魔 法先生ネギま!
〜ある兄妹の乱入〜
8時間目 「麻帆良の日常 そのに」
呪いが、半分だけ解けた翌日。
エヴァは、これまでの日々よりもいささか、上機嫌に登校していた。
きのうまでは、ただ億劫でしかなかった。
だが今日からは違う。
登校地獄の呪いこそ続いているものの、出ようと思えば、好きなときに学園外に出られる。
その喜びといったら、もう・・・
「うれしそうですね、マスター」
「ん? まあな」
隣を行く従者の茶々丸の言葉にも、機嫌よく答えた。
「やはり、勇磨さんたちと修学旅行に行くのが楽しみで・・・」
「違うぞっ!」
「ああ、巻きすぎです・・・」
速攻で否定し、茶々丸のネジを巻く。
これも、きのうまでのエヴァなら、無かった光景だろう。
「修学旅行など・・・。だいたい、なぜそこでヤツの名前が出てくるっ!?」
微笑ましいくらいのうろたえよう。
「・・・まあいい。気分がいいのは確かだ。だが・・・」
肩で息をして、なんとか自分を落ち着かせたエヴァ。
表情に少し影が差す。
「外に出ても、力が封印されたままなのは癪だな・・・」
自由に出入りできるようにはなったが。
結界外に出れば、封印されていた能力も解放されるのではないかと思い、試してみた。
しかし、魔力がわずかには戻ったものの、まだ大半は封じられたままだったのだ。
「いいではありませんか。外に出られるようになっただけでも、感謝しなければ」
「・・・まあな」
欲を言ってはキリが無い。
それに、外に出られるようになっただけでも、充分すぎる満足だ。
「だがこんな状態では、迂闊に外に出るのは考えものだな」
自分は賞金首。
麻帆良の結界内に閉じ込められていたから、ヤツラはこれまでおとなしかったわけで。
結界を抜けられることがバレると、まずいことになりかねない。
能力全開ならまだしも、この状態では、下手をすると・・・
「・・・ふん。もうしばらく、付き合ってやるか」
おそらく、エヴァ本人は自覚していなかったことだろう。
そう言った彼女の顔は、実にうれしそうだった。
「やはりうれしいのですね。勇磨さんたちに報告を・・・」
「っ!!」
「ああああ、いけません、いけません・・・」
それを指摘するのが茶々丸の役目。
いつも以上のスキンシップを図る、主人と従者である。
さてこちらは、御門兄妹の登校風景。
すでに電車を降りて、徒歩で校舎へと向かっている。
「ふあ・・・・・・・・・眠い・・・」
「大口開けてあくびしないでくださいよ・・・みっともない」
「眠いんだからしょうがないだろ・・・。っ!!」
環の忠告も無駄かと思われたが、勇磨は唐突に、居住まいを正した。
「どうかしましたか?」
「いや・・・・・・・・・視線が痛かった」
「・・・ああ、なるほど」
周囲を見て、環は納得する。
女子校エリアなので、周りは登校中の女生徒でいっぱい。
勇磨を見て、クスクス笑っていた。
「兄さんも、人並みに気にしますか」
「当たり前だっ! 相手が女の子ならなおさらだろ・・・」
後半は小声になった。
環は、はあっ、とため息をひとつ。
(気にしてくれるのはありがたいんですけど・・・・・・はぁぁっ・・・)
そして、心中でもため息。
(私がしっかりしないと・・・。現に夕べ、エヴァンジェリンさんが怪しい動きを見せましたし・・・
このかさんもなんだか・・・ですし・・・・・・)
彼女の胸中、お察しあれ。
(周りは女の子だらけですからね。ええ、がんばりますとも)
妹としては、いろいろと複雑なのだろう。
そう、いろいろと・・・
「女子の中にお一人、というのは、気にされないんですか?」
「もう諦めたよ・・・」
「・・・賢明なご判断です」
勇磨があまりに肩を落として言うので、からかえなかった。
「そういえば、兄さん」
「もう女の子のことはいいだろ・・・」
「違いますって。夕べの件です」
「・・・なんだ?」
微妙ではあるが、勇磨の顔が引き締まる。
自然と、声が小さくなった。
