夢を見ている
あの頃のオレは、言峰に弟子入りしたばかりだった。学校から帰ると、直ぐに教会に向かい、そこで魔術の修練と戦闘訓練をしていた。そんな生活だったので非常に忙しく、一般的な同年代の男子が、公園でサッカー等をしている中で、オレは多忙な毎日を送っていた。そんな生活でも暇というのはある。例えば言峰が代行者としての仕事に出てしまった場合などだ。
その日も突然、言峰が聖堂教会の仕事に行ってしまったせいで、暇になってしまったのだった。
空を視ていた。
そこには毎年変わらない空が浮かんでいる。死を視る目でも空には死が視えない。物の点は視えないが集中すれば線は視えてしまう。だけど空だけは違う。どんなに目を凝らしても空には死がない。圧倒的な死で溢れた世界で、オレが見つけた唯一絶対の生かもしれない。だから空を視るのは大好きだった。
今思えば公園で、ただ空を視る少年(他人は少年ではなく少女と見ていた)というのは、目だったかもしれない。何回か外国人の老夫婦に声を掛けられた事がある………名前は確かマッケンジーさんだった。あれからマッケンジー老夫婦と親しくなったんだっけ?
そんな訳で、オレは酷く目立っていた。しかし大人は兎も角として、同年代の子供が話しかけてくるのは稀だった。
ほんの何回か話しかけられた事があるが、適当に受け流した。ある程度の良識を識った今では、失礼な行為だと分かるが、あの頃は子供だった。それ故に社会の綱を渡るのも達者ではなかったし、猫被りは学校でしかしなかった。
そんな頃だったと思う。
彼に出遭ったのは…………
「面白い眼を持ってるね」
それが彼の第一声だった。金髪紅目のゴージャスな少年はそれだけで目を引く。
何よりも驚いたのが、オレの眼の事をあっさりと見抜いた事。眼に関しては父様と母様、凛と桜、後はキレーしか知らない筈なのだ。父様は亡くなったし母様達が話すとは思えない。一番疑わしいのはキレーだけど何となくキレーが約束を破るとは考えられない。
「何で分かったんだ、誰にも話したことないんだけど……」
「まぁ、一言で言うとなんとなくですよ。僕はこう見えても“色々”な経験がありまして、それで貴方の持っているような魔眼に関しても識っているんですよ」
色々な経験という事は、彼は魔術師なのだろうか?
疑問に思い訊ねてみたが、答えは否だった。魔術の存在は知っているが魔術師ではないらしい。
――――――――少年はギルと名乗った。本名ではなく愛称らしく、本名はとある事情で教えられないらしい。
それからは一人で空を眺める事はなくなった。言峰が仕事に行く日が、苦痛ではなく、喜びに変わっていたのを識ったのは、いつだっただろうか。言峰がいる日に公園に行ってもいない少年は、言峰がいない日には必ずと言っていいほどいた。この出会いがなければ、間桐識はもっと別の人間になっていただろう。少なくとも友人と呼べる人間は出来なかったに違いない。しかしある日、言峰がいない日に公園に行くと、そこに彼の姿はなかった。それからオレはギルを見た事は無い。だがこれだけは言える。
―――――――――――間桐識にとってギルという少年は
初めてであり唯一の朋友である。
==結界==
翌朝、識が起きて学校に行くと、校門に凛の姿が見えた。
他人に対しては、上手く隠しているが、長年一緒に過ごして来た識には分かる。あれは怒っている、それも猛烈に…………
「よっ、凛。どうした不機嫌そうな顔して」
「中に入れば分かるわよ」
「中って、学校に?」
疑問に思いながら、学校の敷地内に足を踏み入れると
「ッッ!!」
入った瞬間、まるで異世界に紛れ込んでしまったのではないかと錯覚した。
成る程、凛が不機嫌だった理由がよく分かった。
結界を張る上で最も大事な事は、相手に気付かれない事だ。その点から言えば、学校に張られた結界は下の下。はっきりいってお粗末と言うほかない。しかしこの圧倒的な悪寒…………こんな規模の結界を張れるのは、非常に優れた魔術師か…………
「サーヴァントの仕業か?」
「でしょうね、アーチャーもこれは宝具だって言ってたわ」
「アーチャー?凛のサーヴァントはアーチャーだったのか」
ピシっと凛の体が固まる。遠坂家に遺伝子レベルで伝わる『うっかり』それが発動した瞬間だった。
どうやら自分の失態に気付いたらしい凛は、頭を抱える。
最後にはぁ〜っと溜息をつくと、再びオレに向き直った。
「そうよ、今更隠しても仕方ないから言うけど、私のサーヴァントはアーチャー。それよりこの結界を張ったサーヴァントに心当たりは無い?これだけの結界だからたぶんキャスターの仕業ね」
「いやそれは違う」
「大した自信ね。けれど他にこれ程の結界を張れるサーヴァントがいるとは考え憎いのだけど」
凛の言う事は的を射ている
セイバーとランサー、アサシンは結界を張るようなサーヴァントではない。アーチャーは凛のサーヴァントなので除外。バーサーカーは狂っているので結界なんて器用な真似が出来るわけない。残りはライダーかキャスターだ。その二つのクラスの内で最も怪しいのは、魔術師のサーヴァントであるキャスターだろう。オレが凛でも同じ推理をする。
「残念だけどキャスターはオレのサーヴァントだよ。だから結界を張ったのは他のサーヴァントだ」
(マスター!!)
