「また失敗か」
白衣を纏った男は感慨も無くそう言い放った。今日になってからその言葉が放たれた回数は十を超えている。
周りいた研究者と思われる男達も彼の言葉を聞いて得に落胆もせずに次の作業に取り掛かっていく。
その光景は人間が持つ温かみは一切感じられず、まるで機械のように冷め切ったひどく無機質なものだった。
彼らが実験を行っていた場所は病院の手術室を連想させる部屋だった。
部屋の中心に寝台がありその上に対象を明るく照らすための大きな電灯。寝台の傍らにはドラマなどでも良く見られる手術道具一式と様々の計器。
寝台の上には一人の幼い少年が寝かされていた。手足には手錠を掛けられていて身動きを取れないようにされている。
少年は既に死んでいた。先刻彼らに施された実験に耐え切れずに命を落としたのだ。
いったいどれだけ暴れたのか、手錠を掛けている手首は皮と肉が裂けて真っ白な骨が覗いてしまっている。右足首に至っては骨すらも皮や肉と同様に引きちぎら
れおびただしい量の出血をしていた。
少年に見られる異常はそれだけではなかった。
腰から胸部にかけて不自然に肉が盛り上がり、人間であることが躊躇われるほどにそのデッサンを狂わされていた。さらにはその肉の隆起はまるで生き物のよう
に蠢き体内から少年の肉体を破壊している。
研究者達は忌まわしいものを見るかのような目で少年を見た。
実験に失敗した素材など彼らからしてみればただの肉塊でしかない。処理が面倒な廃棄物である。
「"M-08253"を廃棄。続けて"M-08254"と"F-08254"での実験を行う」
男達は少年の体を持ち上げ部屋の隅に配置されていた廃棄用のダストに放り込んだ。少年の体が遥か階下の床に叩きつけられ、グシャリと嫌な音を立てて潰れ
た。
それから四名の男が"M-08254"と"F-08254"と呼ばれたものを連れ出すために部屋を出て行った。
彼らの使命はこの実験を成功させること。それ以外のことには塵ほどの価値も見出さない。
彼らはその為だけに作られたから。それだけが彼らの存在意義だから。
その使命のためならばいかなる犠牲もいとわないのだ。
暫くすると先程四人が出て行ったドアの向こうから声が聞こえてきた。
防音性能がよほど高いのか何かが聞こえるということが分かるだけでその内容は全く聞き取れない。
かろうじて、それが一組の男女のものだと分かる程度だ。
やがてその声が近づいてきたかと思うとドアが開き、先程の四人と少年と少女が一人ずつ部屋に入ってきた。
「離せ!離せよ、この野郎ッ!!俺に触るんじゃねぇ!この糞がッ!!」
男達に抱えられ、なす術なく連れてこられた少年は一時も落ち着くことなく暴れながら男達に罵声を浴びせる。
騒ぎ声の正体の殆どはこの少年のものである。
少年と共に連れてこられた少女は特に抵抗することなくただただ泣いている。もしかすると抵抗するだけ無駄であると悟っているのかもしれない。
二人はこの場所がどういった場所なのかは知らない。この部屋と自分達の居住スペースとはある程度距離が離れているし、そもそも自分達はその居住スペース以
外への移動を禁じられているから。
だが、全くといって知らないわけでも無い。
以前数人の子供たちが居住スペースを抜け出し、この部屋の近くまで来たことがあるのだ。友人が男達に連れて行かれた隙を狙って。そのメンバーの中にはこの
二人も含まれていた。
その時だ。彼らはこの部屋から聞こえるナニカを聞いてしまったのだ。
生命が挙げる断末魔の叫び声を。
かつて自分達と共に暮らしていた年上の少年の、血の気が凍るような憎悪に満ちた声を。
それからは毎日が恐怖だった。
前々から自分達が住んでいる居住スペースから友人達が姿を消すのを、男達に連れて行かれるのを見たことはあった。
でも、その時はその意味を知らなかった。友人を連れて行く男達は、いつも優しい声で『この子は今から広い世界に旅に出るんだ』と言っていた。
