その日は、別にどうと言うこともないただの日常だった。
強いて言えば、仕事も入っていないただの休日。
そんな だらだら とした安心感に包まれた朝は久しぶりで、ラピスはベッドの中でいつまでも寝ていたい気分だった。


今住んでいるマンションは、再入植が始まってから新たに開発の進んだ地区に建てられたもので――世間一般では高額な部類に入る。
ベッドタウンとして機能しているこの街では、だ。
立ち並ぶ高層マンション。
なだらかに整形された丘の上に、放射状に区画整理されて広がる住宅街。

喧騒とは無縁の休息の街。
あちこちに見える木々や芝生の植えられた広い公園は、昔から続いている緑化運動の流れを汲んでいるらしい。
最低限ベンチなどが据えられているだけで遊具などは全く見当たらないけれど、今を火星における第一次ベビーブームだとするなら、恐らく子供連れの家族が憩 いの場として多く訪れることは容易に想像できる。
一際外縁に近いこのマンションはそんな公園の一つのすぐ傍に立てられていて、ラピスはこの春よく子供連れの家族と何度もすれ違ったものだ。


・・・家族。
そして、新しい命。
子供たちの輝く笑顔が眩しく、とてもうらやましく思えた。


外は曇天。
昨夜から降り続いている雨は、この休息の街(ベッドタウン)を静寂でに包み込んでいる。

季節は秋。
もういつ降ってもおかしくない雪は、恐らく数日中には見える事だろう。


ここは火星。
人類の様々な思惑や想いの入り乱れる土地。

でも今は。
ラピスの故郷とも言える場所なのかもしれない。











Martian Successor Nadesico AnotherStory


"Grave yard"


Written By サム











「・・・あふ」

うーん、と背伸びして起き上がったラピスはそのままシャワールームに直行した。
健康的にはどうだかは余り知らないけれど、熱めのシャワーはまだ半分眠っている思考を覚ますのには最適だと思っているからだ。
せっかくの休日、ちょっとの自由時間でも勿体無いと感じてしまうのは職業病のせいだろうか。

・・・知らないけど。

シャワーを浴びてサッパリした後、ガウンを着たまま髪をブローし終えると適当に選んだ衣服を身に着ける。
友人に言わせればラピスは何を着ても似合うらしいが、もっと衣類やアクセサリー・・・いわゆるオシャレとか言うものにはもっと気をつけて欲しいとの事。
余り興味がないから良くは知らないけれど、最低限の化粧は覚えているし、普段から肌身離さない大切なアクセサリーくらい持っている。

外気は既に、いつ雪が降ってもおかしくないくらい寒い。
今日はロングスカートと、今日のような寒い日のために用意していた厚めのセーター。
そして、頭に小さな青い華をあしらったコサージュを着ける。

初めて貰った贈り物。
大切な、大事な想い出の欠片。
心の欠片の象徴。

贈られたときビックリするよりも嬉しくて、思わず零れてしまった涙の記憶は今でも鮮明に残っている。
仕事のない休日は必ずつけることにしている、私と言う証。

流石に、仕事のときは着けれないけど。

鏡を見ながら位置をちょっと直して、直した位置に満足する。
にっこりと鏡に笑って見せたラピスは、その笑顔に頷いた。

「よっし!」


 ◇



「おはよう、アキト」
「おはよう」

リビングで寛いでいるのは、長年の相棒にしてパートナーの天河アキト。
同居人というオプションもつけることが出来る。
出会いやこれまでの経緯は説明するには少し長い時間が必要だろうし、その時が来たら語ることもあるかもしれないから今は割愛させていただくことにし て・・・。


「ご飯、どうしようか」
「・・・軽く用意するか。俺、少し出かけなきゃいけないところがあるからな」

その言葉にラピスは つい と視線をアキトに向けた。
物問いた気なラピスの様子をアキトはすぐさま察したようだが、困ったように頭を掻いた。

「…野暮用だよ。すぐ終わる」
「…ふーん。ま、いいよ」

二人でキッチンに立つと、何時もの通りに朝食を作っていく。
冷蔵庫のなかから取り出した材料をラピスが調理し、アキトが皿に盛り付ける。
何時の間にかそんな分担が定着していて、偶にアキトがその腕を振るうこともあるけれど、それは本当に稀なこと。
手際よく作られた朝食を二人分運んで、ダイニングのテーブルで、

「「いただきます」」

この挨拶は、ラピスがアキトから教わったものだ。
日本の極東や、アキトの育った火星――ユートピアコロニーでは一般的だったらしい。
地球の欧米だと進行へのお祈りから始まるとも聞いた。

