オーブが連合軍の大攻勢により一日と保たずに制圧されていた頃、地球から遠く離れたプラントにおいても大きな事件が起きようとしていた。
とある格納庫ではナスカ級でもローラシア級でもない桃色の塗装が施された戦艦が、その羽を畳んで静かに巣立ちの時を待っていた。
ニュートロンジャマーキャンセラーを搭載した最新鋭MSにして決戦機とも囁かれる二機のMS、フリーダムとジャスティス。原子炉を備え核動力で動くフリーダムとジャスティスは連合の開発した初期GATシリーズの四倍もの出力を獲得することに成功している。
この二機にザフトでも屈指のエースパイロットを乗せれば形容抜きで一騎当千の活躍をすることが出来るだろう。
二機のうちジャスティスにはパトリックの息子であるアスランの搭乗機になることが確定している。当のアスランは今頃ジャスティスの安置されている格納庫に通されているだろう。
だが核搭載MSにはエネルギー切れを気にせず戦え、しかも従来のMSと隔絶した性能を誇るが一方で核搭載MS故の弱点もある。
一番にはやはり敵へ拿捕されるリスクだろう。ニュートロンジャマーキャンセラーを搭載したMSが撃墜されるならばまだ良い。だが仮に連合に生け捕りにでもされれば、連合はニュートロンジャマーキャンセラーの技術を手に入れるだろう。それは連合のエネルギー不足を解決するだけでなく、ユニウスセブンを200万人の墓標と変えた核兵器が再び芽吹くことを意味している。だからこそフリーダムとジャスティスには自爆装置が内臓されており、パイロットであるアスランにも『万が一拿捕されるような事があるならば、される前に自爆させろ』という命令が下っているのだ。息子に降伏を許さないと告げるパトリックの非情さにも目がいくが、逆を言えばそれだけ信頼されているということでもある。
そしてもう一つの弱点というのが整備の難しさだろう。原子炉というものは扱いが難しいもので通常の戦艦では満足のいく整備が出来ない。そのため核搭載型は専用の戦艦を必要としたのだ。その専用の戦艦こそがこの格納庫にあるエターナル級一番艦エターナルなのである。
ナスカ級に匹敵する高速艦であり、左右にはフリーダムとジャスティスの追加武装であるミーティアが装備されており、普段は艦砲として必要時はパージすることでフリーダムたちに装備させることが可能だ。ミーティアを装備したフリーダムとジャスティスは相応強いパイロットが操れば、それこそ単騎で戦場を支配してしまうほどの力を発揮するっだろう。
けれどパトリックの思惑通りにエターナルが活躍する可能性は既に潰えていた。彼が気付かぬうちに、彼がある男をエターナルの艦長に据えた瞬間から。
「ようこそエターナルへ、ラクス・クライン。生憎と戦艦な上にこれから一仕事する前なんでね。コーヒーの一杯も出せないことを許してくれ」
パトリックの追ってから逃げ惑いエターナルへ逃れてきたラクスを迎えたのは一見すると気の良さそうなダンディズムな男。だが顔に奔った無数の傷とそれにより潰れた片目、失っている腕などが彼が堅気のものではないと明確に告げていた。
「バルトフェルド隊長、ラクス様に少し失礼なんじゃ……」
プラントの姫君をフランク過ぎる対応で迎えたバルトフェルドに、地球にいたころの部下であるダコスタが青い顔をした。艦内にいる他の兵士達も同じだ。
だが当のラクスは気にせず、寧ろ嬉しそうにコロコロと笑う。
「構いませんわダコスタさん。私もバルトフェルド隊長は同じ志を抱いて下さった仲間。そこに上下関係などありません。それよりもバルトフェルド隊長、あまり悠長にしていればザラ議長の追っ手がここまでくるかもしれません。
我儘を言うようですが………………出航を、お願いいたします」
「ふふふ、気がお早い。ですが確かにその通り。あんまりノロノロとしていたらザラ議長閣下が我々の旗揚げを邪魔しにくる。まったく僕は男に追われる趣味なんてないのに。どうせ追われるんなら美女がいい」
「た、隊長!?」
下手すればセクハラにも受け取られかねない問題発言にダコスタが動転する。
「おいおいダコスタくん、そんなに驚いたり焦ったりすると禿るぞ」
「誰がそうさせてるんですか!」
「まぁしかしだ。ザラ議長の真意がどうであれ、クライン前議長暗殺の真相がどうであれ……ここを出れば我々は逃亡者だ。軍からは追われる身、かといって身を寄せる国家もどこにもない。ジャンク屋あたりから物資を買いつつ耐え凌ぐ海賊もどきとなるわけです。
ラクス・クライン。これは最後のチャンスだ。今ならばまだ戻れる。ここで戻れば、そりゃ軟禁くらいはされるでしょうが貴女はプラントにとって大切な身の上。しかもザラ議長の御子息のフィアンセだ。悪いことにはならない。…………どうします? 貴女は本当に行くんですか?」
バルトフェルドの視線は厳しかったが、どうしようもない優しさに満ちていた。
それは幾ら前評議会議長の唯一の肉親とはいえまだ十八にも満たない少女を歪んだ戦場の最前線へと来させまいとする大人故の義侠心なのか。
だがラクスの返答は決まっていた。
「構いませんわ。父はプラントと連合の和平のため単身で旅立ち……命を落としました。しかし父の意志はまだ生きています。ここでこうして私たちの胸に。けれど私達が父の死に目を瞑り、状況に流されては父の意志は本当に死んでしまいます」
「………ご立派です」
「それに」
「それに?」
ラクスは顔を綻ばせると、
「海賊なんて響き少し格好良いじゃありませんか♪」
バルトフェルドは一瞬開いた口が塞がらないのかポカンとしていた。ダコスタや話を聞いていた兵士達も自分の作業を中断して呆気にとられている。
「はは」
沈黙を打ち破ったのはバルトフェルドの笑い声。笑い声は徐々に大きくなり、やがて肺の中の空気を全て吐き出す様にな大声で笑い出した。
「あはははっはあははははははははははははははははははは!! これは一本とられた! あぁそうです、そうですとも! 男なら誰しも一度は七つの海を制した大海賊に憧れるものです!
