「はぁ」

ため息ひとつ。
世の中のままなら無さを実感しつつ・・・それゆえにどうにもならない状況をどうにもできないまま,ここ数年を過ごしてきた。
状況打破の為の契機すら掴むことが出来ず,感じていた焦燥感はすでに諦観のそれへと変化している。

「・・・はぁ」

ため息をもう一度。
やるせなさが・・・胸を締め付けるが,しかし。

恐らく自分でも理解しているのだろう。
だが,感情がソレを認めない。
いや・・・可能性という名の希望を――すがりつく為の寄り代を,みみっちくも手放したくないのだ。

なんて,浅ましい私。

四方八方手を伸ばし。
当ても無く情報の海を彷徨い。
もう戻れないあの過去の幸せを求めて。

自分の前でハッキリと別れを告げたあのヒトの,悲しい背中を思い出すと――


「諦められるわけ――ないじゃない」


険しい瞳と,キっと唇を噛み締めたのは,大人になった星野ルリだった。










機動戦艦ナデシコ 二次創作


on the spur of the moment

written by サム










◆ skd;ajfiojhtjkrw;lscuspioghmjerbtrau@osdjifalpk: \\savefile\22040422\tue\\gogothisway\ ◆ 





人類の展開できる最大規模の戦争行動――通称"蜥蜴戦争"からすでに8年の月日が流れていた。
時間の経過は全てを過去という名へ変化させ,過ぎたこととしてカテゴライズする。
そういったシステムを人間は"歴史"とよび,取り戻せぬ過去を悼みながら,止まる事の無い"時間"という無慈悲な流れのなかに身をゆだね続ける。
"歴史"というシステムは,いわば自分たちが存在したという事を証明する為の自叙伝に過ぎないが,圧倒的な"流れ"のなかでそれは,最大の慰めとなり人類 を支え続ける。

歴史。
ヒトの作り出したアイデンティティ崩壊を食い止めるの最大級のシステム。
しかし,ソレによって救われるのは死んだものたちであり――
生きるものたちにとってのソレは,背負わされた消せない業そのものに過ぎない。

大きな動乱を駆け抜けたもの達の歴史。
それは,彼らに付けられた消せない傷そのものでもあるからだ――。






◆ 傷。それは身体的なものであり,そして―― ◆




突然呼び出しを食らったアキトは,さしたる疑問も無くそこへと向かった。
ここ数週間なかったその"呼び出し"とは,彼が生きる上で欠かせない行動要因のひとつ。

仕事だ。
人間は社会に属している以上そこに奉仕せねばならない義務を背負っている。
そうしてヒトはそのコミュニティの中で通用する通貨を得,対価を払いモノを入手しながら生きる。
それが社会の鉄則で,過去から続く人生の体現ともいえるかもしれない。

さて置き,天河アキトのお仕事といえば・・・それは社会の暗部に属する事柄が多い。
地球圏でも有数の企業,ネルガル重工グループの会長,暁ナガレと個人的な付き合いがあるからだ。
――とはいっても,個人的なつながりがある,と感じているのは当の本人――アキトだけ,という可能性も無くは無いが。

ともかく彼,アカツキは無茶な"お願い"を頼んでくることが多い。
やれ秘匿研究所の情報を奪取して来いだの,やれ外宇宙小惑星群にどこそこの秘密基地が建設されてる可能性があるからちょこっと行って確かめてきて,だの と。

労働基準法?なにそれ。

といった感じで軽く超過するような無理難題を吹っかけてくるわけだ。
応じてしまう彼も彼だが。
何時もの事と言えばそれまでだが,アキトは今回もそれ系統の呼び出しだと思っていた。

アカツキナガレと天河アキトの関係――それは友人ではない。
無論会社の序列も当てはまらない。
アカツキ氏自身は

「ん? あぁ天河君との関係ねェ。親友とか言った深い間柄じゃないね。ビジネス上の非常にクールなものだと思ってるけど?」

と言うが,彼の天河氏に対する態度は真っ向から裏切る形になる。
・・・"あの夏までの3年間"と言うその期間で起こった状況下では聊か仕方が無かったともいえるが。

過去の天河アキトを知っているものならば,彼のみに起こった事件――その真相を知りえたならば。
同情や憐憫などと言う感情が沸き起こる以前に怒りに支配されただろう。

怒りとは原動力だ。
人間を行動させるのに手っ取り早い強い感情とも言える。
ともに戦争を生き延びた戦友ともなれば,それはどんな損得を抜きにしても・・・協力しようと思うようになるのは当然だ。

