舞-HIME
運命の系統樹〆

全力ビンタの女子高生




七月一日  (金)





ミィーーン ミィーーン


気が付けば、静かだった周囲は蝉の声に覆われ、
額にはじんわりと汗が浮かんでいた。

見上げれば照りつける太陽が遥か宇宙から熱を
放射し続けている。

手に、教授の残した研究ノートを持って歩いていた。

こえから通勤路となる道は、少し道がきついが
まっすぐに伸びていて迷うことは無さそうだった。

再びメモに視線を落とし、歩き始める。

「乙女の悲劇の物語ね――」

まったく、教授の好きそうな話だ。

民間伝承の研究には、口伝の物語などから解き明かされる
謎も多いけれど、教授の場合は趣味が先に立っている感もある。

とは言え、そういう話はなんとなく気になるような・・・・・・。

「大体、進展を確信しておきながら一体どこへ
フラフラ行ってるんですか」

「まったくもう・・・・・・」

「まったくもう・・・・・・。なんで教科書こんなに高いのよ。」

前方から聞こえた声に、ふと足を止めた。

見れば、制服を着た女の子がこちらへと向かって
歩いてくる。

この辺で学校と言えば風華学園しか無く、俺が向かって
いる方から歩いてくるということは、そこの生徒ということ
になるだろう。

坂を下りてくる彼女は、蒼い空と白く巨大な雲を背にして、
赤みがかっかた癖のある髪ますます際だたせていた。

短く切ったその髪を煩らしそうに一度かき上げて、
一つ、大きくため息をついた。

「ハァ・・・・・・」

.「・・・・・・・・・・・・・・・・?」

彼女も顔を上げた。どうやら立ち止って彼女のこと
見つめていた俺に気づいたようだ。

「こんにちは」

俺が笑顔で挨拶をすると、片手で下げていた小さな
手荷物を両手で持ち直し、彼女もとびきりの笑顔を
返す。

人懐こく、今時珍しく素直な笑顔を見せてくれる
女の子だと思った。

「こんにちは」

はきはきとした声。

小さく、ペコリと頭を下げてそのまま俺の脇を
通り過ぎようととする。

その際、一瞬俺の顔を見て何かを気にしたように見えたが、
すぐにそもまま歩き出していってしまった。

俺は慌てて、彼女を呼び止めた。

「あ、ちょっと待ってくれないか?君、風華学園の
生徒・・・・・・だよね?」

「はい、そうです」

またしても爽やかな笑顔。

あまりに溌剌と、可愛らしく笑うものだから思わずドキッとして、
意識してしまう。

それが態度に出てしまったのだろうか、彼女は怪訝そうに
俺の顔を覗き込んだ。

「あのぉ〜・・・・・・?以前、どこかでお会いしましたっけ?」

「いや、初めてだと思うよ・・・・・・」

「ですよねぇ・・・・・・」

腕を組み視線を落として、何か、納得いかなそうに考え込んでから、
彼女は再び訪ねてきた。

「ええと、先輩・・・・・・ですよね?」

「は・・・・・・?」

確認するように、上目で俺のことを見ているけれど・・・・・・。

・・・・・・大学でもよく言われたが、またもや若く見られてしまった。

「(まさか、高校生に見られるとは・・・・・・)」

「よろしくお願いします」

再びペコリと頭を下げる。

「あ、いや、そうじゃない・・・・・・」

俺は慌てて両手を振って否定し、改め自己紹介を
することにした。

「臨時の教師として新しく風華学園に就任するんだ、
高村恭司っていいます。よろしく」

「せ、先生だったのぉ〜!?」

突然あげた大声に、俺の方がが驚いてしまった。

「お、おっと・・・・・・」

目の前の少女は、口元に手を当てて、今の大声を
誤魔化すように、視線を逸らしてから――

「よろしくお願いします、先生」

と、またしても、完璧な笑顔で言った。

「その笑顔って――」

「あ、あたしは鴇羽舞衣。今日から新しく風華学園に
転入してきました」

鍛錬の賜か?という疑問は彼女――鴇羽舞衣の
自己紹介に遮られてしまった。

「よろしくお願いします!」

改めて強引な挨拶。

だけど、彼女の見せた笑顔に、どこか不思議な懐かしさ
を感じた気もした。

さっきドキッとしたのは、この少女が可愛らしいからとか、
そういう理由ではなくて・・・・・・。

