冬の夜空には雲一つなく,星と月の明かりが世界を蒼く染め上げていた。
辺りは雪に覆われ,吐く息は白い。

明るい月夜の街道を歩く影が一つ。
規則正しく足を運ぶその様子は旅慣れた者のそれだ。一定のリズムを崩す事無く,早くも無く遅くも無い。
防寒の為に頭から足までをすっぽりと覆う厚手の黒いローブは,その影の顔までもを覆い隠していた。
風も無く,揺らがない寒さは穏やかさと同じだ。
微かに鳴る静寂の耳鳴りを感じながら,その影は黙々と歩みを進めていた。


――遥かなる,聖王国を目指して。











ナデパラファンタジー

(一振りの剣を携えて)















カーテンの隙間から差し込む朝日で目が覚ました。
窓際に設置されているベッドの上で身を起こし,ソロリとカーテンを開ける。

――差し込む銀光。

おもわず目を瞑り,ゆっくりと瞼を上げつつ目を慣らす。
辺りは何時もと変らない雪景色で,太陽光を反射しているためにまるで世界が輝いているかのように見える。

「ん〜…!」

目を瞑って思いきり背伸びをし,はぁと息を吐く。
部屋の中の気温は下がっていて白い吐息が見えた。

「暖炉…」

呟きながら床に降りようとして,しかし動作を止めた。
裸足を床に降りればもっと冷たいに違いない――そんな事に気付き,備え付けられているスリッパを履く。

パタパタと音をたてながら歩く人物は,年の頃16,7の少女だ。
青い髪に金色の瞳を持つ,造詣の整った美貌の持ち主――のはずなのだが,起き抜けの今の彼女は半眼で気の抜けた表情。
とても人前には出れない様相を訂しながら,この寒さを駆逐すべく暖炉に火をともした。

部屋に備え付けられているのはベッドだけではなく,リクライニングチェアもまた有る。
彼女は暖炉の前に設置したそれに身を任せつつ,毛布を引っ張ってきて二度寝の至福を味わおうとした,まさにそのとき。
コンコン,と言うノックと共に声が掛かる。

「おはようございます,スターフィルドさん。朝食の用意が整いましたので,御用意できましたら一階の食堂にお越しくださーい」
「…あ,はい。すぐに行きます」

ドアの向こうから掛けられた声に半ば自動的に返答しつつ,身を起こし容易を整え始めた。
――彼女,ルリ・スターフィルドはこの宿に部屋を取る旅人なのだ。


 △


髪を手入れする時間は少々惜しんで,長い長髪を首の後ろで一つに纏めバンダナで結ぶ。
とりあえず食事には邪魔にはならなければ良い。
薄いシャツと厚手の上着を羽織り,旅装のズボンを身に着けて1Fの食堂へ向かう。

「おはようございます」

挨拶とを掛けつつ食堂へ入ると,ルリのほかにこの宿に泊まっている数人の客達がにこやかに応答してきた。
気の良い老夫婦,40台と見られる商人風の男,自分よりもいくらか年上の男女4人組のグループ。
どうやら自分が最後らしいと見当をつけたルリは,そそくさと席に着いた。


静かな――しかし和やかな雰囲気の中で朝食は始まった。
宿の主人の調理した食事を,彼の妻と娘が配膳する――それは旅先の宿ではよく見られるお馴染みの光景で,明るい家族なのだろう,にこやかに給仕する母娘二 人の笑顔が印象的だ。
歳若い家族なのだろう。
主人とその妻は見た目まだ40台ほどで,二人の娘は私――ルリと同年齢ほどではないかと思えた。

特に気まずくなるような出来事も無く,恙無く朝食が終わった。
サービスということで振舞われているお茶を飲みながら,ルリはこれからの予定(スケジュール)を 再確認する。
即ち――

(全く,何時まで待てば良いのでしょうね)

待機だった。

 △

ここに居る旅人たち8人の予定は実は皆変らない。
なぜかと言うと,ルリも含めた8人全員が同じ理由でここに留まっているからだ。
それは,数日前に起こった雪崩に起因する。

山村ザアード。
それがこの村の名前で,北と中央を結ぶ要所――"雪峠"の北側の管理村でもある。
地形的にここは豪雪地帯で,冬場には信じられないほど大量の雪が降ることで有名だ。
そう言う理由で,豪雪や吹雪・雪崩の危険などを総合的に判断し,必要ならば"雪峠"の通行を制限するのがこの村の役目と言える。

事の起こりは,ルリがこの村に到着する数日前の事だったらしい。

例年通りに大量の雪が降り,この地は雪によって閉ざされた。当然の様に"雪峠"は閉鎖され,冬季は聖王国への行き来が事実上不可能状態になっていた。
その峠の閉鎖が解かれたのがここ最近。
春も近づき,雪崩や崩落の危険も無いと見た上での"雪峠"の解放だった。
峠を解放してから一ヶ月,特に何の変化も無く平穏無事な毎日が過ぎていたのだが,"それ"は突然起こったらしい。
"雪峠"中腹での大規模な雪崩。
現在は村の能力者が総出で精霊法(スフィート)による大掛かりな除雪作業が行なわれているらし く,開通までには然程時間はかからないと聞いている。
そんな理由もあって,ルリを含むこの宿に泊まる8人の旅人達は峠の開通を待っていると言うわけだった。

 △

ルリは部屋に戻ると外出の準備を始めた。
村中に流れる気配からどうやら"雪峠"の開通は近いのだろうと予測し,来る出立に備えての備品の買出しに行くためだ。

履きなれたロング・ブーツに各種道具の入ったポーチを腰に留める。
精霊法(スフィート)の簡易発動を補助するブレスレットをはめ,腰には細身の片手の直剣を吊り 下げる。
その上で防寒用に外套を羽織り準備完了。無論財布も忘れない。
買出すリストを頭に思い浮かべ,まずは最重要項目の一つとして――

「この村の特産品,何でしょうね」

最重要だった。

 ◇

精霊法(スフィート)
これは万物に宿る精霊を使役する術体系で,このソファラ大陸においてはかなりポピュラーなものだ。
〜砂のお城作りから堅牢な砦の建築まで〜
とキャッチフレーズを出しているのは"精霊法(スフィート)"の発動儀式(ソ フトウェア)において定評のある とあるギルドだったりするのだが…精霊法(スフィート)は,そう言ったどうでも良いような細か い作業から高度な土木建築に至る大掛かりな工程に至る全てに応用が利く術だったりする。
無論用途はそれだけに留まらず,単純な現象効果(・・・・・・・)――つまりは炎や氷を出現さ せたり風や岩を操ったりと言う事もお手のものだ。

