ザフトの攻撃が始まった。
 新星に駐留する地球連合艦隊は守備兵を除き全て発進。無論第八艦隊とミュラーも例外ではなかった。
 ミュラーは階級が階級なため艦長という地位についているが、実質的な戦艦の指揮は副長がとっておりミュラーの仕事はもっぱらMSでの出撃だ。
 もっともこれは上層部の意向が働いているからであり、ミュラーがMSに乗って戦闘し敵を倒すことに悦びを見出すバトルジャンキーだからではない。

「……凄くない数だな」

 新星に殺到してくるザフト軍を睨みミュラーは言った。
 実際ザフト軍の数はそれほどではない。味方である地球連合軍の三分の一もないだろう。それでもザフト軍は質で数を凌駕するだけのポテンシャルお備えている。
 
「少数の兵で多数の兵を倒す。物語としては良いんだろうけど――――歴史上に燦然と輝く戦いの多くはそういった戦いだが、なんていうかねぇ」

 赤壁の戦い。桶狭間の戦い。
 そういった寡兵をもって大軍を打倒した戦いがどうして歴史上に輝かしく残るか。そんなもの一々思考の海に潜るまでもない。
 歴史上でそういった戦いが限りなく少なかったからこそ、軍事上の奇跡として語り継がれるのだ。
 だが今回の戦争ではそういった奇跡が連発している。
 コーディネーターの能力値の高さとニュートロンジャマーとMSという技術的優位あってこそというのは分かるが、それでも一人の軍人として頭を抱えたくなるものなのだ。

『……しかし中佐、このザフトの優勢も永遠ではないでしょう』

 キャリーが冷静に言う。ザフト兵達と同じコーディネーターでありプラントに住んでいたこともあるジャン・キャリーだからこそ真実味と重みがあった。

『プラントの総人口は地球連合の五百分の一しかないのです。……こんな残酷な計算はしたくはありませんが、連合の十人の兵士が一人のザフト兵を倒していくだけで最終的にプラントは崩壊します』

「だな。だがそんな潰しあいなんかしていたら何時まで経っても戦争なんか終わりはしない。面倒な時代に生まれたもんだ」

 出来れば戦争のない時代に生まれたかった、なんて願いはこの時代に生まれてしまった人間が等しく抱いているものだろう。
 だからミュラー一人がそれを願うのは当然でもあるし、それが叶うのも筋違いだ。
 それに本当にキャリーの言う通りになるという保証もない。ザフトは開戦以来MSとニュートロンジャマーという画期的な兵器を開発してきた。今後もそういった兵器が開発されないという保証はないのだ。 
 連合軍の全員が思いもつかないような新兵器を生みだし一発逆転というのはありえることだ。

『中佐。キャリー少尉、もう直ぐ敵と接触します』

 ナインの声で現実に引き戻される。
 どうせ『英雄』というご大層な名前が今日もザフトのエースを引き寄せてくるだろう。まったく英雄になんてなるものではない。
 虚飾の英雄なら虚飾らしくただのプロパガンダでいた方が百倍マシだった。だがそんな愚痴をしていても仕方あるまい。

「そうだな。軍人なんだから給料分は働かないと。キャリー、ナイン――――いくぞ」

『了解』

『了解です中佐』

 黒と赤のジンと黒いジン、そして黒と相反する純白のジンが敵に突っ込む――――よりも早く敵が殺到してきた。
 パーソナルカラーの有無などは関係ない。MAばかりの連合にあってMSは目立つ。
 一番最初に見えたのはオレンジ色に塗装されたジンだった。
 ザフトでオレンジ色のパーソナルカラーをしているパイロットといえば思い浮かぶのは二人。
 黄昏の魔弾ことミゲル・アイマン。だが彼がMSをオレンジ色に塗装するのは特務隊に所属するあるパイロットに肖ったからだ。
 そしてこちらに近付いてくるジン・ハイマニューバには黄昏の魔弾のパーソナルマークである髑髏がない。ということはミゲル・アイマンが肖ったパイロット、ハイネ・ヴェステンフルスだろう。