事実,アカツキやエリナ・ウォンといった実質上のネルガル重工グループのトップ陣営はアキトを最大限バックアップした。
無論メリットデメリットの計上は行ったうえで,だ。
彼が望む行動は,ネルガルの利益にも十分繋がると判断してのコトで,もし利益が無かったとしても――恐らく出来る限りの協力体制の用意はあったのだろう が。


総合すれば,アキトはネルガル重工グループ・・・ではなくアカツキ達"戦友"に対して多大な借りがあるということになる。
それ故に,アキトはアカツキの"頼み"を断ることはないし,アカツキ自身もそれは理解したうえで・・・"利用していることにならない"レベルの"頼みごと "をアキトに話しているわけだ。



◆/////////////////////////////////////////◆



「やぁ天河くん久しぶり。ラピスくんは元気かい?」
「ああ。」

何時もの挨拶のを交わすと,アキトは備え付けのソファにどっかりと座った。
アカツキは物憂げな顔で対面に座ると,早速本題を切り出す。

「さて,今日君を呼び出したのは他でもない。以前から問題視してたことがちょっと進展してしまってね」
「ん?」

ひざに肘をつけ,組んだ両手に顎を乗せ――屈んだ状態で言い辛そうに。

「問題ってなんだ?」

アキトの言葉にアカツキは視線を彷徨わせ,

「・・・ルリくん,のことなんだが。」
「・・・。」

二人とも視線をそらした。
理由は,無論心当たりがありすぎる。


あの最後の戦いからすでに数年がたっている。
色々な過去を思い出と言うカテゴリに分類し,"現在"からその時を懐かしむ――もしくは悲しみと共に思いだせるようになるには十分な時間だ。

そう,ヒトは過去を作る。
過去にしてしまう。

だからこそ,前へと進むことが出来るのだ。
しかし,

「まだ,俺を探しているのか・・・?」
「いや」

アカツキの即答・断言に,アキトは思わず目をきょとんとさせた。
視線で問うが,アカツキはあらぬ方向を見ながら,言いづらそうに。

「一昨日のことだ。うちと極東軍で内々の夜食会が設けられてね。・・・何と言うか,ウチから軍に"これからもよろしくお願いします"とか、軍の"いえいえ こちらこそ"的な意味だと思っててね。」

それはそうだ。
軍と軍需産業は持ちつ持たれつの間柄。
その組織同士がより親交を深める為のパーティを行うことは・・・まぁ違法ではないだろう。
・・・裏取引の談合とかが設けられていなければ。

「それとルリちゃんと,何が関係しているんだ?」
「それなんだ。いや,僕はもうどうしたら良いか・・・」

疲労困憊といった様子になってしまったアカツキは,どかっとソファの背もたれに寄りかかって左手で両目を覆った。

「申し込まれちゃった。」
「何を?」

困惑した瞳をアキトに向けて,アカツキは。

「ルリくんから,縁談を」





 ◆  dkas;fgnjqioaeeja;jn;phudfjkoosufrhnawuo;wl3rhop\\ fakefile\savememoryofmy\fate\ ◆




そこそこに豪華なディナー。
出席者は極東方面軍のおなじみの顔ぶれ。アカツキは何の疑問も無く今までと同じような晩餐会と思って出席していた。

彼がこの様な社交の場に出ると言うこと,それ自体がもう仕事のようなもの。
立ち代り挨拶を交わし,要人との機密情報のやり取りをする。
本当ならば気楽には行えないこの様なことは,極東方面軍が馴染みの間柄である,秘密を共有するもの達であるということを考えると,アカツキの態度は普段よ りも3割は気を抜いていた事は事実だ。