それの意味するところは,戦闘への応用が可能と言う事。
発動儀式それ自体もさして複雑なものでもなく,誰にでも使用可能と言う所がこの大陸で最もポピュラーたる所以だ。
もっとも。
誰もが簡単に使役できると言う点から見るとなると…戦闘において効果的に術を使うには高度な戦略が必要になるため,簡単に術の威力が戦果に繋がると言うわ けでもなく…まぁ使いどころによると言う所だろうか。
無論の事,戦術上では戦略を上回る精霊法も有るには有る。
ただ,それだけの規模と威力を求めるならば発動儀式内容(プログラム)も途端に難易度が跳ね上 がるために,ここぞと言う場面で緊急使用は無理。
精々,大規模作戦の要として使用する局面にでもならない限り日の目を見ることは無いだろう。

 ◇

旅の醍醐味。それは地方や各都市,町,村にある特産品や名産物に有ると言えよう。
ルリ・スターフィルドはそう言ったものに目がない。どんな下らない物でも必ず一つは購入してしまうのが悪い癖だ。
自分でもわかってはいるが,どうしようもない所がまた手に負えないところでもある。

そんなわけで,宿を出る際に特産品に関する情報を女将さんから仕入れ,どうやら銘菓が有るらしいと聞きそれを求めて村中を徘徊…もとい探索していた。
その先々で,先日あったらしい雪崩に関する話を聞く羽目になったが,ザアード銘菓"雪飴"を購入できたから良しとした。
一袋500テランという少し割りだかな値段では有ったけど,その対価に見合うだけの味が有ると思う事でルリは納得する。

いち早く銘菓を購入し終えたルリは,旅を続けるにあたって必要な物資をリストアップしたメモを見ながら村の雑貨屋を訪れた。
ドアを開けると,カラン と澄んだ鐘の音が響く。
カウンターには20を少し越えたくらいの女性が座っていた。

「いらっしゃいませ」

にこやかに挨拶され,思わず会釈を返してしまった。
くすり,と彼女は笑い視線を落とす。どうやら何か本を読んでいるようだ。
陳列する商品の中から,道中に切れた治療用の各種薬草や薬を選びつつ,お土産コーナーと書かれたスペースに置かれているアクセサリーに目が移りそうになる のを必死で堪えながら買い物を済ませた。
こんな調子で食料品店と武器・防具屋を回り,補充のできるものから補充して行く。何気なく置かれた"お土産コーナー"を横目に,である。

夕方。
村の各所にさりげなく置かれているお土産コーナーの高度な商業センスに戦慄しながらも,ルリはこの日ほとんど無駄遣いをすることなく一日を過ごすと言う偉 大な成果を上げる事に成功した。
この事を歴史に残そうと思いつつ,今は宿に取った部屋の机で日記なんぞを付けている。
平和で良い村ですね と言うのが彼女の感想だった。

しかし――

「雪崩の前後に見えたって言う影…。気になりますね」

昼の買出しの際に聞かされた雪崩に関する噂話の中に,幾つか気になる点があったのだ。

曰く,子供くらいの影が集団で恐ろしいスピードで駈け抜けて行った。
曰く,人型の木偶人形が崩落した雪の上に立っていた。
曰く,雪崩の直前に,精霊法とは違った波動を感じた。  

そしてなにより――雪崩の原因は今もって不明。
何かが気になる。


自分に関する事ではない事は確か。
しかしこの村においてはやっぱり死活問題に発展しかねない要素も含んでいる。村の各所に設置されている"お土産コーナー"から見ても,この村の大きな収入 源は旅人の落として行く金による部分も馬鹿にはならないということの裏返しだ。

そして,先程"雪峠"除雪作業の責任者と言う人物がやってきて,通行に関する説明を行っていった。
それによると,どうやら明後日には無事に除雪作業と雪崩の再発防止のための精霊法(スフィート)補 強が終わるとの事。
滞在は後一日と言う事になり,出発は明後日の昼頃の予定となるか。

「なら,明日いっぱいはまだ暇って事ですね…。なら」

うん,とルリは一つ頷くとペンを止めた。
既に寝間着には着替え終わっており,今日は寝るだけなのだ。特にする事も無いし明日のことを考えると,ここで睡眠を取っておく事は重要と判断する。

「…おやすみなさい」

呟きは虚空に消える。
誰に向かっての囁きかは,瞬時に眠りの世界へ向かったルリ自身にもわからなかった。

 △

次の日の朝,身支度を整えたルリは朝一番で宿を出た。
と言ってもチェックアウト・出立と言う意味ではなく,散策程度の意味でしかない。

取りあえず,まだ朝早いために誰も居ない雪崩の現場まで足を運んでみた。
距離的に言えば大分有るのだが,普段から鍛えているルリにとっては何と言う事も無かった。
朝食までには戻る算段なので,調査は早急に行わねばならないと気合を入れる。

雪崩の起こった地点――そのすぐ真下。
既に峠の街道を遮っていた雪はきれいさっぱり除雪され,影も形も見当たらない。
そこから上の崩落地点を眺め,一息。

「寒い」

当然だ。春が近いとは言えここはまだ冬。
しかもソファラ大陸でも北に位置する山間の村なのだから。
寒いのは当たり前で,ルリの呟きは単なる愚痴に過ぎない事は明白だ。

呟いたのは,ここには何らおかしいところが無かったからだった。
せっかく出向いてきたのに何も無いとは,少々失礼ですね。 などと身勝手な事を考えつつ,何かあるはずなのに何の痕跡も無いと言うのはルリにとっては納得 のいかないところだったらしい。
よって,ちょっと登ってみることにした。

崩落地点――つまり,雪崩の基点へと到着した。
丁度小高い山の中腹で,ここからだとザアード村が一望できる。
昨日村の中を回ってみたときにも感じたが,スッキリとしていて良い村だと思う。飴も美味しかった事だし。

ザアード村と周囲の山々の関係は至ってシンプル。
村が築かれている地点が丁度盆地で,その周囲360度を山が囲っている形だ。
そして南北に街道が敷設されており,北はディン共和国,南は聖王国"セントロード"へと続いている。
ここはディン共和国側の国境線でも有ると言うわけで,有る意味では2国間の交通の要所でもあると言える。

