注意:この話は珍しくアキラピではありません。甘い表現とかラヴバカップルな表記は一切ありませんのであしからず。ラピストの皆様申し訳ない。またの機会 に。







――もともと、理由なぞ無かった。

与えられるものであり、一度与えられたならばただそれを実行するのみ。
行動には成果を求められ、その成果すら常に成功を収めねばならない。


しかしそれは精神的重圧ではない。

出来て当然の確定事項に過ぎず、また、例え失敗したとして結果は変わらない。

成功すれば、死への距離が一定より近寄らず。
失敗すれば、死までの距離は零になる。ただそれだけのことだからだ。

命。
既に、この"道"を選んだときに捨て去った物に過ぎない。
また、即捨て去る事が出来なければそれは己の首をただただ無為に切り離すだけの意味しかもたない。

心。
ただ、闇色の闇に染まることだけを己に許した。

血で磨き上げた技は死を運び、血で塗り固めた意思は死へ誘う。



人道を外れたモノ。

人外のモノ。


――人、それを外道の者と呼ぶ。








機動戦艦ナデシコ 外典

殺闇


Written By サム








無針注射器を使ったときのような音――それは発射音だったのだが、プシュ、というあっけない音と同じくらいのあっけなさで、その銃口の先に居た研究所員は 倒れた。
余りにも唐突だったのか、周りに居たほかの研究員たちは唖然とし、直後恐慌をきたした。

やれ、とだけ命じ、次いで重なるプシュプシュプシュという間の抜けた銃声――サイレンサーの作用だ――を背に、時代錯誤の編み笠と比較的高い背の足元まで 届くような道中合羽を羽織った男は歩みを進める。
その格好とは裏腹に無骨な(ブラスター)
手馴れた動作でサイレンサーを外し、先の戦闘――というには余りにも一方的な殺戮だったが――と、研究所員に打ち込んだ一発で切れた弾丸を入れなおす。

籠めた弾丸の数は8。
愛用の弾丸はフルメタル・ジャケットだ。
死は冷徹に冷静に迅速且つ緩慢に、与えてしかるべきモノ。

最初に死んだあの研究員は、恐らく全身に及ぶ虚脱感と何もすることの出来ない無力感とこれから迅速且つ緩慢に死んでゆく絶望に心を殺しながら死んでいった ことだろう。

にやり、と嘲笑った。


正面から見ても、編み笠が邪魔でその瞳を伺うことは出来ない。
ただただ、その口元に浮かぶ凄惨な笑みだけが――その男を物語る証といっても過言ではない。

部下達の"処理"は後数分はかかる。
このラボを襲撃した理由は殺戮工作と情報の奪取。
先ほどの中央演算室の規模ならば、7人では作業には人は足りぬほどでもある。

それにまだこのラボには人間が残っている。
その処理をこなさなければならない。

作戦を開始してから既に4分42秒。
異変に気づいた者が外部と連絡を取る手段を構築してしまわないうちに――既に想定できる連絡手段はつぶしてあるのだが、念には念を入れるに越したことはな い――


「殺してしまうとしよう」


右手に無骨なブラスター。
左手には抜き身の脇差。


ドアを蹴破り即打ち込んだ弾丸が――



その先に居た人間の血液で、倒れた床に血の華を咲かせた。



 ◆



「・・・資料、確かに受け取りました。これでまた研究が進むことでしょう」

柔和な笑みを浮かべる背広の男は山崎と名乗る研究員だ。
編み笠に道中合羽という不穏で不審な男と比べると、全くもって普通人に相違ないと思うだろう。
だが、その無言と笑顔の間に何らかの"理解"が成り立っている所が、その背広男がいかに"外れているか"を示している。

「中規模の研究所だったんですが、おそらくその内容は大所帯にも勝るとも劣らない内容だという触れ込み。まあ6:4で期待することにしときましょう」
「内容に関しては、我にはなんら関りの無いことだ。」
「まぁそうでしょうね。貴方には貴方のすべきことがあり、私には私のすべきことがある、と。ただそれだけですしね」

その言葉を受けて、男は背広男に背を向けた。

「おっと北辰さん。ちょっと耳寄りな情報を一つ」

北辰、と呼ばれた男は振り返ると、胡散臭い笑みを貼り付けた研究員(山崎)が腕を組んで伺いこ んでいる。

「例の"あの男"――まだ死んでいないんですけど。どうです? 身体機能はまだ死んでませんし"使って"みませんか?」
「使い物になるのか?」
「ええ、ええ。それは勿論。つーかもう取れるだけのデータは取っちゃったんで出涸らしはポイっとしようかと思ってたんですが、まだ意識残ってるし正直少し 興味もありますし。
 なんと言うか――"ここで殺すのは勿体無い"、と貴方ならそう言うでしょうかね?」

左目を微かに吊り上げて、北辰はニヤリと笑った。

「洗脳は可能なのか?」
「不可能ではありませんよ。なんなら記憶の操作も。」
「ならば――そうだな。それは面白い」

北辰は、くく、と歪んだ笑いを見せる。
その様子に山崎は少々意外を感じた。
この薄気味悪い時代錯誤の編み笠合羽男が声に出して笑うことがあるとは――それが歪んだものであったとしてもだ――想定外だった。
そして、まぁいいか、とあっさりと切って捨てた。

「我の言う処理を施して寄越せ。」
「なに考えているのかは知りませんが、まぁいいでしょ。譲らない理由はありませんしね」

早速取り掛かりますよ、と山崎は北辰に背を向ける。
同時に北辰ももと来た道へと向かって歩み始めた。


暗い暗い暗い暗い闇のまた奥底の底。
そんなやり取りが交わされたことすら、闇に飲まれていゆくような――。

暗がりだった。



 
 ◆




痛みを感じ、瞳を開ける。
ぼんやりと霞む司会の向こうに、光と――その中央に影が浮かんでいた。
影は光を割って存在し、それは立ちふさがる壁を意識させるほど強者を感じさせる。
本能的に危機を感じた自分に従って、頭を腕でガードした。

