【side:天化】

 俺っちの名前は天化。古代中国・殷王朝末期に起こった殷周革命で周側に加勢していた崑崙山所属の道士だ。

 殷の王都・朝歌にある帝の居城・禁城。その一角にある練兵場で俺は殷朝最後の帝・紂王(ちゅうおう)と相まみえたんさ。

 志半ばで死んじまったオヤジ――黄飛虎の理想を叶える為。そして、目標だったオヤジを超えたって証を残す為にも、俺っちの手で紂王を倒す必要があった。

 結果から言うと、俺っちは紂王に勝った。俺の放った斬撃は紂王の長剣を破壊し、その体を逆袈裟で斬り裂いたんさ。けど、紂王はそんな状態でもまだ生きてたさ。

 妲己によって化物にされた副作用って奴だろう。恐らく、紂王は首を斬り落とす位しなきゃ死ねない体になってたんだと思うさ。けど、それは俺っちにとって僥倖でもあったんさ。

 殷――紂王は人間の手によって討たなきゃ意味がねぇ。仙道によって討たれたら、今までの仙道が人間を支配している状態と何も変わらねぇからさ。

 それに、一対一の勝負でオヤジに勝ったことがある紂王を倒すことで、間接的にもオヤジを超えるって目的も果たせた。だから、紂王に勝ったことで俺っちにはもう戦う理由がなくなってたんさ。

 そして、紂王のことは後からやって来る筈の太公望師叔(スース)に全て任せ、呪いによって血が止まらなくなった傷の療養をしつつ、静かな余生を送ることを俺っちは決めたんさ。

 けど、その矢先に俺っちは死んじまった。殷王家に代々仕えている家系の兵士に背後から剣で心臓を貫かれ、意識が闇へと沈んでいった。そして、意識を取り戻した時には魂魄(こんぱく)となって封神台に向かってる最中だったさ。

 この時、取り敢えず独断専行等で師叔達に迷惑を掛けちまったことや、仙人骨持ちである弟の天祥を残して来ちまったことで、オヤジや道徳師父(コーチ)に封神台で説教されると思ったさ。

でも、実際はそうならなかった。封神台に辿り着く直前、俺っちの進行方向の空間が歪み、俺っちはそのまま歪みの中に吸い込まれちまったんさ。

謎の空間に吸い込まれた直後、俺っちの意識の中に色んな知識や記憶が流れ込んできたさ。スーパー宝貝(パオペエ)を含む全ての宝貝の製造知識。俺っちが死んだ後に行われる戦いの記憶。そして、師叔の正体。


(というか、師叔の正体が宇宙人だったとは驚きだったさ。確かに、人間より妖怪って言われた方が納得いく所がなかったわけでもねぇけど。偶に人間っぽくねぇ形状になってたし……)


膨大な知識や記憶で意識を失いつつある中、俺っちはそんな下らねぇことを考えた。そして、次に意識を取り戻した時に俺っちは何故か赤ん坊になってたんさ。

どうして自分が赤ん坊であると断言できるかというと、俺っちを抱き上げてると思しき人物の大きさが半端ねぇからさ。あと、喋ろうとしてもまともに喋れねぇのが決め手さ。

何を話そうとしても、“だぁ〜”とか“あぶぅ〜”とかしか言えねぇ。声帯がちゃんと発達してないから、まともな発声ができないんさ。

目の前の父親らしき人物と少し離れた所にいる人物がオヤジとおふくろにそっくりなことから、まず俺っちは自分が時間を遡ったと考えたさ。

妲己三姉妹の次女・胡喜媚(こきび)。その正体は時間を操る妖精・雉鶏精(ちけいせい)さ。そんな奴が存在するんだ。長い人生で1回は時間を遡る体験をしてもおかしくねぇさ。

けど、この俺っちの仮説は脆くも崩れ去った。その原因は目の前のオヤジ(仮)が発した言葉だったさ。


「あなた、天化はまだ生まれて間もない赤子です。あまり手荒に扱わないで下さい」
「だははは!天化は俺の子なんだ。この位どうってことねぇよ、夜宵(やよい)


オヤジ(仮)はおふくろ(仮)のことを夜宵と呼んだ。もし、俺が時間を遡ったんならオヤジはおふくろのことを賈氏(かし)って呼ぶはずさ。時間を遡ったんじゃないとすると、今の俺っちが出せる答えはたった一つだった。

それは師叔を含む始祖達が元々住んでいた惑星(ほし)にあったとされる宗教概念で、その末裔とも言える仙道が人間界に広めた輪廻転生ってやつさ。本来、封神された仙道は肉体の再生はおろか、転生すらできねぇようになってる。