ちょっと周囲を見渡してみて,ルリは一つ気付いた。
ここは南へと続く峠の入り口にあたる山だ。
そして雪崩が起きた地点でも有るらしいのだが――

「…おかしいですね。この山の斜面では雪崩はそう簡単には起きない気が――」
「ご明察。その通りよ」

横合いから声が掛かった。
慌てず騒がずそちらを見遣る。

「この山肌は針葉樹で覆われているものね,何らかの外的要因がなければ雪崩なんて起きないわ」
「あなたは…」

見覚えのある顔ぶればかり4人。
男性二人,女性二人の4人組と言えば同じ宿に泊まる人達ではないか。
こちらに歩み寄ってくる彼女は長身で赤髪。
ハイ などと気軽に片手を上げて挨拶してきた。
その後をぞろぞろとその他3人がついてくる。

「マゼンダよ,スターフィルドさん。あなたも散歩?」
「そんなとこです。マゼンダさんもですか?」

そんなとこよ,と自分と同じような曖昧な返答に,ルリとマゼンダは共に苦笑する。

「いやね,昨日この村で物資補給してたら小耳に挟んだ話が気になってさ。職業がらこーいう事って放って置けなくてさ」

現地調査ってところかしら,とあっさり白状した。
身のこなし,自分と同じ着眼点から推察するに,彼女は恐らく――

「ディンの軍人さんですか?」
「元,軍人。今はしがないフリーターってとこかしら。――貴方は?」
「似たようなものです。ってことは,聖王国には職探しですか?」

率直なルリの物言いにマゼンダはやっぱり苦笑した。
まぁね,などと肩を竦める。
そのついでに肩越しに後ろで突っ立っている連中を紹介し始めた。

「ルイとアンナとドーク。みんな元軍人。あの泥沼の内戦を逃げて来たんだ…あそこに残ってても死ぬだけだったしね」
「そう言う事でしたか…」

内戦の二文字にルリの顔色が幾分沈む。
しかし再び顔を上げたときには,そんなことは微塵にも感じさせない何時もの表情に戻っていた。

「で,なにかわかったんですか?」
「ん? ああ,ここの雪崩ね。なんてゆーか…ちょっときな臭い感じになってきたのよね,これが。」

つい,と視線で後ろにいる内気そうな女性――アンナといったか――に促す。

「…あ,はい。えと…。
 先程雪崩の基点を精霊法(スフィート)調査した結果,別系統の呪式を感知。どうやら小規模な 時限式の爆薬・もしくはそれに類した現象が発現したと予測されます」
「…はぁ」

アンナのおどおどとした態度が一変し,まさに軍人が報告書を読むようなキビキビとした態度に豹変した事に少し目を開いたルリは,そのままマゼンダに疑問の 視線を飛ばす。

「あぁ,アンナはちょっと変ってるから。」

気にしないで,と言われたルリは開いた瞳を少々瞬かせたが,言葉通りに気にしない事にした。

「…詳しい分析と正確な調査報告には少々時間が掛かりますが,推測ならば述べる事が可能です。
 ――私見では有りますが,推測を提示いたしますか?」

ルリは少々小首を傾げたが,何の気なしに言ってみた。

肯定(ポジティブ)」 
「イエス・マム。――ではこちらをご覧下さい。」

そう言ってアンナはブレスレットを一振りする。
それは精霊法(スフィート)の簡易発動儀式で,すぐさま効果が発揮されるものだ。

アンナの立てる一刺し指の直ぐ先に,縦横50cmほどの平面が展開。
その更に三次元z軸方向に立体的映像が立ちあがる。

「これは基点に残った残存呪式を解析・再結合した映像です」

それは何と言うか――。

「この,まるで人形のような不気味な木偶(でく)が時限呪式を組み込んだ知性爆弾(ス マート・ボム)である事は既に立証されました」
「何時にですか?」
「今です。」
「そうですか。」
「説明を続けます。この再現図にしても私の精霊法があってこそ解析できたものの,それ以外では不可能なほどの隠蔽率です。」

絶対の自信を持ってるんですね,とか心に思ってみたものの口には出さない。
それよりも内容が気になると言う事もある。

「つまり,何者かが何らかの目的の為にここでこの呪式爆発物を爆発されたと推測します。以上ですが質問はありますでしょうか?」
「はいストップ。私から一つあるんだけど?」

とはマゼンダの言だ。
はっと我に返ったようにアンナは瞳をぱちくりとさせた。

「ど,どうぞ…」

と内気な彼女に戻ってしまうのはなぜだろうか。ルリは首を傾げたがマゼンダはもっと釈然としないらしい。

「なんでさっきあったばっかりのこの()に敬称付きなの?」
「…え,でも,その。…そんな雰囲気持ってるじゃないですか…」

ボソボソと釈明するアンナだが,マゼンダはハァっと溜息をついて諦めた。
返す瞳でルリに苦笑。

「まぁそう言う事。きな臭いでしょ?」
「陰謀の匂い,ぷんぷんですね」

 △

ルリと,マゼンダ・アンナ・ルイ・ドークの4人はいったん宿へ戻り朝食を取る事にした。
どちらにしても今日一日は丸々空いているのはルリも向こうの4人も同じ。
時間を掛けて調査する事にしたと言う訳だ。

食事と休憩を挟んで再び戻ってきた。
無論雪崩の基点となった小高い山の中腹だ。
麓には,ザアード村から出てきた調査員や精霊法(スフィート)補強を行っている作業員など50 人ばかり。
なんとなく見下ろす光景が心地よい。

「で,具体的には何をどうするつもりなんですか?」
「それなんだけど…」

とマゼンダは細い顎に手を添える。
美女のその仕草はどうにも色っぽく,ルリは"マネできませんね…"などと思ってしまったり。

「取りあえず。木偶人形の動機はともかく,行った行動から結果を推測。そこから真の目的を推測して次の行動を更に推測。で,事の推移を見当して適切に対 処ってとこかしらね」
「良いですね.それで行きましょう。」

あっさりルリは同意した。
さもありなん,とマゼンダは得意げに胸を張るが,そんな彼女に男の片方――ルイがボソッと呟く。

「めんどいなぁ。宿帰って英気を養うってのが超・良策だと思いまーッス」
「だだ,だめだよルイ! 本音言っちゃったらまたマゼンダにドつかれるよ!」
「もう遅い」

冷酷な宣言と同時に蹴りが二閃。
やる気のないルイを蹴り飛ばすのはともかく諌めた(?)ドークも蹴り飛ばされるのはなぜだろう?とルリは思った。
無論口には出さない。

ああああぁぁぁぁぁああぁぁぁ…

と、なぜかエコ―付きで斜面を転がり落ちて行く二つの物体は,それはそれで見ごたえがある。気がする。
麓まで転がっていった所で飽きたのか,ルリはさくっと忘れて立ちあがった。

