「何じゃと!」
校長室で仕事をしていたネイルのもとに、悲劇としか言いようのない報告が一通の手紙として送られてきた。差出人はフェイダー家の一人のメイドだった。
"フェイダー家当主であるバルゼロ・フェイダー、およびその妻であるエリーザ・フェイダーが亡くなった"
フェイダー家は、前にメルディアナ魔法学校の校内で起きた攻撃魔法の無断使用によってエーデルフェルト家からの信頼を失い、一人息子であるイェルク・フェイダーとの婚約話を無に還ってしまったのだ。
もともと、この話に乗り気じゃなかったエーデルフェルト家の当主が婚約を決めたのは、ただ単に政略結婚という部分が大きかった。旧世界でも知られている貴族である両家が力を合わせることで、さらなる繁栄を……そんな考えがあったのだ。
ただ、そんな事をしなくとも地盤が固いエーデルフェルト家はその名を後世へと繋げていくことはできたのだが、わざわざ婚約という形を取ったのは、将来自分の娘の相手が、自分の認めることのできない男だったらどうしようか……はっ!?それなら、先に自分のよく知る相手の息子を許婚にしてもてもらえばいいのでは!
と、父親心を暴走させたアレクサンテリ・エーデルフェルトは娘の将来結婚計画を無断で進めてしまい、何も知らなかった母、ヘルカ・エーデルフェルトは暗黒面に堕ちた力を用いてアレクサンテリを締め上げていた。……ちなみに、母親であるヘルカだけが知らなかったと後で聞いた時は、締め上げる以上の力を発揮したのをここに記しておこう。
「……この二人を殺したのが、息子であるイェルク・フェイダー……か。手に持っていた鋭利な刃物には魔法が付与されておったじゃと?……明らかにおかしい」
魔法を無機物に付与するのはそうそう難しいことではない。もともと意思の存在しない無機物は、対象となるものの魔力抵抗値がべらぼうに高くなければ、よほど魔法が下手な人でなければ付与できるのだ。
しかし、イェルクよりも魔法の熟練度が高いであろうバルゼロとエリーザならば、いきなり息子に襲われたとしてもそれをかわすなりいなすなりすることができるだけの経験があるだろう。それを、魔法を齧っただけに過ぎない……一度も人を殺めたことのない子供に、親を殺すなんて事をできるのだろうか?
「……もしや、これもあの男が原因なのか?」
ネイルの頭をよぎったのは、前にネギとともにパイロンの意思を覗きこんだときに見た男だった。
あの男は確か、ドゥカス・ローゼルの父親だと言っていた。それが確かなものだとすれば、パイロンに"人操虫"を使った理由が見えてくるかもしれない。
「校長、ここの生徒であったドゥカス・ローゼルの家族の情報があがりました」
「うむ」
バルジェロ・ローゼル。それが、あの男の名前だった。
妻であるカルロッテ・ローゼルが亡くなったのは数年前で、彼の息子であるドゥカスが亡くなるまでは小さな村にある図書館で司書として勤めていたようだが、今はどこかで働いているわけではないようだ。
昔から人当たりの良い人物で、見知らぬ人ともすぐ仲良くなれるようだったが、彼が独りになってからは次第に元気がなくなっていった。そんな中、彼のもとに届いた一通の手紙には"息子と妻の死因について知りたくないか?"というものだった。
手紙を読み進めていくと、そこに書かれてあったのは、息子と妻の二人はフェイダー家の魔法実験に巻き込まれて亡くなったというものだった。先に亡くなった妻は実験の影響がすぐにあらわれてしまったからであり、息子の死は、その時についた魔力的な傷が後遺症として残っていて、それが病気として発症したからだと書かれてあった。
普通、こんな手紙が渡されたとしても与太話としてすぐに切り捨てるか無視するか。といったものだが、家族を失いまともな判断を下すことができなかったことに加え、魔法と言うオカルトが存在していたことにより、バルジェロは胸中に殺意に似た憎悪の念をフェイダー家に対して抱いてしまったのだ。
ちなみに、この手紙を送ったのはフェイダー家に辛酸を舐めさせられた下々の家の人たちだった。
「そうか……このようなことがあったのか……ドネット君。この書類をネギにも渡してやってくれないかのぅ」
「は?あの子はまだ7歳の子供ですが」
「じゃが、ここまでくるとあの子の力を借りるべきだと儂は思うんじゃ。それに、ネギはそこいらの魔法使いよりも実力があるはずじゃし」
