魔 法先生ネギま!
〜ある兄妹の乱入〜
2時間目 「女子部に編入?」
「『麻帆良学園』だ」
「まほら?」
エヴァの言葉に、オウム返し。
「どこかの地名ですか?」
「学園っていうくらいだから、学校?」
「ああ。このあたり一帯では、というか、この国では有名だと思うぞ」
「この国・・・」
その単語に引っかかる。
ここが日本、いや、地球だという保証は無いわけで。
「すいませんが、どういった字を書くのですか?」
「ん? 布の麻に、帆船の帆、良しと書いて『麻帆良』だが?」
「漢字、ですか。ということは、ここはあの日本なのですね?」
「どの日本を指しているんだかわからんが、日本だ」
少し安堵した。
考えてみれば、言葉が通じているわけで、始めからわかることだったのかもしれない。
「でも、俺は麻帆良なんて地名も学校も、聞いたこと無いな」
「私もです。パラレルワールド、という線が強くなりましたね」
「ああ、そうだな」
兄妹でそんな会話。
なんにせよ、見知った世界であるのは安心する。
元の世界と、そう違いは無いようだ。
時代的にも大差は無い。
「おい、つべこべ言ってないで、早くついてこい」
「はいはい」
と、歩みが遅くなっていたので、エヴァから催促を受けてしまう。
彼女に従って、とある建物、校舎のひとつと思われる中へと入っていく。
スタスタと進んで行くエヴァの後を、黙ってついていく。
その途中で
「・・・む」
「あ」
10歳くらいの、背広を着た少年と出くわした。
エヴァと少年、双方ともに表情が歪む。
「こ、こんにちは、エヴァンジェリンさん」
「フン! 気安く挨拶を交わす仲になったつもりはないぞ」
それでも、少年のほうは顔を引き攣らせながら、こう挨拶し。
エヴァのほうは、不機嫌そうに言った。
これを見た勇磨たちは、首を傾げる。
「彼女、あの子と何かあったの?」
「はい、実は――」
「茶々丸! 余計なことは言うな!」
茶々丸に尋ねてみるが、エヴァからきつくダメ出し。
彼女には逆らえないようなので、これ以上のことはわからなかった。
「でも、子供同士で、なんだか微笑ましいな」
「そうですね」
「こらそこ! 子供扱いするな!」
勇磨がさらに言ったことに対して、エヴァもさらに激昂する。
「私はこれでも700年は生きている。このガキと一緒にするな」
「へ? ああ、そうなんだ。ごめんごめん、つい」
「・・・・・・」
少しも驚かないで悪びれる勇磨に対し、エヴァはもっと不機嫌になる。
「驚かないんだな」
「まあ、吸血鬼だって言ってたしね」
「それに、私たちも似たようなものですから」
「・・・そうだったな」
渋々ながらも、納得するエヴァ。
そういえば、先ほど御門兄妹から聞いた話は、そういうことだった。
「え? あの・・・」
これに驚いたのが、髪の毛を後ろで結んでいる少年である。
「え、エヴァンジェリンさん? 教えちゃっていいんですか?」
「構わん。この2人も”こちら側”の人間だ。おそらくな」
「あ、そうなんですか・・・」
ホッと息をつく少年。
魔法関係は秘密のようなので、吸血鬼が云々という話も、
一般的にはNGだということなのだろう。
ということは、この少年も、魔法関連の人物だということか。
「ちょうどいい、おまえも一緒に来い。無関係ではないだろうからな」
「あ、はい、わかりました」
「行くぞ」
少年を加えて、一行は再び歩き出す。
「君、この学園の関係者?」
「小学生ですか? 大きな学園のようなので、初等部もあるようですね」
エヴァは1人でスタスタと行ってしまうので、必然的に彼女の後ろでグループが形成される。