「…さて,再調査開始ですね」
「そうね」

ルリに即同意したのはマゼンダで、アンナはオロオロと麓と超然と立つ女性二人を見比べていた。

 △

「つまる所,雪崩は起こされたと言うことですね。」

確認しながら雪の斜面を更に登ること30分ほど。
ルイとドークは息絶え絶えに戻ってきたが,二人の回復など待つ事無く上り始めたので二人は既に死にそうになっている。

「そう言う事になるわね。問題は雪崩を起こして何が出来たかって事なんだけど――」

麓を眺めつつ実際に影響のあったことを思い浮かべる。
即ち――

「足止めを食らいましたね」
「スケジュールに遅延確認,てとこかしらね」

結局,然程困った事にはなっていないと言う事になる。
ならなぜ,高度呪式を用いてまで雪崩を起こす必要があったのか――?

…いや,視点を変えれば違った答えが導かれる。

「雪崩が起きて,私たちの行動が制限された・・・と考えるよりは,雪崩が起きれば何が起こるかを考えたほうが良いかもしれませんね」
「…へぇ」

マゼンダは関心したような目でルリを見た。
一頻り頷き,その可能性を考慮する。ルリはルリでちょっと考えてみた結果,答えは直ぐに出た。

「…ちょっと洒落になりませんね」
「って言うか,大事よね…」

雪崩の起きた山の斜面は,地形的にザアード村の方向を向いている。
山肌に針葉樹がなかったら,被害は峠の閉鎖では済まなかったに違いない。それは即ち――

「何者かの目的は――」
「村の壊滅にある,ってことかしら」

一体何の為にと考えて,ルリは一つの可能性に思い当たった。

ディン共和国内での突然の内乱。
聖王国へ通じる最も近い街道。
まるで土偶(東方の土人形)のような呪式爆弾…そして雪崩。

カチリ,と歯車がかみ合うかのような思考の手応えを感じ,しかしそれは説明するわけには行かない。
高度な政治的問題も絡む要素を含んでいるからだ。そしてルリ・スターフィルドは,嘗てそれに触れるだけの権限を持っていた。


――情勢の不安定な今,悟られるわけには行きませんね…。

一瞬だけ鋭い視線で周囲を見渡し,直ぐに消す。
話題を変えなければ。

「とか話している間に山頂ですね」
「あらホント。…ルイ,ドーク!だらしないわよあんた達!」
「で,でもマゼンダさん,お二人とも半分往復してるようなものですし」

息も絶え絶えな男二人に追い討ちを掛けるマゼンダを諌めるアンナ。
なんだかんだ言っていながら,4人の仲は良いみたいだ。羨ましいとは思わないが,まぶしい光景である気がした。

「でも,そうするとなると…正体不明の敵さんはまた雪崩を起こす可能性があるって事になるわよね」
「そうですね。可能性は低くないと思います。しかも今度は確実に村を壊滅させるだけの質量が用意されて,それが届く範囲にある高い山と言えば…」

思わず黙り込む。
その条件を満たす付近の山で一番それらしいところは――

「ここですね」
「ここだわ…!」

同時に,山頂のホントに天辺でズシャ!と5つの影が立ちあがった。

 △

何と言ったら良いのだろうか。
突然雪の中から立ちあがった影は,いずれも子供と同じ位の背丈しかない。
しかし,それらは完全に人ではなかった。
それを言葉で表すならば――

「…土塊?」
「土製の人形でしょうか。」

意外と冷静に見た目からを判断する二人は,マゼンダとルリの両名だ。
二人がもし古代日本の文化を知っていたのなら,現れた土塊の人形を迷わずこう断じただろう,土偶と。

変化は唐突に訪れる。

ヴン
と五つの土塊人形が音を発し,次いで胴体中央に埋め込まれているらしい赤みがかった球体が明滅する。
すぐさまそれも収まり――それらは迅速に動き始めた。

五つの土塊人形はまるでお互いに連携を取っているかのような動きで等間隔に離れつつ,5人を囲う円を作る。
それにすぐさま対応するように,マゼンダ,アンナ,ルイ,ドークの4人がルリを囲むように人形と対峙した。

「えと」
「スターフィルドさんはそこで自分の身を守る事だけ考えてて。戦うのは私達の役目よ」

何かを発言しようとしたルリだが、マゼンダの強い言に押されて口を挟む隙を与えてもらえなかった。

「まさか適当に上ってきただけのこの地点がビンゴだなんて」
「正直運良すぎッスね!」
「僕は運悪いと思うよ…」
「が,がんばりましょう…!」

上からマゼンダ,ルイ,ドーク,アンナの発言。
何かのコントを見ているみたい なんてルリは思ったが,やっぱり発言は控える。むしろ言ってみた所でスルーされるのが目に見えているからだ。

「きますよ」

コントが続いて変に怪我をしてもつまらない,とルリは4人に注意を促した。

 △

予想し得るパターンは幾種類かある。

まず一つ目は人形が一斉に飛び掛ってくるパターン。取りあえず体当たりしか攻撃ないと見当をつけた場合に限る。
二つ目,遠隔攻撃。何らかの攻撃呪法が組み込まれている場合。これがなんとなくありそうな感じ。
三つ目,タイミングをずらしての近接攻撃。一つ目の攻撃同様体当たりしか思いつかない。
四つ目,朝方のアンナの解析から判明している通り,近づいての――

「…自爆攻撃とかして来そうですよね」
「「「「え。」」」」

言葉に反応するように土塊人形は一斉に上空数mへ上昇すると,一斉に急降下してきた。

「いきなり!?」

叫びつつ,マゼンダは冷静に精霊法(スフィート)を発動する。眼前に翳す手――その指に填めら れた指輪が微かな光を放つのは,呪式が完成する直前の煌きだ。

攻性呪術"穿つ空"を高速起術・眼前に展開。
マゼンダが発動した見えざる槍は,そのまま飛び込んできた土人形に命中しその胴体を四散させた。
その手際にルリは思わず目を見開く。

(基本的な呪式ですが,ここまで冷静に扱えるとは――)