子供たちには『世界』の意味は分からなかった。でもこことは違うどこかに行ってしまうのだと、それだけは理解できた。
広いどこかだと言われてそれに目を輝かせた子もいた。
生活するだけなら十分なスペースを持つ居住スペースだが、所詮はそれだけだ。冒険の冒の字もありはしない。
そういう子供たちは自分も何時かは広い世界とやらに行けるんだと思い、今はいない友人達と同じように呼び出されるのを今か今かと待ち望んでいたのだ。
それが、どうだろうか。
居住スペースから連れて行かれた友人達は本当はこの部屋でナニカをされていたのだ。
あんな血の気の凍る叫びを上げるようなことを。
自分達はその事実に恐れて逃げた。逃げて逃げて逃げて逃げて逃げた。一刻も早くこことは違うどこかへ。男達の手の届かないどこかへ、と。
そして当然ながら自分達はアッサリと男達に捕まった。
当たり前だ。ここは彼らが作ったものだ。道を知らない自分達が足掻いた所で逃げ出せるはずも無かったのだ。
それからは何も起こす気にはならなかった。
日に日に仲間達が減っていくのを眺めることしか出来なかった。
そして。
ついに自分達の番が来たのだ。
「グス・・・いやぁ・・・・・・イヤだよぅ・・・・・・」
「離せっつってんだろうがッ!!離せよッ離せ離せ離せ離せ離せ離せェェェェェェェェッ!!!!!!!!」
筋力的に絶対にかなわない二人は男達によって部屋の中央の寝台に寝かされていた。
両手両足を手錠で固定されて身動きを封じられる。
その途端、今まで騒ぎ立てていた少年の顔がグシャッと歪み目に大粒の涙を浮かべて大声で泣き出した。
少年は今までずっと騒ぐことで恐怖を頭の中から追いやっていた。だけどそれもここまでだった。完璧なまでに身動きを封じられたせいで、もう駄目だと思って
しまったから。その瞬間少年の心は折れてしまった。
「どう・・・・・・して、こんな・・・・・・ちくしょう・・・・・・・・・・・・ちくしょう・・・・・・!!!!」
どうしようもない絶望感に少年が襲われている傍らで男達は着実に実験の準備を整えていた。
計器から伸びる管を少年達の肌に張り付けたり差込んだりして計器の動きを確かめている。
男の一人がカラカラと音を立てて一台のカートを引いてきた。
その上には八本の注射器。中身はどうみても体に悪影響を及ぼしそうなほどにキラキラと輝く銀色の液体。
「これより"M-08254"での実験を行う」
白衣の男がそう言うと、少年の体に次々と注射器をさし中の液体を注入していく。
計四本を注射し終えると男達は計器を眺めるのに集中した。
それから数秒後に計器に映されたグラフがピクリと動いた。
「なに・・・なんだよこれ・・・・・・なんなんだよォォォォォッ!!」
少年が信じられないものを見る目で自分の腹部に注目する。
そこは先程の失敗とされた少年と同じように、肉がランダムに動き回り隆起していた。
始めはその光景をじっと眺めていた少年だったが少し経ってからは気付いた様に悲鳴を上げていた。
肉の隆起は少年の皮膚の中では納まらずに皮膚を突き破って体外に飛び出した。
例える事が出来ないとてつもない痛みに少年が絶叫を上げる。
「ああアアあああああああああああああアアああアアアアあアアァァァァァァァアアアアアアアアアああああああアアアアアアアアアあアアアアアぁぁ
アアアアアアアアアアアアあああァァァああああぁぁぁぁアアアアアアアアアアアアあああぁあァああアアアアアアアアぁぁぁアアアアアアアアアアアアァァァ
アアアアアアアアアアアアアアアアアアアァァあああァァアアアアアァぁぁぁぁあああアアアアアアアアアアアアアアアアアああああああアアア
アッッッッッッッッッッッッ!!!!!!!!!!!!!!!!!!」
喉が壊れるのではないかと思われるほどの大絶叫が部屋に響き渡る。