勇磨と環は、新しく加わった少年に対して、そんなことを訊いてみた。
「でも、なんで背広なんか着てるの?」
「それが制服、なんてことはありませんよね?」
「はいー」
少年は頷いて。
「僕、ここの教師なんです」
「え・・・?」
普通ならば、爆弾発言になることを口にした。
当然、兄妹は仰天する。
「きょ、教師!?」
「はい」
「その年で・・・?」
「え、ええ。一応」
「何歳なんだ・・・?」
「えっと、数えで10歳になります」
「10歳・・・」
見た目どおりだった。
エヴァのように、なりはあれだが、何十年何百年も生きているというわけではないらしい。
「あの、労働基準法って知ってる? 確か、中学生以下は就労禁止のはずじゃ・・・」
「それ以前に、教員免許は持っているのですか?」
「ええ、まあ・・・」
「なんて世界だ・・・」
「10歳で教師・・・」
このあたりも、自分たちが知る世界とは違う点、なのだろうか・・・
「ほ、他にもいたりするの?」
「い、いいえー。僕だけのはずです」
「だ、だよねー」
ホッとする。
他にも何人もいて、これがこの世界の標準です、なんて言われたらどうしようかと、本気で思った。
「ま、まあ、僕の場合が特殊でしてー」
「そ、そうなのか」
「失礼ながら、お名前を伺っても?」
「あ、はい。ネギ=スプリングフィールドといいます」
「そんな感じはしていましたが、やはり外国の方でしたか」
「ウェールズから来たんです〜」
笑顔で言うネギ。
「私は、御門環と申します」
「俺は御門勇磨。よろしく、ネギ君」
「環さんに、勇磨さんですね。はい、こちらこそー」
軽く握手を交わして。
ネギは最初の疑問を口にする。
「ところで、あなたたちは、エヴァンジェリンさんのお知り合いなんですか?」
「う〜ん、なんて言ったらいいか・・・」
「着いたぞ」
答えに詰まっていると、エヴァから声がかかった。
とある部屋の扉の前。
『学園長室』の表示が出ていた。
「ここって・・・」
「ジジィ、入るぞ」
尋ねる間もなく、エヴァは扉を開けて中へ入っていってしまう。
慌てて続く一同。
「ひょ? なんじゃ突然?」
室内、奥の机についている人物が、意外そうに声を上げる。
白髪の老人。老人、まではいいのだが・・・
かのご老体。頭の後部が異常に長い。
(よ、妖怪?)
(人間なんでしょうか・・・)
御門兄妹、素直にそんな感想を持ってしまう。
「突然ではない。わかっているはずだ」
「うむ・・・」
エヴァはその老人に向かって言い、頷く老人。
「で、彼らが、そうなのかね?」
「ああ、そうだ」
老人は勇磨と環に目を向けて言い、エヴァンジェリンは頷いた。
「先ほどの異常巨大魔力、その現場にいたのが、こいつらだ」
「あ・・・どうも。御門勇磨といいます」
「御門環と申します」
「ふむ・・・」
思わず名乗る御門兄妹。
老人は、値踏みするように2人を見て。
「とりあえず、はじめましてじゃの。この学園の学園長、近衛近右衛門じゃ」
自分も名乗った。
「して、君たちは何者かな? 麻帆良に何用じゃ?」
「いや、それが、俺たちも混乱してまして・・・」
「すべて推測になりますが、お話します」
事の経緯を説明する。
近右衛門は黙って聞き、説明が終わると、ひとつ息をついた。
「異世界から、のう」
「信じていただけますか?」
「まあ、わしも、非常識な世界の人間じゃからの。
今回のことは初めてのケースじゃが、まあ慣れておるわい」
「ありがとうございます」
とりあえず、信じてもらえた。
知識のある、それなりの地位と権力のある人物のようなので、信用してもらえたことは大きい。