――木連もの挨拶も、いただきます、だったかな。


現在火星に入植している人間の大半は木星圏ガニメデ・カリスト・エウロパ及び多衛星国家間連合――木連のの民間人で、残りの半分のうち約10%が火星難民 だ。
純粋な元火星市民に至ってはほぼ残っていない。
・・・みんな先の戦争で死んでしまったらしい。
目の前で朝食を共に取っているアキトは、強いて言えばその生き残りともいえる。
数年前まで共に行動していたDr.イネス・フレサンジュも火星市民の生き残りだったはずだ。・・・複雑な関係は個人的なものだから省くとして。

火星難民というのは、火星(ここ)に居住権を持っている人間で、戦争直前に様々な事情で火星を 離れた幸運な人間のこと。
大半は地球生まれで、それぞれの都合で火星に移ってきたという履歴だけれど――中には火星生まれ、火星育ちと言う人々も居た。

・・・純粋な火星生まれの彼らの大半も、その後発覚したクーデターの前に誘拐されて死んでしまっていたのだけれど。



ラピスは傾いた思考を元に戻した。
目の前のアキトは食事を口に運ぶたびに、ゆっくりと咀嚼している。
その様子を見つめていると、アキトはきょとんとした様子でラピスを見返す。

「どうした?」
「おいしい? ご飯」

その問い掛けに、アキトは笑って「おいしい。また上手くなったな」と褒めた。
ただそれだけの言葉だったけれど、僅かに頬を赤らめて視線を彷徨わせたラピスは、

「うん、まぁ、ちょっと頑張ってるし」

そう呟く。
アキトから微笑の気配が伝わってきているのを感じて、思わず えへっ と笑えば、アキトも「そっか」と呟き――後はまた、穏やかな朝食の風景に戻った。
ちょっとだけ、他人より多く感じる幸せな時間に。


 ◇


戦争の終わった火星には、皮肉なことに戦前を上回る人間が結果として住むことになった。
無論、火星極冠遺跡の扱いに関する問題は残るものの、和解した地球連合と木連の最重要課題は既に様々な意味でパンク寸前の木連市民船の扱いだった。
端的に言うならば、その居住地区の問題。
地球に移り住める者達はそちらに移住することができたが、それだけでは問題は全く解決できない。
月や地球軌道上コロニーと言う候補も上げられたが、市民船団の方が遥かに大きく、そして根本的な問題を解決できないと言うことで却下された。


それから数年。
火星の後継者達によるクーデターを収拾した際、同時にある決断が下された。
地球・木連の取り決めとして両軍管轄のもと、極冠遺跡周辺域を厳重封鎖した上で火星全土の再開発を行うと言うもの。
既に判っている生体ボソンジャンパーのメカニズムのことを考えると早計ではないか、との意見が世論を席巻したけれど、その問題に関しては根本的な解決を見 込めることが出来ない、と言う見解で地球連合・木連両政府が一致した。
今後どのようになっていくかはまだまだ未知数であり、そうでなくとも危機に瀕している人々の権利を守るためには火星を開放するしかないことも事実。
英断と呼ばれるか、愚行と呼ばれるかは未来の人類に任せることにして、火星の再入植が再開された。

さらに数年後、火星の衛星フォボスに集結していた火星の後継者の残党を一掃した事で、ようやく戦争の一段落がついた形を取り。
火星に入植した元木連市民達や、連合・統合軍内の元木連組達への偏見めいた視線も薄まり始めたと言うことになる。

火星の再興には、地球木蓮両政府だけでなく、様々な民間企業からも支援されている。
また、再入植の始まった火星内で起業する人間が大勢現れ様々なニーズに対する供給の手段が模索されており、今火星は成長期にあるといっても良い。

市民船団数16の内約半数の7隻が火星に着陸。
その後、その市民船を核としての都市づくりから始まった。
僅か半年ほどで都市として機能することが可能になった後、開発公社のプランを採用しながらの火星開再発計画が発動した。

都市開発計画の暫定措置として、都市名をサイド1〜13までとし、先の市民船にサイド1−7で登録。
それらの殆どが火星赤道付近に位置していたため、残りのナンバーの都市は北半球と南半球に分かれて開発が進むことになった。

火星の再開発は、想定されていた速度を遥かに上回るスピードで行われた。
移住した人間の総数から、どんなに早くとも数年は掛かるだろうと思われていた工程を、僅か1年足らずで行えた事は、嬉しい誤算だったに違いない。

