魔 法先生ネギま!
〜ある兄妹の乱入〜
5時間目 「エヴァと転校生」
HRの混乱は、1時間目のチャイムが鳴るまで続いて。
「あ、じゃあ、勇磨さんと環さんは、1番後ろの席でいいですか?
空いているのがそこしかなくて。目が悪いなんてことはないですよね?」
「ああ、はい」
「構いません」
ネギはそう言い残して、やってきていた1時間目担当の教師にペコペコ頭を下げ、
教室から出て行った。
1時間目が始まってしまうので、早く席に着かなければ。
だが、示されたのは『1番後ろの席』というだけ。
見渡してみると、最後尾には、廊下側に1人エヴァが座っているだけで、
他の5列はそのまま空いているのだ。
「どこに座ればいいんだ?」
「まあ、どこでもいいんじゃないですか?」
確かに、詳しく指定されたわけではない。
適当でいいのだろうか。
「ほら、編入生。早く席に着きなさい」
「すいません」
やってきた教師にも急かされて。
とりあえず教室の後ろへ移動。
そして、声をかける。
「隣、いいかな?」
エヴァへ。
「ふん。好きにしろ」
「じゃ、失礼して」
勇磨はエヴァの隣の席へ腰を下ろす。
環はさらにその隣だ。
「授業を始めるぞ」
始まる1時間目。
教科は国語である。
「兄さん。教科書はどうしましょう?」
「あ〜」
きのう、急に編入が決まったばかりで。
教科書など持っていない。
「誰かに見せてもらうしかないか。えっと」
「・・・・・・なんだ」
すっと右の席へ視線を送る勇磨。
エヴァは怪訝そうな声を返す。
「教科書、見せてくれない?」
「ほら、持っていけ」
そのわりには、実にあっさりと渡してくれた。
「妹と2人で見るがいい」
「え、じゃあ、君は?」
まるで、自分には必要ないとばかりに。
見ないつもりなんだろうか。
「いらん。どうせ、何回も受けている授業だ。内容くらい把握している」
「は?」
「前を向け。編入早々、教師に目をつけられたくはないだろう」
「ああ、うん」
言われるまま、視線と体勢を元に戻す。
環との中間に教科書を置いて。
「エヴァちゃんが貸してくれた」
「ありがとうございます、エヴァンジェリンさん」
「・・・ふん」
そっぽを向くエヴァ。
授業は進んでいくも。
(何回も? どういう意味だ?)
元々の勉強嫌いに加えて、エヴァの言葉が耳から離れない。
もちろん、授業など聞いていなかった。
休み時間になると。
「ねーねー、どこから来たの?」
「どんなことが好き?」
「教えてよ〜」
転校生にはよくある風景。
なったばかりのクラスメイトたちに囲まれる。
「趣味は?」
「趣味ですか? そうですね、身体を動かすこととか好きですよ。あとは、読書など」
「うおっしゃー、即戦力ゲットの予感!」
「どのような本を読まれるのですか?」
「最近では・・・」
その都度、環は律儀に答える。
雄叫びを上げているのは裕奈。部活に勧誘するつもりだろうか。
普段はこういうことに無関心な夕映も、趣味を同じくする友だと悟り、質問してくる。
「ここだけの話、このクラスで、誰が1番かわいい?」
「えっと・・・」
また、囲まれているのは勇磨と同じ。
むしろ、彼のほうが人数は多かったりする。
女子校で、多感なお年頃なだけに、異性にはいっそうの興味があるということか。
「誰か1人、挙げてよ」
「外れても恨まないから」
「そ、そんなこと言われても・・・」
女子に囲まれてタジタジになっている勇磨。
本来の中学生時代は共学だったから、異性との接触はそれなりにあったとはいえ、
さすがにこれはいけない。
「ひ、ひとりだけ挙げるのは、厳しいな・・・?」
「まあ確かに、レベル高いもんねー、うちのクラス」
「じゃあ、ベスト3!」
「えー・・・?」
似たようなものじゃないか、と思いつつも。
思わずクラスメイトたちの顔を見回してしまう。
「・・・う」
見回して、後悔した。
環に質問していた連中も、しっかり聞いていたのか、こちらに目を向けているのである。
期待の眼差しを。
参加していないのは、前のほうの席の髪を横で結わえたコと、窓際の色黒の彼女。
そして、休み時間になるなり出て行ったエヴァと茶々丸。環の前の席のメガネのコの、5人だけだ。
「さあ、誰?」
「答えないと、いじめちゃうよ〜♪」
「うぅ・・・」
コレは困った。
女というのは執念深く、嫉妬深いと聞く。
誰を選んでも、どこかで角が立つのではないか?