それに合わせて痛みから逃げるように少しでも痛みを誤魔化す為にと少年の体が固定された寝台の上で暴れる。手錠の鎖はビンッとはりそれに繋がれた手首には
鉄が食い込んで血がにじみ出ている。
「あ、ああ・・・・・・あ・・・・・・」
隣の寝台に寝かされていた少女が少年を襲う異常事態に声を失う。
このままでは少年が死んでしまう。助けないといけない。
反射的に手を伸ばそうとする少女だが、手首に繋がれた手錠がジャラリと音を立てただけだった。
目からは血の涙を流しながら、少年が寝台の上で暴れ続ける。両手両足の手錠が繋がれた部分からは噴出すように血が出ている。
傍らでそれを眺めていた白衣の男は痛みに苦しむ少年に追い討ちをかけるように、腹部に鋭利なメスを入れた。
ズリュズリュッと音を立てながら男は少年の肉を掻き分けていく。次に隆起して体外に漏れてしまっている肉にメスを入れて裂いていく。今度は腹部の時とは違
いやや丁寧に切り分ける。
少年は新たな痛みに喉から血を噴出しながらも絶叫を上げ続ける。
注射した液体の作用なのか、気絶することができず激痛にのた打ち回る。
「どうだ?」
少年にメスを入れている男が計器を絶えず眺めていた男に問いかける。
男は呼びかけに対して静かに首を横に振る。
その動作が示す意味はたった一つしかない。
白衣を纏った男はその男の動きを見てただ一言「そうか」と答えた。
「失敗だ。続けて"F-08254"での実験に移る」
男はそれだけ言い放ち、すぐさま少女のもとに実験器具を移動させる。
失敗と称した少年には一切の興味を示さない。最早それを人間として認識しているのかさえもわからない。
カートに乗せられた注射器を手に取り少女へと突き立てる。
「ォオオオオォォオォォォォォオオオオオオオオオオオオオッッッッ!!!!」
その瞬間、男は手に持った注射器ごと真横に薙ぎ倒された。
そして少女の上には注射器の代わりに血だらけの少年が覆いかぶさった。
男達の注意が自分から外れたその瞬間、少年は懇親の力で自らの体を破壊した。
身を裂く痛みに耐えながら両足を骨ごと千切りとり、両手は親指を犠牲にすることで手錠から逃れたのだ。
あとは全身を文字通りバネにして男に飛び掛った。両足が無いとはいえどその勢いは目の前の男を薙ぎ倒すほどの凄まじいものだった。
「う・・・・・・あ、あ・・・ああああああ・・・・・・・・・」
少年は泣いていた。
痛みのせいではない。今から自分がしなければならない事がどうしようもなく悲しくて。こんな事しか出来ない自分が不甲斐無くて。少年は泣いていた。
少年は少女が好きだった。
それは口にすることが出来ないほどの淡い、淡い恋心。
何となく、この思いはいずれ何事も無かったように消えていくのだろうと思っていた。
でも。
それは、あの日が訪れてからは変わった。
あの恐怖の始まりの日。
恐怖に震える彼女を見て決心したのだ。
どれだけ恐ろしいことがあろうとも彼女だけは守ろうと。
たとえ自分の体が滅びようとも彼女だけは守り抜くと。
そう、自分に誓ったから。
今は合計して八本の指しかない両手にはキラリと光る鋭利なメスが握られていた。自分が薙ぎ倒した男が自分の腹に突き立てたまま放置していたモノだ。テラテ
ラと、少年の血で赤く濡れている。
震える両手に確りとメスを握りしめ少女の左胸の前で止める。
ふと少女の顔が目に入った。
少女の顔は涙と少年の血でグシャグシャで見られたものではなかった。
それでも。
その目に宿った悲しみの色だけは褪せる事は無かった。
少年はその目を見た瞬間サッと目を逸らした。
これ以上彼女を苦しませるわけにはいかないから。最後のチャンスを台無しにするわけにはいかないから。
一瞬クラッと意識が飛ぶ。まだ駄目だ。まだ自分は倒れてはいけない。
強靭な精神力で少年は意識を取り戻し、ずれたメスの照準を合わせる。