「(でもまぁ、気のせいだろう・・・・・・)」

とにかく、俺も慌てて挨拶に答える。

「こちらこそ、よろしく。鴇羽舞衣さん」

「それにしても、俺たち同じ新顔同士というわけだね。俺も
今日これから理事長に挨拶をして、明日から
勤務の予定なんだ」

「そうだったんですか」

「それで、このまま真っ直ぐに行けば学園があるんだよね?」

俺は坂の先を指して、鴇羽と名乗った少女に尋ねた。

「ええ、そうです。それじゃあ、私もこれから用事があるので、
これで失礼します」

「ああ、ありがとう。それじゃあ」

お互いに笑顔を浮かべ、すれ違い、それぞれの道を
再び歩き始めた。

あたりには、また蝉の声だけが満ちあふれ、他の人間や、
自動車などその他一切の音が失われてしまった。

「(ちょうど、登校時間が終わったころだしな)」

そうしてしばらく歩いていると坂の頂上付近、
何か巨大なものが視界に入ってくる。

近づくにつれ、それが大樹であることがわかる。

「(何の木だろうか・・・・・・?)」

俺は、あまりにも立派なその木が気になって、小走りで
根元へと近づいていった。

次第に、甘い良い匂いが俺の鼻を擽りだした。

木の下は枝葉に陽が遮られ、涼しい陰が作られている。
そっと、撫でるような微風が気持ちよい。

見上げると、またこの木の圧倒感というものが
伝わってくる。

遠くから見えたときの存在感とは別の、見る者に有無を
言わせぬ説得力で迫る、そんな絶対的な威圧感だ。

俺が四人で手を繋いでもまだ回りきることができない
ほどの太い幹。

また、太すぎる幹は上部へと行くに連れて一つ、
また一つと枝分かれしていく。

天辺の方では、果たしてどれほどに分かれているのか
窺い知ることもできない。

その様が、俺に不思議な、無限の広がりを感じさせた。

そうして、じっくりと木を見ていると実がなっているのに
気が付いた。

「これは・・・・・・・桃の木なのか・・・・・・?」

近づいた時に感じた甘い匂いの正体。

それにしたって、桃の木ってこんなに大きくなるもなのか?


――――ドクリ。


「何だ!?」

ドクリという、鼓動が一瞬聞こえた気がした。

だが、思わず胸を押さえるが、俺の心拍に
乱れはたところは無い。

気のせいだろう。暑さのせいで疲れているんだ。

暑さの元凶、太陽。

俺は大樹から視線を外し、東の空の太陽を、手を
ひさしにして見上げた。

ギラギラと輝いている。

「(暑いわけだ・・・・・・)」

太陽に文句一つ言ってやろうかなと、益体も無いことを
考えていた時だった。

「誰だ!?」

不意に視線を感じて、俺は思わず声に出して振り向いた。

東の空から、南の空へ。

視線の先には白い月があった。

「・・・・・・・・・・・・」

おかしな話だ。俺は視線を感じたというのに、どうして空を
見上げているんだ?

月のうさぎに睨まれたわけでもあるまいし。

「(やっぱり気のせいか・・・・・・)」

太陽の光が強まれば、月はその光に隠れてしまう。

そしてすぐに見えなくなるんだろう。

そうすれば、ますます暑くなる、というわけだ。

「・・・・・・・・・・・・ん?」

何か見えたような気がしたのだけど、きのせいかな・・・・・・。

目をこらしてみるが、一瞬感じた変化はどこにも
見受けられなかった。

「(何かが光ったような気がしたんだけどなぁ)」

電車を乗り継いでこの風華町まで来て、実際俺は
疲れているのかもしれない・・・・・・。

気を取り直して学園へ向かおうと思った瞬間――

突風が駆け抜けた。

髪が、坂の上の方へ向かってパッと靡き、メガネが
少しずれてしまう。

俺はメガネをかけ直しながら、道路に出て、坂の上の方へと
駆け抜けていった影の背を視線で追った。

「・・・・・・人か?」

それも制服を着た女の子が、まるで、手足を使って
ぴょこんと跳ねていったように見えたが――

「――何だったんだ?」

「まさか、そんなことあるはずが――」

「せ、先生!?どいてどいてどいてぇ〜!!」

「――ん?」

と思って、振り向いた時にはついさっっき別れた少女の
顔面が目の前にあった!