これには"ボソンジャンプ"が大きく関ってきている。
要は作業人員の確保なわけだが、ボソンジャンプによる惑星間移動方法が極めてシンプルになったことが上げられる。
無論、再開発が始まったばかりの頃はボソンジャンプに対する敷居は精神的にも物理的にも高かったものの、"ある企業"が民間で運用できるボソンジャンプ可 能の大型宇宙船を開発し始めたことから全てが始まった。
その"ある企業"は持ち前の強引な手法で破綻寸前だった"ヒサゴプラン"を復活させて、そのプロジェクトの手始めとしての火星航路を開いた。
次に、タイミングを見計らったように木星への航路をも通し、地球-火星-木星間のボソンジャンプ・ラインを確立してしまったのだ。

重要なのは木星航路だ。
資源としてほぼ無尽蔵の木星。
遺跡自体へのアクセスこそ禁止されているものの、資源採取に関しては国際条約(制定した)に触れなければ、油田開発と同じ要領で行える。
その需要の高さからか、地球から木星圏へ移住する者も少なくなく、また多くの木星圏の人間も地球や火星へ移る機会を得たことになる。
それとはまた別の観点から、多くの天文学者や物質工学者などを中心としたシンクタンクが木星に移ったのは余談だ。

資源は木星から火星へ。
人材は地球から火星へ。

こうして、火星は瞬く間にかつての姿を取り戻し、さらに成長して――今の姿になったと言うわけだ。



 ◇



――雨は降り続いている。

リビングの窓から見える外は、雨に煙る街並み。
気温のせいか、大気中の水の飽和点が低いために蒸発した分が霧となって、周囲の景観を薄く白く染め上げている。


食器を洗い終わったラピスがリビングに戻ってくると、アキトが外出の支度をしていた。
羽織っているコートは真っ黒で、昔アキトが着込んでいた対人戦闘用のマントを思い出させるもの。
ここ数年はこんな姿をしたことは――まぁ無かったわけではないけど、それでも"あの頃"を思い起こさせるような姿をとる時は、決まって何かアキトが厄介な 心の問題を抱えてるときだと言うことは、連れ添ってきた年月から容易に推測できる。

「・・・また物騒な格好なんかしちゃって。何処に行くの」
「危ないことはしない。…ちょっとな、なんて言うか・・・」

アキトは腕組みをして言葉を選んでいる。
その雰囲気自体特に何時もの穏やかさと変わらないものだったから、ラピスは"危ないことはしない"という言い訳がましいアキトの言葉を信用していた。

「行かなきゃならない所があるんだ」
「だから、どこに?」

考えに考えて最初の自分の疑問に答えるような回答を出さなかったアキトに、やはり何時ものアキトだ、とラピスは心理的な頭痛を堪えた。
素のアキトは結構お間抜けなのだ。
何か悩んでいるようなときは、その傾向が強まる事例が多い。

「そうだな・・・ラピスも一緒に行くか?」
「だから何処に。・・・まぁ行くか?って言うなら行くけど」

着けば判るだろ? と苦笑するアキトにラピスは少々不満を隠さなかったけど、それも良いかと思った。
もとよりこんなやり取りが日常茶飯事なわけで、アキトの意味不明なもったいぶった言い回しは嫌いじゃない。

それはきっと彼なりの心遣いとか、無意識のうちに取っている自分の心の防御だとか。
とても強い。
でも本質は優しい。・・・そして臆病。

そんなアキトが、ラピスは好きなのだから。


 ◇


寒くないようにしておいてくれ、との言葉でお揃いのコートに紺のニットキャップとマフラーを身に着けた。
ついでにアームウォーマーも。
ブーツを履いて駐車場まで降りると先に出ていたアキトが車を回していて、助手席に乗る。

「行くか」
「うん」

静かにエレカーが動き出した。


マンションから出た二人の乗るエレカーは、心なしか何時もよりも車の少ない中央線から郊外へと向かうコースを取る。
ラピスはなんだか不思議に思いつつも外の風景に目を向けていた。

都市から郊外へ。
少し外に出ただけで、火星と言う土地はその本来の姿を曝け出す。
ベッドタウンは都市部でも植林された地区が多く、静かで穏やかな景観をそこに住む人々に与えている。
都市内は最も開発の進んでいる部分で、それ以外のところ――都市周辺部分までは手が届いていないからそれも当然。
いずれはきっと周辺区域から都市間をつなぐパイプライン、そして火星全土へ向けてゆっくりと草木が根を伸ばしていくことになるはずだ。