想像以上に経験を積んでいるようだ,と評価を改める。少なくとも素人ではない。流石に元・軍人と言うだけのことは――
と、思考すると同時に横合いから剣戟が響いた。

直ぐ傍までアンナが下がり,その直衛としてルイが剣を抜刀している。
しかし敵の攻撃はまだここまで到達していない…となると,先ほどの剣戟は――

「ッッセイ!」

一番内気と見えたドークの気合が響いた。
同時に振りぬく一閃は土人形の一体を断ち割った。そのまま横を通過し更に奥の一体を薙ぐ。
その土人形はバランスこそ崩したものの未だ健在で,しかしドークはその一体を置き去りにしつつ更に奥を目指して踏み込んだ。
バランスを崩されたその土人形はすぐさま体制を復帰し,同時に反転。その直ぐ傍で剣を振るうドークを背後から強襲しようと――

「呪式:穿つ空 >>> 舞え」

すぐ隣から聞こえる声はアンナの呪式詠唱だ。
彼女の精霊法(スフィート)補助媒体は解析専用で,それ以外の呪式を発動させようとなるとそれ なりの発動儀式(プログラム)をまわさなければならない。
アンナの発動儀式――それは呪式に言霊を乗せることを発動のキーとしている,とルリは読んだ。
事実それはその通りで,ここまで簡素な詠唱で意味を付与しているとなると――恐らく予め簡単な単語に意味を関連付けしておき,使用する場合にはその単語を 組み合わせる事で呪式と成す――そんなところだろうか。
正当な簡易発動(マクロ)よりも更に精練されている。
机上の理論よりも,実戦で磨かれた一つの結論とでも言えるだろうか。

瞬く間に五体の土塊を蹴散らした4人の元軍人たちは,然程疲れた様子もなく周囲を警戒する。
アンナは解析の補助媒体(アシスト)を発動させて,周囲をスキャニングする。

「――! これ,ちょっとマズイです,半径50m以内に先ほどの土人形の反応が30,それ以上の反応が2つ…!」
「フォーメーションC!」

アンナの言葉にマゼンダが号令を出した。
同時にアンナの報告通りの数の土塊が雪の中から姿を現す――視界に映るその数は,認識以上の迫力を持っている。

「まずい,これだけの呪式爆弾(スマートミサイル)が起爆したら…!」

麓のザアード村は大規模な雪崩に巻き込まれて壊滅状態に陥る。
それが及ぼす被害は想像もしたくない。

隊列を組みなおし,4人は其々突撃体制を作る。
この場合,ルリを防衛しながらと言う体制は取れなくなってしまうのだが――

(――命を天秤で量ることはしたくなかったんだけど…!)

この場合,より多くの人命を救う方を優先する事が大事だと思えた。

「スターフィルドさん,ごめんなさい…!」
「お気になさらず」

身を引き裂くような覚悟で言った謝罪に,しかし彼女はケロリと答えた。

「貴方の判断は間違ってはいませんよ。――それよりも,まずはコレを何とかしないと。」

そう言ってルリは自らの剣を引きぬく。
片手用の直剣で片刃。しかしかなりの業物と見られる――。

「貴方達は数の多いほうを頼みます。」
「…え,なにを――」
「時間は待ってはくれませんよ,マゼンダさん。…どちらにしても――」

選択の余地はないのですから。

そう呟き微笑むと,ルリは2体のデカブツの内の近い方へと走り出した。
マゼンダはその光景を絶望とともに見る事しか出来なかった。

――確かに,ルリは一人でこの大地を旅してきたのかもしれない。
腕に覚えもあるのだろう,その突撃も様になっている。しかし,これは野党や山賊と戦うのとは訳が違う。
周囲を囲うように取り巻くアレら呪式爆弾は,戦争兵器とも言える殺戮そのものなのだ。

「待ってスターフィルドさん! 貴方では無理よ!」
「間に合わない…援護を!」

制止するマゼンダの叫び。
それと同時に発せられたドークの指示に,アンナはルリの進行方向に立ち塞がる…もしくは襲い掛かる土人形たちを"穿つ"。

「"呪式:穿つ槍 >>> 破砕"!!」

アンナの言葉と同時に不可視の槍3本が中を飛ぶ。
炸裂する空気・弾ける土人形達。いまの攻撃で破壊した数はおおよそ三体。
確実にルリに襲い掛かるコースにあった呪式爆弾を破壊し――そして"大物(デカブツ)"までの 障害はもう既になく。

間隙を,ルリは滑るように接敵する。
その間,おおよそ10m。

「ふふ」

口元だけで笑い,ルリは空に跳んだ。

 △

通常ならば大剣を用いての刺突――しかも地面の上を敵まで走破する突撃技のはずだが,ルリは細身の直剣…俗にレイピアと呼ばれる類の剣でそれを行う。
ルリの持つレイピアの刀身は切り裂くためにあるのではなく,刺し穿つ事が目的だ。
しかし用途はそれだけに留まらず,やはり切り裂くために刃も付けられている。
それだけを見るなら戦場では余り実用的とは思えない型の剣に思えるが,その扱いに長けた者なら話はまた違ってくる。

細身の直剣を刺突の型に構え,ルリは常人離れした跳躍から一転して降下に移った。

重刺突撃"ダイブカノン"

通常は大剣(クレイモア)などを使い,地上を敵まで走破しつつスピードを乗せて放つ技なのだ が,彼女のそれは違った。
大剣にあってレイピアにないもの…それは純然たる質量の差であって,"重い一撃"と言う効果で考えるとどうしても差が出る。
しかしルリは,その一撃に掛かる運動エネルギーを"高さ"と"速さ"いう要素で補う。
自重すら利用し,ルリは放物線を描きながら,更に"剣に宿る力"を解放した。

「"抜刀(ディースト)"!!」

言葉(ワード)と共に刀身が光り,"剣そのものの特性"が解放される。
ルリは,黒い残像を滲ませつつ大型土人形の胴体の中心――赤く明滅する中枢を突き刺した。

 △

高等剣技の中でも"抜刀(ディースト)"は最高位の一つだ。
それは自分の精神(観念)が捉える"剣"のイメージを具現する術式。
精霊法(スフィート)とはまた一線を隔した,剣士独特の施術とも言える。

発現する特性は様々。
同じ剣でも扱う者が異なれば,"抜刀(ディースト)"の効果もまた異なる。
それは,単に抜刀(ディースト)が使用者の精神に依存している事を表している。

