魔 法先生ネギま!
〜ある兄妹の乱入〜
7時間目 「解呪の儀式」
「私は、悪い魔法使いだ!」
「大丈夫そうだな。よしっ、やろうか環!」
「はい」
エヴァの、すがすがしいまでの笑顔に安心し。
さあ、解呪を始めよう。
「始めるぞ」
そう言いつつ、勇磨が懐から取り出したもの。
細長い、15センチほどだろうか。そんな紙切れだった。
「それは・・・・・・呪符か?」
「そうだよ」
「呪符使いだったのか」
「正確には違うけどね。あくまで本業は、斬り倒すほうだから」
エヴァがその正体に気づくと、勇磨は同意した。
しかし、本業ではない?
「陰陽術の一種なのだろうな・・・」
「まあね。知り合いに陰陽師がいて、彼女から習ったんだ」
「そんな付け焼刃の技で、本当に大丈夫なんだろうな?
周囲に被害が出ると、私はもちろんだが、貴様らにも追及の手が及ぶぞ」
「大丈夫、大丈夫」
あくまで心配なエヴァ。
笑みを浮かべて、なだめる勇磨。
「お墨付きはもらってるから。免許皆伝どころか、新しく流派を開いてもいいとまで言われたよ」
(こんな短期間でマスターするなんて、わたしの立場はどうなるんですか?
・・・とも、涙ながらに言われたけどな)
心中で苦笑する。
確かに、初めて触れる体系で、師匠顔負けの技を、しかも短期間で習得されてしまっては、
彼女の言うことももっともだろう。
「無駄話はそこまでです。集中してください」
「ああ」
「む・・・」
環から忠告がなされて、本格的に術式へと移行する。
「私は、どうすればいいんだ?」
「そこでジッとしてて。あとはこちらですべてやる」
「ん、わかった」
「まあ、自分のことでもあるし、成功するよう祈っててよ」
「ふん・・・」
静かに佇むエヴァ。
勇磨と環は呪符を取り出して、なにやらブツブツ呟きながら、彼女の前後に展開した。
エヴァの前方に勇磨、後方に環。
茶々丸は、邪魔にならないよう、大きく脇に逸れて待機している。
「「破邪天声・・・」」
勇磨と環がそう呟くと、2人の周囲に、青白いオーラが立ち上った。
同時に、彼らの手にする呪符が、淡く光り輝く。
「御門勇磨と・・・」
「御門環の名に於いて命ずる。急急如律令! はっ!」
「むっ・・・!」
掛け声と共に、2人は呪符をエヴァに向けて投じた。
エヴァは少し驚いたが、向かってきた呪符は、彼女の寸前で停止。
そのまま空中で静止する。
「動かないで」
「・・・ああ」
どんなことになるのか、まったく想像がつかないが。
エヴァは、少なくとも今だけは、彼らの言葉に従ってみようと決めた。
「臨、兵、闘、者、皆、陣、列、在、前」
九字を切り。
「天元行体神変神通力」
「ナウマク・サマンダ・バザラダン・センダ・マカロシャダ・ソワタヤ・ウン・タラタ・カン・マン・・・」
「この者に取り憑きし、悪しき呪いを打ち祓いたまえ・・・」
静かに言葉を紡ぐ。
平行して、呪符を取り出しては念を込め、エヴァに向かって投擲。
その数が3枚ずつ、つまり合計6枚になったそのとき。
「うわっ・・・!」
瞬間的に巻き起こった突風に、エヴァも思わずよろける。
気付いてみると、周囲に浮いていた呪符の姿が消え、代わりに・・・
「・・・これは」
足元で、とある紋様を形成していた。
「五芒星っ!」
校舎屋上の、何も無かったはずの床に、光る五芒星が浮き出ている。
呪符は6枚だったのに、紋様は五芒星。
残りの1枚はどこへ・・・と思ったら、真上、頭上に存在していた。
そこから、某ピラミッドパワーのように、五芒星の各頂点へ光の帯が伸びている。
(なるほど、それなりの技術はあるようだ。
免許皆伝というのも伊達ではないようだな)
エヴァは、日本独自の文化にも、それなりに慣れ親しんでいる。
日本のみならず、五芒星は西洋でも、古くから使われてきた魔法陣のひとつ。
不安に思うこともなくなったということだろう。
五芒星は、日本史上最高の陰陽師、かの安部晴明も愛用したといわれる。
キキョウの花との酷似から『晴明桔梗紋』と呼ばれ、現在も晴明神社の神紋などに見ることができる。
エネルギーを増幅し、効果を高めるものだ。
「準備完了です」
「いくよ、エヴァちゃん」
「ああ・・・」
舞台は整った。
「「破魔、解呪ッ!!」」
「うくっ・・・」
2人がそう叫んだ瞬間、身体の奥から、何かを根こそぎ搾り取られるような感覚に襲われた。
周囲には光が溢れ、側にいる茶々丸などは、手を使って遮っているほどである。
「あぁァア・・・ッ!!」
時間が経つに連れて、その感覚は強くなっていき。
やがては、こらえるのも辛くなるくらいになってきた。
(全身が、熱い・・・・・・苦しい・・・・・・)
これほどの痛苦を味わうことになるとは。
(ナギめ・・・・・・・・・恨む・・・くうっ・・・!)