だから今は、雨の降るちょっと寂しいその景観を眺めることしかラピスに出来ることはない。

郊外へ向かっていたエレカーは、そのまま速度制限解除の高速パイプラインに乗り込む。
初期の火星入植の頃から開発されていたもので、防砂・風ドームに覆われた旧各コロニーを結ぶ主要幹線だったと言う記憶を、ラピスはどうにか思い出した。
今は地球・木星両軍しか使用する用途は無いはずだが、一応そのための整備は完了しているとの話も知ってはいる。
原則として民間車両の通行も認められているものの、しかし――


「アキト、ここって通れるの?」
「ああ。しかるべき所に正当な理由で申請すればな。」
「ふーん・・・」


アキトが運転をオートに切り替えた。
この旧コロニー間を繋いでいた幹線道路は、制御コンピュータによる自動運転用の信号が発信されている。
現在火星で使われているエレカーにはオートモードが組み込まれていて、理論上事故の起こらないような機構が取られている。
もっとも、事故自体の数は減っているものの、完全になくなっているわけでもないが。

単調になった景観にラピスは目を前に向けた。
心なしかアキトの声が沈んでいる感じから察する、この先に待っているものについて多少の想像もつくというものだ。

過去。

今に続く、それ以前の記憶の場所。
北へ、北へと向かうこの進路は、恐らくアキトの――


何らかの過去に、違いない。


 ◇



――2時間後。

途中休憩を挟みながら到達した場所は、地球・木連両軍によって封鎖されているゲートだった。

アキトは誘導にしたがってエレカーを停止させ、「少し待っててくれ」とだけ言い残して降りていった。
銃を構えている兵士が一人ここに残るが、ラピスは大して怖いとは思わない。
軍といっても無作法な連中ではないし、火星の重要拠点の警備は選りすぐりの兵士で無ければ勤まらない。
当然、良識を兼ね備えている人間であることは大前提だし、それでなくともこの"火星"と言う土地は色々とデリケートな場所だ。
軍に関する何らかの問題が発生したとしたら、厳しい批判は免れない。

それを別としても、"アキトがここにいる"と言うただそれだけの事実が一番安心させてくれる要因なのだけれど。

待つこと数分。
近くの建物に入っていったアキトが戻ってきた。
特に争った形跡は無く、傍にいる兵士からも緊張は取れている感じがする。

――けど。

確かに緊張感は取れているけど、それとは別にの、感情が伺える・・・?

「お待たせ。」
「お帰り、アキト。それでどうするの?」

ラピスの質問に答える前に警備兵が近寄ってきたのを察して、アキトはエレカーの窓を開けた。
外の彼が話しかけてくる。

「お気をつけて。この先は天候が大分崩れてきているので・・・」
「判ってます。長居するつもりはないですし、すぐ戻りますよ」

と、彼はアキトの隣にのるラピスに気づいた。

「彼女も・・・?」

少し痛まし気にラピスを見る彼の視線に、ラピスは首をかしげた。
とりあえず会釈をしておくにとどめる。

「彼女は・・・違いますよ。でも一緒に見ておきたくてね」
「あぁ、なるほど・・・」

何かを勝手に察したのか、彼は少し微笑んでラピスに会釈を返した。

「では、今ゲートを開けるので。」
「色々すみません。また」

アキトの言葉に彼は敬礼で応えた後、エレカーから離れてどこかに合図を送る。
同時に封鎖されていた検問のゲートが開放されて、アキトはゆっくりとエレカーを進め無事に検問を通過した。


 ◇


北へ、北へ。

検問を抜けてから更に1時間ほど走っただろうか。
ずっと1本道だったドームに薄汚れた案内標識が見えてきた。その更に500mほど先だろうか?
左側に外部へと降りる支流が見えて、アキトは無言のままそちらに降りてゆく。

照明もついていない暗がりを、エレカーのライトだけが進行方向を照らしていた。


 §


料金を支払うためのゲートらしき残骸。
崩れかけたドームの隙間から覗く曇天。
時刻は15:34。
昼間だと言うのに、薄暗い。


料金所跡のゲートを抜けると、アキトはそのまま転回して"都市跡"郊外へ向かうコースを取った。


・・・火星の初期入植の頃に建設されたコロニーは、基本的に盆地に作られることが多かったと言う。
それは時折吹く暴風の影響を少なくするためとか、なにやら様々な理由があったらしい。