「こんばんは,アカツキさん。楽しんでいらっしゃいますか?」

そう声を掛けてきたのは一際美しい女性――星野ルリ中佐だ。
連合宇宙軍極東方面軍の中でも一番優秀な人材で,現在ナデシコDの特別顧問をしている。
23歳と言う最年少で中佐へと駆け上がった逸材で,彼女の能力は時代の転換期である,あの戦争を発端に世の中に知れ渡っていた。

なにより,アカツキにとっては顔馴染みで戦友で,そして彼女に対する態度は昔から一貫して変えていない。
美しい女性になる,と言う予感はしてはいた。
しかし,アカツキナガレの星野ルリに対する感情は,大事な妹のようなもの――であることは,ナデシコクルーならば納得はしないかもしれないが,そうかも な、といった認識くらいは持ってくれるだろう。

その美貌にちょっとドキリとしたアカツキだったが,表面上には一切同様も見せず答えた。

「やぁルリくん。ますます綺麗になってるみたいだね」
「あらやだ,お上手ですね」

ころころ,と上品に笑うその姿からは,無口で愛想の少なかったあの少女を連想するのは少し難しいかもしれない。
はてさて,何の用だろう?

「いやいや,これは僕の本心。」
「・・・そういうことにして置きます。」

にこにこと笑みを絶やさないルリに多少違和感を覚えながらも,その時点でアカツキはルリの思考が読めていた。
つもりだった。

「で? 今夜はどうしたんだい? なにか用があってこちらに来たのだと思うんだが」
「・・・はい。実は折り入って相談したいことが」

髪を左側にだけまとめた銀のサイドテールがサラリと揺れる。
ちょっと髪を梳いて,

「私,この数年"あの人"をずっと探してきました。」

やはりそれか,と納得する。
ルリの言う"あの人"とは,光の届かない"場所"に篭ってしまった友人Aの事をさしているはずだ。

「・・・どれだけ探しても,何年かけても。・・・私には手がかりを掴むことは出来ませんでした。」

そういう風に操作しているから当然だ。
加えて言うならば――Aは"記録に残らないような行動をとっている"から,痕跡すら掴めないのはしょうがないことではある。

「・・・恐らく,認めがたいことなんですけど・・・私には探し出せないんだと思います。」

肩を強張らせて覚悟の言葉を彼女は言った。
自分には,無理だと。

「あれから,ほんとに何年たったんでしょう・・・姿も,声も。あの人は確かにいたのに,ほんとに居たのか・・・私の妄想だったんじゃないか,そんな風に思 えてきちゃいます」

笑っちゃいますよね,と自嘲した。
掛ける言葉も見つからない。居た堪れなさがアカツキを苛む。

「でも確かにあの人は居ました。交わした言葉も,あの頃の暮らしも。全部覚えてます・・・だからつらい。だから悲しい。いっそ」

一瞬だけ伏せた顔。
そこから漏れ出た呟きは



―――全部忘れられたら,楽になれるのに。


「ルリく「私,疲れたんです。」・・・。」

呟きに対してアカツキは思わず手を伸ばした。
その手をルリは優しく掴んで。

「アカツキさん・・・いえ,ナガレさん。私・・・」

とさ、と軽い衝突。
目を見開いた。

「ちょっとま」

アカツキの胸の中に,ルリが。

「疲れたんです。もうイヤなんです・・・!」

アカツキの背に回された手の力が,強く。


強く,アカツキナガレを抱きしめる。






「・・・私を,






 慰めてくれませんか・・・?」
 
 




 ◆ 硬いもの程,脆いものだ。 ◆






ガタン、と立ち上がったアキトの形相は,

「ちょ、ちょっとまった天河くん! 僕はルリ君には手ぇ出してないってマジで!」

慌ててぶんぶんと両手を交差して思い切り否定した。
寸前で止まったアキトを確認してから,苦い顔で続ける。

「ルリ君には肩を抱いて部屋へ・・・なんて出来ないよ。いや,非常にもったいないとは思うけど。」
「で。それでどうして縁談になるんだ」

心なしか口調が早い。上に鋭さを増している気がする。
アカツキは口もとを引きつらせつつ,

「コウイチロウ氏だよ。あの人がいつの間にかあの場に出てきてて,『仲睦まじい様子見せちゃってこのこの!』とかなんとか。酒入ってたし・・・。その場の 勢いで結婚したらどうだとかなんだとかそんな流れになって,」
「なんで断らなかったんだ?」
「そんな暇あるか! それにルリ君ももう立派な大人だ,あの場でもし僕がきっぱりと断りを入れていたらどうなってたと思う?」


