「ジェネシス、最大出力の60%で照射。敵主力艦隊半数の消滅を確認」
オペレーターの淡々とした事実報告の声が響く。それを聞いてプラントで最も権力をもつ男、パトリック・ザラは満足そうに頷いた。
ヤキン・ドゥーエの背後から出現した巨大な大砲のような形をした要塞。正式名称を『ジェネシス』。創世という名を与えられたコレはザフトが極秘裏に開発していた決戦兵器だ。
ジェネシスの仕組みをシンプルに言ってしまえば線源に核爆発を用い、発振したエネルギーを直接コヒーレント化した巨大なγ線レーザー砲だ。
一度最大出力で地球に向けられれば強烈なエネルギー輻射は地表全土を焼き払い、地球総人口の九割を死滅させてしまうだろう。
しかしそれはあくまでカタログスペック上での話だった。ジェネシスはまだ完成したばかりで試射の一つすらしたことがなかった。なので実際に撃つまでは本当にそれだけの力があるのかどうか半信半疑だったのである。
だがそれも実際に撃ったことで証明された。ジェネシスはカタログスペック通りただの一発で地球を滅亡させてしまうほどの人類史上最悪の大量破壊兵器なのだと。
「流石ですなザラ議長閣下。ジェネシスの威力、これ程のものとは」
パトリックの背後に控えたクルーゼが不気味に微笑みながら賛美する。
「戦争は勝って終わらなければ意味がなかろう」
負けるというのは嫌なものだ。中でも戦争で負けるというのは嫌を通り越して最悪に等しい。
戦争に負ければ全てが無駄になる。失われてきた命が、思いが。血のバレンタインで死んだ二十万人だけではない。連合軍との戦いで散っていたザフト将兵全ての死が無駄死にとなるのだ。
それはザフトだけではなく連合軍にとっても同じ。だからこそ恐らく連合もこのままでは終わりはしないだろう。
狂気に侵されながら一方で明晰さを併せ持つパトリックの頭脳は次に連合が死力を尽くして総攻撃を仕掛けてくるであろうことを読み切っていた。
「連合は部隊の半数を失い統制を失っている。この隙に我等も陣形を整えるのだ。そう……ジェネシスを死守する陣形にな。連合の卑劣なる核兵器など、断じてこのジェネシスに近付かせるな」
もしこの言葉を連合軍……いや地球に住む誰かが聞けば、核兵器よりジェネシスの方がよほど卑劣だと嘲っただろう。
だが既にパトリックは地球滅亡のトリガーを引く事に躊躇などなければ、反対意見に貸す耳もなくなっていた。仮に絶対有り得ないことだが、腹心中の腹心であるクルーゼが反対してもパトリックは作戦を強硬するだろう。
パトリックは椅子から立ち上がると、全周波通信を入れた。
戦争を主導する者として、ザフトの頂点にいる人間として将兵を鼓舞しなければならない。
「傲慢なるナチュラル共の暴挙を、これ以上許してはならない。プラントに向かって放たれた核、これはもはや戦争ではない! 虐殺だ!」
プラントに発射された無数の核ミサイル。忌々しいラクス・クラインとフリーダムが迎撃していなければ、確実に核ミサイルの何発かは幾つかのプラントを死に追いやっていただろう。
「新たなる未来、創世の光は我等と共にある。この光と共に今日という日を、我等新たなる人類のコーディネーターが、輝かしき歴史の始まりの日とするのだ!」
ザフト軍から爆発的な歓声が轟いた。これでいい。これで全てのザフト将兵が地球連合を倒す為に一致団結した。
新たなる歴史は今宵この時より始まる。
旧人類であるナチュラルの時代は終わり、コーディネーターによる新時代が到来するのだ。
「ミラーブロックの換装を急がせろ。次の目標は月基地だ」
「了解」
ジェネシスの唯一の弱点は一発ごとにミラーを交換する必要があるため連射が効かない事だろう。
だが特に問題はない。地球連合が再攻撃を仕掛けて来る前に終わらせれば済むことだ。
頭に痺れる痛みを覚えながら、ミュラーはゆっくり眼を開けた。
