魔 法先生ネギま!
〜ある兄妹の乱入〜
4時間目 「いざ出陣、3−Aへ!」
「じゃ、またあとでな〜♪」
「ああ、ありがとう」
職員室まで案内してもらい、いったんこのかたちと別れる。
「さて・・・」
「あ、勇磨さん、環さん」
職員室に入ろうとすると、2人に声がかかった。
振り向くと、背広を着込んだ小さな少年がいる。
「今日からですね。がんばってください〜」
「ネギく・・・・・・ネギ先生」
弱冠10歳の教師、ネギである。
そういえば、担任なんだったか。
きのうの調子で君付けしかけるが、一応は先生ということで、言い直した。
「いや、こちらこそお願いします」
「いえいえー」
頭を下げると、ネギのほうが大げさにペコペコと頭を下げる。
年相応のかわいらしさがあって、思わず頬が緩んだ。
「制服、お似合いですねー」
「ありがとうございます。世辞がお上手ですこと」
「お世辞じゃありませんよ〜。本当に似合ってますよ。
環さんは日本人形みたいなかわいらしさです〜」
「まあ」
褒められて悪い気はしない。
環は顔をほころばせた。
「本当にお上手ですね、ネギ先生」
「英国紳士ですから〜」
”紳士”を自称するネギ。
そう言われて、ネギのほうもうれしそうに笑う。
「馴染めますかね〜」
「大丈夫ですよ〜」
勇磨が不安そうに言うと、ネギは自信を持って言い切った。
「3−Aは明るい人ばかりですから。すぐに馴染めますよ」
「そうですか」
「俺は、違う意味で恐ろしいですよ・・・」
「あ、あはは」
どんな反応をされるか。その明るさが、かえってアダにならないか。
戦々恐々もいいところである。
「じゃあお二人とも、こっちへ来ていただけますか? ちょっとした手続きがあるので」
「テスト・・・・・・とか言わないですよね?」
「あはは、言いませんよ。書類にサインしていただくだけです」
「ホッ、よかった」
「兄さん・・・」
そうして職員室に入っていく3人を。
(むむ、こいつはスクープ。早速!)
廊下の角から盗み見、盗み聞きしていた人物が1人・・・
女子中等部3−A教室。
登校してきた面々が、始業前のざわついた時間を過ごしている。
「ニュースニュース!」
そこへ、生徒の1人が飛び込んできた。
特徴的な赤髪、髪型の、出席番号2番・朝倉和美である。
「なによー朝倉」
「朝から騒がしいなあ」
「ニュースだってば! ちょっと聞いてよ!」
「はいはい」
「今度はどんなガセネタを掴んだの?」
「本当だってば」
クラスメイトたちは、いつものことだ、と努めて冷静に受け止める。
煮え切らないクラスメイトたちにがっかりしつつ、朝倉は叫ぶ。
「この目、この耳で確かめたんだから間違いない。麻帆良パパラッチを舐めるなよ!」
「はいはい。で?」
「今日、このクラスに転校生がやってくる!」
教室内は、一瞬だけ静まり返って。
「宿題やってきたー?」
「放課後どうする?」
「今日の英語、何ページからだっけ〜?」
「コラコラコラーッ!」
日常へと戻っていく。
朝倉は再び叫んでいた。
「なによその反応はー!」
「だってさー」
「朝倉〜。ウソつくなら、もっとマシなウソつきなよ〜」
「今どき、そんなネタ流行らないよ」
「だから本当だってー!」
信じてくれないクラスメイト。
「さっき、職員室の前で、ネギ先生と話しているところを見たんだから!」
「へえ?」
「それで?」
食いついてきた。
手応えを感じる朝倉。
「さらに驚くことに、2人! 2人なのよ! んでもってー」
「ふんふん」
「衝撃のスクープ! なんと、男女のペアだったのだ!