はああああああぁぁあ。


特大の溜息を吐いてアキトはソファに身を沈めた。

「ルリくんに大恥をかかせることになる。知ってはいると思うが,ルリ君だって"お偉方"の一人なんだ。こーいう事は軽々しくその場で即決するもんじゃない し。例え宴の席だったとしても、ね。」

一通りの状況を説明し終えたアカツキは,こちらも長々と溜息を吐いてタイを緩めた。
沈黙の支配するなか,二人の男は備え付けの紅茶を飲み。


「アカツキ。お前,どうするつもりだ?」
「・・・うん。とりあえずルリくんの精神状態を考えて・・・恐らく一過性のものだとは思うだけれど・・・」

ジト目でアキトをにらんだ。

「天河君。元はといえば君のせいなんだが。ルリ君があそこまで切羽詰ったのは。」
「・・・それは,しかし」

アキトは俯き目をそらす。
が,その態度を気に食わなかったのか、アカツキは。

「大体,君が周りを不幸にするだって? は。 なら僕らは? ラピス君は? ルリ君だけ仲間はずれにしてさ。僕は君の希望を聞いてはいるけど・・・正直あんなルリ君を見るくらいだったら君の居場所を素直に教えてあげておけばよかっ たと思うくらいさ。」
「・・・」

答えないアキトに。

「ハッキリしたまえ天河君。なぜ君は,ルリ君を意図的に遠ざけようとする?」



 ◆ 好意/嫌悪 ◆



「なぜ君は,ルリ君を意図的に遠ざけようとする?」

当然の問いだ。
何時かは聞かれるだろうと思っていたが,今の今まではぐらかしていたその答え。

"天河アキトは死んだ"

俺はルリちゃんにそう告げた。
そう,あの言葉に偽りはない。天河アキト――"星野ルリの知る天河アキト"は確かに死んだ。
憎き"火星の後継者"に拉致されたあの時に。

結論を言おう。
俺の肉体は生かされた。が,それ以外の部分が欠損してしまった。
そして刻み込まれた。真の絶望を。

この,魂に。


――以前の俺,俺の記憶の残骸に引っかかってる俺。
取り戻せない,過去の俺。

可能性を信じれるあの頃。
夢を追って走れたあの頃。
愛する者を守れると信じてた,あの頃。

それら全てが砂上の楼閣だと知ってしまった,あの後。

夢も。
希望も。
愛すらも・・・神聖な誓いも。


力なき自分では,何一つ出来なかった。
そして,天河アキトの魂は――死んだ。

ルリの追い求める俺。
それは過去の俺で,彼女の記憶の中の俺と今現在この世界に存在する"天河アキトの残骸"は違う。

可能ならば再び共に生きると言う希望。
どれほど俺はそれを渇望しただろうか。

あのときには既に手遅れだった。

あの時。
あの墓地で,交わしたあの言葉こそ・・・真実俺の感じた率直な事実だったんだ。

"君の知ってる天河アキトは死んだ。"
"彼の生きた証,受け取って欲しい"

別に格好付けてたわけじゃない。
意地を張ってたわけでもない。
守れなかった誰かに対しての,言い訳をしてたわけじゃない。

徹頭徹尾,それは真実。
天河アキトは,もう居なかったんだ。・・・星野ルリの求めた,君の夢は。

家族は。


あれからもう何年も経つ。
今はもう,居ない事が当たり前の生活になったと・・・そう信じていたのに。


 ◆ これからの。◆


「答えたまえ天河君・・・返答しだいでは僕にも考えがあるぞ?」
「答えるも何もない。天河アキトは死んだ。ルリちゃんの求める天河アキトはもう居ない・・・何処にもな。」