「気を付けろ。敵は特務隊だ」

 ザフト軍でも最高評議会より信任厚いものしか任じられぬ特務隊。そこに所属するパイロットともなれば実力は正に一騎当千。
 一人で軽く十機のMAを沈めるような化物だ。

『――――相手して貰うぜ、悪魔さん』

 敵パイロット、ハイネの声が聞こえる。通信は繋がってないがなんとなく分かった。
 
「キャリー、ナイン。散会だ」

 わざわざ馬鹿正直に一騎打ちをしかけてやることはない。
 キャリーとナインを離れさせ囲むように一斉射撃を叩き込む。

『へぇ。白い方は新顔か……連合も雑魚ばかりじゃないってことか』

 オレンジ色のジン・ハイマニューバは高機動型という看板に偽りない速度で弾幕を掻い潜りながら接近してくる。
 これまでの戦いでハイネの得意とする戦い方が接近戦ということは把握している。ならミュラーは射撃で攻めるだけだ。

『相変わらずこっちの動きを読んでるみたいに射撃をするぜ。……流石は連合最強のエース。だが世界最強なんて宣伝されてちゃ俺達ザフトも立つ瀬がないんでね』

 そうぼやくハイネだが、こちら側には一応連合最強……かもしれない実力のミュラー、戦闘用コーディネーターのナイン・ソキウスに煌めく凶星Jの異名をとるキャリーだ。
 ハイネがどれだけ優れたパイロットでもこの三人を同時に、しかもザフトパイロットと違い巧みな連携をされながら襲い掛かれてはたまらない。
 必然。ハイネは得意の接近戦にもちこめず中距離〜遠距離での消耗戦を強いられた。
 だが戦場とは常に千変万化する移り気な生き物。
 ハイネの目立つオレンジのMSを見つけたらしいMSがこちらにやってきた。

「っ! 今度は黒いのが三人……!」

 接近してきたジンはどれも黒と紫に塗装されていた。
 三機のジンは他のザフト兵にはない熟練したコンビネーションで邪魔なMAを撃破しながらこちらに近付いてくる。

『ハイネ・ヴェステンフルス、苦戦してるようじゃないか』

 三機の真ん中に陣取るジンに乗る女パイロットが同僚のハイネに言う。

『ヒルダか。悪ぃが悪魔さんは俺とデュエット……いや四人だからカルテットか。他あたってくれ。今いいとこなんだ』

『なに言ってんだい。いいとこどころかやられそうじゃないかい。そこ退きな! 悪魔には私の部下を一人やられた借りがあるからねぇ。それを晴らしときたいのさ!』

『バーカ。戦術的に考えりゃここは俺が悪魔を相手して、お前達三人でそっちの下っ端二人を相手にするだろうが。お前達は三人いるからこそ飛び抜けたエースなんだ。お前達三人を分散できないなら、俺とお前達で別れるしかないが』

 そうなればハイネ一人にキャリーとナイン。ヒルダたち三人とミュラーというちぐはぐなバランスになる。

『特務隊フェイス命令だ。頼んだぜ』

『たくっ。こんな時にフェイス命令かい。まぁしゃあないね。ハイネ、これは貸し一つだっ! プラント帰ったら奢りな! あとついでに死ぬなよ!』

『そっちこそ!』

 ヒルダ率いる黒いジンがキャリーとナインに、そしてハイネがミュラーに突っ込んできた。
 こちらも対応しようとするが、幾らミュラーがそれなりの指揮能力をもっていようとこの編成は今日始めてのものだ。ずっとお揃いの編成で戦ってきたヒルダたち三連星に連携において上回れることはない。
 ハイネの猛攻。数の優位がなくなった今、ハイネ・ヴェステンフルスは完全の力をもってミュラーと相対してくる。
 ミュラーは持ち前の重火力を活かして弾幕を作り、ハイネを近づけない。そうしてジン備付のミサイルポットでハイネの目を晦ませた。

(キャリーとナインは……!)