直後衝撃。
う、ぐ、と聞こえた呻きは自分のものだと気づく。
霞む視界、霞む意識。

体中が痛みに苛まれ、痛みに苛まれ、痛みに痛みに痛みに痛みに

「や、めてく・・・」

ごっ
蹴られた。箇所は腹か?
灼熱と激痛から身を捩り、腹を両腕で押さえる。」

「こ、の・・・やめ、ろ」

がっ

頭を攻撃された。
揺れる視界、ぶれる視界。意識は一瞬彼方へと飛んだが、ここで失ってはもう二度と目覚めることは無いだろうと直感が囁く。
必死で飛びそうになる意識を繋ぎとめ、■■■は這い蹲いながらも顔を上に向ける。

歯を食いしばり、吐血を堪え、全身の痛みを敢えて無視しながらありったけの気力で光を割る影を睨みつける。

黒い影。
雰囲気から、ヒト型をした人外の何かが嘲笑いながら自分を見下しているのはわかる。

だが、何故だか。
その両の瞳だけははっきりと認識する事が出来た。
喜悦に歪むその瞳を、■■■はありったけの、全身全霊を込めて睨みつけ――


意識を闇へと落とした。



 ◆


「ふん、一先ずは殺さぬことにするか」

散々暴行した北辰は、倒れている青年を見てそう呟き

「山崎、こやつを"直して"おけ」
「私は医療班じゃないんですがね・・・まぁいいですよ。どのくらいで仕上げればいいですか?」
「4日ほどで覚めるだろう。記憶処理は済んでいるのか?」
「それは真っ先にやりましたとも。でもそんな中途半端でいいんですかね。何なら"首輪"でも着けときましょうか」
「無粋なマネはするな。」
「へいへい、仰せのままに。後はなにか追加注文あります?」

まるでピザ屋の店員が尋ねるような気軽さで、山崎は北辰に向かって口を利く。
が、それには応えず背を向けて立ち去る北辰を見て、肩をくすめてやれやれ、とため息を吐いた。

「ま。いっか」


 ◆



目が覚めると見知らぬ部屋に居た。
霞む視界、霞む意識。

痛む腕をさすりながら、壁に背を預ける。

鏡は――ない。
薄汚い部屋。鏡どころかベッドも椅子も机も何もない。
ただ、打ち捨てられたようなそんな部屋だ。正面には古ぼけたドアしかない。

右をみて、左をみて、とりあえず立ち上がる。
散々暴行を受けたというのに骨折などの重傷は無い。
しかし、酷く痛い。全身が熱を持っていて、体調的には最悪だろうと不意に思った。

ぜぇ、ぜぇと呼気を荒げ、一歩一歩ドアへ向けて歩む。

ガチャ、とあっけなくドアは開いた。
通路はすぐ右側に折れる一方通行。
その奥の奥の奥に、霞む視界の向こうに、またドアらしきものが見える。

一歩一歩、歩みを進める。
その距離は果てがないようにも思えたが、しかしあっけなくたどり着いた。
ドアに手をかけて――不意に青年は手を止めた。

直観が告げている。

――決して開けてはいけない

と。


だが、正直戻るだけの体力は無い。
無事"帰り着く"為には進むしかない。

帰るために。
戻るために。
帰るために
帰るために
帰りたい。
帰りたい。
帰れない。
帰れない。


帰れ
帰れ
帰れ
返せ
返せ
返せ

・・・・・・・・。


進まねば。

ドアノブを握って引けば、ドアはあっさりと開いた。



「刻め」

開けた視界――開けた場所に出たと思ったら、直後にその声が聞こえた。

「貴様に"殺し"を刻む。死なずにその身体に刻み込め。」

部屋の中央に立っていたその得体の知れない何か―ー全身黒い装束に身を包んでいる――が、まるで射殺すといわんばかりの視線を持つ男がそこに居た。
直後それは駆け出し、一瞬でこちらとの距離を零に縮める。

やけに緩慢な動作で起こした奴の技が、見えてはいるが身動きの一切取れない自身の腹に1撃決まる。

「ご、あ・・・」

呼気が止まった。
全身が引き攣り、必死で空気を求めるも肺が動かないことには酸素を全身に供給することは出来ない。

「か・・・あ・・・」

ごつっ

前かがみの状態で、青年は男の周り蹴りを即頭部に食らう。
揺れる視界、呼吸は未だ整わず、いや、ようやく多少なりとも空気を吸えた。

「か、は・・・ぁああぁあああ」

ぜひ、と鳴った喉を無理やり押さえつけ、しかし今度は飛びそうになる視界と意識を繋ぎとめねば死んでしまう。
床に倒れこむ僅か数瞬の間に、本能から身体を転がして"奴"から距離をとる。

「ほう」

追撃の気配無い。
実際は同だかわからないが、そう思うことにした。
しかし、これは。

「距離をとるか。無様だが正しい判断か?それとも本能か。まあどちらでもよい。」

呼吸はようやく正常に戻る。
相変らず全身は熱っぽく、視界は取れず、意識は朦朧としていて状況も把握できない。
しかし男の言葉は続く。

「貴様は今死に抗ったな? だからこそ生きていられる。それを続けることだけが貴様という存在をこれからも続けれる唯一の方法だ。死せずしてそれを身体に 刻み込め。」
「だ、れだ・・・?」
「そういう貴様こそ誰だ」
「――、。」

思わず息を呑む。
誰だ?
俺は誰だ?
そうだ。
そもそも、"俺という俺は一体誰なんだ?"