「・・・・・・あ」
「ゆう君?」
考えているうちに、このかと目が合った。
「むむっ? このかに反応アリ!」
「このかか〜。っていうか、このか! ”ゆう君”ってなによ!?」
「ええやろ〜? あだ名や〜♪」
「そうじゃなくて」
「なに? なになに? いつのまに?」
騒ぎの中心がこのかに移る。
その隙に、一息つくことが出来た。
「お疲れ様です、兄さん」
「まったくだ・・・」
机に突っ伏す兄に、ねぎらいの言葉をかける妹。
「女の子に囲まれる感想は、いかがです?」
「うれしくはあるが、何事も、度が過ぎるとよくない・・・」
「クスクス・・・」
おかしそうに笑う環。
「実際のところ、どなたが1番かわいいと思われたんですか?」
「おまえまでそんなことを・・・」
「ふふ、すいません。気になってしまったものですから」
少し意地悪だったか。
引き続き、環は笑っている。
直後、その笑顔が凍りつくことになるとは。
「・・・おまえだよ」
「えっ?」
完全なる不意討ち。
「おまえも、容姿はかなりの部類に入るし。まあ、よく知っているだけ1番かな?」
「・・・・・・」
「クラスメイト、ってことに違いはないだろ? 兄妹だけどさ」
「・・・・・・・・・」
「環?」
「えっ? あ・・・・・・そのぅ・・・・・・」
「大丈夫か?」
「は、はい」
「ならいいが」
理解、把握するのに数秒を要さねばならなかった。
とんでもない、威力充分な攻撃である。
(もうっ、兄さんは・・・。
普段は恐ろしく鈍感なくせに、たまに、核兵器級の破壊力をもたらすんですから・・・。
しかも無意識なんでしょうから、余計にタチが悪い・・・)
苦々しく思いつつも、本当は、うれしい。
ほのかに赤くなっている頬がその証拠だ。
「でも、あなたたち」
話題の中心へ戻ってきたようだ。
「いい時期に転校してきたよね」
「いい時期?」
「どういうことです?」
「だってさー」
にやりと、クラスメイトたちが微笑む。
「来週は修学旅行なのだー!」
「4泊5日。京都・奈良へ!」
「へー」
初めて知ったこと。
懐かしい響きであるが、わりと楽しみになったりするのだった。
昼休み。
間近に迫った、修学旅行の話で盛り上がっている教室を、何とか抜け出した勇磨。
今は、ある人物を捜して回っていた。
「どこ行ったんだ? ・・・・・・あ」
ヒソヒソ・・・
キョロキョロしながら歩いていると、周囲からそんな話し声が聞こえてくる。
また、妙な視線を感じもする。
――理解した。
(ま、まずい!)
気付くや否や、脱兎の如くその場から逃げ出す。
普通の感覚でいたらまずかったのだ。
(ここは”女子校”なんだもんな。いくら麻帆良の制服を着ていようと、男の俺がいたら怪しまれる・・・。
うひー、勘弁してくれよ〜っ!)
そういえば、トイレにも困ったものだった。
女子校なので、当然のように女子トイレしかない。
男子トイレは職員用のものしかないそうなので、わざわざ職員室の前まで出向かねばならない。
まあ実際、勇磨を見ていた女子たちは、怪しむというよりは好奇心で、
女子部に入ってきた男子に付いて噂が広がり、興味本位で見ていただけだったりするのだが。
(・・・そうだ。体育のときとか、どこで着替えれば・・・?)