 △

圧倒的な質量差を無視したように,ルリは平然と"大物"を打ち破って見せた。
加えて,ルリは殆ど衝撃を生じさせずに崩壊させる事で雪崩の発生をも防いでいるようだ。

「…な」

マゼンダの呟きは,そのまま他の3人の率直な感想でもある。
場が一時停滞しそうになったその瞬間,ルリからの言葉が飛ぶ。

「止まってるとやられちゃいますけど,いいんですか?」

言いつつ既に動き出しているルリは,そのままもう一体の大物(デカブツ)へと走り始めていた。
言われて気付いた4人は,しかし直ぐ現状に復帰する。
大物が倒れた事で小型土人形の配置に変更があったのか,隙が出来ていたあの瞬間に攻撃がなかったのが救いだろう。
とりあえず,ルリ・スターフィルドは何があっても大丈夫のようだと思うことにする。

「とりあえず,敵を掃討しよう」

マゼンダのその言葉で,3人も攻撃を始めた。

 △

ルリは冷静に――極めて冷静に撃ちこみを掛ける。
一体目の撃破から次の二体目に移るまでに少々時間を要したものの,それでも最低限のロスに押さえた。
この戦いはスピードが鍵になっている。
一帯を包囲している人形達は,恐らくその全てが呪式爆弾なのだろうから。

その目的,その意味。
それは恐らく――ここディン共和国の首都で起こった政変に関わる事態に違いない。

く,とルリは唇をかみ締める。
あの戦いで失ったものは多く,その大多数のものはもう二度と取り戻せない過去の思い出になってしまった。

巨大な虫達が飛び交う破壊と殺戮の空間。
鮮烈な炎の記憶。
まざまざと思い出せる,あの凶悪な紅い義眼の男――

ヴン
と横薙ぎに振りきる剣の一閃は,二体目の大物(デカブツ)の短い左足を砕いた。
その巨体から容易にバランスを崩すと思いきや,別体系の力場でも働いているのかそれは無事な短足だけでその態勢を保っている。

懐に飛びこめば早々一撃は食らわないだろうと言う目算の元での突撃だったが,敵も敵で反撃の手段がないとは思っていない。

攻めと守り。
どちらでしょう――?

未だ把握していない巨体土人形の攻撃方法に考えを巡らせたその一瞬で,ルリは次の一手(イニシアチブ)を 取り損ねた。
土人形の胸元の装飾的な丸の連なった模様が明滅し,そこから呪式光撃波が放たれる。
黒の色彩を持つそれは,当たれば即死するのに十分な威力を持っている破壊光線だ。

ルリは,何かが放たれたと感じた瞬間"抜刀(ディースト)"状態の愛剣を翳し,防御体制を取 る。
直後,その刃に黒の呪式光撃波が直撃し――しかしその黒の光線は刃から真っ二つに分かたれルリにはかすり傷一つ負わせる事はない。
最も,何も被害がない,と言う訳でもなく――"抜刀(ディースト)"を維持するのに必要な精神 をより多く消耗している。
余り長くは持たない。

「なら,さっさと決めちゃいましょうか。」

口調はあくまでも軽く。
ルリは,先ほどと同じ刺突の型を構える。

 △

「"薙ぎ払う一閃:灰塵への一撃(ブランディシュ)"!」

マゼンダの"精霊法(スフィート)"が正面から飛びかかってきた5体の敵を砕く。
それでも襲い掛かってくる6体目を剣で払い,一時下がった。
同時に横で剣を振り終えたドークが入れ違いに前へ出て二人の攻性呪術士の壁になる。

「"業火:焼き尽せ(フェルメート)"」

アンナの発動する精霊法(スフィート)は半径十数mを焼き尽す限定範囲呪法だ。
それはドークが前衛を担うスぺースのさらに前方で犇く敵を余さず焼き尽くす。

一旦下がったマゼンダは,アンナの直衛として襲い掛かる敵を捌いているルイに合流した。

「あ!姐さんとっとと呪法で助けてーー!」
「姐さんはやめて!と言うかもっと落ち着いて戦いなさいって!」

叫びとは裏腹に,ルイの攻撃も標準以上の力量と計らせるのには十分だ。
戦闘開始直後から呪術士めがけて襲い掛かる7体の小型土人形を,たった一人であしらってきたのだから。
そのうち既に三体を屠ってもいる。お調子者的な発言の多いルイとて一流の軍人だったと言う事になる。

「"穿つ空:3閃"!」

虚空を穿つ三本の槍。
マゼンダの放つその3撃は,違わずに三体の土人形を破壊。
残りはルイが相手をしている一体のみ。それも僅か瞬きの間に決着がついた。

「やれやれ,姐さんもっと早く助けにきてくださいよ。こっちの身が持ちませんぜ」
「どの口開いてそれを言うか」

振り向くと,ドークとアンナも戦いを決めたようだった。
残るは――

更なる一方に目をやり,小さな振動と共に崩壊する大型土人形を視界に捉える。

「いやはや強いっすねあの嬢ちゃん。俺,惚れちゃいそうっす!」
「一体,何者…?」

馬鹿の馬鹿なコメントは無視して,マゼンダは率直な思いを呟いた。

 △

重刺突撃"ダイブカノン"

正眼に構えた剣先――その標準を敵の胴体中心の宝珠へと定め,一瞬で跳躍。
同時に急降下を始める。

急激なベクトルの変換は,(ひとえ)に"抜刀(ディースト)" の性質からだ。

――重力制御。
剣の性質をルリはそう捉えているという事に他ならず,敵を倒すにはそれで十分だった。
自身の重力加速度を制御し,剣の重さを相対的に変更する技――それが質量兵器への切り札だ。

運動エネルギーは位置エネルギ―。
その不変の法則にいかさまチックな技で己の勝利を確定する…彼女は剣士にして剣士にあらず。

ルリ・スターフィルドは不敗の戦士として,今ここに在る。

黒い閃光となり,彼女は最後の巨大土人形を粉微塵に破壊した――。

 △
 
「ふう」

立ちあがり,剣を鞘に収める。
周囲を見渡すと,どうやらあの4人も無事に戦闘をおえたらしくこちらに歩み寄ってきていた。

「…すごいわね」
「それほどでも。」

マゼンダの言葉は,軽く取れるがこわばっている事もわかる。
ルリは まぁしょうがないかな と思うのだが,それはそれ。何時もの事だ。

「とりあえず敵は片付いたみたいだけど…一体何が目的だったのかしら」
「あぁ」

ルリは細い顎に手をやり,したり顔で簡素な解説を始めた。

「多分…聖王国との交通の要所であるこの峠をつぶす事で,ディンへの到達を遅らせるのが目的じゃないんでしょうか」
「…あ」

ディンの"どこ"へ,聖王国の"何"が,到達するとは敢えて言わない。
しかし,それだけで意味は通じたようだ。他の3人も あ という表情を作っている。
彼女達とて元ディンの軍人達で,多少なりとも今のこの国の現状を知っているはず。

