東北のとある山中。
午前9時をまわり、ふと見上げる山の空は霞懸かった曇り空。
少し、湿気を帯びてきているだろうか。

石段を一歩一歩古い草履で踏みしめ、確かめるように上る。
長い道のりだ。
しかし、住み始めてからもう何年も経つ。
石段を登る、という動作は体が自然と覚え、それはもう毎日の日課。
高度な文明圏から遠く人里離れたここへと移った理由は多々ある。
が、それももう気にならないほど、慣れてしまったこの静けさ。




たった二人での、静かな生活。
見上げた空は、薄く明かるいの曇り空。
ポツリと零した一言は、薄紅色の髪の貴女。

憂う金色の瞳は、虚空を眺め。




「雨、降りそう」










機動戦艦ナデシコ 特別企画投稿作品


季節を感じ、気付く想いと。



Written By サム







人目を避け、移り住んだのはもう何年前になるだろうか。
放逐されて久しい山寺を見つけ、"彼"と共に長い年月をかけて徐々に手を入れてきた。

無感だったあの頃を思い、手に持つ碗に新たに注ぐ。
一息に飲み、いっぱいに広がる甘酸っぱさと微かに喉を焼くアルコールが心地よい。

ふう。

一息。
まだ幼かった私を連れて、貴方は何を思ってたのか。


降り注ぐ霧のような細雨は、庭に植えた紫陽花を優しく包むように。
縁側の雨戸は開け放ち、雨戸から落ちる雫は、軒下の石畳を不定期に――しかし心地よい音と単調な調子で打つ。

ぴたん ぴちょん ぴたん・・・

着崩した淡い紅色の浴衣。
裾から覗く白磁の足。
だが、数年前の病的な白ではなく――それは瑞々しい、健康的な白。
微かに酔った彼女の頬は、その白を引き立てるかのような、僅かな赤みが差している。

酔っているのだろうか。
雨降る庭の紫陽花を、じっと見つめる金の双眸は若干虚ろの兆しを見せるが、

「ふふ」

吐息と共に零れる微笑。
それは、なんと名付ければ良い感情なのだろうか・・・?


普段は流している華麗な長髪を、今日は。
今日だけは、少々乱雑だけれど結い上げてみた。
首周り――項が涼しい。

二杯目を注ぎ、それをちびちびと飲むうちに。
少しずつ心の鼓動が早まるのを感じる。
加速するそれとは反対に、自分の周りに流れる時が遅延している錯覚を覚えた。

どくん どくん どくん・・・

天気は変わらず、未だ雨。
包み込むような、煙るような雨。
変わらず咲誇る、赤と蒼の紫陽花。

体を木の支柱に預けた。
酔ってる、と自覚しながらも・・・三杯目を注ぎ、


「飲みすぎないようにな、ラピス」

懸かる声に、鼓動が1段階。
そのペースを上げた。


 ◇


縁側に出た俺が見たのは、微かに酔った様子の少女――ではないか。そう、大切な存在。
とても口に出しては言えないけれど。
ここに越してから数年。
ここ最近は少女とも大人の女性とも言えない・・・そんな曖昧な境界線の上で成長する彼女に、どういった態度を取ればいいのか考えあぐねているのが実情で。
口に出すことのできない感情ばかりが先行きし、俺を僅かに――でも、確実に狂わせて行くのが解る。

着崩した浴衣。
珍しく結い上げてる髪。
ほっそりとした首筋・・・普段見ることのない、うなじ。

先ほどから僅かに飲んでいるアルコールのせいだろうか、微かに赤みがさす白磁の肌は、以前とは違って健康的なもので。
時折吐くため息に、女性の艶を感じてしまう。

おかしい。
鼓動が早まって行くのを、感じる。


「飲み過ぎないようにな、ラピス」

ずっと見ていたい気がしたのも事実だけれど、そう声をかけた。
でなければ、ますますおかしくなっていく自分がどういった行動を取ったのか。
何故か予測できない。

彼女はゆっくりと顔を上げて、視線を巡らし。
ぴたりと視線が合ってから、数瞬の間を置いて。

不意打ちのように、満面の笑みを浮かべた。

「――――、」

どくん

強く鼓動が鳴る。
息を呑んだ自分を強く感じ、動揺する心が、更なる感情の揺れを呼び起こす。

混乱しつつある思考。
困惑しつつある心境。

精神は行き場のない感情を持て余し、出口を求めて全方向に作用する。


――でも、もうナノマシンが光ることはない。


 ◇


驚いたような表情を浮かべる愛しの貴方は、何故か頬が赤くなっていく様子を私に見せて。
微笑ましいそんな様相に、私――貴方のラピスは手を差し伸べる。

一体、今私はどんな貌をしているのだろうか――?