そして。
少女の心臓の一点を目指してそれは振り下ろされた。
「ぁあああ・・・あああああああああああっ!!」
少女の口から絶叫が上がる。
振り下ろされたメスは正確に一寸の狂いも無く彼女の心臓を突き破った。
少年に残された手段はそれしかなかった。
如何足掻いても自分の力で彼女を助けることは出来ない。放って置けば自分と同じようにあの液体を体内に注射され、気を失うことも無く簡単に死ぬ事
も無くとてつもない苦しみを味わさせてしまう。自分はそれだけは許すわけにはいかなかった。彼女を苦しめるそれを許すことは断じて出来なかった。
彼女の苦しむ姿を見るくらいならば。いっそ・・・・・・自分の手で、彼女が苦しむ前に。
男達が何か喚いているのが聞こえる。予想し得なかった自分の行動に慌てているのだろうか。
徐々にその声が遠くなっていく。自分が死に近づいていくのが感じられる。
目を開けているはずなのに何も見えない。もう、何も、聞こえない。
役目を終えた自分の意識が徐々にブラックアウトしていく。
「―――――――――ッ!!」
最後に。
遠のいていく意識の中、もう聞こえないはずの声が聞こえた様な気がした。
あとがき。
どうもコンニチハ。ヘタレの化身こと詩葉です。
相互リンクの御礼もかねてこちらには何か投稿しようと思ってたので、思いついたら即書き殴る!!な具合で出来たものをお送りしたいと思います。
始めはですね。短編書く予定だったのですよ。パイレーツofヒゲとかヒゲとかとかとか。
それが何を間違ったのか長編を書いてしまっていたり。いやはや自分ながらよー分からないものです(苦笑。
あぁ、ちなみに。見たところ欠片も感じられませんがこの作品、実はナデシコの二次創作だったりします。
殆どオリジナルに近いようなものになるような気がしますけどね(苦笑。
しっかし・・・まぁ、自分で書いておいてなんですが。
妙にヘビーなのは何故だろう。
本編はあんまり暗くならないでほしいなーと思ってます。
暗すぎると書いてる途中で鬱になるので。私が(えー。
まぁ、なるようになる、かな。
そんな精神でいこうと思いますー。
それでは、今回はこの辺で。
感想
詩葉さんに頂きましたこの作品において、シルフェニアに投稿してくださった作家さんは20人を突破♪
感無量であります!
してもると、シルフェニアも大きくなったな〜と考えてしまいます。
立ち上げてから半年と少し、駄作を出し続けていただけの私にとって、皆さんの作品は素晴らしいの一言であります!
これからも、勢いよくいけると良いですね〜♪
っと、感想の方に行かせてもらいますね。
まず、M-08254君はけなげですね〜でもF-08254ちゃんを殺すしかすべがなかったというのは可哀想。
もっとも、いきなりそんな終わり方では何のための登場か分りませんし、その辺は考えておられるのでしょう、詩葉さんに期待です♪
劇場版もかなりでしたが、更に上を
行きますねこの作品は。もっともヒロインの私が出ていないんですから、お話が始まった
とはとても言えませんが。
とはいえ、オリジナルメインの話じゃないかな? ルリちゃんの出番は…あっ!
はぁ。貴方は脳みそ3ビットですね〜今までの事を無駄にするつもりですね。
いや、あははは…(汗)
いつ
も言っているでしょう!! 駄作家如きにアキトさんと同じ呼び方をする事を許す
訳にはいきません!
いや、そうは言っても…
死ん
でも治らないなら、砕け散るまで潰すのみです!
レ
インボーブリッド・バースト!!
がどどどばごー
んんんんん!!
ゴァ…私は…モグラじゃ…ない…
出て
くる回数が決まっているだけ、モグラたたきのモグラの方がマシです。
押して頂けると作者の励みになりますm(__)m
詩葉さん
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