「解るまい」

嘲笑が耳を掠めその振動に脳が苛つく。

「貴様は貴様という存在を思いつけまい。そんな(なり)で貴様、一体どこへ向かおうとしてい た?」
「俺、は。俺は・・・!」

続かない、続けられない。
記憶に霞がかったようなぼんやりと曖昧な何かしか、脳裏に閃く光すら見えない。
"全く、思い出せる気がしない"。

「・・・!?」
「貴様は向かうべき場所も戻るべき住処も帰るべき故郷すらない唯の死人よ」

冷徹な言葉が青年を貫く。
ようやく身体を起こしたところだったが、最早力を籠めることは出来ない。
その理由が無い。
見当たらない。

「くく・・・だが」

愉悦に眩むその声の主は――存在自体が暗い赤という印象の酷く鋭い目つきの男だ。
口元に張り付く笑みが恐ろしい。

「貴様の全ては我が知っている」
「な・・・んだって、?」
「記憶を奪ったのは我だからな」

がん、と殴り飛ばされたような衝撃を、脳が感じた。
一瞬飛びかけた意識が戻ってきたのは、単なる偶然に過ぎない。

「欲しいか?」
「か・・・」

ぶるぶる、と肩を震わせながら青年は口を開いた。

「返して欲しいか?」
「かえ・・・」

立ち上がり、無謀にも駆け出した。

「欲しいか!? 取り戻したいか! 貴様の寄り所を!!」
「返せぇええええええ!!」

我武者羅に攻撃をしようとした青年を、男は。

「馬鹿が。この未熟者め」

顎を打ち。
肺腑を抉り。
足を打ち払った。

どう、と倒れた青年の息は最早微かなものに逆戻り。
しかし、憎憎しげに見上げる視線に籠められたその力は、男の背筋を震わせるには十分な強さを秘めている。

「くくく・・・我は"北辰"。貴様の記憶取り戻したくば」

背を向ける。
最早危機は無い、と。貴様は無力だ、と言わんばかりの態度で歩み去ろうとする。

「我に着いて来てみせろ。思わぬところでその切っ掛けを掴むことが出来るやもしれんぞ?」
「・・・・・・ろす」

微かに聞こえたその言葉に、北辰は肩越しに振り返った。
青年の口元が微かに動き、一つの単語を紡ぎ出す。

" こ ろ す "

「くくく・・・貴様にできるならな」

嘲りを残して男は去る。
残された青年も、やがて意識を手放した。



 ◆



――2年後。



 ◆


何年経とうとも、やる事成す事に変わりは無い。
唯一、同志の悲願が達成に至る時にのみ、彼らに課された"それ"が終わりを告げられる時になる、かもしれない。

それ自体夢のまた夢だと理解していたとしても。


殺す。
全ては"新たなる秩序"のために。

有効活用することのできる力を自在に操る術を模索し、ありとあらゆる手段を講じる。
その下積みこそが"彼ら"人外の道を直走る者の宿命で、

殺す。

秘匿された技術を盗み出し、流出を防ぐために

殺す。

使えるようになった力を、自分たち以外の他者が使えぬよう

殺す。

力とは、持っている者こそが強いのであり、使えるからこそ強いのであり、力そのものは、使う者をも容赦なく惹きつけるという理由から強大だ。
力は強者を呼び、力は弱者を呼び、互いに

殺し合わせる。


使う者達は。
使われるもの達は。


それこそが"負の連鎖"と気づかぬままに――


哀れに踊り続けるのだ。


 ◆


プシュ、という射出音。
その間の抜けた音とは裏腹に、射出された弾丸が標的に――急所に当たれば至極あっさりと命を全てこぼし落としてしまう威力を持っている。
銃口を向け、ただただ機械的に作業的に引き金を引く。

プシュ、プシュ、プシュ。

それだけで、無抵抗な白衣の集団は――男だけでなく女も――次々に床に倒れ、血の華を咲かせる。
血臭。


その部屋は血に染まっていた。
中には中央に立つ男と、壁に寄りかかってそれを眺めている男、二人しかそこには居ない。
生きているモノは、二つしかない。

「ふん、貴様如きにも後始末くらいは出来るか。」
「・・・」

同じ装束に身を包んだ青年は、じろりと北辰を睨むと銃を仕舞った。
その仕草を見て、北辰は唇を笑みの形に吊り上げる。

「やるか?」
「無論」

北辰は問い掛け、青年は冷徹に応えた。
直後、とん、と北辰は寄りかかっていた壁から背を離すと軽く前かがみになる。

ドン、ドン、ドンと強い衝撃が周囲に響いた。
青年の銃口が袖の下からかち上がり、袖の下でリロードを終えていたそれを"抜き打ち"したのだ。
3点射。
右に転がることで北辰はそれを避けきり、右手で脇差を抜く。

「かははっ」
「・・・・っ」

零れる笑いは、狂喜を携える外道。
同じ編み笠・道中合羽の青年は合羽を北辰に向かって投げ広げる。
ば、と広がった合羽はその一瞬だけ北辰の視界を奪い――
事も無げに切り払った。

左右どちらかに避けると踏んでいた青年は、その予測しきれてなかった北辰の行動に多少迷い、しかし向けてある銃口しか術がない現状ではそれを放つ事しか出 来ない。

ドンドンドンドン、と4発の銃声。
信じられないことに、極至近距離からのその銃弾は全てかわされた。

距離は――0になる。

刀は切り裂くか突くかしなければ有効な暴力を発揮しない。

「けぇい!」
「ぐぅ、」

気合一閃、青年から見て左肩から右腹にかけての袈裟切りを、ギリギリ背をそらして避けた。
が、完全回避にはならず合羽のしたの黒装束――防弾処理が施されている――を切り裂き、その下の肌すら傷つけた。