(なんだキャスター?)
(なんだ?じゃありません!!敵のマスターに情報を教えるなんて何を考えているのですか!!)
(凛のサーヴァントのクラスも知れたしいいだろ)
(よくありません!!これは戦争なんですよ!!)
(あーーーーー凛が変な目で見てるから、話は後だ)
(くっ……分かりました)
「それで?なんだっけ」
「なんだっけじゃないわよ!!だから結界を張ったマスターを倒すまで休戦しようってことよ!!私達が争ってる間に結界が発動してましたじゃ洒落になんないでしょ!!」
「打倒だな、それで疑わしい奴を見つけたら、デストロイでいいんだよな」
「そうよ。あっ、だけど直ぐに殺しちゃ駄目よ。先に結界を解く様に警告して、拒否したなら攻撃しなさい」
「もしも了承したら?」
「そうねぇ………半殺しで勘弁してあげるわ」
怖い笑顔で言った。
どうやら、かなり頭が沸騰しているようだ。
「まあいいや。少しだけ待ってくれ。キャスターと相談するから」
凛に断りをいれると、再びキャスターと作戦会議に移る。
(それで…どうする?)
(私見を言わせて貰えるなら、悪い話ではありません。よりにもよってマスターが二人いる学校に、結界を仕掛けたという事は、最低でもマスターか、アーチャーのマスターの情報は得ているでしょう)
(だろうな。間桐と遠坂は始まりの御三家だって事は、聖杯戦争に参加する魔術師なら知ってて当然のことだからな)
(もしもアーチャーと戦うなら、私の陣地ではない学校で戦うのは不利ですし、最悪の場合アーチャーと結界を張ったサーヴァントと同時に戦う事になる可能性すらあります)
(成る程、流石はサーヴァント。戦略に関しても詳しいな)
(ところで先程から気になっていたのですが、アーチャーのマスターとはどのような関係なのですか?かなり親しい関係のようですが……)
(話してなかったっけ?オレと凛は姉弟なんだよ。苗字が違うのはオレは間桐に養子に出されたから。お互いの先代が死んでからは、姉弟揃って魔術師の家の頭首だよ)
(そうだったのですか……………)
(話を戻すけど、凛と停戦っていうのは賛成なんだな)
(はい。特に反対意見はありません)
キャスターとの作戦会議を終えると、凛に向き直る。
「キャスターも異論はないそうだぜ」
「そう、キャスターが賢明で助かったわ。今後の事だけど、識は放課後に結界の呪刻を殺してくれる?あんたのサーヴァントがキャスターなら結界に関しても詳しいだろうし、その眼もあるでしょ」
結界の基点である呪刻、確かにキャスターならそれを探知するのも難しくないだろうし、オレの直死の魔眼なら呪刻を殺すなど容易い。そうやってオレが結界の発動を妨害してる間に、凛は大本であるサーヴァントを見つけ殲滅する。いい作戦だ。
「そうだな。それじゃオレが結界の妨害。凛が大本の抹殺って事で………もしも結界を張ったサーヴァントが襲ってきたら殺す、でいいんだよな」
「上出来よ。他に何かいう事は――――――――――――――――」
キーーーーーーンコーーーーーーーン
シリアスな会話に場違いな音が響き渡る。
この音の内容をオレも凛も熟知している。何故なら…………
「不味い!!予鈴がなった!!」
「ああもぅ!!時間の事を忘れてたわ!!」
急いで教室まで走る。
幾ら何でも校門で喋っていて遅れましたでは話にならない。おまけに凛は兎も角として、オレの担任はタイガーだ。何を言われるか分かったもんじゃない。
だが凛の『うっかり』はこれだけじゃなかった。