それはそうと、新たな疑問が湧いてきた。
「まあ、今はそれよりも・・・・・・ん? ここは?」
ふと気付いてみると、どうやら屋上への出口らしい。
無意識のうちに階段を昇ってきていたようだ。
「ちょうどいいや。ここも調べてみるか」
ドアを開け、屋上へと出てみる。
「・・・お、発見」
「む・・・」
偶然か、捜し人の姿を認めた。
彼女は、自慢の金髪を風になびかせながら、従者と友にそこにいた。
他には誰もいない。
「こんちは、エヴァちゃん。茶々丸さんも」
「・・・御門勇磨。だからそれはやめろと言っている」
「こんにちは」
相変わらずのちゃん付けに、エヴァは顔を歪ませ、不機嫌そうに言ってくる。
対照的に、茶々丸は丁寧に挨拶を返した。
「君を捜してたんだ」
「私を? ふん、酔狂なヤツだな。何か用か?」
「教室にいなくていいのかい? 修学旅行の話で盛り上がってるけど」
「・・・ふん、馬鹿馬鹿しい。私があんな連中とつるむとでも思うのか」
「思わないけどさ」
「正直なヤツだ」
素直に認める勇磨を、変なヤツだと思うエヴァ。
それは確かにそうなのだが、そう馬鹿正直に言うこともないだろうと。
「でも、せっかく修学旅行に行くんだから、楽しまないと損じゃない?」
「ああ、どうせ私は行かないからな」
「へ?」
「いや、訂正だ。行かないのではなく、”行けない”んだ」
「・・・・・・どういう意味だ?」
おちゃらけムードが一変する。
能天気な様子だった勇磨も、一瞬にして、厳しい顔つきに変わる。
「もしかして、朝に言っていたことと関係するのか?」
「鈍いようでいて鋭いな。ああ、その通りだよ」
「・・・・・・」
エヴァは笑いながら頷く。
その笑みが、諦めによるものだと気付くのに、努力は要らなかった。
よくよく考えてみれば、齢700を数えるという吸血鬼が、
こんなところで中学生をやっているというのも、至極おかしな話。
「さすが、と言うべきなのか。あの僅かなやり取りで察するとはな」
「どういうことなんだ? 教えてもらえるとうれしかったりするんだが」
「アホか貴様。なぜ貴様などに教えねばならない」
「いや、そう言われちゃうと言い返せないけどさ。何か力になれるかもしれないじゃないか」
「なに? 力? 私の? あーっはっはっは!」
「・・・笑うところかぁ?」
大笑いするエヴァ。
クサかったかもしれないが、そこまで笑うことも・・・と思ったが、
話はそういうことではなかったらしい。
「御門勇磨。知らないだろうから教えてやる」
ひとしきり笑ったあと、エヴァはそれでも堪え切れないといった様子で、話し始めた。
「私は真組の吸血鬼だ。”悪い魔法使い”なんだよ。それこそ、何千何万では収まらない人間を殺しているな。
600万ドルという賞金首でもあるんだ」
「・・・・・・」
さすがに勇磨は驚いたようだ。
努力はしているんだろうが、顔に出てしまっている。
「そんな私の力になる、だと? コレが笑わずにいられるか、くくくっ・・・」
「そうか・・・」
「わかったろう? わかったら、私に構うな。何をしでかすかわからんぞ?」
「・・・・・・」
言い切ったエヴァは目を閉じる。
勇磨は無言。立ち去っていくだろうと踏んだのだが・・・
「嫌だね」
「なっ・・・」
勇磨は立ち去らなかった。
それどころか、まったく予想外の声をかけられ、エヴァは仰天する。
「な、何を言っている御門勇磨。私は悪だ、悪なんだぞ!? 悪に手を貸すというのか!」
「君こそ忘れているようだけどね。俺だって、純粋な人間じゃないんだ」
「・・・! そうか・・・・・・そうだったな・・・」
きのう、打ち明けられた話。
ハッと思い出すエヴァ。
「まあだからといって? 俺は人間と敵対するつもりもないし、人間であるつもりだし」
「・・・何が言いたいんだ貴様」
「今はどうなんだ、エヴァちゃん」
「なに?」
勇磨は笑顔で訊く。
「今でも、自分が”悪”であるつもりか?」
「と、当然だ! それが私の存在意義であり、アイデンティティだ!」
「本当かな? 俺には、そこまでの悪人だとは思えない」
「ぐ・・・」
「殺さなければならなかったのも、何か理由があるんだろう?
生きるためにやむを得ず、とか。自分が悪い場合なんて、ほとんど無いんじゃないか?」
「・・・・・・」
反論したいのに、出来ない。
彼に見つめられていると、言葉に詰まってしまう。
「とまあ、偉そうにこんなことを言って、トラブルを招くこと数知れず。
自分の好き勝手やって、あとで環に怒られるんだけどな〜」
「・・・・・・なんなんだ、貴様は」
正直、エヴァは戸惑っていた。
このような人間、初めて――
・・・いや。
非常に懐かしい感覚を覚えている。
「話してごらんよ。もしかしたら、何か解決の糸口が見えるかもしれない」
「こ、こんなことで見つかったら、15年も経過しておらんわ!」
「いいから。1人で悩むより2人だ。1人で抱え込むと、ロクなことにならないぞ〜?」
「う、うるさい! 知ったような口を聞くな!」
こうなるともう、ただの駄々っ子のようだった。
自分でも嫌気が差してくるが、どうしようもないのだから仕方ない。
「それに、君は俺たちの秘密を知ってるんだしぃ〜?
