==遠坂識==
遠坂家頭首である私、遠坂時臣には悩みがあった。
私には三人の子息がいる。
長女の「凛」
次女の「桜」
そして長男であり凛の双子の弟である「識」
幸か不幸か三人とも魔術師として優れた才能を持ってた。
凛は五大元素使いと呼ばれる一級品の才能である。
妹の桜は「架空元素」という極めて稀有な属性であった。
ある意味において凛よりも希少かもしれない。
基本的に魔術は一子相伝。子が二人いるのなら優秀な者にだけ秘伝を伝授し、他の者には魔術の存在を教えずにおく―――――――――――これが大抵の魔術師の基本である。
だが故に悩む。遠坂の後継者は凛が最も相応しい。それは確かだ。しかし桜と識の二人共、非常に稀有な才を持っており、魔道の加護なくしては生きられないのは明白であった。
そして特に問題だったのが長男の「識」だった。識の異様さに気付いたのは、識がまだ一歳にすらなっていない頃。
生まれてから軽く、どのような属性を持っているか調べて分かったのだが、識は風と水の二重属性、私よりも優れた才ではあったが凛の五大元素に比べれば劣る。
魔術回路の数も凛より少なかったので、養子にするか唯人として育てるかに悩んでいた。だがその悩みは、とある出来事によって吹き飛んでしまう。
赤ん坊である識に与えた玩具が壊れていたのだ。それも落として壊れたというわけではない。切れていたのだ。惚れ惚れするほど綺麗に、真っ二つに。
幾ら魔術師の子だろうと生まれて早々に、魔術を行使出来る筈がない。最初は単なる偶然だと思っていたのだが、それからも奇妙な出来事は続いた。
漸く識の異常を感じた私は、幼い識を監視する事にした。そして私は見てしまった。
どう見ても無垢な赤ん坊が、物を斬る瞬間を―――――――――――
私は魔術師としての知識を総動員して識の異能を調べ、そして一つの答えを得た。ケルト神話に登場する一人の魔神バロール。
その者は見ただけで対象を殺す邪眼を持っていたと伝えられる。即ち『直死の魔眼』。なぜ識がこのような能力を持っていたかは分からない。思い当たる節はないのだ。
だが間違いない事は一つだけ、識の『直死の魔眼』が魔術協会に知られれば、待っているのは間違いなくホルマリン漬け。魔術師としても一人の父親としても、息子をそんな目に遭わせたくない。
よって私は識に、魔術そっちのけで魔眼の制御を物心つく前より教え込んだ。眼鏡か何かで魔眼殺しを作る手もあるにはあったが、自力で魔眼を制御出来るに越した事はない。その甲斐もあってか今ではそれなりに制御可能になっていた。
だが遠坂の頭首が凛であるのは決定事項だ。『』を目指す魔術師として、これだけは譲れない。だとすると養子にする他ないわけなのだが、だが識の『直死の魔眼』の存在を知った魔術師が、どのような行動に出るかは想像に難しくない。
そんなある日の事、私の下に天啓に思える、盟友であるマキリからの要望。子息の誰か一人を養子として欲しい――――――私は歓喜した。同盟を結んだ間柄だけあってマキリの内情はある程度知っている。何度も後継者に魔術回路を持った人間が生まれず断絶寸前という事だ。遠坂とは違いマキリは既に過去の名門、他の家から養子を得る事は適わないだろう。つまり識はマキリの後継者として魔道の加護を受けられるだけではなく『』に至る事の出来る可能性も高まるという事だ。マキリも『直死の魔眼』を持つとはいえ後継者を殺したりはしないだろう。念の為に制約でもさせれば問題は解決する。マキリのほうは桜を欲しがっていたようだが、最終的には納得した。
しかし識に構ってばかりで桜をどうするかを決めていない。しかし幸い桜は稀有な才能を持っているとはいっても『直死の魔眼』ほど規格外のものではないので、養子に出す家は、直ぐにでも見つけられるだろう。
しかし私の期待も空しく桜を養子に出す前に聖杯戦争の時期が迫ってしまった。やはり識に構いすぎたのが不味かったのだろうか?一応、葵にも言い聞かせておいたが、私がもし亡き者となった場合、桜を他家に養子に出したりはしないだろう。つまり今回の聖杯戦争。何が何でも負けられないという事だ。
私は、過去の思い出に浸りつつ英雄王を呼び出すための準備を始めた。
==間桐識==
「……養子…ですか……」
「そうだ識。お前は間桐の養子となり、やがてはマキリの魔道を継ぐものとなるのだ」
ある日、オレが父様に言われたのは、この家を出て行けという宣告だった。間桐の事は知っている。たまに会いに来ては、おみあげを買ってきてくれた男の人、間桐雁矢の実家だった筈だ。でもオレがアーミーナイフを買ってとせがんだら、おもちゃのナイフを買ってくれたのを覚えている。出来れば本物が欲しかったが、オレには例え偽りのナイフだとしても凶器になる。ただ線をなぞり点を突けばいいだけなのだから。
話は変わるが、オレには死が視えた。父は胎盤にいる時に『』に触れたのかもしれないとも言っていたが、本当の事がどうなのかは知らない。ただ昔から死が身近だったオレには、世界が酷く儚く写っていた。