つ・ま・り! 我がクラスに男が入ってくるのだー!」
「えー!」
「男の子が来るの?」
「女子部なのにー?」
わいわい、がやがや。
こうなるともう、朝倉はしめたものである。
彼女を中心にして、あっという間に人だかりが出来上がった。
「あー。つくづくミーハーよね、うちのクラスって」
それを遠巻きに見つめているアスナ。
隣席のこのかが声をかける。
「転校生って、ゆう君とたまちゃんのことやろなー?」
「たぶんね。っていうか、それ以外ありえないでしょ」
「・・・? 知っているですか?」
2人の後ろの席、綾瀬夕映が尋ねてきた。
話が聞こえたのだろう。
「うん」
「さっき会ってね」
「そうですか」
夕映は頷いたが、疑問は続く。
「会ってすぐのわりには、このかさん、随分と親しそうですね」
早速あだ名で呼んでいるくらいですし、と夕映。
苦笑するアスナ。
「このかの性格考えれば、わかるでしょ?」
「なるほどです」
人懐こく、誰とでもすぐに仲良くなれるのがこのか。
自分とは正反対なだけに、夕映は納得した。
「で、どのような方なんですか? 特に、女子部に入ってくる変態男子は」
「ゆ、夕映ちゃん、容赦ないわね」
「事情があるんやから、そへんなこと言ったらあかんよー。
おじいちゃんが頼んだみたいやし〜」
「ほぉ」
このかの言葉に、夕映は少し考えを改める。
「それで?」
「せやなー」
と、話に花が咲く。
転校生の存在を知っている、もう1組は。
「・・・ふん」
「・・・・・・」
エヴァは自席でふんぞり返り。
茶々丸は、静かに席に着いているだけだった。
始業のチャイムが鳴る。
御門兄妹はネギの後に従い、3−A教室に向かっていた。
「あー、どういう反応されるのかなー? 痛いんだろうなー、耐えられるかなー?」
「兄さん・・・」
「あはは・・・」
すでに現実逃避気味の勇磨。
それを見て環はため息を漏らし、ネギは力なく笑うしかない。
「いい加減、覚悟を決めてください」
「何を言う。今の俺は、最後の審判を持つような心境なんだぜ・・・」
「そ、そこまで言いますか」
「あはは・・・」
あまりの言いように、環は顔を引き攣らせ。
ネギは引き続き、困ったように笑うしかなかった。
「・・・お」
「兄さん?」
「そうだ、そうだよ!」
「はい?」
沈んでいた勇磨が、突如として復活。
「なんでこんな簡単なこと思いつかなかったのか」
「ですから、なんですか?」
「何も、2人いなくてもいいってことさ」
「はあ」
「そうだよ、そうすればいいじゃないか。うん、それがいい」
1人でうんうん頷いている。
当然、環とネギにはわけがわからない。
「あの、環さん。勇磨さんは、いったい?」
「・・・放っておきましょう」
「じゃ、そういうことで」
「待ちなさい!」
「うげっ・・・」
やれやれと息をついて、放っておこうとしたのも束の間。
勇磨がいきなり踵を返そうとしたので、慌てて止める環。
襟を掴んだ格好なので、首が絞まって、勇磨はカエルが踏み潰されたような声を上げる。
「げはっ・・・。な、なにすんじゃい!」
「どこへ行こうとしましたか?」
「どこって、帰ろうかと」
「はあ? 転入初日で、これから授業なんですよ?」
「だ、ダメですよ勇磨さん。サボりはいけませんよ!」
突拍子もないことを言う勇磨。
その魂胆やいかに?