「あの内戦に関連する事…って言う事?」
「はい,多分。」

マゼンダは正面からルリを見て,言う。

「貴方は一体何者なの?あの力量と言い…内政に詳しそうな素振りといい…政府の人間なの?」

聞かれるとマズイ,と内心思っているからだろうか。
マゼンダの言葉は早口で小声になっている。ルリは一瞬だけ目を逸らすと小さく返した。

「ディン共和国中枢政府防衛組織"星宮"です…壊滅しましたが。」
「な…」
「今ここを襲って来た兵器は,恐らく敵の新型でしょう。少なくとも私は"あの場所"で見た事はありません…あそこで見たのは」

遮って言う。

「虫型、ね」

その言葉に頷くルリ。
アンナは顔を強張らせ,ルイとドークも唇を噛む。
許せない所業だったのだ,ディンの首都を突然襲ったクーデターは。
市民や軍人の区別なく,無差別にヒトを襲う虫型呪式兵器の群れ。
多くは抵抗も出来ないまま死に,多くは抵抗をして死に,そして僅かなもの達だけが生き延びる事が出来た。
その光景を,彼らは忘れた事がない。

でも,とルリは呟いた。

「でも,それが直接の敗因ではなかったんです。あそこには,本物の悪魔が居たんですよ…」

その呟きは,誰にも聞かれる事のないまま虚空に消えた。

 △

「あらあら,私達の作った土偶達…負けてしまいましたわお爺さん。」
「ばあさんや,飯はまだかい?」
「ご飯ならさっき食べたばかりでしょう…呆けてる振りすんなや」
「…。」

ルリ達が居る山頂よりもさらに上空・・・そこに浮いているのは二つの人影。
一般にお年寄りと言える位に年を取った爺さんと婆さんだ。
良く見ると,彼らはルリ達5人が泊まっていた宿に居た老夫婦だと言う事がわかる。

ボケボケの会話の後に婆さんの鋭いツッコミが刺さり,爺さんは口調を改めた。

「まぁしかし,何じゃ。まさか負けるとはのう」
「予定外の結果になっちゃいましたね…どうしましょう」
「破片は残っとる。組上げて爆発しておしまいにするからなんも心配は要らん。」

爺さんの言葉に婆さんは頷き,じゃあと続ける。

「帰り支度でもしましょうか」
「ここの首都ってどっちだったかのー?」
「そこまで呆けてますか。お爺さん」
「飯はまだかい?」

だのとふざけた会話をしつつも二人の手は複雑な印を結び,呪式を組上げる。

「「葬送:火葬爆葬」」

 △

その異様な反応に,ルリの背筋が凍った。

既に下山しつつあった5人パーティは揃って硬直し,山の山頂を振り仰ぐ。
そこに見えたのは――

「さっきに土人形…ってでかすぎ!」

マゼンダの叫びが辺りに響く。
それもそのはず,山頂を覆うような巨大さの土人形が姿を現しつつあるからだ。
先ほど至近距離から見た二体の巨大土人形よりも,更に大きく見える。

「自動復元? いえ,そんな呪式反応はなかったはず…」

ルリの呟きにアンナも同意する。彼女こそがあの土人形を解析したのだから。
と、言う事は――

「呪術士本人が居る,って事になるのかな」

ドークの発言は正解を射抜いている。
しかし,今はそれどころじゃない。

「まずいです,あんなのが起爆したらそれこそこの一帯が…」

シミュレートしたのか,アンナが蒼白な顔でこちらを見る。
ルリは黙考し,結論を出した。

「破壊します」

元より,それ以外の判断は有り得ない。
それはわかってはいるが,マゼンダは声を荒げた。

「でもどうやって!? あれだけの質量だと破壊するにしても洒落にならない規模の精霊法(スフィート)を 起術しなくちゃ行けない,でもそれだけの時間なんてないでしょう!?」

それも,その通りだ。
しかし――世の中には例外と言うモノがある。それこそが――ルリ・スターフィルドを構成する要素の一つと言える。

「策はあります。皆さん…少しだけ力を貸してください」

断言した。

 △
 
高度戦闘技術者――戦士は己の全てを持って勝利を齎す者。
彼らは技術や精神を高め,様々な戦闘に勝利するための技術を獲得しそれを最高の効率(パフォーマンス)で 応用する。
それは"精霊法(スフィート)"であり,また"抜刀(ディースト)" であり…そのための高位戦闘技術だ。

ルリ・スターフィルドは,そういう意味であるならば落ちこぼれと言えた。
彼女の持つ"抜刀(ディースト)"と"精霊法(スフィート)" は,局所戦闘において組み合わせてはならない類の効果を持っているからだ。

彼女の剣技は仲間のサポート無しでは生き延びる事は難しい。
かといって,彼女が"精霊法(スフィート)"を併用した戦闘を長時間続けるならば,それは確実 に仲間の死を意味する。
それだけの"戦略級精霊法(マギ・スフィート)"しか,ルリ・スターフィルドは学ぶ事が出来な かった。

彼女が扱える唯一無二の"精霊法(スフィート)"。
それは…

 △

ルリは愛剣を抜刀し,正眼に構えた。
次いで流れる動作で腰を低く落とし,体を(デカブツ)に垂直に向け――半身で剣を刺突に構え る。

すでに爆発までの明滅(カウントダウン)を始めている超巨大土人形は,山の山頂でその姿を堂々 と現し存在を主張していた。
麓の村の事は気に掛かるが,消滅に成功すれば時期に騒ぎも収まるだろうと楽観し,ルリは精神を集中しはじめた。


マゼンダ達4人は一番はじめにルリを守った陣形で…しかしルリ以外を結界で防御しつつ周囲を警戒している。
今更だとは思うが,念には念を入れての警戒網だ。
彼女がやろうとしていることを妨害される事だけは,避けねばならない。