バックステップ。
牽制に右手の銃の残弾を全て吐き出すと、青年も脇差を抜き放つ。

「かはは、貴様如きが刀を使えるか?」
「アンタに切られた分くらいはな・・・!」

笑う北辰に、青年は銃を捨てて両手で柄をホールドし、突きの姿勢で突進する。
腕には力、目には殺意。その速度で死を運ぶ。

「アンタは死ねよ・・・!」
「ふ」

嘲笑った北辰は、構えを解いて脇差に着いた血を振り払い、

「未熟者が」

青年の到達よりも深く前方に沈み込み――一瞬で標的を見失った青年の刃の切っ先は空を切り――下方からかち上げる熊手が青年の顎を打ち抜き。

その一撃でその場は終わった。


 ◆


「隊長、またですか」
「娯楽の類よ。気にするほどのことでもない」

全ての"処理"を終えた隠密班はこの血の海の部屋に集まり、気絶している青年を見下ろしていた。
その数は北辰を除き6名。

「こやつの存在自体が我の為だけにある・・・貴様らにはわからぬか?」

青年を嘲りながら笑う北辰はそう問うが、他の6人は困惑するだけで何も応えない。
北辰自身はそれを気にも留めず、矢張りその顔に張り付いた人外の笑みは未だ終わらず。

「う・・・」
「起きたか。ならば帰還する」

むっくり起き上がった青年は北辰を睨みつけると、懐から取り出した、宝石・・・? を握り締めた。
直後、ぱあ、と光が周囲を包み。

更に一瞬後には、その場には誰も残っていなかった。
血に塗られた惨劇の部屋は――


その13分後、爆音とともに地上から消滅した。


 ◆


ブラックアウト。
いや、ホワイトアウトか。

闇に映える蒼い光が収まれば、そこは見慣れた拠点のひとつ。
地球を遥か30万kmも離れた月面都市。

「はあ、はあ、はあ・・・」

先ほど斬られた胸から血を流しながら、青年は膝を付いて息を荒げている。
冷やかにその動作を見ていた北辰は、何も言わずにその場から去っていった。

「はあ・・・くそ、」
「おやおや、悪鬼君、お帰りかね」

近づいてくる白衣の男は研究部を統括している男だ。
研究者と言うよりは上司の顔色を伺うサラリーマンと言った風体で、始終その顔に貼り付けている締りのない笑みが胡散臭さを助長している。
悪鬼、と呼ばれた青年は警戒するように呟いた。

「何か用か」
「君も北辰さんと似てるねぇ、そのぶっきらぼうなとことか。ま、それは良いんだけど・・・またやったのかい」

胸の斬り傷を見つけたらしいソイツは、溜息と同時にまた笑った。

「さ、ちゃっちゃと治療しちゃおう。次の任務だって待ってるよ? いつまでもそのままにして置くわけにも行かないだろう」
「・・・アイツと一緒にするな」
「おっと悪いね。率直な感想だから気にしないでくれ。しかし、君のジャンプはデータの収集し甲斐があるよねーまじで。大助かりだよ」
「・・・・・・」

沈黙する"悪鬼"に、山崎(白衣の男)は顔を近づける。

「さ・す・が だよねぇ。世界でもっとも強い強い力の一つ。いいなぁ僕にも欲しいよ。」
「俺にどうこうすることなんて出来ない。」
「んん〜そうだね。でも君の体験から色々と予測なり研究なりできるしね。ぶっちゃけて言うと臨床とかまぁ色々やっちゃってるわけだけど、」

山崎は治療室へ向かって歩き出しながら、言葉は続ける。
"悪鬼"はその後に黙ってついていく事しか出来ない。

「そのうち、君と同じ事が出来る日が来るよ? そのためのデータ収集でありそのための実験であり。まぁ僕的にはそーいったことはどーでも良いんだけど ね。」
「・・・・・・。」

無関係、のスタイルを崩さない"悪鬼"をちろっとだけ伺った山崎は、クスリ、と嘲笑った。

憐れだね、君も(・・・・・・・・)。」
「・・・どういう意味だ?」
「いずれ知ることもあるでしょ。まぁ黙って北辰さんについて仕事してればいいよ。」
「貴様、俺を知っているのか?」

カシュ、と何時の間にか着いていた治療室のドアが左右に開いた。
その部屋からもれる逆光に隠れて山崎の表情は見えなかったが、嫌らしい声で囁く。

「知っていようと知っていまいと。僕に手ぇだしたら知る機会が一つ減るだけだ・・・と、知っとくといいよ?」
「・・・く」

掴みかかりそうになっていた身体をようやく押さえつけた"悪鬼"は、黙って治療室へと続いてはいる。

「君は。どうせもうここから抜け出せるはずはないのだからね」

扉が閉まる一瞬前に、そんな山崎の言葉が聞こえ。
カシュン、と閉まった扉の廊下側は、元の薄暗い闇に覆われた。



 ◆



「・・・ナノマシン強化体質の子供の奪取か」
「そそ。とりあえずボソンジャンプ関連は"お姫様"をコーティングする段階までは成功してるんで一段落なんですよ。」

コーヒーを啜りながら書類を捲る山崎は、ソファのまん前に突っ立っている黒装束の男――北辰に続ける。

「次の段階として・・・まぁ難しい話は端折りますが、中央演算コンピュータと制御系の中央処理化、人員の削減を目指すとなると星野ルリのような"特化した 人間"が欲しいとなるわけで。
 でも今から"作る"んじゃぁ時間かかってしょうがないですし、かといって星野ルリはガードが固すぎ。な、わけで。ないモノはあるところから取ってこれば いいと。そーいうわけですよ」
「話はわかった。」
「さっすが北辰さん。では早速取り掛かってください・・・ああ、あと」

早々に部屋を出て行こうとした北辰を、山崎は呼び止めた。

「強化体質の子の瞳。アレ、"キー"の一つなので見せないように。」
「・・・くく、なるほどな」

出て行った北辰に山崎は溜息を吐く。

「北辰さんも悪鬼くんも、相当に似たり寄ったりだよねぇ。」


 ◆


ネルガルの研究所は、今までのパターンとは違って、少し開けた小高い丘の上に存在した。
まるで屋敷のような面持ちのそれは、恐らくカモフラージュと言うよりは、上層部の派閥でもとりわけ高い権力を持っている人間の屋敷内で行っている、会社側 にも極秘の研究だからなのだろう。