君だけ秘密を知ってるってのも不公平じゃん?」
「やかましい! 自分のほうからバラしたんだろうが!」
「ひどいな。でも、秘密を共有し合える仲間って、いいもんだよ」
「〜〜〜っ・・・!」
埒が明かない。
このままでは、どうあっても、この男は引かないだろう。
「ああもうわかった! 後悔するなよ?」
「しないしない♪」
「知った以上は、絶対に協力してもらうからな・・・」
エヴァは、自分にかかっている”呪い”のことを話した。
もちろん、サウザントマスターへの感情云々は、適当にごまかして。
「・・・ふ〜ん、なるほど。そんなことになってたのか」
「賞金首たる私がここにいるのに、何も起きないのはそのせいだよ。
私はここから出られないんだ。力を封じられ、監視もあることだしな」
「ふ〜ん・・・」
「いい加減わかっただろ? あのサウザントマスターが力任せに、メチャクチャにつくった呪いだ。
どんな方法を試してもダメだったし、そう簡単に破れるような代物ならば、
私がおとなしく、15年も従っているわけがないだろう。
それに、仮に私に力を貸したとして、解呪できたとしてみろ。全世界が黙ってはいないぞ。
”闇の福音”が世に放たれるんだからな。それでも貴様は、私に協力するというのか?」
「へ〜。ふ〜ん・・・」
「貴様・・・。聞いていないだろ?」
生返事しか返さない勇磨。
いったい何を考えていることやら。
キーンコーンカーンコーン
「予鈴です。マスター、戻りませんと」
「あ? ああ」
チャイムが鳴った。
すっくと立ち上がりながら茶々丸が言い、エヴァも頷く。
戻ろうとして、振り返って勇磨を見たが、まだ何かを考えるようにボ〜ッとしている。
――放っておこう。
そう考え、歩み出そうとした瞬間・・・
「呪い、ねぇ・・・。なんとかなるかもしれないな」
「・・・えっ?」
という、勇磨の呟きが聞こえた。
思わず立ち止まり、駆け寄る。
「ほっ、ほほほほほほ本当かっ!?」
「うわっエヴァちゃん!?」
「本当に本当か? 解呪できるのか? え、どうなんだ!?」
「ぐぇっ・・・・・・く、くるし・・・」
「す、すまん」
胸倉をきつく掴み上げすぎた。
慌てて手を離すエヴァ。
それでも、期待感は拭えない。
「そっ、それでっ?」
「ゲホッ・・・。うん、出来るかもしれない」
「本当だな!?」
「もちろん、100%の保証は出来ないけど、可能性はある」
なんとか回復した勇磨。
こんなふうに語った。
「力づくでかけられた呪いなら、力づくで跳ね返せばいいんじゃないかって」
「・・・望み薄だぞ、それでは。かのサウザントマスターの魔力だ、そう簡単には・・・」
「やってみなきゃわからないさ」
「・・・・・・」
「強引に聞き出しちゃったことでもあるし。うん、やるだけやってあげるよ」
秘密を共有し合う仲だしね、と勇磨は笑う。
エヴァは、ふんっと盛大に目を逸らしながらも。
「わかった、よろしく頼む」
勇磨へ頼んだ。
「・・・・・・」
その勇磨は、驚いたように目をしばたかせる。
エヴァは怪訝そうに問い返した。
「・・・なんだ?」
「いや。やっぱりエヴァちゃん、悪人じゃないなと思ってさ」
「な・・・!?」
「さっき、俺の首を絞めたときもきちんと謝ってくれたし。
根っからの悪人なら気になんてしないし、人に頭を下げたりもしないでしょ?」
「〜〜〜っ・・・!」
真っ赤になって、言葉にならない唸りを上げるエヴァ。
そんな様子に、勇磨は面白そうに笑みを零して。
「大掛かりなことになりそうだ。環とも相談しなきゃいけないし、あいつの助けも必要だ。
チャイムも鳴っちゃったし、この話はまた今度」
「では、放課後だ」
「いや、放課後は先約があって・・・。夜じゃダメ?」
「・・・まあいい。この場所で待っている」
「ああ」
「行くぞ、茶々丸」
「はい。お先に失礼します」
そう言い残し、エヴァは茶々丸を連れて、先に戻っていく。
小さな背中を見送った勇磨は、確かな満足感を得ていた。
6時間目へ続く
<あとがき>
エヴァフラグが立ちました。(爆)
はてさて、本当に呪いを解くことが出来るんでしょうか?
それにしても、4泊って随分豪華な修学旅行ですよね。
私のときも京都でしたが、2泊でしたよ。私立は違うのか?