「要するに、俺たちの役目は、このかを護衛することだ」
「そうですね」
「学園長曰く、常に側に誰かがいて欲しいようだから、1人は側にいなきゃいけない」
「はあ」
「なら、俺たちのどちらか片方がいればいいわけで。
女子部なんだから、女のおまえが入るのが自然であり、当然。
つまり、俺まで女子部に入る必要は無いというわけだ」
「・・・・・・」
トンデモ理論展開。
確かに、それはその通りなのかもしれないが。
「兄さん・・・」
環は呆れを通り越して、情けなさすら覚えた。
「そういうことで、環。がんばってくれ。俺は外から見守る」
「そんなわがままは通じませんよ」
「・・・あ、やっぱりダメ?」
「当たり前です」
普通に会話しているように見えるが。
環がすごんで見せ、勇磨は冷や汗を流していたりする。
「私たち”2人”が受けた依頼ですよ。もし学園長にバレたら、追い出されてしまうじゃないですか」
「ダメか・・・。名案だと思ったのに。シクシク・・・」
「そろそろ覚悟を決めてくださいよ。まったく・・・」
「あのー・・・。話はつきましたか?」
ネギの笑顔が逆に悲しい。
そうこうしているうちに、3−A教室の前へと到着。
「では、僕が呼んだら、入ってきてくださいね」
「わかりました」
「あいー・・・」
「みなさん、おはようございます〜。今日もいいお天気ですね〜」
「ネギ先生! おはようございますわ♪」
ネギが教室に入ってくると、クラス委員長たる雪広あやかが真っ先に挨拶する。
「今日もお綺麗ですね、いいんちょさん」
「ま、ネギ先生ったら♪」
典型的な社交辞令だが、いやん、と身をくねらせるあやか。
当然のようにツッコミが入る。
「朝から盛ってるんじゃないわよ、このショタコン」
「な、なんですって? アスナさん!?」
「ま、まーまー」
このかが仲裁に入るのも、普通の光景である。
「いんちょ、号令号令」
「はっ、そうですわ。一同、起立!」
朝のHRが始まる。
出席を取り、その日の連絡事項などを伝えて。
「えー、みなさん」
ネギが話を切り出した。
「大事なお知らせがあります。実は――」
「転校生が来るんだよね!?」
「え・・・・・・な、なんで知ってるんです?」
先を越され、驚くネギ。
朝倉が1人、笑みを漏らしたいたことに気付くものはいない。
「え、ええと、その通りです。じゃあ・・・・・・入ってきてくださーい」
扉の向こうに声がかけられる。
クラス中の視線が、扉へと集中した。
扉が開く。
「失礼します」
おー・・・
どこからともなく、そんな声が漏れた。
すらりとした体つきの、女子としてはそれなりの長身。腰まで伸びる艶やかな黒髪。
意志の強さを感じさせる整った目鼻立ち。
同姓の目からして見ても、充分な美少女。
「し、失礼します・・・」
おお〜!
続けて姿を見せた者に対しては、先ほど以上の声が上がった。
オドオドしながら入ってきた、黒髪の少年。
そう、『少年』。
「朝倉が言ってたこと、本当だったんだ」
「ちょっとかっこよくない?」
「そうかも〜」
「彼女いるのかな?」
至る所でヒソヒソ話が始まる。
一方で、入ってきた者にとっては、それは苦痛以外の何者でもない。
(ああ、視線が・・・・・・ああっ、ヒソヒソ話はやめて・・・・・・)
穴があったら入りたい。
転校生だという2人は、教卓の前まで歩み出て。
ネギに促され、それぞれ黒板に自分の名前を書いた。
少年は、緊張しながら多少乱雑に。
少女は、丁寧な楷書で、綺麗にすらすらと。
「えー。今日からこのクラスの一員になる、御門勇磨さんと御門環さんです」
「あー・・・・・・御門勇磨です。よ、よろしく」
「御門環です。諸事情により、編入してまいりました。よろしくお願いいたします」
頭を下げる2人に対し、わーっという歓声とともに、沸き起こる拍手。
このかの拍手が一段と大きかったことは、言うまでも無い。
(・・・・・・ん?)
室内を見渡した勇磨。
生徒たちが拍手をしてくれている光景の中、何かが見えた。
(なんだ・・・? 何かが・・・)
視界手前、右のほう。
・・・そう。窓際の1番前の席の当たり。
(むむむ?)
もやっと、かすんで見える何かが。
だが如何せん、よほど密度が薄いのか、現状ではこれ以上はわからなかった。
(・・・環。気付いたか?)
(え? 何にです?)
