==電話==
「はっ?識に襲われたって本当なの!!」
衛宮邸に帰ってきた凛は、士郎からの報告を聞いて驚愕していた。
だが同時に気付いてしまう、これが自分の『うっかり』によって起こってしまった茶番劇だったのだと。
「ああ、でも悲鳴が聞こえて、それで悲鳴のあったところへ行ったんだ。それからはライダーを識が追っていったから追おうとしたんだけど………」
それからの事は一度聞いたから知っている。
識はキャスターに士郎が付いて来ない様に、キャスターに命令してからライダーを追っていったのだ。
ライダーを単独で追って行った事を抜かせば、いい判断だろう。実際問題、士郎が付いて行ったところで足手まといなだけだし、もしも令呪を使ってセイバーを呼ばれでもしたらライダーと一緒にお陀仏になりかねない。流石は実戦慣れしている。
「あー、実はね士郎」
今回の事は完全に自分の責任だ。
少しだけ躊躇いながらも事の顛末を話していく。
最初は平静に聞いていた士郎も、話を聞いている内に顔が驚愕に歪んでいった。
「じゃあ、識とは停戦していて、俺と遠坂が同盟を結んだ事を言い忘れていたのか!!」
「……………今回ばかりは言い訳のしようもないわね。貸し一つという事にしておくわ」
遠坂家に伝わる『うっかり』を呪いつつ、言葉を吐く。
これで士郎がヒステリックな性格だったなら更に厄介な事になっていただろう。
そんな時、今まで黙っていたセイバーが口を開く。
「ところでリン。そのシキという魔術師は信用出来るのですか?それにキャスターは謀略に長けたサーヴァントです。一時的に休戦するとしても用心の必要があると思います」
セイバーが思うのは前回も参加した第四次聖杯戦争でのこと。
己のマスターは、とある事情で休戦状態にあったにも関わらず敵マスターを狙い、後一歩のところまで追い詰めた。そのシキという者が同じ手段に訴えないという確証はない。
「それなら大丈夫。こう見えても人を見る目は確かなつもりよ。付き合いも長いし、少なくとも貴女の心配しているように、後ろから刺されるような事はないわよ」
「そうですか………貴女がそこまで言うならば私に反対はありません」
セイバーは短い付き合いだが遠坂凛という女性が、迂闊に人を信じるようなお人好しでも、簡単に騙される馬鹿ではない事を知っている。そのリンがここまで言うのだ。シキという魔術師はそれなりに信用の置ける相手なのだろう。
「じゃあ私は、この事を識に伝えるわ。
衛宮君、電話を貸してくれるかしら?」
「ああ、いいぜ」
携帯は未だに使えない凛だが、流石に普通の電話くらいは扱える。
士郎から電話を借りると、識の携帯番号を押す。
ルルルルルルルルルルル
数秒、コール音が響き
「もしもし…」
「あっ、私よ」
「私なんて名前の人はいない」
「馬鹿な事を言うのはやめなさい。どうせ分かっているでしょう」
「それでなんだよ凛。こっちはライダーの捜索やら何やらで忙しいんだけど」
「言い忘れてた事があったのよ」
「言い忘れ?あぁ成る程。またアレか」
「ええアレよ」
二人共言わずとも知っている。
何故ならお互いに同じスキルに散々苦しめられてきたのだから。
毎回肝心な場面に限って『うっかり』が発動する二人。そんな意味でも二人は似たもの同士なのかもしれない。
「詳しく説明するのも面倒だから簡潔に言うわね。今日、衛宮君と戦ったでしょ。だけど士郎とは同盟を結んでいて、今の所は敵対関係じゃない」
「同盟?なんでまた」
「話せば長くなるから簡単に言うけど、士郎ってイレギュラーのマスターらしくて、聖杯戦争の“せ”の字も知らない有様だったの。だから教会に連れてったんだけど、その帰りにアインツベルンのマスターに襲われて、その時は何とか助かったけど、アインツベルンのバーサーカーは強力だから一時的に手を組もうという話になったのよ」
「………分かりやすい説明だったぜ。ならオレもそっちに行ったほうがいいかもしれないな。一時的とはいえ手を組むなら別々の場所にいるのは、あんまり有効じゃない。もっと大規模な戦争になれば違うだろうけどこれは戦争といっても14人で争う戦いだしな」
「話が早くて助かるわ。私から衛宮君に説明しておくから、識は荷物を纏めて衛宮君の家に来て。あっ、士郎の家は分かる?」
「一度だけ行った事があるから知ってるよ。じゃあオレは準備するから」
「待ってるわよ」
こうして短いやり取りは終わりを告げた。
==三騎同盟==
どうしてこんな事になっているのだろうか?