「それで、元の世界に帰れる方法について、何かご存知ではありませんか?」
「残念じゃが、現状では、なんともしようがないのう」
「やはりそうですか・・・」
予想していたとはいえ、はっきり言われると落胆する。
やはり、しばらくはこの世界で暮らすしかないようだ。
「つかぬことを尋ねるが」
「はい、なんでしょう?」
「その格好からして、御門君たちは退魔士、かね?」
「ええ」
式服、と呼ばれる和装。
腰に下げている刀。そして、かすかに感じる異能な力。
近右衛門の指摘は正しく、環は頷いた。
「実家が退魔の家系でして。その道では、それなりに有名でした」
「ほう。実力のほどを訊いてもいいかね?」
「元いた世界では、魔物などを祓う”ハンター”という職業がありまして。
私たちもハンターでしたが、一応、Aランクに属しておりました。
1番下がDランクで、SSランクまで存在します」
「ふむ、最低でも、上位ということじゃな」
あごひげを撫でる近右衛門。
「まあ、そうだと思います。自惚れでなければの話ですが、
並みのSSランクよりは強くあると自負しております」
「ほほう、そうかね。
たいした自信じゃが、老いても枯れても、この近右衛門も、人を見る目には自信があるぞい。
君たちは強い。間違いなかろうて」
「はあ」
ひょひょひょ、と笑う近右衛門。
そんなことを訊いて、どうするつもりなのか。
「よし。勇磨君に環君じゃったか。君たち、麻帆良学園に通う気は無いか?」
「はい?」
突然の提案。
もちろん、目を丸くした。
「どういう意味です?」
「中等部に、わしの孫娘がおっての。木乃香というんじゃが」
そう言いつつ、近右衛門は机を漁って、1枚の写真を取り出して見せた。
「ほれ、この子じゃ」
「へえ、かわいいコですねぇ」
「そうじゃろそうじゃろ」
写真を見た勇磨、そんなことを口走る。
「・・・・・・」
うれしそうに近右衛門が同意する中、無表情なのが環。
「嫁にどうじゃ?」
「よっ、嫁ぇっ!?」
「・・・・・・##」
さらに、近右衛門が爆弾発言をするもので、幾筋もの青筋を立てる。
「わしも老い先短いからのう。安心しておきたいんじゃ」
「は、はあ」
「わしが言うのもなんじゃが、良い子じゃぞ〜。
気立ては良いし、家事も上手じゃ」
「は、はあ」
「で、どうじゃね?」
「・・・コホン。そのお孫さんが、何か?」
話を遮るように、あからさまに不機嫌そうな声を出す。
「おお、すまんすまん。この子の護衛を務めて欲しいんじゃ」
「護衛?」
「誰かに狙われるような心当たりでも?」
「うむ・・・」
近右衛門は、心苦しそうに頷いた。
何か事情があるらしい。
「このか自身には秘密なのじゃが。この先もそういうことで頼む」
そう前置きして、説明を始める。
「魔法界には微妙な対立とかがあってのう。もちろん他にも護衛はいるのじゃが、
数を揃えておいて損なことは無い。君たちくらいの腕前ならば、安心じゃろう」
「はあ。しかし・・・」
「君たち、どこか行く当てはあるのかね?」
「・・・・・・」
固まる御門兄妹。
逆に、ほほほと笑うのは近右衛門。
「引き受けてくれるのなら、衣食住はわしが保証しよう」
「・・・選択の余地は無いようですね」
「そうか、引き受けてくれるか! よかったよかった」
頼るものが他に無い以上、断れるわけも無く。
「ではそういうことで。君たちには、女子中等部の3−Aに編入してもらうことにしよう」
「わかりました。・・・え? 中等部?」
「ちょ、ちょっと待ってください?」
「なんじゃね?」
編入するのはいい。
だが、編入する場所が問題のような?