意識を保つのも厳しい。
一瞬だけ浮かんだ顔は、苦しみによって、すぐさま霧散していった。
「がぁ・・・・・・ァアアッ・・・!」
いよいよ、耐えるのも限界に来たとき。
「がんばれっ!」
「・・・!」
声がかかったのだ。
「がんばるんだエヴァちゃん!」
「・・・ゆう・・・・・・ま・・・・・・」
勇磨から。
エヴァはかろうじて目を開き、彼のほうを見やった。
「俺たちもがんばるから、君もがんばれっ!」
「・・・・・・」
勇磨の額にも、大量の汗が浮かんでいる。
(そうか・・・・・・ヤツもがんばっているのだな・・・。私のために・・・・・・)
かのサウザントマスターが、力任せに、がんじがらめにかけた呪い。
これを解呪するにも、莫大な労力を要することは、誰の目にも明らかだ。
自分も苦しいだろうに、声をかけてくれた。
他ならぬ自分のために、わざわざ辛い思いをしてまで、励ましてくれた。
「・・・・・・ふっ・・・」
持ち直すエヴァ。
自分でもよくわからないが、力が、元気が出た。
「私は・・・・・・私こそが”闇の福音”! エヴァンジェリン・A・K・マクダウェルだ!!」
「その意気だ!」
エヴァ本人は持ち直した。
だがしかし。
「・・・くっ!」
「兄さん!」
今度は、御門兄妹のほうに、負担が重くのしかかる。
「これ以上は・・・・・・陣形が持ちませんっ!」
「耐えるんだ! ここで陣が崩れては、衝撃が周囲に及ぶっ!」
「くぅっ・・・!」
正攻法と言えるのか。
強引な正面突破をかけたのだが、やはり、一筋縄ではいかなかったようだ。
エヴァから伝え聞くだけの、サウザントマスターという存在。
「バケモノだ、こんちくしょうっ!」
「兄さん! もうっ!」
「く・・・」
全力を注いで、この結果。
思わず叫びたくなってしまう気持ちもわかる。
と、いよいよ限界か。
五芒星の光が霞み、内部から湧き起こってくる呪いの闇を消しきれなくなっている。
「・・・仕方ないっ! 環!」
「やるんですね・・・。わかりましたっ!」
目配せし。
2人とも、大きく頷いた。
――奥の手。
2人にとっての、最後の作戦を行使する。
「「はぁぁああああっっ!!」」
ドンッ!!