「好かんな」

北辰は呟くと、障害は全て強行突破することに決定した。

「目標は子供一人、それ以外は殺せ。確保には我が向かう。悪鬼、貴様は屋敷の各所に爆薬を仕掛けろ。万一見つかったら即座に殺せ。」
「・・・わかった。」
「突入し、直後分散。処理の後は打ち合わせ通り"ほ地点"で待機だ」

「「「「「「了解」」」」」」

悪鬼以外の6人が唱和する。

「行くぞ」

「「「「「「応」」」」」」

走り出す。
血の華を、咲かすために。


 ◆

プシュ。
屋敷内の庭に出た悪鬼は、そこで作業をしていた庭師を警告無しで撃ち殺した。
どさ、と重みを感じる音とともに倒れた庭師の中年の男をまたいで横切り、テラスを掃除していたメイドの若い女を

プシュ

撃ち殺した。

それは作業だ。
それは仕事だ。
そう習慣づけられている。そうでなければ、そうで在らねばこの2年を生きぬことは出来なかった。

手早くテラスから内部に侵入すると、屋敷の全体から見た要所に爆薬を仕掛けていく。
すでに数箇所の配置を終えていたから、細かい打ち合わせの通りに順次ボタンを押しこみ作動させる。

どん、どん・・・!

二箇所ほど吹き飛んだ。
館全体が大きくゆれ、あちこちで異変を感じた人間たちが騒ぎ出す気配を感じる。
廊下にでて、同時に現れた紳士を撃ち殺す。
階段を上がり、鉢合わせた老婆を撃ち殺す。
部屋をのぞき、・・・猫は放置だ。

殺す。
もう、行動反射だからどうしようもない


殺したく、ない。


銃口が勝手に人間の急所に向く。
引き金は軽い。


殺したく、ないのに。


目標以外の全ての人間を、殺すことに躊躇いはない。
躊躇う暇もなく、ただ殺戮を行うだけなのだから。


殺したくない・・・。


悪鬼の通った後には、華麗な血の華が咲き乱れていた。


 ◆


どん、どん、と二回爆発音が聞こえた。

ほくそ笑む北辰は、それが悪鬼の仕掛けたモノだと瞬時に悟る。
この二年で"悪鬼"の全てに刻み込んだ反射殺戮は、その脆弱な"弱さ"を露呈する前に全てを終わらせる反射行動そのものだ。
今の爆発音は、いわば沈没前の船のような状況にすることで、屋敷内部に残っている人間をねこそぎにする手段の1つに過ぎない。
と言うことは、この二回の爆発は、悪鬼が行動を起こした、起こしている、と言うことに他ならない。

(貴様のその行動こそ、全ての始まりとも知らずに・・・愚かな事よ)

つりあがる唇は喜悦の笑みの証。
面白い。
この状況こそ、次なる楽しみへと至る階梯だからだ。

走る速度を上げ、ついに"そこ"へ到達した。
脇差を抜き、旧式の木製のドアを蹴破った。


 ◇


自身を浸す保護溶液を通して、衝撃を2回感じた。
ぼんやりとしていた瞳を開けると、目の前には――大いに戸惑った様子の研究員。名前は知らない。
この部屋には、私と彼以外にも6人の職員がいて、蹴破られた? ドアの近くに立っていた研究員が、慌てて離れようとして――血が吹く――倒れた。
目の前にいるこの研究員も逃げようとして――吹き飛んだ? 血が床に広がる――撃たれた。

撃った相手は? 殺した、犯人は誰・・・?

凶眼。
両目は黒い。でも、比率として左目が引き攣ったようにつりあがっている。
狂喜。
どんどん、どんどん近づいてくる怖い、怖い来ないで!


 ◇


男の振り上げた右拳が、打ち払うようにシールドを殴りつけた。

大量の銀食器を派手に散らかしたような音が響いた。
同時に保護溶液が全て流れ出し、"少女"は裸のままその身を外気に晒す。

「かはは、これは傑作。」
「ひ」

両肩を抱いて寒さと怖気を堪え、少女はソレを恐怖とともに見上げた。
膝を付いた男が、少女の顎に指を這わせ、つい、と顔を上げさせた。

「金色の瞳か、美しいな」
「ひ、・・・・や」

憐れなほど怯える少女から視線を外し、北辰は周囲を見回す。
保護溶液と死体の血液が混ざり、血臭が漂うこの部屋にもう用はない。
多少床の血で汚れているとは思ったが、自分の合羽で憐れに怯える薄紅色の少女を包み、持ち上げた。

「いや、いや!」
「黙れ」

どんな風に扱っても構いはしないと思ったが、抱きかかえたほうが早かったからそのまま持ち上げた。
悪鬼の仕掛けた爆薬の作動時刻に間違いはない。
一分一秒の狂いもない。
北辰が遅れたところで何のためらいもなくボタンを押し込むことだろう。

地下室から駆け上がり、屋敷内部を通り裏庭へ。
予め仕掛けておいた爆薬で裏門を吹き飛ばすとそこから合流地点へと向かって全力で駆ける。

直後、


どん、どん、どん、どんどんどどどど!!!!


