考え、フィアンマ相手には殺す気の最大出力の一撃では全く効果がないと結論したのである。
それは半分正しい。
フィアンマはただの人類では勝利不可能な怪物中の怪物。怪物の中でも飛び抜け過ぎた男だ。しかし御坂に誤算があるとすれば、仮に『殺す気』の攻撃だったとしても、フィアンマにとっては一切の脅威にならなかったことだろう。
「無駄撃ちというのは空しいな、意味がない」
最大出力の超電磁砲はまたしてもフィアンマの右手によって打ち消された。打ち消すといっても上条当麻のように異能の力を打ち消しているのではない。ただ純粋な出力でコインと運動エネルギー全てを消滅させてしまったのだ。
「う…そ。私の攻撃を防げる奴なんて……あの馬鹿と、一方通行……それに垣根って人くらいしか」
「学園都市の内で考えるならばその通りかもしれんな。アレを喰らえば例えアックアであったとしても大ダメージは免れんだろう。しかし―――――井の中の蛙だ超能力者。魔術サイドにはお前の知らぬ化け物共がうようよしているぞ。つまりは俺様のような」
「くっ!」
「もう暴れるな。お前の莫迦ではないのなら理解しただろう。お前がどう足掻こうと俺様には勝てん。いや、こう言い替えよう。どんな人間がどんな努力を重ねどんな才能をもっていようと、俺様の右手には勝てん。勝負にもならん。振れば全てが決する。戦術も戦略も、ありとあらゆる勝利を目指す過程の一切合財を冒涜し、俺様はただ相手の敗北と俺様の勝利という結果を手にするのだ」
「馬鹿にしないでくれる。まだ私は手札を出し尽くした訳じゃないわ!」
「フム。超能力という別法則の異能のプロフェッショナルだけあり、オカルトの真の髄を受け入れるには難しいか。しかし……そろそろ騒がしくなり過ぎた。終わらせよう」
「それはこっちの台詞っ! 喰らいなさい! これ……で…、あれ…」
御坂が再びフィアンマに攻撃を仕掛けようとした時、唐突に御坂は全身から力が抜けていくのを感じた。
「だから言ったろう。勝負にならんのだ俺様とお前では」
フィアンマは右手を振っただけだ。
やはりそれだけしかしていない。それだけの動作で学園都市三番目の実力者を何の消耗もなく打倒してしまったのだ。
これが神の右席でも最強と謳われた男。存在そのものが反則級な出鱈目。右方のフィアンマ。
フィアンマはまた気を失った御坂を見下ろす。
「……確かにこの超能力者は俺様には勝てん。だが……やり方次第では一流といわれる魔術師や、聖人すらも倒しうる可能性は秘めている。能力は封じさせておくか」
超能力だろうと魔術だろうと、御坂美琴の操る力が電気ということに変わりはない。電気を使うことを出来なくするような呪いだか礼装だかがローマ成教に保管されていることをフィアンマは知っていた。電撃が使えなければ御坂美琴はただの中学生。なんら脅威にもならない。
(それに罷り間違ってロシア中の電子機器をハッキング、なんていうのも困るのでな。しかし安心しろ。殺しはしない)
御坂美琴は生餌だ。
フィアンマの目標の一つである上条当麻。より正確には上条当麻の右腕、幻想殺しを手に入れるための。事前の調査で上条当麻にとって御坂美琴という少女がどれほど大切な存在なのかフィアンマは知っていた。上条当麻は必ず御坂美琴を助け出すため、敵地のど真ん中であるロシアにやってくる。罠だと知っていながらも。
(宿命といえば簡単だが難儀だな、ヒーローというやつも。こんな面倒な手を使わずとも、俺様が直々に上条当麻の右手を奪いに行くのも良いが……それはそれでリスクもある。待ち伏せやら伏兵で足止めを喰らい、制限時間がきてしまったら元も子もない)
そしてもう一つ、フィアンマの思考の隅に―――――されど強くその存在を意識させる男の影があった。
垣根帝督。上条当麻とは別の可能性をもつ男。そして上条当麻の右手とは別に、右方のフィアンマと戦える可能性をもったイレギュラー。
上条当麻が英雄だとするのなら、垣根帝督は悪漢。上条当麻のストーリーを英雄譚とするのなら、垣根帝督は悪漢譚。
「俺様の下にくるのはどっちだ。ヒーローか? ヒールか? だが既に開幕のギャラルホルンは鳴った。戦争はもう始まっている。最後の戦争が、第三次世界大戦は既に俺様の掌で廻り始めた。さあ、ヒーローとヒール。戦争の始まりだ。ローマ正教と学園都市の、ではない。俺様とお前達との、だ」
お待たせいたしました。
旧約とある魔術の未元物質・最終章。第三次世界大戦編が漸くのスタートです。
にじファンでも予告した通りこれが『とある魔術の未元物質』の最終章になります。
更新日についてはまた以前と同じ三日に一度のペースに戻ります。
つまりこの話が載るのは8月18日なので次の話が投稿されるのは8月21日になります。それでは次回も宜しくお願いします。
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