苛々,とアカツキは鋭さを増した口調で続ける。

「君はそれで良いかもしれない。だがいまだに君の事を探し続けている彼女はどうなる!?」
「それは――」

口篭るアキトを手で制する。
この手の問答は過去幾度も行ってきたものだ,定型句を聞くつもりはアカツキにはさらさら無かった。

「君が彼女に会うべきだ。それ以外の解決方法はない・・・判っているんだろう?」
「・・・」

アキトは立ち上がり,扉へ向かう。
これ以上は無意味だ,とでも言う様に。

「逃げるのか天河アキト! まだ話は,」
「もう話すことは無い。」
「・・・ならルリ君は貰うぞ」

ぴたり,とアキトの足が止まった。
ゆっくりと言葉を紡ぐ。

「なんだ、と?」
「ルリ君との縁談を受ける,と言っているんだ。・・・彼女には支えが必要だ。いつまでも過去に囚われすぎるのはよくない・・・彼女はまだこれから先があ る。なにより,若い女性が悲しみ続けているのを見るのは耐えれない。」

沈黙が場を包み,アキトは。

「・・・彼女を愛せるのか?」
「今彼女に必要なのは僕の愛じゃない。・・・彼女の傍で彼女を支えることの出来る誰か,だ。」

アカツキも立ち上がり,アキトに対峙する。

「――僕と彼女の問題だ。君が口出しすることではなかったね」
「――!」

デスクに向かい,アカツキは一言。

「――無駄な時間だった。もう話はないよ,下がってくれ」

仕事が忙しいからね,と付け加えて退出を促した。
アキトには,それに従うことくらいしか出来なかった。


◆cg:adshjrawnl;kcjhsgf@onjks[*@qw2
 [wplsd]:@cla;flhda@lkhormlawmrgikja[@cpvl;f.awev
 [@r@hjjid;asweiojr]a@pg
 [opj]opkjodjfaskjnriebhwrp9euihsd@ghijjopi9w)gl,elaw:;l,\\fakefile\save \voicememoryofparking\\ ◆



ごめんなさい、ごめんなさい。

決めた以上進むしかない。
道は常に前にしかなく,未知は常に先にしかない。

どうしても,自分の未来を思うように描くことは出来ない気がしてならなかった。

疲れた。

本当に つかれた

毎日毎日,ただ過去の幻影を追って思考を巡らし・・・その思いは日々強くなるばかりだった。

手の届かない蜃気楼のような,実体の無い幻影を探す――そんな徒労ばかりを繰り返し続けた日々。

止めよう,もう止めようと何度も思った。
もう届かない,と諦めている。
でも――

「諦めきれないじゃない・・・自分一人じゃ」

涙は頬を伝い枕に染込む。
溢れる感情のままに,ただ流れ落ちる。

ばか。
ばかばか。

自分はやはり子供のままだ。
もう戻れない過去ばかりを見て,現在を見ようとしない。いつまでも囚われたまま。
あの人の呪いに・・・。

死んだと思った。

常識的に考えれば――シャトルが爆発すれば生存の可能性は皆無だという事くらいわかる。
その悲しみを乗り越えるのに2年。
新しい場所を見つけ,馴染むのに1年。

ようやく落ち着いてきた矢先に――彼が亡霊となって現れた。

奇跡。
もう二度と会えないと納得していたあの人の影が,私を歩み続けさせる。

邂逅も果たした。
言葉も果たした。

"君の知ってる天河アキトは死んだ。"
"彼の生きた証,受け取って欲しい"

あのレシピは宝物だ。
そしてその意味も。
真実あの人が伝えたかった真意も,私は受け取った。

"君の知ってる天河アキトは死んだ" / "もう過去には戻れない"
"彼の生きた証,受け取って欲しい" / "その中に過去の俺が居る・・・彼をよろしく頼む"

「アキトさん・・・アキトさん・・・!」

ぐす、ぐすと止らない涙を拭い,溢れる感情のままルリは泣き叫んだ。


縁談が纏まりつつある日々。
"結婚"と言う言葉が,現実味を帯び始めていた。



 ◆ 感情 と 理性 と。 ◆


ここ数日,ラピスはアキトの元気がまったく無いことに気づいていた。
丸々一日中ボーっとソファに掛けていたり,時折長い長いため息を吐いたり。
アカツキに呼び出されたその日,帰ってきたときには無気力アキトの出来上がり状態だった為,何かあったんだろうなとは思ったけれど,あまり深く詮索するこ とはしなかった。
大体自分の悩みは自分で解決すべきなのだと,ラピスは何時も思っている。