屋敷(秘密研究所)の各所が、これでもか、と言うくらいに爆発に飲み込まれていく。
爆光は周辺を飲みつくし、爆圧と爆風が北辰を追って迫る。

瞬間、その爆風に吹き飛ばされた。

「く・・・あの馬鹿が」

完膚なきまでに"あの場"を消滅させるに足る威力、もし後数秒でも長く居たら間に合わなかっただろう。
爆風に吹き飛ばされながらも、しかし"目標"を死なせるわけには行かない。

編み笠が飛ばされたが、気にしている暇はない。
少女を包んだ合羽を抱え、なるべく傷つけないように衝撃を受け流し、地面を転がる。

爆発は一瞬で収まり、爆風は数秒で沈静化し、爆圧はその周囲を根こそぎにしていった。
ようやく身を起こした北辰は、合羽で包んだ少女が気絶しているだけだけなのを確かめると、ようやく一息つく。

「・・・なんだ、生きてたのか」
「貴様如きに殺される我ではない」

頭から流れる血を拭いつつ、横に視線を向ける。
木陰から半身をずらして呟く悪鬼の存在は、とっくに気づいていた。
駆け寄ってくる残りの6人も健在なのは当然、任務に置いて1つのミスもあってはならない。

「帰還する」
「その娘は跳躍耐性、ついてるのか?」

口を挟む悪鬼に、北辰は山崎から聞いていた説明を短く言う。

「強化体質の子供は、成功例からデータをフィードバックしている。優人部隊と言う成功例がある以上、そのデータを適用されていないはずもあるまい」
「そうか」

悪鬼は呟くと、掌の宝石? を握り締め――


30万kmと言う距離を一気に跳躍した。


 ◆
 

「いやー、すっごい性能ですよあの子! 僕も助かっちゃってますよ。もうね、研究所の女の子たちが大喜びでして」
「ふん、我には関係ないことだ」

つまらなそうに山崎の話を聞き流す北辰は、その話題を断ち切って自身の質問を切り出す。

「進行度はどうなのだ?」
「まぁまぁ、ですかね。ジャンプ技術に関するデータ収集はほぼ終わってますし、となると例のヒサゴプランが邪魔になってくる時期です。
 ま、そのあたりは多分作戦部から"機密保持"か何かの命令が下ると思いますよ」
「そうすると・・・局面が動くのは」
「早くて後1年と少し、ですかね」

そうか、と呟き、北辰はまた怪しく笑う。

「ちょっと北辰さん、なに考えてるんです? 面倒くさいことはもうイヤですよ?」
「ふん、我らは死を懸けて裏方に徹している・・・その退屈しのぎに少しくらいリスクを上げても文句はあるまい?」
「そのリスクで戦局が変わっちゃったらどうするんですか」
「理想を叶えるには力が足りなかったと思えば良かろう」
「・・・忠臣にしては珍しい言葉ですね?」
「確かに閣下には従おう。が、それとこれとはまた別の話だ。」

ふーん、と山崎は面倒くさそうに応じるが、北辰は時に気にも留めずその場を去る。
所で山崎が尋ねた。

「で、具体的に何をするんです?」
「見極めだ」


 ◆

"悪鬼"の住まう部屋は、記憶を奪われてから(奪われたらしい)初めて目が覚めた"あの場所"だ。
薄暗く汚いのはそのままに、ベッドと椅子と机だけを運び込んだだけの部屋。
ベッドも血に汚れて居る部分の目立つ。机の上には脇差と銃、弾丸。
今は椅子に腰掛けて、銃の分解整備中だ。

自分は誰なのか。
それを思うと途端に意識に靄が掛かったように思考が停滞する。
何故それを思考することを禁止されているのか、理由を思いつけない。

北辰。
記憶を奪った張本人、といっている。定かではないが、しかし自分を散々痛めつけ、"殺し"を刻んだことに置いてはまさしく下手人。
恨んでいる。憎んでいる。

この組織。
時折、向けられる視線に哀れみと嘲りを感じる。
何故だ。

わからない事だらけで、知らないことしかここにはない。
とりあえずの目標は、自身の記憶を取り戻すことと、北辰を殺すこと。

しかし、最近迷いも生じている。
記憶を取り戻せたからといって、どうなんだろう、と。
何かが元に戻る、の、だろうか。
そこに期待している自分と、そこに諦めている自分が居る。

もう戻ることなんてないのではないか、と。


整備する手は休むことはない。
部品の一つ一つが自身の命の境界。劣化した部品を取替え、納得のいくまで調整する。
でなければ、殺される。

俺は。俺は。
俺は。俺は。

殺したいわけじゃない。
でも、殺さないと殺される。


だから、殺してきた。


だから、生きてきた。

記憶を取り戻すために。
それだけの価値が、あると。


そう信じているから。


 ◆



暗い通路を歩く二人の影は、大きいものと小さいもの。
大人と子供の影が、人気のない通路を歩んでいく。

大人は男で、編み笠に道中合羽と鋭い凶眼の持ち主。
子供は少女で、薄い紅色の髪を持つ無表情の持ち主。

北辰が触れたあのときにはあった恐怖――感情が欠如した少女。
それを見た北辰は、その絶妙さに心を打たれたものだ。
美とは、何かを真剣に考えようとさえ思った。

この少女は、それほどにまで――美しい。
その無機性、その非人間性、その造詣。

そして、破壊の引き金。
どれもが北辰好みで、何時もよりも昂ぶっている自身を感じた。
これからの、展開も含めて。

(反応が楽しみだ・・・)

引き攣りあがる口元の笑みを、止めることなどできはしない。


 ◆


やがて行き着いた部屋のドアを開けると、粗末なベッドと机と椅子。
気配が――

「ふ」

突き出された刃を半身をずらして避けた。
悪鬼の突き出した攻撃ははずれ、北辰は笑いながら腰を落とす。

「温いわ小僧が! キェイ!」

気合一閃、北辰は居合って脇差を抜き打ち、それを悪鬼は冷静に下がって避ける。
そして、背後に佇む少女の存在に気づいた。

「何のつもりだ? その子は」
「くれてやる」

同時に刃を収めてそうやり取りを交わす二人を、バイザーの奥の底知れない少女の瞳が写した。

「どういう意味だ」
「言葉どおりに受け止めろ、貴様にこの娘をくれてやる、と言っている。」
「何を企んでる・・・?」

くく、と笑う北辰は身体をずらすと、少女が部屋の中に入ってきた。
訝しげにその少女を観察する悪鬼を北辰は眺めながら、言葉を続ける。

「その娘はナノマシン強化体質の遺伝子操作を受けている。かの"星野ルリ"と同種よ。知っておろう?」
「話には聞いた事がある、それと何の関係が」
「遺伝子細工の人形には一つの特徴がある事もしっているか?」
「・・・・・?」