「な・・・!」
「これは・・・」
エヴァも茶々丸も、衝撃で目を丸くする。
それだけの変化だった。
「おまえら・・・」
「髪の毛、瞳の色が・・・」
一瞬で、彼らから立ち上っているオーラと共に。
「「金色に・・・」」
漆黒だったそれは、見事な黄金色へと、変化していた。
「な、なんだそれは!」
「エヴァちゃん、質問は後だ!」
「今は、解呪のためだけに、心を落ち着けてくださいっ!」
「・・・・・・」
聞きたい。どうしても聞きたい。
が、今は後回しだ。
(底知れぬヤツラだ・・・)
引き続き襲われている苦痛のことなど忘れて、素直にそう思ってしまった。
さて、黄金化した御門兄妹。
「このまま、ねじ伏せろっ!」
「はいっ!」
変化したことで大幅に増したパワーにより、呪いを強引に弾き飛ばしにかかる。
だが、さすがにサウザントマスターの施した呪い。
「ぐおっ!?」
「押され・・・! これでもですかっ!?」
これでも足りないのか。
呪いを解いてやることはできないのか。
「いや・・・」
・・・違う。
出来る出来ないではない。絶対に、解くのだ。
「ぐおおおおおっ、根性ぉおおおおお!!」
「はああああああああ!!」
「・・・!」
瞬間。
周囲は、白い閃光に包まれた。
「・・・・・・・・・生きてるか、環」
「ええ・・・・・・なんとか・・・・・・」
光が収まって数分。
五芒星も消え、周囲は、夜の静けさを取り戻している。
ようやく意識を回復した兄妹が、こんな会話を交わした。
「・・・・・・ぐ」
「何が・・・・・・起きたのですか? 解析不能・・・」
倒れていたエヴァも茶々丸も、身体を起こす。
「いったい・・・・・・。っ! そうだ!」
エヴァは前後不覚とばかりに周りを見つめていたが。
すぐに我に返る。
気になることはひとつだけだ。
「せ、成功したのかっ!?」
解呪の成否。
側でへたりこんでいる御門兄妹に向けて叫んだ。
「どうなんだ? 上手くいったのか!?」
「ちょ・・・ちょっと待って・・・・・・」
精も魂も使い果たした、という状態だ。
よいしょっ、とばかりに、ゆっくり身体を起こす勇磨。
環も同様だった。
「おい!」
「はーっ・・・・・・。結果は・・・」
「・・・・・・」
勇磨はひとつ、大きく息を吐いて。
ごくりと息を飲むエヴァ。
はたして・・・?
「ハテナ?」
「は?」
お手上げ、のポーズを取る勇磨。
違った意味で目が丸くなるエヴァ。
「失敗・・・・・・したのか?」
「いや、なんて言えばいいかな・・・」
「はっきり言え!」
「その・・・・・・。半分成功で、半分失敗? みたいな?」
「わけがわからんわーっ!」
「うわあっ、おおお、落ち着けエヴァちゃん! ガクガク・・・」
意味不明な答えに、エヴァは勇磨の胸倉を掴んで揺らす揺らす。
代わって答えたのは、環だ。
「まったく、とんでもない呪いをかけられたものですね・・・」
「貴様はわかるのか、御門環!?」
「私と兄さんが力を合わせて、しかも本気の全力を出して、半分がやっととは・・・」
「貴様もか!? ・・・ん? 半分?」
いや、妹も兄と同様、脈絡の無い返事だと思ったが。
気になるフレーズ。
「”半分”・・・だと?」
「ええ、まあ」
「どういう意味だ!? 答えろ!」
「言葉通りですよ」
環は、全力を使って疲れ果ててはいるものの、精一杯に体裁を気にして、
涼しい顔で言ってのけた。
「・・・半分? 半分だけ成功?」
「ええ。そして、半分だけ失敗、です。半々ですね」
「・・・具体的に言え」
それだけではわからない。
半分だけ成功して、残りが失敗とは、いかなることになっているのか?
「つまり、依然として呪い自体は存在しますが、ある部分では寛容になった、
効果が薄れたということです」
「どこがどう薄れたんだ? 自覚としては、そう変わっていないように思えるんだが・・・」
「まあ、学園内にいますしね」
ふぅ、と息をついて、環は続けて説明する。
「やはり、呪いの本丸、麻帆良学園に通い続けなければならない、
という部分は、どうしようもありませんでした」
「まあ、サウザントマスターの魔力だからな。どうこうできるとは思わん・・・」
「はい。ですが、そのほかの部分に関しては、ある程度は弾き飛ばせたのではないかと。
おそらく、学園外への出入りは出来るのではないかと思います」
「ほ、本当か? 外に出られるのかっ!?」
「お試しになられてみては?」
「茶々丸ッ!」
「はい、マスター」
エヴァは即座に茶々丸に指令を出し、抱えられて屋上を後にしていった。
「やれやれ、せっかちな人ですね」
「まあ、15年も閉じ込められちゃなあ」
少し回復してきた御門兄妹。
顔を見合わせて、困ったものだと、お互いに肩をすくめ合って。
「追うか」
「はい。登校地獄は続いていますので、遠くには行かないと思いますが、念のため」
エヴァを追った。
麻帆良学園郊外。
学園外との境界線の橋の上。
「よ、よし・・・。では、行くぞ・・・」
「お気をつけて、マスター」
ここまで飛んできたエヴァと茶々丸。
エヴァは自分に言い聞かせるように言うと、一歩一歩、そろりそろりと前進していく。
「・・・っ」
さらに一歩踏み出せば、そこはもう学園外。
「ええいっ!」
意を決し、エヴァはその一歩を踏み出す。
・・・何も起きない。
「・・・・・・はは」
強張っていたエヴァの表情が、歓喜に支配されていった。
「やった、やったぞ茶々丸!」
「おめでとうございます」
大喜びのエヴァ。ぴょんぴょん飛び跳ねて喜びを表している。
茶々丸も、無表情ながら、うれしそうだ。
「今日、ネギのぼーやから、ナギは生きていると聞かされたからな!