俺には分からない。気付いたらこんな事態になっていた。
キャスターの暴走
遠坂の便乗
セイバーの苦難
俺は二人の前に立ち塞がったけど、あっさりとやられてしまった。というより遠坂ってこんな性格だったのか………夢が壊れるどころか、夢が木っ端微塵に爆破処分されてしまった。あれじゃ酔っ払い親父そのものだ。
「なにか言ったかしら?」
「イエ、ナンデモアリマセン」
すまん、セイバー。
俺にはあかいあくまに対抗する事は…………出来ない。
「シロウ!!援軍を!!」
くっ、すまんセイバー。
そんな………そんなメイド服を着て半泣き状態で言われたら、その男として目のやり場に困る。
事の起こりは些細な事からだ。
識とキャスターが共闘の為に家に来た。そこまでは問題なかった。識とセイバーも結構巧くやっていたしキャスターもあのアーチャーとは違って好感が持てた。
問題はその後………………
頬を染めたキャスターがセイバーの服を可愛らしいものへと変えようと提案。それに遠坂が便乗。最初は俺も反対したが、気付いたら遠坂とキャスターの二人に丸め込まれていて、今に到る。
セイバーの格好はどこから手に入れたのかミニスカメイド服。詳しい説明は省くが、流石は魔術師のサーヴァントだと言っておこう。
「くっ、この様な姿………騎士達には見せられない」
「いいわ!!いいわよセイバー!!」
「これは……女の私でもやばいわね」
お願いだ。だれか二人を止めてくれ。識お前はキャスターのマスターだろ。なら自分のサーヴァントの暴走くらい止めろ。
「別にいいじゃないか。面白いし」
どうやら援軍は来てくれなかった。
しかしメイド服か……。そういえば俺のクラスが前の文化祭でやろうとして一成に潰されたんだよな。最期まで一成&女生徒と男子生徒全員が争っていたのを覚えている。結局は男子の夢は砂へと消えたのだが………。だが一部の女生徒は賛成してたよな。なんでだっけ?
あの時はよく分からなかったが、今ではよく分かる。確かにメイド服を着たセイバーは、俺から見ても可愛い。如何にも騎士然とした雰囲気もセイバーらしかったけど、今の格好は別の意味で凄い。
「なに見てるんだ?」
気付いたら識を見ていたらしい。
そうだ思い出した!!クラスの女生徒は識のメイド服姿が見たくて賛成してたんだ。
それにしても、識がメイド服か…………待て、俺は何を考えているんだ。
「へぇ〜、そんな事を考えてたんだ」
「って、遠坂!!」
「安心して。識は聞いてなかったわ。それにしても面白いことを言うじゃない。まさかそっちの趣味があったの」
「いやいやいやいや、俺は普通だって。そんな趣味はない!!」
「どうかしら。色々と噂になってるわよ」
ガラガラガラガラ
その時だった。
ドアを開く音がする、ってこれは!!
「遠坂!!不味いぞ藤ねえが来た!!」
「えっ、嘘でしょ!」
「大河が来るのですか!不味いです。この様な姿を大河に見られたら………」
ああ言わずとも分かる。
咆哮→暴走→大被害→鎮圧
のコンボが炸裂するのは目に見えている。
「し〜ろ〜。ご飯食べに来たよ〜」
ただでさえ遠坂の事を説明するのに骨が折れたんだぞ!!