紺の浴衣。
暗色が似合うアキトではあるけれど、昔感じた狂気ではなく。
今は静かに落ち着いている。
心も、体も。

差し伸べた手を握られて、嬉しくなった私は(アキト)を引っ張って隣へ座らせた。
無言で座った彼だけれど、ぴったりと寄り添い。
布越しに触れ合う部分から伝い合う体温がとても心地よい。

何時しか、寄りかかっていた支柱から背を離して。
彼の方へと私を預けた・・・。


 ◇


甘えるように寄りかかってきたラピスは、もう昔の少女ではないことを感じる。
それとも、この霧のような煙る雨がそう錯覚させているのだろうか・・・?

交感する体温と、錯覚かもしれないこの心地よさ。
感情のリンク(切ない錯覚)
掴みあぐねているこの想い。
共にここで暮らしてきたパートナー。
共に在ることを許容して、さらに" して"くれる、ラピス。

あったかい。
伝わる、感覚。
もっと、欲しい。

この体温と。
この想いの答えを望む。
強く、想う。


 ◇


二人の間に言葉はなく。
ただ、縁側に二人して並んですわり・・・女は男へ寄り添うように。
男は女を支えるように。
そんな自然で不自然な、心地よくて息苦しい感情を、なんと表現すればいいのか。

考えることが答えではなく。
それは――

ただ、降り注ぐ雨だけが許容する、一時のユメなのだろうか――?


 ◇


長い沈黙の後、アキトはふと肩に頭を寄せるラピスの顔を覗いた。

眠っている。
慣れないアルコールに酔ったのだろうか。
木の縁側。
支柱の前に置かれた二つの茶碗(・・・・・)と、梅の果実が沈む焼酎の瓶――梅酒を見つけて。
この娘の気遣いと、その微笑みながら眠る彼女への想い。

・・・すぅ、すぅと言う可愛らしい寝息を肩で感じたアキトは、不意に――愛しさに気付いた。

彼女の顔に近づけた手は・・・一房、頬にかかる薄紅の髪を払い、頬を撫で。
目を細め、僅かに苦笑。

答えはすぐ目の前にあった。
ただ、過ごした時間が長かったせいか・・・それとも自分が鈍感なせいか。
こんなにも愛しいヒトのこと(存在)に気付けないとは、と。

ただ、そんな自分が可笑しく。
一度気付いた感情の歯止めは、なかなか効かない事にも諦めの笑いを提供し。

「ラピス。」

優しく揺すり、もう一度。

「ラピス・・・ラピス」

呟くその名前に籠める想いは、口にするたびに強く。
ゆっくりと優しく、その髪を梳きながら、目が覚めるまで続けた。


 ◇



やがてゆっくりと瞳を開いた彼女(ラピス)は、傍で微笑む(ア キト)に微笑み返し。
頬に添えられた左手の意味を悟った彼女は、近づく彼を感じながら瞳を閉じて―――



重なる二人を見守るものは、縁側に残された対の茶碗と芳醇な梅酒。
そして。
未だ止むことなく降り注ぐ、季節の変わり目を告げる優しく包み込むような・・・

そんな、六月の雨だけだった。



END





後書き

お久しぶりの投稿です。
皆さんこんにちは初めまして。放浪のサムです。
お題が決まったようなので、一筆したためてみた次第ですがいかがでしょうか?
最近ラピスキーな自分なので超・らぶらぶ(死語)アキラピを書けて自分的には超・満足なんですが(マテ
まぁお題にラヴ要素は入ってなかったけど、ナデシコはカップリングですし。
広い心で許容していただければ幸いです。
ちなみに、2時間で書いた短編なので・・・完成度的にはなんとも言えないですなorz

梅雨が過ぎれば夏。
はてさて長編はむずいけど、短編だったら何とか書けるっぽいきがするので、お題が出たらなるべく参加できたらいいななんて思いつつ。
失礼しましたー。

2006/05/09 11:00



感想

サムさん200万HIT記念作品ありがとうございます!

サムさんは最近メッセにご参加頂くようになりましたので、ここではお久しぶりと言っておきます(爆)

SSの方は確かにお久しぶりですね〜でも最近は精力的に活動されている様子。

応援しております♪

さて、今回は梅雨と酒と言う事で、アキトとラピスと温泉旅館といった感じでしょうか?

いやいや、実際は隠れ家なんでしょうけど、ラピスが酒を飲んで浴衣を着崩すって聞くとつい(爆)

しかし、アキラピのカップリングでは普通アキトの父性愛とラピスの恋愛感と言った感じになる為、殆ど呑んでいると言う事を見かけません。

呑む場合も、大抵はアキトのヤケ酒に付き合っていると言う感じのしかないですしね。

そういう意味でも貴重な作品です♪



 

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