向こうから来ないのならば、こちらから探しに行ってやろうではないか!」
「別に構いませんけどね」
はしゃいで忘れているらしいエヴァへ、追いついてきた環が言った。
「登校地獄はまだ続いています。それを考慮してくださいね」
「ちっ、そうだった・・・」
「本気で忘れてたんかい」
思わずツッコミを入れる勇磨である。
「何はともあれ、勇磨さん、環さん。マスターの呪いを解いてくださって、本当にありがとうございます」
「ああ、いや、そんな頭なんて下げなくても」
「完全な解呪にはなっていませんよ?」
「それでも、ありがとうございます」
律儀に頭を下げる茶々丸。
まあ、感謝をされて、悪い気はしない。
「こんなにうれしそうなマスター、初めて見ました」
「へえ?」
「余計なことは言うなというのに・・・」
エヴァは恥ずかしそうに目を背ける。
が、ちらりと勇磨と環を盗み見て。
「・・・・・・一応、礼は言っておく」
なおも恥ずかしそうに、礼を述べた。
「マスター。照れくさいのはわかりますが、お礼ならきちんと、目を合わせて言ったほうが」
「ええいっうるさいっ!」
「ああ、いけません。そんなに巻いては・・・」
苦笑の光景。
「エヴァちゃん」
「なんだ? ・・・!」
声をかけられたエヴァ。
振り向いてみて、固まった。
「これで、修学旅行に行けるね?」
「・・・・・・」
にっこり笑顔の勇磨。
かぁっと、身体が火照るのを感じた。
「きっ、ききき貴様もしや! そのためにっ・・・」
「さあ、なんのことかな?」
「・・・・・・・・・」
「兄さんはおせっかいですからね。気にするだけ無駄ですよ」
慌てるエヴァの耳を、環の言葉は通過するだけ。
「まあ、ひとつ言えるのは」
「な、なんだっ!?」
「修学旅行、一緒に行けるってことだね?」
「〜〜〜ッ!」
追い討ち。
エヴァの顔からは、今にも湯気が出てきそうである。
「楽しみにしてるよ」
「んなっ・・・!」
「ははは。んじゃ、環。帰るか」
「はい」
「エヴァちゃん、おやすみ〜」
固まっているエヴァを置いて、さっさと行ってしまう勇磨。
彼に付いていった環だったが・・・
「エヴァンジェリンさん」
不意に立ち止まり、くるっと振り返って、こんなことを。
「今日のことは、本当にお気になさらず。ああ、それから」
「・・・なんだというんだ」
「妙な気は起こさないように。私が許しません」
「妙な・・・?」
「それでは」
ひとつ釘を刺して、環は満足そうに去っていく。
一方で・・・
「・・・・・・・・・」
言われたエヴァは、しばらくその意味を理解できず。
「みっ、みっ・・・・・・・・・御門環ぃーっ!?」
幸か不幸か、理解できたときには、環の姿はもう無かった。
8時間目へ続く
<あとがき>
半分だけですが、エヴァの呪い、解いちゃいました♪
これで修学旅行にも行けます。
彼女も最初から行くことで、どんな変化が出ますかね?
・・・あんまり期待しないでくださいね。
以下、Web拍手返信です。
拍手していただいている皆様、本当にありがとうございます!
>面白い上に更新速度も速いなんて・・・貴方は完璧超人ですか?
ありがとうございます。
完璧超人などはまだまだ・・・。とりあえず、修学旅行までは突っ走ろうと思います。