==言峰綺礼==


「なぁ、キレー。そこにあるコーラとって」

イスに置いてある、コーラのペットボトルを指差して言う。
本を読みながら寝転がる人影が一つ。瞳の色は、透き通るような翠。
顔は日本人形のように整っており、長い髪はリボンで纏められている。
もしも彼を知らない人がいたら十人が十人、美少女と答えるだろう。しかし“彼”は“彼女”ではなく彼だった。

「……お前は此処をどこだと思っているのだ?」

手にはマク○ナルドで買ったチーズバーガーを見て、彼にしては珍しく、溜息を吐きながら言った。

「何処って……礼拝堂だろ。それがどうかしたか?」

「どこの世界に、礼拝堂の中でハンバーガーを食べながら、研鑽する魔術師がいる…」

「ここにいるじゃないか」

何を言っているんだと言わんばかりに、自分の事を指差した。
言峰は自分で取れと言うと、再び何か資料のようなものを読み始める。

識は遠坂時臣から『直死の魔眼』の制御は学んだが、魔術に関しては初歩しか学んでいない。
故に彼が魔術を学ぶには、師の存在が必要不可欠であった。
その対象として最も適切だったのが、今は亡き遠坂時臣の弟子だった言峰綺礼である。
雁矢は識が魔術を学ぶのに難色を示したが、止める事は出来なかった。
それに識が綺礼を師として選んだのには、他にも理由がある。言峰綺礼は聖堂教会でも、特殊な立場である代行者でもある。
教会の代行者と聞くと、一般的にはエクソシスト等を想像するかもしれないが、言峰のような『代行者』は似て非なるモノだ。
異端の魂を救うのではなく、力によって異端を抹殺する、それが代行者の仕事。
それ故に代行者には優れた戦闘能力が必要だ。綺礼もその例に漏れず、代行者特有の武装である黒鍵の使い手であり八極拳の達人でもある。
つまり魔術だけではなく最も興味のある殺人の技術が詳しく学べるという事なのだ。

「キレー。オレって凛みたいに、電気とか出せないの?」

「いきなり何を言い出すのだ、お前は?」

「別に……だけど電気って便利じゃないか。電気代とか節約出来るだろ、電気があれば?」

「………成る程、興味深い事だが、お前が電気系統の魔術を習得出来る可能性は、限りなく0だ。お前の属性は風と水の二重属性、そしてお前の起源は“飛翔”だ。必然的に得意とする魔術も起源に近付く事になる。私の起源が「傷を開く」であるのと同じ様にな」

「だよな………聞いてみただけだよ」

「そんな事より学校はどうした?今日は祭日ではないが…また開校記念日か」

「そうそう、オレの学校って開校記念日が一杯あるんだよ」

勿論、開校記念日が幾つもある訳も無い。識は中学生だが、学校では殆ど猫を被っている。しかし識は凛と違い、本性を隠すのに、それほど長けていないので、猫被りはかなり疲れる。なら猫被りを止めればいいのだが、一応は父である時臣から「常に優雅たれ」という家訓を幼い頃より叩き込まれているせいもあって、一般人の前では、ある程度は完璧な人間を演じているのだ。

そんな時、礼拝堂の扉が、強く開かれた。
赤いコートを纏った、その姿は見間違いようも無く識の実姉である凛だ。

「識!今日は逃がさないわよ」

凛の顔には、してやったりという笑みが浮かんでいる。そのまま識に近付くと、その腕を強引に掴んで引っ張った。

「たっく、面倒だな。別にいいじゃないか、学校なんて一日二日サボっても問題ないだろ」

「アンタが休んだ回数は、一日二日じゃないでしょうがッ!!」

「間桐と遠坂って不可侵のナンタラを結んでたんじゃなかったのか?」

「毎日のように家に来ては、晩御飯を食べたり、私に髪を切らせたりするのは、何処の誰かしら?」

「此処のオレだよ…………だけど仕方ないだろ。間桐には料理が作れる人間がいないし、赤の他人に無防備な首を晒すなんて考えられない」

「はいはい、分かったから、さっさと行くわよ」

「仕方ないか……」

押しの強い、姉に引っ張られて、識は登校した。かろうじて制服によって識が男性だと分かるが、その様子は姉弟というよりは、仲の良い姉妹の登校というのに近い。だが嫌々ながらも凛と一緒に登校する識の表情は嫌そうではなかった。




==衛宮士郎==


「何やってるんだ?アイツ」

既に赤く染まった空の下で、少年は高飛びを続ける。だが何度やっても、その高さのバーは飛べない。少年も分かっている筈だ。自分にはこの高さは飛べないと……なのにそれが認められないのか、少年はただ我武者羅に、その高さを飛び続けていた。

(あいつ……あるな……)

識は天性の直感で、少年が普通ではない事を知り、直死の魔眼を持って少年を視た。
少年の体に、蜘蛛の糸のように線と点が映る、だが識が視ているのは、それだけじゃない。大半の人間が持ち得ないもの――――――つまりは魔術回路。魔術を行使するのに不可欠なソレを、彼は持っていた。しかし開いていなかった為に、彼が魔術師であるとまでは、分からなかった。

「なぁ、あれ何やってるんだと思う?」

どう考えても、少年の行動が理解不能だった識は隣に居た凛に尋ねた。

「さぁ、それが分かるのは、あの子だけよ。……でも諦めたくないんじゃないかしら」

「諦めたくない?あんな奴、陸上部にはいなかったぜ。なのに何で諦めたくないなんだ?」

「確かに……無駄よ…」

凛にはそう答えるしかなかった。
憶測でモノを言おうにも、所詮は憶測に過ぎない。その人間の心は、本人にしか判らない。例え優秀な魔術師が記憶を覗き見ようとも、心は覗けないのだ。
だから凛に答えられるのは、客観的な事実だけだった。

「無駄……か。だけど本当に無駄なのか。無駄な事にも意味があるかもしれない。例え成功確率が0だとしても意地がある。意地に数学的な理屈は関係ない。それに他人の生き方に口を出す程、オレは野暮じゃない」

たぶん、あの名も知らぬ少年も、理解している。自分が飛べない事を…、それでも飛ぶという事は、他者には分からない意地があるのだろう。

確率は0
だが0の確率に挑む事が0(無駄)な行為なのかは分からない。
もしも何かの拍子に、彼が飛ぶ事があれば、それは0という無から∞という有を生み出す事に他ならない。

そう間桐識には少年が零であり無限に思えた。



――――――――そうさ理解出来る。
アイツはオレの反対だ。オレは他者を殺す事に喜びを見出すけど、アイツは他者を救う事に喜ぶんだ。
犯す者と活かす者
対極であり隣り合わせである両者。



ただ少しだけ少年に興味を覚えた

そう、それだけの事だ






後書き

後一二話で本編に入ります。
本日は言峰と士郎が登場するだけの話でした。
では次回に………



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