ドンッ

「いててて・・・・・・」

「いったぁ〜い・・・・・・あたたたた・・・・・・」

い、いったい何が起こったんだ・・・・・・?

「もう、さっきの何なのよぉ・・・・・・。突然あの子のお弁当の
入った荷物奪って・・・・・・って、あたたたた・・・・・・」

「ほ、ほんと先生、ごめんなさい・・・・・・」

「・・・・・・・・・・・・っと」

「――――ッ!」

間近に、触れる寸前の距離に少女の唇があった。

お互い、息を呑み固まる。

その体勢のまま、時間が過ぎ・・・・・・、少しずつ頭が冷静さを
取り戻してくる。

「(なぜか思いっ切り走って道を戻ってきた彼女と
衝突をしたのか・・・・・・)」

彼女の方は依然、口をパクパクさせていた。

「あ、ご、ごめん!!」

状況を飲み込むと、カッと頭の中が熱くなった。

「す、すぐどくから!」

折り重なるようになってしまっていた身体を、手をついて
起こそうとする。

「うぁっ――と」


むにゅ


手で何かムニュとめり込んだ。

「(なんだ? これ・・・・・・)」

ムニュムニュ、ムニュ・・・・・・。

「と、ととと・・・・・・」

足場ならぬ、手の置き場のあまりの柔らかさに思わず
さらに体勢を崩してしまった。

「何なんだ一体・・・・・・」

「・・・・・・・・・・・・」

せっかく起き上がろうとしたのに、再び目の前には
鴇羽と名乗った少女の顔。

目をまん丸に見開いて、さっきまでパクパクとしていた
口はもう開きっぱなしだ。

「ご、ごめん。なんかとにかくムニュムニュしたものが
手をこう、さ」

視線を落とし、手をムニュ・・・・・・ムニュ・・・・・・。

「・・・・・・・・・・・・」

「うおぉ!!!!」

俺は一体今まで何を掴んでいたんだ!!

慌てて手を離した瞬間、俺は見覚えのあるモノを
見つけた。

それは、はだけたブラウスの隙間から・・・・・・。

彼女の豊かな胸に、見覚えある赤い模様がくっきりと
浮かび上がっていた。

「(――媛伝説!?)」

「ちょ、ちょ、ちょっと君!!」

「その胸もっとよく見せてくれ!!」

彼女の胸元へ顔を近づけると――――

「い、いやぁああああああああああああああっ!」

絶叫が木霊した。

バッチーーーーーーーーーーーーーーンッ!!!