そう彼女は言い忘れていたのだ。先日に出会い、バーサーカーを打倒する為に同盟を組んだマスターである衛宮士郎の事を話すのを………
遠坂凛は『うっかり』忘れていた。
==士郎の災難==
遠坂は結界を張ったマスターを倒すと言って、どっかに行った。
遠坂の事だから、言葉通り街にマスターを探しに行くのだろう。
正直に言って遠坂が魔術師だって聞いた時は、物凄く驚いた。おまけに遠坂の地を知った時は二重の意味で驚愕だった。自分の憧れが壊れて悲しいような、本当の遠坂を知れて嬉しいような…………微妙な心境かもしれない。
いやそれだけじゃない、一番驚いたのは桜のことだろう。遠坂の妹だからもしかしてと訊いてみたのだが、悪い予想は当たってしまうもので、桜も聖杯戦争に参加していないものの魔術師らしい。本来なら魔術は跡継ぎである一人にしか教えないのだが、桜が余りに才能を持っていたため魔術と関わらず暮らす事は出来ないと判断したそうだ。
翌日来た桜に確認したら、それを認めたので間違いない。桜は俺が魔術師だという事を遠坂に隠していたから怒られていたっけな。最初は桜も自分が魔術師だとバレたのが辛かったのか、暗い顔をしていたけど、桜が魔術師だろうが関係ないと言ったら機嫌を直してくれた。しかし何故か赤くなってしまったので病気か?と訊ねたら顔を真っ赤にして否定した。なんでさ?
俺は今、校舎内を調査している。遠坂も言っていたけど未熟者の俺じゃ大した事は出来ないかもしれないけど、何にもせずに家でじっとしている訳にはいかない。
こうやって調べていれば少しでも遠坂の助けになるかもしれない。
「よぅ。まさかお前がマスターだったとは驚いたよ。魔術回路が開いた形跡がないから無視してたんだけどな」
「ッッ!!―――――――識!!」
見間違える筈が無い。制服の上に纏った蒼い外套は何時もと同じ。ただ表情だけが見た事が無い。そうそれはまるで、あの時のランサーと同じではないか?
「マスターって、もしかして識も魔術師なのか!?」
「ご名答♪こう見えても間桐家の頭首なんかやってる。そして聖杯戦争に参加してる『マスター』だよ。シロー」
階段の上から、まるで王者のように俺の事を凝視している。気付けば目の色が、遠坂と同じ翠から真っ青な蒼へと変わっている。これがじいさんの言ってた魔眼なのだろうか?
「おいっ、まさかこの結界はお前が張ったのか!?」
友人を疑いたくは無いが、俺の中の冷静な部分が、可能性としては高いと叫んでいる。だから気付いたらそう言っていた。
「それについては否定するよ。オレはマスターだけど、この結界を張ったマスターじゃない。そういうシローこそ、この結界を張ったんじゃないのか?」
「違う!俺がマスターになったのは昨日だし、そんな事をする余裕はなかった!」
「どうだか、見たところ魔力量も低いし、この結界を使ってサーヴァントの魔力供給する動機は十分だし…………いやこんな問答しても時間の無駄か。どっちにしろマスターには変わりないんだ。安心しろよ。一応は知り合いだし指で我慢してやるよ」
「指ってなんだよ!!」
答えはなかった。ただ懐からナイフを取り出した識を見て、
俺は咄嗟に駆け出していた。
後書き
うっかり連発。
識は遠坂の長男だけあって、うっかりスキルもしっかりと受け継いでいます。ちなみに幼い頃に出会った少年の正体ですが………分かりますよね?
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