いいでしょう。では記念すべき海賊稼業の旗揚げです。精々ド派手にいきましょう!」
「えぇ。けど犠牲は最小限にして下さいね」
「了解。命を奪わない海賊、なら奪うのはさてなんなのか。ダコスタ君、いいや野郎共!! 出航だぁああああッ!」
『おおぉぉぉぉぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!!』
結局のところ好き好んで軍人になるような男というのは暴れたり大騒ぎしたりするのが大好きなのだ。
雄叫びをあげながらエターナルがその翼を遂に動かす日がきた。
「まずは邪魔な隔壁を取っ払うぞ! 撃てぇ!!」
エターナルの艦砲が隔壁を一撃で吹き飛ばすと、ブースターの火を滾らせてエターナルが無限に広がる黒い海へと漕ぎ出していく。
地球圏でも宇宙でもバルトフェルドは常に戦いながら疑問を覚えていた。世界に対して、国家に対して。どれだけ強い戦士と戦い昂揚感を得ようと胸に居座る疑問を消し去ることは出来なかった。
それがどうだ。バルトフェルドの胸を埋め尽くすのは疑問ではない。単純な高揚だ。
これから絶望的な戦いが待っているだろう。最悪の時も訪れるかもしれない。死ぬ確率の方が遥かに高いくらいだ。だというのに高揚している。
(――――まぁ、悪くない)
バルトフェルドは一度死んでいる。アフリカでミュラーとの戦いに敗れ、アンドリュー・バルトフェルドは死んだのだ。誰よりも愛した恋人であるアイシャもそこで喪なった。
それでもどういうわけか生きてこうしている。なら残った生涯は自分の思うが儘に生き抜けるだけ。
『エターナル! ただちに艦を停止しろ、繰り返すただちに艦を停止しろ!』
だがその高揚に水を差す不躾な輩がやってきた。警備部隊なのだろう。ローラシア級がエターナルへ接近しつつ警告を発してきていた。
『エターナル、貴艦には発進命令は下っていない。ただちに停戦せよ! さもなくばこちらは貴艦の撃墜も辞さない! 聞こえているのか、応答しろエターナル! なにか答えぬかド阿呆!!』
「あー、もしもし。こちらは留守番電話です。電話番号を間違えてると思いますので、ただちに尻尾撒きつつらえてプラントにお戻りを。ああ、こちらに味方してくれるっていうなら歓迎しますよ」
『ふざけるなっ!! 貴様……待て、その声はバルトフェルド隊長か! 何をしているのだアンドリュー・バルトフェルド、乱心したか。砂漠の虎が泣くぞ!』
「アンドリュー・バルトフェルド? 誰です、それ。私はゴールデンハインド号のフランシス・ドレイク。アンドリューなんたらとは別人ですが?」
「あらあら。隊長がエル・ドラゴなら私は女王ですわね」
「そりゃいい。後で騎士勲章でも下さい」
ラクスの粋な発言に艦内に笑いが漏れる。が、勿論相手側はそうはならなかった。
『ゴールデンハインドだからドレイクだとか訳の分からん事を言うな! 貴様等の行動は明らかにプラントに対する反逆行為だ。さっさと艦を止めて武装解除しなければ宇宙の藻屑にした後に私のケツの穴を舐めさせるぞ!!』
「フランシス・ドレイクを知らない? アンタ、それでも戦艦乗りか? 新兵からやり直した方がいいね」
『黙れ糞虎! もういい貴様等はここで宇宙鯨の餌にしてやる!! 全砲門開けぇーーッ!』
最初から真っ当な話し合いなど成立していなかったが交渉は決裂だ。
野次を飛ばす一方でバルトフェルドは優秀な指揮官だ。エターナルにはエースパイロットの『黒い三連星』を始め優秀なパイロットがそれなりの数控えている。
肝心要のフリーダムはOSの最終調整が終了しておらず、また適正をもつパイロットがいないのが現状だが、それでも最新鋭のゲイツが七機だ。ローラシア級一隻ならば倒す事は難しくないだろう。
しかし相手はローラシア級だけではない。ここでクズクズしていれば、増援が駆けつけて次第に不利になるのは明白。戦うことが難しく、防御も的確でないのならば。
「よーし、ラクス海賊団最初の行動は………逃げる! 逃げるぞ、全身全霊全速力で後ろに向かって突撃だ!!」
『待たんか貴様等ぁあああああ!!』
問題は、どうやってプラントの勢力圏内から離脱するかだろう。
エターナルは高速艦だが最速ではない。時間がこの作戦の趨勢を握るカギとなる。
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