ただ少し線をなぞれば崩れる世界、点を突くだけで壊れる世界。
曖昧で不確かで空っぽな世界。
もしかしたら生の実感が沸かないのかもしれない。何故ならばオレにとって死は生よりも身近で日常的だったからだ。唯一の楽しみは何だろうか?物の線は酷く視え難い。だから生物を殺したいのだが、その機会は稀だ。前に野良猫を殺した事があるのだが、御蔭で母様にこっぴどく怒られた。世界の中で殺しは禁忌である事を知ったのは、それが最初だったかもしれない。
雁矢おじさんは逃げ出したと言っていた。前に「なんで家出したの?」と聞いたら嫌そうな顔をしてたから、きっと凄い怖いところなんだろう。
もしもオレが拒否すれば桜が変わりに養子として出されるかもしれない。数少ないオレという存在を肯定してくれる凛から離れるのは嫌だったけど、しょうがない。
「分かりました。間桐で立派な後継者となります」
「そうか、よく言ったぞ識」
父様は変わらない表情で言った。
思えばこの人の笑った顔というのを見た事がないかもしれない。どんな風に笑うのだろうか?養子に出る前に母様に聞いてみよう。
人生における分岐点に、オレはそんな下らない事を考えていた。
そして遠坂識として存在する最後の日、迎えに来たのは間桐鶴野と名乗る男だった。
「識、お前は間桐の後継者となるのだ。顔を上げなさい」
道を行進するアリを眺めていたのに………仕方ないので顔を上げた。
冴えない男―――――それが間桐鶴野の印象だった。雁矢おじさんのほうが、なんとなく強そうだ。
「識、これ私のリボン」
餞別のつもりなのだろう。凛が自分の魔力を込めたリボンをくれた。
「ああ、ありがとう。参ったな。髪のばさなくちゃならない」
今の髪型じゃリボンを結ぶ事は出来ない。大切に持っておくというのもアリなのかもしれないけど、やはり結べるなら結びたい。
「気にしないでいいわよ。ほら桜も…」
「兄さん………」
緊張する桜の頭を撫でてやる。
むっ、赤くなってしまった。
「じゃ、サヨナラ」
別れの時に、何を言えばいいのか分からなかったので、当たり障りのない言葉を言った。
最後に姉と妹の顔を見てから、オレは遠坂識から間桐識へと変化した。
==殺人動機==
「カッカッカッ、これが遠坂の倅か。なるほどマキリの出来損ないとはモノが違う」
間桐邸に着いて直ぐに、オレは地下修練場とかいう場所に連れてかれた。数多の蟲が蠢く地下は魑魅魍魎という言葉がピタリと当てはまる。
「では早速、始めるとするかの」
何を始めるのだろう?もしかして蟲を操る術を学ぶのだろうか?
オレは好奇心と恐怖心から父様から禁じられていた『直死の魔眼』を使った。
「何だよ……ソレ……?」
視えたのは人じゃなかった。
間桐臓硯という人型を形作る蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲
これはなんだろう?この蟲はオレをどうするつもりなのだろう?
蟲がオレを食おうとしている、オレを壊そうとしている。
嫌だ。
そんな感情を関したのは久しぶりだ。
近付いてくる臓硯。
この蟲はオレを犯そうとしているのだろう。
あぁ殺したい……………
気が付けばオレの身体は、臓硯に向かって翔けていた。
「ほぅ、自分のされる事を理解して、反抗してきよったか。カッカッカッ、真に活きのいい子を産みよるわ遠坂は」
「少し黙れよ。殺す場所を間違えるだろう」
臓硯の背後で蟲が蠢く。死の感じがそれぞれ違う、たぶん色々な用途があるのだろう。緊張する、もしかしたら死ぬかもしれない。だけどそれが堪らなく愛しい。
臓硯は笑ったままで、攻撃らしい攻撃をしてこない。
油断している?なら絶好の機会だ。オレはこの蟲を殺そう。
何故なら人は――――――――突くだけで死ぬのだから。
大した力も込めず「点」に指を突き刺した。
「ガッ!?ぐっうううぅぅ、小僧!!貴様一体なにをした!!!」
臓硯もオレみたいな子供が、自分を殺せるとは思っていなかったのだろう。なにがなんだか理解不能といった様子で、オレを睨んだ。
「悪かったな、臓硯。オレの目はイジョーらしくてさ。モノの死が視えるんだ」
「モノの死!?それは直死の魔がッ―――――――」
臓硯がソレを言い切る事はなかった。その前に消えてしまったから。
やっぱり人は脆い。
こんなに簡単に死んでしまう。
なんて儚いのだろう。
あれだけ緻密に構成された臓硯は脆くも崩れ去り
やがて土へ還った。
「うっウワあああぁぁぁぁぁあぁぁああぁぁぁああ―――――!!!!!」
確か鶴野っていったっけ?その男は、まるで何かに怯えるように逃げていった。
そうか……オレが怖いのか……
だけどどうしよう……
間桐家に来て早々に、間桐の頭首っぽいのを殺しちまった。
この場合ってオレが頭首になるのかな?
父様には言わないほうがいいだろう…………
それにしても
人を殺したのは初体験だけど
――――――良かったな
久々に強く生を実感できたよ
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