いきなりヤキン・ドゥーエの背後から出現した巨大な要塞。あれから放たれた光が連合軍艦隊を呑み込んでいったところまでは覚えている。しかしその後の記憶が曖昧だ。
きっとなんらかの衝撃に巻き込まれMSごと飛ばされてしまったのだろう。通信を試みるがザーザーというノイズ音だけしか聞こえてこない。どうやら通信機もやられてしまったようだ。
「まあいい。とにかく……ああ……頭が、痛い。くらくらする」
要塞から放たれた一筋の光。あれはザフトが極秘裏に開発していた秘密兵器というやつなのだろう。最初のMSの頃といい今度の兵器といいザフト軍の兵器には驚かされてばかりだ。
ふと思ったよりも動揺していない自分に気付く。あれだけの破壊を目にしたら普通なら憤慨の一つでもしそうなものだというのに、ミュラーの心は驚くほど静かだ。
『――――オープニングの一幕は、楽しんでもらえたかな』
ミュラーのストライクの前に一機の赤いMSが君臨していた。
鈍重で重苦しい装甲とモノアイはジンの系列であるMSだということを意味している。だがこのMSにはゲイツやジンにはない途方もないプレッシャーが感じられた。
赤いMSは天上に君臨する裁定者のように堂々とした佇まいでミュラーのストライクと対峙する。
「お前は……ギルバート、デュランダル……? オープニングっていうのは一体どういうことだ?」
『ジェネシスだ』
「ジェネシス?」
『つい今したが地球連合軍主力艦隊の半数を消し去った兵器の名だよ。ふふふふふっ「創世」とはね。実に良い名前じゃないか。これからの未来を予感させてくれる』
「破滅の未来なら、ありありと予想できるよ」
地球連合軍の半数を消し去ったとデュランダルは言った。このような状況で嘘をつくメリットはデュランダルにはない。つまりデュランダルの言葉は真実ということだ。
『破滅の未来とは正に正しい物の考え方だ。さっきは60%程度だったがアレを最大出力で地球に撃てばただの一撃で地球の生命の九割は死滅するだろう』
「な、……なんだってッ!」
ジェネシスの衝撃でぼんやりとしていた頭脳が一気にはっきりとした。
地球総人口……いや生命体の九割が死滅する。エイプリルフール・クライシスの時でさえ人類は途轍もないダメージを受け混乱の極みにあったのだ。それが地球の生命体九割の死滅ともなれば……ジョークでもなんでもない。地球は滅亡する。
手が震えた。プラントの滅亡どころの話ではない。旧世紀より……紀元前の昔から積み重ねてきた人類の歴史が終わろうとしている。
ジェネシスという一つの兵器によって。
「本気……なのか……ザフトは、そんな馬鹿な」
『今から地球連合がプラントに全面降伏するような事態があれば、或いはパトリック・ザラもジェネシス発射を止めるかもしれないな。だがそんなことは有り得ない。地球連合軍を実質的に支配するアズラエルがそれを望むはずがないからな。必ず死力を賭してジェネシスを破壊しようとするだろう』
それはそうだ。アズラエルが一発で地球を滅亡させてしまうような兵器を前にして、そのまますごすごと逃げ帰って白旗をあげるわけがない。
増援を待った後、核による総攻撃を仕掛けなんとしてもジェネシスを破壊しようとするだろう。いやもしミュラーがアズラエルだったとしても同じことをする。ジェネシスなんて兵器を、地球に住む一人の人間として放り出して置くという選択肢はない。
つまり……連合とザフトの攻撃が再開することは避けられない。そうなればパトリック・ザラはジェネシスを再び発射する。
次の目標は月基地か或いは地球か。月基地ならば、まだ救いはある。だが地球に撃たれれば破滅だ。
「そんなことは、させ……ない」
『おや。常に当事者ではなく状況に流されるだけだった君が珍しいな。止める気かね? ジェネシスを』