俺っちの場合、なんやかんやで封神台へ行かなかったことで輪廻転生を果たしちまったみてぇだ。そして、このことに確信を持つことができたのは俺っちが5歳になった時さ。

精神年齢も既に三十路を越え、喋り方も舌っ足らずではないはっきっりとしたものへと変わり、転生先のオヤジに武道の手解きを受ける様になった頃。俺っちはオヤジとおふくろにある秘密を打ち明けられた。

現在、俺っち達一家が住んでいる惑星(ほし)は太陽系第三惑星・地球。これは前世となんら変わりねぇ。が、オヤジ達の話で俺っち達は地球人ではなく、外宇宙からやって来た宇宙人ってことが判明したんさ。

最初は信じてなかったんだけど、立ち入り禁止とされていたおふくろの秘密部屋を見たら、オヤジ達の話を信じずにはいられなくなったさ。

秘密部屋にあったもの。それは前世でも見たことがない上、家の大きさからは考えられない研究所らしき広大な空間だった。崑崙はおろか、金鰲でも見ることはできねぇ代物さ。

どうやら、俺っちは気付かない内に師叔の仲間入りを果たしてたみたいさ。そして、俺っちがオヤジ達の話を信じたことでオヤジ達は自分達のことを話してくれた。

っと、オヤジ達の正体を話す前に、まずは簡単にでも俺っちが今まで自分の家をどういう風に認識していたかを話しておくさ。

前世で住んでいた殷が存在する大陸の海を渡ってあるお隣さん。極東の島国とされている日本って国のとある農村が俺っちの今の故郷さ。

そして、その農村で一番広大な土地を保有し、村全体のまとめ役も務める所謂豪農(?)ってやつが俺っちの一族・上木家。で、その一人息子が俺っちこと上木天化さ。

それがオヤジ達の正体を知るまでの俺っちの認識だ。それじゃあ、今度はオヤジ達の正体について話そうか。あまりのギャップに呆然とするはずさ。少なくとも俺っちはなった。

オヤジの本名は上木飛虎。本人曰く、地球から遠く離れた銀河で最も力のある惑星軍事国家・樹雷星に存在する四大皇家・神木家の眷族・上木家の人間らしいさ。

証拠として樹雷皇家と一部の縁の者のみが保有するという木製の宇宙船を見せて貰った。皇家の樹といわれてる高度な意思を持った樹木が核であり、動力炉 兼 演算ユニット(?)を務めてるらしい。

というか、オヤジの皇家の樹・『飛燈(ひとう)』が枝葉から俺っちに光を放射し、話し掛けて来たことから高度な意思を持っていることは疑いようがない。

ちなみにオヤジの『飛燈』は樹雷第二世代戦艦らしく、その気になれば太陽系規模で宇宙を滅ぼせるらしい。それを聞いた時、俺は知識としてある『四宝剣』が玩具の様に思えたさ。

そんな宇宙支配が簡単にできるような人物がどうして地球に居るのか疑問にも思ったけど、オヤジの発言を聞いて俺っちは納得した。


「皇眷族としての生活に嫌気がさして、武者修行を口実に皇星を飛び出したんだ。で、樹雷の人間も滅多に近付かない辺境の従属惑星である地球にやって来たんだ。ほら、木を隠すなら森の中っていうだろ?」


オヤジは本家である神木家の当時の当主の弟で、自分から分家になったみたいなんだが、分家でも皇眷族であることには変わりなく、行儀作法とかが厳しかったそうだ。で、それに嫌気がさして逃げ出し、その果てに辿り着いたのが地球だったらしい。

オヤジの次はおふくろの話を聞いたんだが、おふくろには思わぬ所でオヤジとの接点があった。

おふくろの本名は上木夜宵。旧姓は四加(よつが)っていうらしんだが、母親――つまり、俺っちにとって婆さんに当たる人物が樹雷四大皇家の柾木家の人間らしい。

婆さんの名前は四加阿麻芽(あまめ)。旧姓が柾木で、現樹雷皇・柾木阿主沙(あずさ)樹雷の母親。つまり、おふくろは現樹雷皇の実妹ってことさ。ま、現樹雷皇は自分に妹がいることを知らされてないらしいけど。

おふくろは樹雷星ではなく、銀河系最大の研究機関・銀河科学アカデミーに所属してたみたいさ。おふくろから聞いた限りじゃ、アカデミーって所は太乙さんや雲仲子さんの同類が集まってるっぽいさ。

おふくろは16の時にアカデミーの哲学科に入学し、伝説の哲学士の再来って呼ばれてたらしい。で、アカデミー内での遣り取りとか、派閥に嫌気がさして放浪の旅に出て、その果てで地球に辿り着いたそうさ。