 ハイネが動揺したその一瞬を見計らいキャリーとナインの戦いぶりを見る。
 そして驚嘆した。キャリーは見事な動きでナインと連携しながら数の上で勝る三機を翻弄し互角に戦っている。
 凄まじい技量だが、腕だけではない。キャリーは工学博士といった。当然MSの構造などは熟知しているだろう。キャリーはその知識を最大限に活用し、MSの構造的な欠陥を突くような戦い方をすることで数の優位を消し去っているのだ。

「これなら……」

 キャリーから意識を外す。ハンス・ミュラーにとってジャン・キャリーを部下としたのは軍人人生最大の幸運だった。
 信頼して黒い三連星を任せると、ミュラーは全神経をハイネへ集中させる。
 ハイネのジン・ハイマニューバは高い機動力をもつジンの強化型であるがミュラーのカスタム・ジンとて負けてはいない。
 地上では足を引っ張る超重量の武装も無重力空間である宇宙では重さなどは0だ。フルチューンされた機動力を活かしてハイネと一定の距離をとりながら有り余る火力でじわじわと攻める。

『うげっ! 嫌な戦い方だことで……!』

 ハイネが文句を言うが、そうこうしているうちにもハイネの被弾は増えていく。
 今のところは大したダメージではないが、その被弾がMSのバーニアなどを掠めれば一気に勝負の行方をこちらに持ってこれるだろう。
 閃光のようなイメージが脳裏を掠める。

「そこだっ!」

 イメージ通りの場所に通す様に重機関銃を発射。命中。
 ハイネのジンのバーニアに火が噴いた。

『しまった!』

「とどめだ」

 ガトリング砲をハイネへと向けると薬莢をばら撒きながらその力を解放した。
 幾らMSとはいえどガトリング砲の連射の直撃を受けては鉄屑同然。ハイネのジン・ハイマニューバは無数の弾丸に貫かれジャンクの仲間入りする……はずだった。

『させんよ』

「……!」

 彗星のように割って入った赤いジン・ハイマニューバがハイネのジンを蹴り飛ばした。無論それはハイネを倒すものではない。
 ジンに蹴り飛ばされたハイネのジンは蹴りの衝撃を受け横合いに飛ばされた。必然的にハイネのいた場所に放たれた弾丸は空を切る。

『荒っぽいやり方だったが……無事かね、ハイネ』

『いーや、全然無事じゃないですよ。信頼する上官閣下に足蹴にされるだなんて、俺は乱暴なプレイは好きじゃないんですよ。……まぁ男相手にそんな気は起きないんでどうでもいいですけど』

『それだけ減らず口が叩けるなら問題ないな。さてハンス・ミュラー、エレガントではないが今日こそはと言わせて貰おうか』

 ギルバート・デュランダルの赤いジンが重斬刀の刃を抜いた。
 しかしそれだけではない。ミュラーの直感力はここに近付いてくるもう一人の存在についても悟っていた。

「この感覚はラウ・ル・クルーゼ……おまけに黄昏の魔弾か。キャリー、ナイン! 一時後退するぞっ! これは不味い!」

 カスタム・ジンに装備されている閃光弾と煙幕を同時にばら撒く。
 そうして後退するミュラーにキャリーとナインが合流する。

「あー、もう嫌だ。なんでエースばっかり相手にしなきゃいけないんだ。本当に給料が通常の三倍は欲しいよ」

『……英雄の博覧会。中佐が言っていたことは寸分違わず嘘偽りがなかったようです』

 キャリーが苦笑する。彼としても一日でここまでの数の英雄と遭遇したのは初めての経験だろう。
 
「艦に戻って休憩をとろう。そして一番敵の薄いところに出撃しよう。なんでこっちばっか苦労しなきゃいけないんだ」

『英雄なんてそんなものでしょう』

「……こんな軍隊は嫌だよもう。早く退職したいなぁ」

 ミュラーのぼやきはキャリーやナインには届いたが、アズラエルや軍上層部に届くことはないのだろう。
 英雄になりたい人間が先に死んでいき、英雄になりたくない人間が英雄になってしまう。世の中というのは皮肉に出来ていた。



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