少女は黙って突っ立っている。
その背後に北辰は回り、そっと顔面を覆うバイザーを上げ、

瞳が金色になるのだ(・・・・・・・・)、解るか? 貴様も見覚えがあろう!」
「・・・・・・・」

最早真横で狂喜の声が響こうとも、少女は怯え一つ表さない。
なされるがままに、その覆われていたバイザーが外され。

一対の、冷徹にして完全な金色の瞳が、悪鬼を射抜く。






























「・・・・・あ」

「カハハッ 解るか!?」



















かしゃん、と何かが割れた。
脳で。
感覚で。
全身のどこかで。

心の中で。

靄が。
霧が。
霞が。

一斉に凍り付いて、それはイメージの中で、一斉に砕けた。














「・・・・ああ・・・・」
「解るだろう? 解るだろう! 貴様が何者であるか、何をしてきたのかを!」















火星。


かしゃん。


仲間。


カシャン・・・


夢。


カシャン・・・・


希望。


カシャン・・・・


友情。

願い。

戦い。



変化。

暖かい。

笑顔。

眩しい笑顔。

嬉しそうな。
恥ずかしそうな。
楽しい。

悲しい。

でも乗り越えて。

大切にしたい。
大切にしていきたい。

人であることの意味。

すべての根幹現象。




カシャァン








「ああ、あああああああああああああああああああ・・・」


頭を、抑える。

痛い。
体中が異変を、異常をきたしている。

熱い。
蹲る。

震える肩は、止まらない。
思わず手を、数多の命を手掛けたその手をみて、


「うぁ、あああああああああああああああああああ!!!!???」


「知っているぞ? 貴様を。天河」
「言うな・・・!」
「散々知りたがっていただろう? カハハ。 天河。天河アキト(・・・・・)!」
「言うなぁあああああ!!」

絶叫。
ピクリ、と少女が反応した。

瘧のように打ち震える天河アキトは、絶望でその心を染め上げながら、暗く濁った意思によどむ瞳を床に向け、荒い息を吐く。
呟きが、

「俺は俺は俺は俺は俺は俺は」
「殺したなあ天河アキト」
「俺は俺は俺は俺は俺は俺は」
「罪がなかった・・・かも知れぬ者まで殺したなぁ・・・容赦の欠片もなく一方的な殺戮で」
「俺は俺は俺は俺は俺は俺は俺は俺は・・・俺は・・・」

北辰は、その言葉を口にした。

「お前がやったのだ」
「違う!」
「違わん、貴様がやったのだ、天河アキト!」
「違う違う、俺は、俺は!」
「偽るのか!? 貴様の奪った命を、その重さの所在を! かはは、楽しいな・・・!」
「北辰、貴様が、貴様が・・・!!!」

転化。
その変化こそ

「そうだ、我だ! 貴様にそう仕向けたのはな! かはは! その殺意、心地よいぞ・・・!」
「外道があああああ!!!」

アキトは目の前の少女を払った。
がん、と床に転がった少女は、しかし無表情で顔を上げ、強く頭を打ったのか少し血が流れ出す。

アキトは脇差を抜いて北辰に切りかかった。
狂喜した北辰は、しかし冷静に刀で打ち合い、拮抗状態にする。
鍔迫り合いながら、

「そうよ、我ら(・・)こそ人の道を外れたる外道よ! 解っておろう、天河アキト!」
「その口を、閉じろ・・・!」
「受け止めきれぬか!? かはは、今まで無表情に殺しをしてきた人間とは思えぬ脆弱さだな!」

ギン、と打ち合って離れたアキトは机の上に置いてあった分解整備の終えた銃を取り――弾丸は込められている――入り口の正面に立つ北辰に向けて引き金を引 く。
兆弾の危険性は可能な限り低く抑えている。
避けられても廊下の壁で止まるはずだからだ。

3点射。
予測どおり、引き金を引く前に回避行動を取られていてあっさりと避けられた。
3発撃ち終えたところで、銃口は既に向けても兆弾の危険が高まるばかりでそれでは意味がない。

だから投げつけた。

余りにも意外な行動だったのか、北辰は思わず右手で受け止め――瞬間、行動が止まる。

「・・・づあっ!」

左上段から右下段へかけてのアキトの袈裟切りを、北辰は刀の柄を握る左手だけでは抑えきれず、捌ききれずに体勢を崩した。

「ぬう」

斬り終えた姿勢から、アキトは――

右手の中指と人差し指だけ立てた上体で、北辰の顔面へ渾身の突きを――左目に狙いを定めて、





―――抉った。




「ぐがああああああぁぁぁぁぁあああぁあ貴様ああああああああ!!!!」



すぐさま反撃に移った北辰は、激痛にも手放していなかったその脇差を、密接するアキトの腹部に突き立てる。
一瞬の停滞後、

「ぐふっ・・・・」
「我の、眼をおおおっ殺す! カハハッ 殺すぞ天河アキト!」

壮絶な姿で立ち上がる北辰は、痛苦と喜悦に身体を、心を震わせながら左手で抉られた左目を押さえ、血涙はとどまることなく流れ落ち、そのアキトの腹部を貫 通する刃を力任せに抜き取った。