(いや、いい)
(はあ)
鋭い環が気づいていない。
どういうことだ、気のせいかと首を傾げる。
「えっと、それじゃあ、短い時間ですが質問のある人は――」
ネギの声で、意識は引き戻された。
改めて見てみると、そこには何も無い。
(本当に気のせいだったか・・・? 疲れてんのかな俺・・・)
目を擦る勇磨。
慣れない環境と、この状況によるストレスのせいだろうか。
「はいっ!」
「あ、はい、朝倉さん」
「この役目を、他人に奪われるわけにはいかないからね」
にやりと笑って、朝倉が席を立つ。
「じゃ、質問いいかな〜?」
「ど、どうぞ」
「お手柔らかに」
その笑みを継続しつつ、どこからかペンと手帳を取り出す朝倉。
なんとなく、嫌な予感を感じる勇磨と環である。
「まずはこれ。みんな聞きたがってると思うんだよね〜。
御門勇磨君。君は、どうして女子部に入ってきたのかな〜?」
来た、と思う。
至極当然の疑問であろうから。
だが、答える側としては、答えようが無いのも事実。
「えーと・・・・・・・・・学園長に聞いてください」
悩んでから、そう答えた。
「俺は、男子部を希望したんだから」
「ま、そりゃそっか。ここにいるってことは、学園長が許可したってことなんだろうし」
「ほっ」
朝倉が納得したことで、ホッと息をつく勇磨である。
「次いくよ〜。身長、体重、スリーサイズは?」
「そ、そんなこと訊くの?」
「普通は、趣味とか、好きな教科とか、食べ物とかじゃないんですか?」
「ノンノン。この朝倉和美を舐めてもらっちゃあ困るのよ。さあさ、答えて答えて」
「あー・・・」
なんとか言ってやらねば、引き下がってくれそうに無い。
勇磨と環はそっと目配せし、共に軽く息をついて。
「えっと、俺は身長178センチ。あとは秘密。
男の体重、スリーサイズなんか聞いても面白くないでしょ」
「身長は164センチです。が、あとは、私も黙秘権を行使させていただきます」
「ちぇー」
ペンで頭を掻きながら、なにやら手帳と睨めっこの朝倉。
「まあいいわ。この私にかかれば、クラスメイトなんて裸同然! いずれ、ね」
「・・・・・・」
悪寒がする。
どこからか、寒気でも舞い込んできたのだろうか。
「次。ズバリ! 初体験はいつ?」
「は・・・?」
「どういう・・・・・・意味でしょうか?」
「やーだなーもう、とぼけちゃって〜♪」
「・・・・・・」
これは、やはり、”そういう”意味なのだろうか?
「で? で、で?」
「えー、あー・・・」
「・・・・・・」
勇磨は返答に窮し、視線を泳がせてどうしのごうか考えている。
環は完全な無言だった。
「おやぁ? 勇磨君のほうは脈がありそうな雰囲気?」
「えっ? あ・・・」
下手に言い訳を考えたのかまずかった。
鋭い朝倉に勘付かれ、追及を受けることとなる。
その点、環の行動は正しかったと言えるだろう。
おおっ、と歓声も上がった。
「誰? 誰、誰っ!? いつ、どこで!?」
「わーわーわー! そ、そんなこと言えるわけないじゃないか!」
「ウブだね〜♪」
どっと沸く室内。
勇磨はもう、顔が真っ赤だ。
(これだから、女ってのはもう・・・)
色恋沙汰には興味津々。
特に、この年代ならばなおさら。
勇磨は改めて、女子に囲まれてやっていく生活に、絶望を覚えた。
「じゃあ、次は・・・」
「朝倉さん。もうそれくらいで・・・」
見かねたネギが助け舟を出す。
が、これもまずかった。
「じゃーつぎ私ー!」
「えー、ずるいよ!」
「私も質問するー!」
「え、あ。み、みなさん、順番に・・・」
無秩序の降臨。
ネギが慌てて制止をかけても、彼女たちのパワーは制御し切れなかった。
「好きな人はいるの?」
「恋人とか?」
「どこから来たの〜?」
「趣味は?」
「あ、あうう。みなさん、順番は守ってくださいよ〜!」
「ネギ先生が困ってらっしゃる。ちょっとみなさん! 少しは節度というものを・・・!」
あやかがネギを助けようと、切り盛りしようと試みるが、逆に混乱を煽るばかりで。
結局、1時間目が始まって、担当の教師がやってきて声をかけるまで、
こんな状態は続いたそうな。
5時間目へ続く
<あとがき>
大混乱の3−A初見参。
女子校に男が入ってきたら、そら驚きますわな。(汗)
普通は、もっとどギツい反応が返ってくるのでしょう・・・
というか、こんなこと自体ありえませんね・・・