おまけにセイバーのメイド服姿なんて見られたら…………
「じゃっ、ご飯にしようか!!……………あれ?どうしたのセイバーちゃん。ドレスなんか着ちゃって」
「いえ、これは外国にいる私の友人が送ってきたもので、折角なので試着したところなのです」
「ふ〜ん。そうなんだ。それにしても似合ってるわね」
上手いぞセイバー!!そうだセイバーはサーヴァント。一瞬で武装すれば簡単に服をチェンジする事が出来る。おまけに咄嗟の言い訳にしてはベストだ。
あと、どうでもいいけど、いきなり入ってきてそのセリフはどうかと思うぞ、藤ねえ。仮にも教師なんだから。
「今日はカレーか。うんうん。美味しそう」
識は日本食が大の苦手らしいので今日はカレーだ。
なんだか作っている途中に、見たことのない女の人のビジョンが浮かんだけど………あれは何だったんだ
藤ねえは何時もと同じ様に座る。
セ遠藤
■■■■■
キ識俺
とこんな感じだ。藤ねえは猛烈な勢いでカレーを食べ続ける。識とキャスターに気付いた素振りすらない。もしかしたらこのまま気付かずに帰ってくれるのではないか?他の人間ならありえないが藤ねえならありえる可能性だ。ちょっと本気でそう思ったりする。
「士郎。おかわり!!」
「もう食べたのか?」
流石はタイガー。
食べるスピードも常人とは段違いだ。
このまま平和が続けばいい。
「ってどうして間桐君と見知らぬ女の人がいるのよーーーーーーーー!!!!!!」
さよなら俺の平和。
やっぱりこのまま流すのは無理だったか。
「それについては私から説明します。藤村先生」
口調を変えた識が藤ねえの説得を開始する。
「実はですね………こちらの女性はキャスターと言うのですが、実は私の親戚なのです」
「ふんふん、それで」
「そのキャスターなんですが、此処だけの話、衛宮切嗣さんの愛人なのです!!」
「そう、切嗣さんの愛人さんなのね………………って愛人ってなによーーーーーー!!!」
おい、その言葉は聞き捨てなら無いぞ。じいさんが愛人なんてつくる筈が………どうしてだ?否定出来ないぞ。俺以外にも驚いている。キャスターなんて気付いたら知らない人の愛人にされていてビビッていた。
「嘗て、外国を旅していた切嗣さんは霧の都、ロンドンで出会いました。当時花屋でバイトをしていたキャスターと切嗣さんはお互いに人目で恋に堕ち、そして大人の関係を結んだのです」
何時の間にか俺も含めた全員が、識の語る物語に聞き入っている。
「しかし別れの時がやって来てしまいます。切嗣さんはとある事情、プライバシーの問題があるので事情のほうは黙秘させて頂きます、兎に角です。切嗣さんは己の人生を賭した戦いに赴く為にロンドンを離れる事を決意するのです、しかし切嗣さんが向かうのは戦場。到底か弱い女性であるキャスターを連れて行く事は出来ません。キャスターさんはそれでも一緒に行くと言張りましたが、切嗣さんは断固として拒否しました。切嗣さんは自分にとって最も大切なキャスターさんを危ない目に合わせたくは無かったのです。そこで切嗣さんはある策を用いました。キャスターさんをフッタのです、お前の身体には飽きたと言って」
「そんな、切嗣さんがそんな酷い事を言うなんて嘘よ!!」
「勿論、本心からではありません。切嗣さんは例え自分が極悪人となり後ろ指を指されようともキャスターの幸せを願っていたのです。そしてキャスターは失恋のショックで落ち込みます。切嗣さんはキャスターが自分を追ってこないであろう事を確認すると、戦場へと旅立ったのです。それから色々とあって切嗣さんは冬木市に住むことになりました。その最中にもキャスターに会いたいという気持ちは休まる事を知りませんでしたが、あのような事を言って分かれた手前、どうして再び会うことが出来ましょうや、結局は切嗣さんはキャスターに再会することなく、冬木の地で生を終えてしまったのです。ですが残されたキャスターはそうでは諦めませんでした。最後の言葉が信じられなかったキャスターは、必死になって切嗣さんを捜索しました。そして見つけたのです、切嗣さんが冬木市にいる事を………。ですが待っていたのは切嗣さんではなく衛宮邸に残された一枚の遺書でした。そこには伝えられなかった切嗣さんの本当の心と、キャスターへの謝罪、そして今でも変わらぬ想いが篭っていたのです。
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そんな訳で少しの間だけ滞在するのですが……宜しいでしょうか?」
「うっ、うわあああああぁぁぁぁぁぁあぁぁぁああぁぁんんんっ。切嗣さんにそんな過去があるだなんて知らなかったよおおおぉぉぉぉおぉっぉぉぉ」
藤ねえは号泣している。
あれどうしてだろう?俺の目にも涙が…
あっ、遠坂もなんだか涙ぐんでいる……キャスターもだ。
「うん!!許可するわ!!士郎が何て言おうと許可する!!好きなだけ居ちゃって!!もし何か都合が悪くなったら言ってね。絶対に協力するから!!」
「は、はぁ。ありがとうございます」
キャスターが困っている。
これは嘘だってばれたら嘗てない程の暴走が待っているな。
「どうだ?完璧な言い訳だろ」
「やり過ぎよ、限度ってもんがあるでしょ」
その後、藤ねえが泣き止むまで三十分の時間が掛かった。
ちなみにキャスターの事で頭が一杯になって、識の事を完全に忘れて帰ったのは、藤ねえらしいと言うかなんと言うか…………
後書き
先ずこの場を使って、皆さんに謝罪させて頂きます。
キャスターのステータスですが…………完全に書き間違いました。どうやら凛と識の『うっかり』が作者まで伝染してしまったようです。
勝手な要望なのですが、質問のほうは感想掲示板に書いて頂けると幸いです。
返信などが出来ませんので。
では次回に………
押して頂けると作者の励みになりますm(__)m