抜刀し,型を構えたルリ・スターフィルドには,なぜだか惹きつけられる華がある。
思わず見とれそうになる自分に活を入れ,マゼンダは周囲の警戒に気を注ぐ。

――雰囲気が変った。
それは,ルリの"精霊法(スフィート)"が発現し始めたことを意味している。


右手で剣を構え,左手で照準を合わせている。
その左手の手首につけられたブレスレット――それこそが,ルリ・スターフィルドの発動補助具(アシスト)だ。
尋常ならざる精霊の流入は,それ自体が発光と言う現象としてこの世界に発現している。

蒼く淡く明滅する光は,やがて彼女自身を包む光の珠として形成された。
それは,具現する力の起。
内より響く呟きは,力の核たる彼女の言葉だ。

発現:司りし心の神(オ モ イ カ ネ)

 △

黒の光の柱は,ただ一直線に下から上へと空を穿つ。
抜刀(ディースト)の重力制御と"精霊法(オモイカネ)" の発現は,ルリの重刺突撃"ダイブカノン"を遥かに越える,重力撃"グラビティー・ブラスト"として発動した。
それは違わず今にも爆発すると思われた巨大呪式爆弾を呑みこみ,今度こそ全て塵へと返す。
今度こそ,長いようで短い戦いの全てが,終わった。










山頂を掠める程度に放たれたそれは,幸運にも雪崩を誘発するような自体には陥らず事無きを得た。
その事に一番安心したのは,他の誰でもないルリ自身だっただろう事は想像に固くない。

事が終わってからへたり込んだ5人が村の宿へと帰ったのは,午後をかなり回った時刻だった。
予想通り村中が大騒ぎで,しかし事の詳細を知るのは実際に部外者のはずの5人だけで,まぁ説明して事を荒立てるのもどうか,と言う事で一切を黙っている事 にしたのは賢い選択だったといえるかもしれない。

翌日。
漸く街道が解放され,聖王国へ道が開けたと言う事もあって村の宿に止まっていた8人の客のうち6人は朝のうちに旅立つことになった。
老夫婦二人は,なぜか昨日に首都方向へと引き返したと言う。
笑いながら"孫の顔が見たくなった"とお婆さんが言っていたというが、どうにも腑に落ちないと言うのがルリを含む5人の意見だった。

この村に関する事件の詳細は,ルリによって聖王国側の知り合いと言う人物へ速達で郵送された。
恐らくすぐに何らかの打開策が組まれてこの一帯の安全は保障される事になるだろう,と楽観する。


 △


雪峠を抜けると,そこには広大な平原が広がっていた。
雪はもう見えず,ただ青々と草原が広がっている。どこまでも,どこまでも――。

峠を越えるまでの丸一日ほどを5人は共に進んできたが,聖王国首都"セントロード"へ向かう南への街道と,西へ向かう街道にぶつかった所でルリは足を止め た。

「…? どうしたの,ルリさん。」

この数日の間にかなり仲が良くなったマゼンダが言った。
その言葉にちょっと先を行っていた3人も足を止めて振りかえる。

「ここでお別れです,皆さん。」
「え,急になんでまた?」
「はい,私まっすぐセントロードへ向かうんじゃなくて,ちょっと知り合いの所にも行かなくちゃならない用事がありまして。そう言うわけでここでお別れで す」

突然の事にポカンとする4人だが,マゼンダはすぐさま立ち直って苦笑した。

「そっか,寂しくなるわね――。でもセントロードには来るんでしょ?」
「はい,思うところは沢山ありますけど,いずれまた会える日も来ると思います。」
「なら,良し。一足先に行ってるるから,ついたらちゃんとお姉さん達の所にちゃんと来るんだよ?」

その言い方に,ルリはにっこりと微笑んで見せた。

「はい,勿論」

と言う言葉と共に。

別れ際。
皆と握手を交わして,其々の道を進む。

 †

ルリはちょっと後ろを振り返ってみた。

北の厳しい山脈を。
遥か向こうの故郷を。
そこには――

消えざる炎の記憶。
大事なモノを奪っていった侵略者達。
自分では太刀打ちできない力の持ち主…恐怖の具現。

それらに背を向け,私は逃げ出した。
多くの犠牲を払って逃げている。

しかし――いずれ,必ず。

「仇は,取ります…」

ルリは,黒いローブをすっぽりとかぶり,顔も表情すらも見えない出で立ちで黙々と草原を歩く。
何時しかそこは,聖王国と言う名の大地になっていることも忘れて。












End




後書き

なんとなく。
ただなんとなくルリ主人公のファンタジックな物語が書いてみたいなーなんて思ったがきっかけで,まさかここまででかくなるとは思わなかったのが感想です。
しかも内容なんてないし(爆

てなわけで,久しく離れていたナデシコモノです。つってもホントにルリだけですが。
別にルリじゃなくてもいいんでは?と言う感想を持った方。貴方は――

まさに正しい(マテ

でもルリルリって後衛魔法使い系の印象が強くって,前衛のイメージないですもんね。だからそう言ったイメージを払拭するために(マテ)今回の作品と相成り ました(マテマテ
まぁ,本音を言っちゃえば――

女剣士って,かっこ良くない?(上がり口調

いや本音です。

では,そう言う事で暇つぶしssにでもなれば,と思ってます。
拙い作品ですが,楽しんでもらえばいいかなーなんて思ってます。
では,失礼しました。

05/02/27 written by サム


感想


これはまた、大物ファンタジー大作ですね。

ホクシンが居る事もほのめかしていますし…続けばナデキャラもっとでてくるのでしょうか?

今回も独自の世界観を構築されて、お話に深みを加えていますね。

女剣士ルリですか、クールな感じですね〜

そう言えば、ナデシコのCDで効いた限りではルリは不幸でなければいけないんだそうですが、ここでも見事に不幸であります♪(爆)

でも、特産品を食べあさるとは…おちゃめですな。

置物とかはどうするんだろうとちょっと気になったり。

注目すべき点は、そんな事 じゃないでしょう。

え? そうかな…

いいですか、私の戦い。今回 はそこがメインなんです。多数の必殺技を使って戦う美しい少女。それが今回の私です。

うわ、自分で言うか普通…

何か言いましたか?

いえ、めっそうも無い(フルフル)

最後の必殺技、グラビティブ ラストは、ナデシコにもからめていていい感じでしょう?

そうだね、サムさんは全体的に繊細な仕掛けをしてくるから、決まるよね。剣術と重力をからめてみたりとか。

でしょう、やはり、四流作家とは一味も二味も違います♪

ぐは! 結局最後はそれか〜!?

ぶっ飛ばされないだけましだ と思いなさい。

 

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