そして、オヤジとおふくろは偶然にも日本で出会い、行動を共にするようになって、気がついた時には男女の関係でなし崩し的に結婚。地球での自由気ままな生活を開始。ちなみにオヤジとおふくろが結婚した1年後に俺が生まれたらしいさ。

つまり、俺っちは地球生まれってことを考えれば地球人と言えなくもないけど、血筋を考えると問答無用で宇宙人、というか異星人ってことになるんさ。もしくは地球生まれの異星人さ。

オヤジ達の出自や経歴以外にも色々と教えて貰った。例えば異星人の常識的なもんさ。例えば、地球の様な人型知的生命体がいるのに外宇宙航行技術や宇宙進出技術を持たない惑星は辺境認定されてるとか。

宇宙の法律で、発展途上の辺境惑星への接触は禁止されてるってのもあるらしいさ。……ってか、オヤジ達は普通にその法律に違反してるけど、いいんか?

……ま、オヤジは一応銀河で最も力のある惑星軍事国家の皇眷族らしいし、おふくろもその皇族の縁者らしいから大丈夫か。

そうそう。教えて貰った常識の中に仙道との思わぬ共通点があった。それは異星人がかなり長命だってことさ。特定の条件さえ揃えば、魂魄―――こっちではアストラルっていうらしいけど、そのアストラルを保管することができ、肉体を再構築させることで復活させることができるらしい。

ちなみに、オヤジは生理年齢が20代後半〜30代前半なんだが、実年齢は7500歳。おふくろも生理年齢は10代後半なんだが、実年齢は40代だったりする。

この実年齢に反した若さを維持する技術を延命調整と言い、この延命調整によって延びた永い時を生きる為に肉体と精神を強化する技術を生体強化と言う。そして、延命調整と生体強化はワンセットという考えが普通で、総称が生体調整とも言うらしいさ。

前世で仙道だった俺っちにはあまり理解できなかったけど、おふくろ曰く、生物というのは自然の摂理に反した永い時を生きることに耐えることができる精神を持ち合わせていないらしいさ。

俺っちも生まれて間もない頃におふくろの手で生体調整が行われてることがこの時の会話で判明したりした。なんでも、俺っちが寝てる内にしたらしいさ。その時に判明したらしいけど、どうやら俺っちは生まれつき骨が丈夫で、骨髄が少ない―――つまり、仙人骨持ちだったみたいさ。

この世界に宝貝が存在しないことから俺っちは自動的に天然道士化してるみたいで、仙人骨と生体調整の相乗効果で樹雷の民でも有り得ない身体能力持ちになってることも伝えられた。

オヤジとおふくろ曰く、5歳の現時点で腕力だけならオヤジを超えてるらしい。ちなみに、オヤジの強さは前世のオヤジ以上さ。なんたって、本気になったオヤジは鉄棍を片手で一振りするだけクレーターを作ったらしいさ。
 
俺っち達が住んでる村から山一つ越えた所にでっかい湖があるんだが、その湖はオヤジがおふくろに出会うより前に武者修行の過程で作ったクレーターに雨水が溜まって出来たものらしい。

オヤジの船・『飛燈』にも映像記録が残ってたから嘘じゃないみたいさ。……言っとくが、湖化したクレーターができた際、オヤジは両手を使ってたさ。流石のオヤジも片手で湖規模のクレーターは作れねぇさ。

ん?そんなオヤジ以上の腕力を持ってる俺っちが日常生活を送れるのかって?その点は伝説の再来と言われたおふくろが何とかしてくれてるさ。俺っちの体表面に身体能力を抑える為の負荷力場に常時発生させてるらしいさ。

そのお陰で今まで日常生活に問題はなかったさ。ただ、今後は力加減を覚える為の訓練をするらしいさ。本当は俺っちが15になるまで黙ってるつもりだったらしいけど、俺っちの精神が余りにも早熟だから、5歳の時点でネタバレしたらしい。

というか、おふくろには本当に感謝さ。何故なら前世のオヤジですら、素手で宝貝を破壊できる腕力を持っていた。そして、今のオヤジはそれ以上の腕力があり、俺っちはそのオヤジ以上さ。

恐らく、負荷の掛かってない状態の俺っちは素手で人の頭を熟れたトマトを握り潰す感覚で潰せると思う。そう考えると、おふくろには感謝してもしきれねぇさ。

取り敢えず、そんなこんなで5歳の時から俺っちは前世同様、退屈とは無縁の人生を送ることになったんさ。

【side out】







あとがき

投稿から一晩経ち、色々と見直した所、何箇所か誤字を発見したので編集しました。



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