外周に沿ってエレカーを走らせ、徐々にその頂上を目指す。
"都市跡"の全容が、漸くラピスにも把握でき始めた。

その光景に息を呑む。
言葉も出ない・・・何一つ。


巨大な"何か"が、火星の大地を都市ごと貫いている。
壊滅した当時のまま、残ってしまった最初の犠牲。

「ユートピアコロニー。・・・俺の故郷だよ、ラピス」
「・・・」


 ◇



アキトはエレカーのトランクから花束を取り出して、崖の端からユートピアコロニーに向かって放り投げた。

ただそれだけの動作で、またラピスの近くに戻ってくる。
二人並んでその異様を眺めた。

「すまないな、せっかくの休みなのに。」
「ううん・・・大事な事なんでしょ?」

多分な、とアキトは苦笑すると、サングラス型のグラス・インフォでその瞳を隠した。
言葉は何もない。
ラピスには、答える事は出来ない。
でも、今出来ることは、一つだけだとわかっている。


ラピスはその場にしゃがむと、静かに両手を合わせる。
瞳を閉じて、静かに祈る。

それが、ラピスに出来るただ一つのことだ。


 ◇


「ラピス・・・」

死者に対しての哀悼。
そして彼女なりの気遣いなんだろうか?
判らない。
判らないが――今はありがたいと、そう思う。
ラピスに倣って、アキトも両手を合わせた。


 §


どれほど経っただろうか。
ちょっと時間の感覚を忘れるくらい目をつぶっていたラピスは、不意に頬に当たる冷たさで瞳を開けた。

「あ」

その声にアキトも我に返ったのか、息を呑む。


――雪だ。


珍しいことに風のないこの冬空。
ふわり ふわり と落ちてくる粉雪は地面に落ちると溶けて消えた。
繰り返し繰り返し、落ちては消えるその様子をただなんとなく眺め――

ラピスは立ち上がった。
そのままアキトに寄り添って、胸に頭を預ける。

「・・・寒いね」

そうとだけ呟いたラピスに、アキトは笑った。

「寒いな」

そう応えて、そっと両腕でラピスを抱きしめた。


穏やかに降る雪が、目の前の景色を全て白く包み込もうとしている。
アキトの腕の中でくるり、と向きを前に変えたラピスは、一緒にその景色を眺めた。

「悲しい?」
「少しな・・・」

ラピスは、抱きしめられている腕に自分の手を重ねて、

「寂しい?」
「いや・・・」

優しい声。

「今は寂しくないよ」
「なら、良かった・・・」

そっと微笑んだラピスは、そのままアキトに寄りかかる。
苦も無く受け止めたアキトもまた、腕の中に感じる熱を――ラピスをもう少しだけ強く抱きしめた。

「帰ろう」
「・・・いいの?」

ああ、と頷いたアキトはそのままラピスの手を握ってエレカーへ向かって歩き出す。
アキトに優しく引かれながら、ラピスはその後を歩いた。

「・・・やっと俺の中でけじめが着いた。それに、いつかまたここに人が戻れる日が来るかもしれない」

アキトの呟きの意味はわかる。
火星北極冠に近いユートピアコロニー周辺領域は、完全に封鎖されているからだ。

「その時が来たら・・・またここに一緒に来てくれるか」
「当たり前じゃない」

何をいまさら、と言った感じにラピスは即答した。
握られた手を強く握り返し、呟く。

「いつだって一緒だよ。・・・私たち」
「そうだな・・・また来よう」

ちょっとだけ微笑みあった二人は、その場を後にした。


 §


エレカーの去った後に残ったのは、今までと変わらずに存在し続ける朽ちた都市と破壊の象徴(チューリップ)
そんなアンバランスな死の都市を、緩やかに降り積もる雪がゆっくりと包んでいく。

いつかまた、訪れる日が来るそのときまで――


安らかに、眠れ。





The story of "Grave yard" is the end.




あとがき。

なんとなく書いてみただけのssになりました。
そろそろ冬も近づき、雪も降りそうな今日この頃です。
秋から冬へ移る瞬間――みたいなのを頭に置いて書いたつもりです。
アキ×ラピ要素は敢えて省いてみました。でも、仲が良いところは書きたいという感じで、そーいうのになってれば良いなと思います。(言ってて少し意味不明
こちらのコンセプトが確りしないまま書き上げて、それを投稿するにはちょっと抵抗もありましたが、でも、せっかく書いたので投稿することにしました。
設定としては、今までは試さなかったスタイルですが前作"多面ディストーション"とリンクしてます。(設定だけ

というわけで、以上。
今回は後日談はありません・・・あしからず。

追伸。
いつも拍手くださる皆様ありがとうございます。
僕にもっと文才があったらよいのですが・・・今までの作品も含め、力足らずを許してくださいorz
でも、アキラピでまだ頑張っていこうと思います。
それでは、失礼しました。

2006/11/21
2006/11/22 あとがき改訂


 

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