「中等部と、そう仰いましたか?」
「そうじゃが? 常にこのかの側にいてくれんと、護衛にならんじゃろう?」
「そ、それはそうなんですが・・・。私たち、17歳なんですが」
「些細なことじゃ」
「さ、些細って・・・」
「10歳の教師もおるんじゃ。年齢くらいどうにでもなるなる」
「・・・・・・」
17歳の中学生・・・
環は冷や汗を流した。
「ど、どうせなら、高等部にしていただけませんか? あるのでしょう?」
「じゃから、このかの側にいてくれんと」
「・・・・・・・・・」
反論の余地も無いらしい。
「そっ、それよりもっ!」
続けて、勇磨から。
「『女子』中等部と、そう言いましたね!?」
「申したが?」
「俺、”男”ですっ!」
「そうじゃのう。どこからどう見ても男じゃ」
「・・・・・・」
まったく要領を得ない。
思わず眩暈に襲われながらも、勇磨はめげなかった。
「男の俺に、女子部に入れというんですかっ!」
「大丈夫じゃ。学園長のわしが許可する」
「そういう問題じゃないでしょうっ! 女子の中に、男が入ったら大変ですよっ!」
そう。『女子部』と、近右衛門はそう言った。
学園長の許可といえども、問題は大有りである。
それに、女子の中に、1人だけぽつーんと男である自分がいるのは、嫌すぎた。
「せめて男子部に・・・!」
「いいよーん。なら、どこへなりとも行ってくれたまえー」
「く、卑怯な・・・」
最初から、退路など無かった。
「さて、どうするかね?」
「兄さん、諦めてください」
「うそ〜ん・・・」
環にまで言われて、がっくりと肩を落とす。
「そんなに嫌なら、女装でもしてみますか?」
「え・・・」
「兄さん、整った顔立ちですから、かつらを被って言葉遣いと仕草に気をつければ、
わりといけるかもしれませんよ?」
「環・・・。俺に死ねというのか」
「じょ、冗談です」
勇磨の顔は真剣そのもの。
さすがに、環も顔を引き攣らせた。
「決まりじゃな。ネギ君、編入生じゃ。よろしく頼む」
「あ、はい、わかりました」
「・・・え?」
「3−Aの担任は、僕なんですよー」
「・・・・・・」
「そ、そうなんですか」
二重の衝撃。
まあ、事情を知る、”こちら側”の人間が担任で、幸いなのかもしれない。
「ちなみに、エヴァンジェリンさんも、同じクラスです」
「・・・ふん」
ネギに紹介されて、鼻を鳴らすエヴァ。
「では明日からじゃな。話は通しておくから、住居は寮を使ってくれ。兄妹じゃから同室でよいな?
実は最初から個室ではなくてのー、助かったわい。
諸手続きもこちらでやっておくからの。ネギ君。案内を頼む」
「わかりましたー。じゃあ勇磨さん、環さん。僕と一緒に来てください〜」
「はいはい・・・」
「すみません、よろしくお願いします」
1人で突っ走る近右衛門。口を挟む隙すらない。
ネギに連れられて、勇磨と環は部屋から出て行った。
そのあと。
「おい、ジジィ」
「なんじゃ?」
エヴァが近右衛門に話しかける。
「いいのか? 得体の知れないヤツラだぞ」
「構わん。野放しにしておくより、手元に置いておいたほうが安心じゃ。
それに」
「それに?」
「彼らは悪い人間ではない。おぬしのようにな?」
「・・・ふん」
エヴァは不承不承ながらも。
どこか満更ではない様子で、そっぽを向くのだった。
第3話へ続く
<あとがき>
というわけで2時間目でした。
17歳の中学生、ありえねー。
女子部に男子編入、ありえねー。(笑)
あ、作品内での時間軸は、4巻目の冒頭。
つまり、修学旅行へ行く直前、というところです。
なぜ序盤を飛ばしたかって?
イベントをこなすのが面倒だったから。(爆)
ま、まあ、ストーリーの本質は、修学旅行編からだと思いますし。