「い、いってぇ〜っ」

左頬に全力の平手打ちをくらい、たまらずよろける。

「も・・・・・・あ、あり得ないーーーーっ!」

怒りを顕わにして鴇羽と名乗った少女が立ち上がる。

「なんなのよ!アンタ!この変態!」

さっき、すれ違う時に見せてくれた笑顔は何処へやら。

瞳は燃えるような髪の色と、同色に、まるで振り上げた
手にも炎を纏っているような錯覚を
覚えさせるほどの迫力。

「ちょっと待て!待ってくれ!誤解だ。君は
大きな誤解をしている!!」

「誤解もヘッタクレもありゃしないわよ!
この犯罪者!!」

「教師ですって?嘘ばっかりついてんじゃないわよ!
 ああ、もう、それが手口だったんでしょう!
 最初から狙っていたのね!?」

「愛想なんてふりまくんじゃなかった。変態相手に、
 何あたし笑ってたんだろう。あー、もうサイテー!!」

ものすごい勢いでまくしたてる彼女をこれ以上
興奮させないように、俺はゆっくりと近づきながら
話しかけた。

「こ、こら、変態じゃないって。落ち着け、まずは
 俺の話を落ち着いて聞いてくれ」

「きゃぁぁぁぁ、近づかないでよ!犯罪者!」

「いや、だから違うんだって・・・・・・。
 ちょっと君の胸が――」

「胸、胸って!!やっぱり変質者の犯罪者じゃないのよ!!
 もう、この街に来て今までこんな変態居なかったのに、
 なんなのよもう」

「冷静に、冷静に―。まずは、胸一杯に大きく
 空気を吸い込んで」

「胸はおっぱいに決まってるでしょっ!!!!
 大きくて悪かったわねっ!!!!」

「だから誤解だって!!」

「落ち着け、落ち着くんだ。何かの間違いだ。誤解いだ。
 さっきのは正真正銘のアクシデントだ」

「あんたねぇ・・・・・・どこの世界に、人のはだけた胸元
 覗き込んで誤解やら間違いやら言い張るヤツが
 いるってのよ・・・・・・」

「ん、いや、ここに・・・・」

「信じらんない!それ、言い訳のつもり!?」

「いや、そうじゃなくてだな・・・・・・」

「大体、なんではだけたと思ってるのよ!!」

いつの間にか俺は、一歩、また一歩と後ずさりしれいた。

「あんたねぇ・・・・・・あんたねぇ・・・・・・」

「は、はい・・・・・・」

「乙女のジュンジョー、返しなさいよ!!」

「うわっ!!」

思い切り足を上げてのハイキック。

スカートを穿いていることなんて、これっぽっちも考慮                                                                                                                  
されていない、全力の、そしてある意味で潔い、蹴りだった。

なんとか蹴りを避ける俺。

「危うくファーストキスまで奪われるところだったわ」

まるで、炎そのもののような彼女は、頬を真っ赤にして
突っ立っている俺を見て、手を口にあてて
大きな声で叫びだした。

「助けて〜!痴漢よ!痴漢です!変質者がいます!
 誰かぁ〜〜!!」

「わ、こ、こら・・・・・・バカ!なんてこと言うんだ」

「痴漢がい――――んぐっ」

俺は痴漢痴漢と絶叫する彼女を後ろから羽交い絞めに
して、口を手で塞ぐ。

「んっ、んぐっ・・・・・・んぐぅぅ――――!!」

「とにかく大声で痴漢とか言わないでくれ。落ち着いて、
 落ち着いて、経緯を説明させてほし――――」


ドゴッ


「ぐぁっ――」

こ、今度は脇にひじ鉄・・・・・・。

よろけふらめいて、半歩彼女から離れた瞬間、
ブワッと風を感じて――――

バッチーーーーーーーーーーーーーーンッ!!!

「い、いってぇ〜っ」

右頬に全力の平手打ちをくらい、更によろける。

「た〜す〜け〜て〜〜〜〜〜〜〜!!!」

「あ、ちょ、ちょっと・・・・・・」

・・・・・・・・・・・・・・・・・・。

・・・・・・・・・・・・。

・・・・・・。

「・・・・・・・・・・・・」

誤解は解けるどころか、深まるところまで深まって、
そして彼女はその場から走り去っていった。

疼く両頬を両手で押さえ、俺はその後ろ姿を
ただただ見送ることしかできなかった・・・・・・。

ハァ、とため息をついて、俺はその一部始終を見下ろしていた
巨大な桃の木を、恨めしげに見上げた。

そんな俺の視線に木はもちろん怯むなどなく、優しく吹いた
風は公平に、枝を揺らし痛む俺の頬も撫でていった。

ヒリヒリと痛む頬をさする。

「(赤くなってそうだなぁ・・・・・・)」

手加減なしの全力ビンタを受けるなんて、生まれて初めての
経験をしたな・・・・・・殴られたことなら何度でもあるけど。

ともあれ、気を取り直して俺は学園へ向かうべく、
立ち上がろうとした瞬間――

何か固いものがこめかみに当てられた。

「おい」

何のことか判らず、声のした方を振り向くと、蒼い髪をした
少女が研ぎ澄まされた氷のような視線で俺のことを
見下ろしていた。

その手に拳銃を構えて。










つづく









あとがき



ども〜〜〜作者のソフィアです。
これ書くのに約三、四時間かかりました〜・・・
つ、疲れたぁ〜〜〜〜・・・・・
俺才能ないな〜と思いました。






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