買い物から帰ってきたラピスは,マンションのドアを開けて部屋に入った。

「う」

途端,酒気を帯びた空気がむあっと襲い掛かり,何事かとリビングへ駆け込むと。

「アキト・・・なにそのお酒の山は!?」
「・・・ん? あぁラピス。幸せか?そうかそうかー」
「ああもう」

ぐでんぐでんに酔っ払ったアキトの抱える焼酎を引ったくり,その反動でアキトはどさりと床に倒れた。
缶ビール,チューハイ,日本酒,洋酒。
こんなアキトの醜態は見たことが無い。
いったい何がこのアキトをここまで狂わせたんだろう・・・?

どこから片付けようかと思っていたラピスはとりあえずテーブルの上はを見て,そして深くため息をついた。
ツマミやゴミやらで散らかっているテーブル。
倒れた缶からアルコールが零れた状況。
寝苦しそうにしかめっ面で泥酔しているアキト。

ああもう!

「まずはゴミゴミ,机のゴミを・・・」

いっそ生ゴミにアキトを出そうかとも一瞬本気で考えかけたのだが,まぁ慈悲だ。止めておいてあげよう。

テーブルのゴミの山を可燃物不燃物に分けていると,

「ん?」

一通の招待状を見つけた。



◆dakdm;klghioran@dk
 [jl]@ldfka,sajlpuriojh;klhad
 asdgfsdopigjkdgojpuiothjwiog3jekqw;opedfisdi0jfhiophaijesnalkwjr\\ savefile\memoryofdistancelonglongago\


招待状は今さっき出し終えた。
式の日取りももう煮詰まり,予定もそれに合せて組まれている。
後戻りはもう出来ない。

物憂げな顔で,ルリは自室から見上げる月に思う。

(――もう,疲れたんです。・・・――。)

名前は極力思わないように。
一度暴走すると止ることの無いような勢いで涙が出てくるから。

自分に甘え,そして彼に甘え。
こんなにも成長していない自分,裏切りの女。

果たして許されるのだろうか。
でもそれすらも甘えに過ぎず・・・


 ◇


衣装合せが終わった。
純白のウェディングドレスを纏ったルリ君は,もう言葉では言い表せない位綺麗で可憐だった。

はにかむ表情が眩しく――しかしその反面,微かに漂う悲しみを感じる。
無理も無い。
この縁談は,それ自体が忘却促進剤のようなものなのだから。
そして僕は――アカツキナガレには,彼女が立ち直るまで傍に居ようと。そういう覚悟がある。

これからの日々,夫婦と言う枠の中で芽生える愛もあるだろうと,そう楽観もある。
ただ今は,運命に翻弄され続け・・・心の中で求め続けているだろう彼の影を少しでも薄める為に。
僕はこうしてここに居る。

「綺麗だよ」
「ありがとう・・・」

化粧を施したルリは,並ぶものは居ないという程の超越した神秘そのものだ。
しばし見詰め合い,互いに頬を染めて。
はは、ふふ と笑いあう。

「皆びっくりして声も出ないと思うよ,僕もすごくドキドキしてる」
「そんなこと・・・でも,ドレスって良いですね。」

くるりと右回りに一回転。
ドレスの裾がふんわりと膨らみ,まるで華がその蕾を開いたかのような――

「うん,すごく似合ってる。」

もう一度繰り返したアカツキの言葉に、ルリはにっこりと微笑み返して「着替えてきますね」といって更衣室へ向かった。
待ってる,と右手を振りつつ彼女が向こうに去ったことを確認して,