「あ、当たり前だ! こんなものは……常軌を逸している! デュランダル、貴方ほどの人間ならそれが分かるはずだ!」
『無論、私がプラントとザフトを真に思うものならこのような暴挙に反対の立場をとっただろう。だが私はザフトの信念ではなく私の信念に従っている。ジェネシスにより地球を滅亡させることは、私の信念に……私のプランに元から含まれていることなのだよ』
「プランだって!?」
『デスティニー・プランと私は名付けたがね。ハンス・ミュラー、私が今君の目の前に現れたのはただの偶然だ。ちょっと宇宙を散歩していたら偶然君を発見してね。
ザラ議長からの命令は体勢を整えるため一時撤退せよ、なのだが私にはフェイスとしての権限がある。私の判断で独自行動をとらせて貰おう。ハンス・ミュラー、君との因縁ここでケリをつけようか。このシナンジュで!』
シナンジュというらしいMSのバーニアが吹き荒れる。
一瞬、消えたかと思った。だが消えたのではない。シナンジュは単に超高速で動いただけだ。
ミュラーがこれまで目にしてきたどのMSよりも鋭く素早い速度でシナンジュがストライクの真横からビームを振るう。
ニュータイプの高い感応能力。それがミュラーを救った。ミュラーの五感がシナンジュを捉える前に第六感が命じるままにシールドを突出しシナンジュの斬撃を防ぐ。
『そんな、旧型の改造MSで私のシナンジュに勝てるものか――――!』
「ストライクを、甘く見るな!」
ザフトはニュートロンジャマーキャンセラーの開発に成功し、選りすぐりの一部のエースパイロットに核動力MSを配備しているという。
シナンジュのこの従来のMSを完全に凌駕するほどの速度。その動力には核が使われているのだろう。
『ミュラー、貴様はニュータイプの力を馬鹿正直に示し過ぎた! やはり君もジョージの理想を理解できなかった愚民共と同じだ!』
「そうやって、人を見下して……! 理想だけで物が食えるか!」
対艦刀をシナンジュに真っ直ぐ振り落す。
完全に決まったと確信する。もしもシナンジュが普通のMSなら確かに対艦刀はシナンジュを真っ二つにしていただろう。
だがシナンジュのシールドもまた特別性。戦艦すら両断する対艦刀の一撃を防いでみせた。
『隙あり、だ』
そして逆にストライクの方がシナンジュのビームにより装甲にダメージを受ける。
「ぐっ……あぁ!」
余程悪い部分に命中したのか。ストライクのモニターが真っ赤に染まった。
「こ、の!」
それでもただでやられはすまいと、ビームサーベルを抜くとシナンジュに投げつけた。
投擲したビームサーベルがシナンジュの脇腹に命中する。
『ちぃ! 往生際の悪い! だが、止めだ!』
シナンジュがビームを向けるが、コントロールが効かない。
操縦桿を操作してもストライクが動くことはなかった。恐らく先程の斬撃がストライクの駆動系かシステムかを狂わせたのだろう。
どれだけストライクの操縦桿を動かしてもストライクは死んだようにじっとしたままだ。
このまま終わるのか、とミュラーが走馬灯を見かけた瞬間。
『大佐から離れろ!!』
黒いロングダガーがシナンジュにビームを連射してきた。
「ナインか!?」
『ご無事ですか大佐!』
「ああ……」
助けに来てくれたのはナインだけのようだ。近くに他のMSはいない。応援が来てくれる様子もない。ジェネシスのダメージで地球連合軍全体が混乱しており、たった一人のエースに目を向ける余裕がないのだろう。
『……命拾いしたな。シナンジュは核動力MS、ビームサーベルが突き刺さった状態で無理をすれば原子炉にダメージが及びかねない。また会おう』
最後にそんな捨て台詞を残すとシナンジュは後退していった。
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