今日一日の授業を終え、全校生徒が自分の寮へと戻っていく。違う学科を専攻している友人同士はそれぞれが習っていることを話し合って知識を深めたり、次の講習内容について先生の印象を話したり、ただただ友人との会話を楽しんだりと、それぞれが自分の学生生活を楽しんでいた。
そして全校生徒が学校内からいなくなり、夜の帳が校舎全体を包み込んだ頃、校長室は魔力で灯された明かりで照らされていた。伸びている影は全部で五つ。その一つが、静寂を保ちながら語り出す。
「最近、不審な現象が続いておる」
大きすぎず小さすぎず。その声は程良い響きとなって部屋の中で木霊する。
「最初、儂の所にこの報告が上がった時、儂自ら調査に乗り出す程のものではないと判断し、下の者たちに任せたのじゃ。勿論、それはお主たちの手を借りる程のことではないと判断したのも儂じゃ」
「確か、その話は幾分か前に聞いた覚えがあります。それが、今となって問題となったと?」
「うむ」
その言葉を聞き、皆が一様に思慮を巡らせる。
『メルディアナ魔法学校付近で不可解な魔力の高まりが観測されている』
この報告が初めてネイルのもとに届いたのは、今から丁度三週間前のことだった。
ここ、メルディアナ魔法学校では必修科目として基礎的な魔法理論などを取り入れてあるが、『魔法使い』を育てる教育機関であるため、勿論実技魔法も取り組まれている。
その卒業試験には『モンスター退治』というまさにファンタジーと言わんばかりの試験もあるし、この旧世界で『魔法』という存在が大々的に公開されてないことを踏まえても、この学校付近で魔力の高まりを感じることがあっても不思議なことではないのだ。
が、新たにネイルのもとにあがってきた報告書に書かれてある内容は、もはや無視することができない程までになっていた。
「儂が感じられなかった小さな魔力の高まりを合わせ、30以上。これらは一週間の間に起きたことであり、勿論、その時間帯に実技魔法の講義中のものは除外されてある」
人工的なものを抜かし魔力の高まりが発生するのは、まず一つに、モンスター同士がぶつかり合う、所謂"弱肉強食"だ。厳しい自然界を生き抜くために力を付けた種族、龍種ともなるとその身には常に障壁を纏っているし、逆に個々の体格が小さな種族でも、知恵を生かして生き抜いてきたものは魔法を使うことができるものもいる。
……魔法理論の中には、"自らの目で精霊の存在を確かめることができないため、野生のモンスターの方が人間よりも巧みに魔法を使うことができる"と主張している学者もいる。
もう一つが、この地球の環境によって起きる、自然的なものだ。これは、惑星同士の距離であったり、月の盈虚・満ち欠け・などが強い影響を持っていると考えられている。実際、エヴァンジェリン・A・K・マクダウェルを筆頭とした吸血鬼は満月の日に最も実力を発揮できる……つまり、魔力が高まるのだ。
「それに、この辺りのモンスターは生徒や周辺に暮らしておる住民のためにも、生態系を壊さぬ程度で討伐も行っておる。確かに、そろそろ満月になるが……滅多なことが起こらん限り、魔力が高まることも無いはずじゃ」
それほどに30という回数は多いのだ。到底、三週間の内に起こりうる現象ではない。
「……では校長、もしやこの学校に何かが起こるかもしれない。そう、考えていらっしゃるのですか?」
真夜中と言っても違いない時間帯。急遽集められた『メルディアナの三賢』。そして、この中にMM元老院から派遣された魔法使いがいないこと。これらの要因を考慮した結果、カトリー・ゲネヒーが思い至った結論は最も最悪に近いものであり、否定してもらいたいと思いつつ発言された。
カトリー・ゲネヒー。
若干24歳にして魔法学校の教授まで上り詰めた人物だ。彼は生まれつき魔力容量が乏しく、"千の雷"と言った上級魔法を一人で制御することができないのだが、自身が使うことのできる中級までの魔法理論はずば抜けており、他の者の追随を許さない。
「……うむ」
が、その問いに返ってきた答えは"是"。
最高責任者という立場に立って長いことになるネイルは、何か事件が起きたとき常に自分が考えられる最悪を想定しているが、その眉間には深い溝ができていた。
「ですが、この学校の警備に当たっている者たちはこの学校の卒業生であったり、時計塔から派遣された実力を持った者だっているんですよ?」
「それは儂だって承知しておる。しかし、この間一人の生徒を退学させた時期と、この報告の時期が被っておるんじゃよ」
「……何か関連性があるのですか?」
怪訝そうな表情をして疑問を漏らすのは、普段から口数の少ないシュバルツ・クリスティーナだ。
シュバルツ・クリスティーナ。
彼女はここ、メルディアナ魔法学校を卒業後単身で魔法世界へと向かい、アリアドネー魔法学園──どんな権力にも屈しない魔法世界最大の独立学術都市国家──へと入学し、自分の戦闘スタイルに合った独自の魔法戦闘理論を展開しており、その腕は熟練している。
そんな彼女が関連性について疑問を漏らすのも無理はない。確かに時期は被っていたとしてもこれらは全く別な場所で起きており、一介の生徒にそのような事で繋がりがあるとは考えられなかったのだ。
「確かにこうして見れば、関連性は無いように思える。実際、あの子が退学した後でもこの現象は続いておるしの」
「では、何が?」
「……あの子が再び攻撃魔法を使った時の事なんじゃが、その場を収めた後、回復魔法を掛けていたランドイッヒ博士がその子に誘導系の魔法が掛けられていた可能性があったと報告してきたんじゃ」
「誘導系?それは本当ですか、ランドイッヒ博士」
「はい。その魔法は巧妙に隠蔽されていたのですが、ほんの一瞬だけ、確かに誰かに魔法を掛けられていた形跡がありました」
攻撃魔法ではないため見た目的にはかなり地味な魔法ではあるが、高位の魔法使いが免疫の無い、またはあまり実力の無い者に誘導系魔法を使った場合、魔力が切れるまでの間ではあるが、その者の行動を完全に誘導することができる……それこそ、到底自分では行えないような事を相手の意志に関係なくやらせることができるのだ。
そのため、過度の効果を発揮する誘導系魔法は禁術として指定されている。
最も、ランドイッヒがその魔法を一瞬垣間見ることができたのは、ネカネが暴走したときの過剰とも言える攻撃が加えられたからである。様々な攻撃により術式が解れ、そこに回復魔法で発生する魔力が流れた時、偶然にも起きたのだ。
「……あの子は魔法の才能があり、余程の者でなければ誘導系魔法には掛からないはずじゃ」
「そうなんです。ですから、私も私なりに推測を重ね、校長と話し合ったんですが」
「それが、報告にあった『魔力の高まり』と誘導魔法を掛けた人物が同一の者であると?」
「はい」
と言っても全ては推測の域を越えず、空想上のものであることは否め無い。本当は全く関係がありませんでした、ということに成るかもしれない。しかし、この推測がもし真実であったとすれば、思いもしない事が水面下で起きている可能性があるのだ。
「……もし、儂らの推測が全くの見当違いのものであればそれで良い。じゃが、儂らはこの学校の生徒たちの身を、将来を預かっている者として生徒たちを危機に曝すことなどできん」
ネイルの瞳には、覗き込んだ者すべてを惹きつけるような確固たる意志が浮かんでいた。
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