「天河君・・・ばかやろう」

拳を握った。


 ◆ 本心/本音 ◆


「で。」

ラピスはアキトの目の前で,怒りに燃えた目で睨みつけている。

「アンタは何してるの?こんなとこで。酒飲んで。バカ?アンタバカ?」
「・・・」

答えないアキトにラピスは思いっきりため息をついた。

「小学生かアンタは。」
「・・・」

ますます目をそらすアキトに苛々しながら,

「それだけ! 後悔してるくせに! 何もしないで引き篭もった挙句酒まで飲んで! バカっていわずになんていえばいいの!?」
「・・・ルリちゃんが決めたことだ・・・」

ばっちーんっ

ラピスの平手がアキトの頬を強襲した。

「決める温床を作ったのは,アキトでしょうが!」
「俺は「私は! 今のアキトしか知らない・・・」・・・」

真正面から力強く訴えるラピスの目を,ようやく正面から見て。

「アキトが居なくなって,そしていきなり帰ってきたら,もう離さないって私だって思う。例えそれまでとは違っても。」
「だが,」

ラピスはアキトの両肩を掴んで。

「求める影は昔のものかもしれない。でも,一緒に居ることが出来るなら・・・新しい貴方を見つける事だって出来る。人は人に過去を求めてるんじゃな い・・・未来を見てるんだよ」
「・・・・・!」

アキトははっと目を覚ましたような感覚を覚えた。

「共に居たいと願う人と生きれること。なんて言うか知ってる?」
「ラピス・・・?」

その言葉は,しかし・・・

「幸せって言うの。」
「―――!」

ラピスはぎゅっとアキトの肩を握り。

「私は,アキトと居れて幸せ。ならこの人は? こんなにもアキトを想ってるのに。会いに来てくれないから,待ち続けているのに。貴方は――応えないの?」
「でも,もう・・・!」

苦しそうに"もう遅い"と、顔を伏せ――
胸倉を掴まれて強制的に顔を上げさせられた。

「攫ってでも! 無理やりにでも連れてって! 話してきなさい!」

アキトは ぐ,と唇を噛み締めて。

「だが俺は。・・・それにもうアカツキとルリちゃんの問題だ。二人を裏切ることに・・・」
「アキト。勘違いしてる」

え,と視線を上げた。
強い視線のラピスを見上げ,

「アキトとルリの問題が解決されてないのに,アカツキの順番に上書きされるのは違う。・・・まだ間に合うよ」

アキトはラピスの手を優しく振りほどいた。
ありがとう、と言葉を残し奥の部屋へ。

ふうううう。

遣る瀬無い空虚な感覚がラピスを襲う。

何やってるんだろ私。
敵に塩送っちゃうカッコになっちゃった。

唇を尖らし,しばしその場に座り込む。

がちゃり,と奥の部屋から出てきたアキトは,

「行くの?」
「ああ。ありがとな,ラピス」

全身をあのマントで覆ったスタイルは,何時ものアキトだ。
ラピスの知る,天河アキトだ。

「いってらっしゃい」
「行ってくる。」

言葉と同時に,蒼い粒子に分解されたアキトは,その場から消え去った。



 ◆ 願い ◆


微かに息切れをしながら、アキトは疾走していた。
無闇に広い廊下を疾駆し,目的地へと向かう。

外。

式場内に設けられた教会,そのドアを

バァン!

蹴りあけた。


 ◆ kdj;asjh;grij;skldmasirelionjdvnicvhnua:odscjf\\surprizefile\oftheend \what'shappy?\\

左右両脇に20列ほど並べられた椅子。
いきなりの展開に驚いたのか,全ての注目が開いたドアの先――黒マントの不審者へと注がれており,

壇上の2人――神父を除いた――の様子は,そのお互いの手の指輪を交換する寸前で,

「っ・・・!」

アキトは疾走。
ものの3秒で壇上へと駆け上がり,驚きに目を見開くルリを一瞥してアカツキへ,

「すまん」
「ようやく来たか・・・招待状を送っといた甲斐があったってもんだね。・・・きっちり決着つけておきなよ?」

じゃないと,許さんよ?