何とも言えない空気が二人の間を流れた。
禁術である"悪夢への誘い"を使用できること、いままで学んできた魔法系統には存在しないような魔法をつかっていたこと、とても子供のそれとは思うことのできない知識の量。
まだ10歳にもなっていないことを除けば、ドネットもネギに協力してもらうのは賛成だった。
「んん!……本来であればこのような話は大人だけで解決するべきじゃろうが、一応この事件の関係者なのだ。それに、ネギにも書類を与えないと一人で解決してしまいそうな感じもするのじゃよ。ここを中退して魔法世界へと旅立って行ったあの馬鹿と同じようにの」
「……それもあるかもしれませんね。分かりました、私からネギ君にこの書類を渡しておきたいと思います」
「うむ、よろしくの」
そして、ネイルしかいなくなった校長室に、静寂が訪れる。
「本当に……ままならん世の中じゃな」
◇ ◇ ◇
生まれはイギリスのウェールズ。
両親ともに普通の魔法使いという、典型的な魔法使い一家だ。
そんな夫婦が授かった一つの生命がエドワードだったのだ。
当然、一般的な魔法使いの家系に生まれたエドワードの魔力保有量は一般的なものであり、魔法に関する才能もまた一般的なものだった。
そんな中でも彼が得意な魔法属性は水系統だった。この系統にはもちろん攻撃魔法は存在しているが、どちらかと言えば回復系の術式が多く、魔法を学んでいく中でエドワードは味方を補助する、これまた典型的な後衛魔法使いとしてその実力を伸ばしていった。
そんな彼も大人になり、職に就くことになったのは26歳の時。
魔法を学んでいく中で、もし自分が教壇に立って生徒に魔法を教えることができたのなら……という思いを抱いていたエドワードは、彼の故郷に設立されていたメルディアナ魔法学校の教師になることを決意した。
実は、彼がメルディアナ魔法学校に就職した年とは、まさに魔法世界で大戦が起きていたまっただ中だったのだ。
あの時はまだ、"紅き翼"という存在は大っぴらに知られていなかったのだが、この"紅き翼"が人類のものとは思えないほどの実力を有した者たちで溢れんばかりだという情報が魔法関係の者に知れ渡った時は大変だった。
……MM元老院による偽情報がわんさか混じった情報やら、大戦を終結に導いた英雄だとか、彼らとともに戦おうではないかという戦争へ参加して手柄を立てようぜ的な勧誘があったり。このせいで、旧世界にあるメルディアナ魔法学校の魔法教師や生徒が、自ら戦争に巻き込まれに行ったのだ。
そんな中、我関せずとばかりに研究と授業を続けていたのがエドワードだった。
この時、既に前頭部が輝きを放ち始めていた。
その輝きが日の出のように増すとともに、学校の中ではエドワード・不毛の大地疑惑というものが至る所で噂されるようになっていた。
"まだ若いのに……"
"可哀想に……"
大戦に参加することなく生徒のために残った誇れる教師と言われていたエドワードであったため、彼に対して面と向かってその疑惑を投げかけるものはいなかった。だが、そんな中、どこの職場にもいそうな空気の読めない一人の新人教師が──この人にしてみれば場を明るくしようという魂胆だったのかもしれないが──ぶちかましてくれました。
「エドワードさん、仕事のしすぎで疲れてるんじゃないですか?」
「はい?……いえ、そんなことはありませんけど」
「だって、少し薄くなってますよ?」
瞬間、職員室の場が凍った。
一番年の取った人ですら、古参の教師ですら、況や魔法世界で幾つかの戦場を渡り歩いたことのある魔法使いですら顔面を蒼白にしているか、盛大に顔を引き攣らせていた。
「え?あれ……?もしかして、僕、地雷踏みました?」
エドワードを除き、職員室にいた全ての人がその疑問に対して頷いた。心が一つになった瞬間だった。
その日、その新人教師が両脇に抱えた多くの雑務を一人でこなしている姿が見かけられたそうだが、そんな彼を誰も助けようとしていなかったのは、自分から巻き込まれたくないという思いがあったからだろう。
それからだったろうか……エドワードがよく研究室に籠るようになったのは。
同時に、偶に男性の雄たけびが聞こえたり咽び声が聞こえたりすることもあったようだ。
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