「ぐは、あ、ああああ」

溢れる血液が床に広がる。
まるで花瓶の水を零したような速度で広がったアキトの血は、

それの様子を呆然と見ていた少女の足まで届き。


少女の脳裏を掠める"研究所"での惨劇。

「いや」

呟きは微かなものだった。
が、その声に気づいたのはアキトで、北辰は頭部・・・それも眼窩からの出血によるショックでふらつきを抑えられていない。

「いやああああああああ!!!!」

絶叫は、少女の口から出た。
アキトの出血量はかなり危険な者であることは解ったが、泣き叫ぶ少女を放置することなどできはしない。
生来の、性格ゆえに。


距離は僅か。
頭を抱えて蹲る少女を抱き寄せた。


「殺す、殺す殺す殺す! 天河アキト、貴様は、殺す! カハハ! 楽しいぞ!?」
「殺す、俺もお前を殺すぞ北辰・・・!」
「その身で何が出来る!? その脆弱な心で何を成す!? かはぁは、笑わせるな!」

少女を抱き寄せたアキトは、自分の血で濡れる少女がより恐慌をきたしつつあることも感じながらだったが、

――イメージが、時間が、血が、足りない…

徐々に狙いを定めつつある北辰に向かって言葉を投げ続ける。

「北辰、アンタが言ったんだ・・・強さは、力は強大だと! 心技体、全てまだアンタには適わないが、俺にはアンタに勝る一点がある・・・!」
「くははは・・・なに?」
「今は引く、だがいずれ殺す・・・! 絶対だ、絶対にだ・・・」
「貴様、跳躍を・・・」

光が、アキトと少女を包み始める。

「俺はアンタを、北辰、貴様を殺すために戻ってくる・・・俺の道を殺した貴様を、必ず殺す! 俺は」

殺意に染めた瞳で、ありったけの力を込めた視線は。
北辰の行動を、たった一瞬だけ拘束した。

「俺は、俺の復讐者だ・・・!」

その一瞬で事足りた。
光弾け、血の跡だけがそこに残っている。


「くふ、かはははははっ!!! 面白い、面白いぞ天河アキト・・・!」

一頻り笑うと、北辰は山崎に連絡を取る。
アキトが記憶を取り戻し、子供をつれて跳躍したと。

医療班を手配し、表面的に出し抜かれた形になったが、それこそが。



「くくく、これで味気ない戦争も面白みが出てくると言うものよ」
「やっぱりわざとだったんですね。しかし厄介なことしてくれたもんですよ。演算マシーン、居なくなっちゃったじゃないですか」
「代用が利くならば安い代償だ。」
「この場合、メリットは北辰さんにだけしかないじゃないですか・・・はぁ、もう良いですよ。」

ぶちぶち文句を言いつつ、あ、そうだ。と山崎は思いついたように尋ねた。

「眼、どうします? 生体義眼でも入れましょうか?」
「・・・そうだな、隻眼もいいが・・・天河と殺しあうならば相応の体勢を取りたいところだな。」
「んじゃ、元データで眼作っときますけど・・・あぁ培養だから元の眼には戻らないので。」
「最低限の機能があれば良い」
「んじゃ問題ないですな。水晶体は人工で、虹彩はナノマシン培養するから紅くなっちゃいますけど機能に支障はないでしょうし。」

そう呟きながら、山崎はカルテを捲りつつ去っていった。


病室のベッドに横たわりながら、北辰は去っていった天敵を思って呟く。



「天河アキト、また会おうぞ」





 ◆







記憶を取り戻した際に起こった変調は、その時の出欠死ギリギリの状況での跳躍という要因も重なって、身体を廻るナノマシン輝跡の常時反応現象を引き起こし た。
その状態で定着してしまい、有効な治療法は見つかっていない。
ネルガルに身を寄せたアキトと少女は、その後極秘に建造されていた戦艦ユーチャリスとブラックサレナで北辰を追いながら、嘗ての夢の残滓を助けるべく宇宙 を飛び回る日々を送ることになった。


それから1年と少し後、全ての状況を整えたその舞台の全ての人間は、最終的に火星の最果てで決着をつけた。
万難を排して宿願を果たしたアキトだったが、しかし、仲間たちの下に戻ることはなかったと言う。



過去。
それまで犯した罪。
消し去ることの出来ない、爪痕。

一生死ぬまで抱えて行くしか術はなく、だからこそ――

生きていかなければ、ならない。



たとえ、二度と暖かい過去と触れ合う事が出来ないとしても。



殺し、殺されること。


その輪を断ち切ることは出来ない。
だからこそ。


人の道を外した天河アキトは、その存在を忘れてはならない。

生きる。

死ぬまで、生きる。





殺されるまで、生きて行かねばならない。





End


後書き

まずは管理人こと黒い鳩さま500万HITおめでとうございます。
こないだ400万HITしたばっかりだと思ったのは僕だけでしょうk(ry
何はともあれ、すさまじい早さですな。
今年もがんばってください(笑

北辰列伝。
とかなんとか。ウソです。最後わけわかんないけど、僕もわかんないけど、それっぽいかな、いややっぱり意味不明ですよね。

>解説
 アキトのダークさと、マントにバイザーの由来なんかを邪推してみました。
マント=道中合羽 バイザー=編み笠。
道中合羽はもっと裾長いらしいんですが、一番それっぽいからチョイスしました。
Googleイメージで"道中合羽"と入れると出てきます写真とか。
 そんなわけで、きっと記憶を失って北辰衆に入ってたからだ!なんて安易な理由からストーリーを捏造。
流石にラスト部分は劇場版の焼き増しとか書くのは不毛だったので端折りました。
今回の目標は、カッコイイ北辰を書くこと。ラピスの出演は当然です。でも最後まで名前出てこなかった・・・本当は出す予定だったんだけど、そこまでは ちょっと書ききれなかった問い不具合。
しかし、満足したのでこれで良しとすることにします。
北辰好きの皆様、少しでもかっこいいと思ってくだされば幸いですますハイ!

では、またの機会に。


08/01/17 18:05
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サ ムさんへの感想はこちらの方に。

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