本気の声でのつぶやき。
アキトは深くうなづき――

「すまない,遅くなった。」
「え,あの」

ルリの強く腕を掴み,引き寄せ。
アキトはその腕ですっぽりとルリを抱え上げて,

純白のドレスのルリを,漆黒の不審者が攫う構図。
アカツキはヤレヤレ,と両手を降参のポーズに挙げて,
見守っていた参列者たちが驚きの声をあげる前に。

「――。」

アキトの口が簡素に動き,直前に動作したフィールド発生装置に包まれた二人は,蒼い粒子に分解されて消え去った。

























 ◇


























「ばか。ばぁか」
「ああ。」
「ほんと,バカです。自分のことしか考えないで。残った人の気持ち,考えたことありますか?」
「無いかもしれない、な」
「だから貴方はバカだって言うんです。」
「ごめんな」


それはどこかの草原。
座り込んだ二人は,虹色の不可思議な模様に揺れる夕日を見上げながら,黒い影と白い影は離れることなく。
アキトの腕の中にすっぽりと抱かれたルリは,その腕を離すことなく。

「どうして来たんですか?」
「分からない。」
「お酒,飲んだんですか?」
「・・・すこし、な」
「口調,変わったんですね」
「言ったろ? 君の知ってる天河アキトは――」

「「死んだ。」」

ルリは頷き,でも,と続ける。

「貴方はこうして,生きてます・・・それで。それだけで私は――」

言葉にならない感情は,涙と,そしてルリの幸せそうな表情が全てを物語っていた。

アキトは優しくルリの頭を撫でる。
ゆっくりと,心を込めて。

「わがままでゴメンな」
「良いんです。」
「欲張りでごめんな」
「許してあげます」
「・・・簡単に許さないでくれ」
「じゃぁひとつだけ,お願いを聞いてください」

腕の中のルリに頷き,その可憐な唇に耳を寄せ。







「幸せを,私に教えてください」









 ◇ dka;ewkon@0jhiokdmasjnfd3ewiqg:ioehfksadjcnsvjfk;vtrnioertaopsdkf, mejqnpwie;jUDHYu9\\allsave\storytheend\ ◇





後書き

こんにちは,サムです。
さてまた意味不明なssを書きました。
色々投げっぱなしな感じですが。何時ものことですが,脳内補完よろしくですハイ。

>今回のテーマ
今回のテーマはですね,ちょっと原点回帰であれです。

「君の知ってる天河アキトは死んだ。彼の生きた証――受け取って欲しい」

の真意を考察してみよーコーナーって事で。
なってないかもですが。orz

何にしてもですが,一度言葉にしてしまうと伝達の上で自分の篭めた意味と相手の捕らえた意味に齟齬が生じます。
純粋に情報量の減衰が原因だと想いますが。思考内容と伝達媒体には純粋にロスがありますし。

人は思った以上に言葉に感情を込めれません。

そこで思考するわけですね。
ここにおいて"言葉を発した相手の真意"はまったく完全に伝わらなくなる訳ですが、そこはまぁシステム上しょうがない事として。
ともかく伝達された言葉の意味・感情の残滓から推測を重ねるわけです。そして近い意味を見出す。これが人間のコミュニケーション手段の一般的なシステムと することにして。

さて。
劇ナデアフター,逆行によくあるこのセリフ。
繰り返すだけで明確な理由を述べるシーンは極稀です。
さて考えてみましょう――"君の知っている天河アキトは死んだ" だから追ってくるな、と。
では,なぜ"君の知っている天河アキトは死んだ"から,後を追って来てはならないのか?

大抵の答えは"俺が傍に居ることで君達を不幸にする"が主流ですが,これは×だと思います。
言い切るのもアレですがね。僕はそう思ってるだけなので。

僕なりの答えは,本文中では深く掘り下げはしなかったですが,こうです。

"現在と過去のギャップによって,自分も君達も深く傷ついてしまうのではないか?"という,アキトの臆病な心が,優しい拒絶を提示したのではないかと。
まぁそう思うわけなんですね。
そこら辺をちょこちょこっと書いてみた次第です。


――ほんとは,アカツキとアキトのB○だったはずなんですが。ね。座談会の皆様方。
蛇足ですが,久々にアキト×ルリっぽく纏まりました。
本文中ラスト以降は,ご想像にお任せって事で。あと,謎記号の羅列は無意味なので深読みしないように(笑

ではまた。

06/06/02 10:45






 

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