「学園長に報告しなくていいのかと。一応、監視下にあったんですよね、エヴァンジェリンさんは」
「・・・確かに」
看守の勝手な判断で、一時出所を認めるようなものである。
まずい気がしてきた。
「・・・・・・あとで言いに行こう」
「それがいいでしょうね。まあ、エヴァンジェリンさんもわかっているでしょうし、
ご自分の身が危うくなるようなことは、しないと思いますけど」
「ゆうく〜ん、たまちゃ〜ん♪」
結論が出たところで、背後から呼ばれた。
何かで滑るような音と共に、もう1人分の足音が近づいてくる。
「おはようさ〜ん♪」
「おはよー2人とも」
「やあ、おはよう」
「おはようございます、このかさん、アスナさん」
ローラーブレードを装着したこのかと、走ってきたアスナだった。
お互い、にこやかに挨拶を交わす。
「朝から元気だねぇ」
「私からそれを取ったら、何も残らないからね。体力には自信あるし」
時間には余裕があるのに、わざわざ走ってきたアスナ。
きっぱりと言ってのける。
「アスナはな、毎朝、新聞配達のバイトして鍛えてるんよ〜」
「そうなのですか?」
「ここにも、労働基準法違反者が・・・」
そんなことをしているとは。
勇磨の呟きに、アスナは口を尖らせる。
「いいでしょー別に」
「いや、悪いとは言ってないけど・・・」
「何かご事情でも?」
「え、や、まあ・・・・・・。私、家族とかいないから・・・」
表情を消してしまうアスナ。
さすがに悪いと思った。すぐに頭を下げる。
「ごめん、そんな事情とは知らなくて」
「興味本位で聞くことではありませんでした。お許しください」
「や、や、いいってばそんな! 頭上げてよ〜」
ぶんぶんと手を振って、アスナは顔が真っ赤になる。
「ってか、あなたたちも身寄りを亡くしちゃったんでしょ? お互い様よ」
「そう言っていただけると助かります」
「でも、そうか。それで学費を?」
「うん・・・」
「おじいちゃんはええってゆうてるんだけどな〜。アスナ、頑固やから」
「こ・の・か〜っ!」
「あはは、堪忍や堪忍〜♪」
このかは笑顔で逃げ、アスナも笑顔で追いかける。
2人の間にあるものの強さを、確かに伝えてくれる光景。
「私たちも行きましょう」
「ああ」
勇磨と環も、笑顔で後を追う。
「でも、あれよね〜」
「・・・? なんですか、アスナさん?」
追いついたところで、アスナが勇磨と環を見ながら、しみじみと言うのだ。
「あなたたちさあ、そうして仲良く寄り添いながら歩いてるとさー」
「はあ」
「兄妹なんだから、一緒にいるってのは、普通だと思うけど?」
「そこよっ、そこっ!」
わかってないわね、とアスナは声を荒げる。
兄妹だけではなく、このかも首を傾げていた。
「アスナ〜、なんの話や?」
「このか、あんたも思うでしょ? この2人、傍から見ると似合いすぎるのよ!」
「あ、あーあーあー。確かにそうやなあ」
「でしょー?」
「あの、いったいなんのこと?」
「説明を求めます」
当事者を差し置いて、2人だけで盛り上がっている。
置いてきぼりは勘弁だ。
が、聞いてしまって、良かったのか悪かったのか。
「だから〜。あんたたちって、パッと見ると恋人なんじゃないかと思うくらい、
仲良く見えるってことよ」
「なっ」
「そうやな〜。ウチらが来る前も、顔を寄せ合って、なんや話してたもんな〜。
イチャイチャしてるようにしか見えへん〜」
「ななな・・・」
過剰反応したのは環だ。
いつもはクールな表情を崩し、真っ赤になって悶えている。
明らかに狼狽していた。
「はは、そうかな?」
一方、勇磨は苦笑するのみ。
兄妹で対照的な反応だった。
「でも、兄妹なんだから、こんなもんじゃない?」
「うーん、どうかしら」
「ウチもアスナもきょうだいおらへんからな〜。よーわからへん〜」
「・・・・・・・・・」
他3人が会話を続けている間も、環はフリーズ状態である。
「あ、でもウチ、ゆう君みたいなお兄ちゃんだったら、欲しいな〜。
やさしーてかっこええし、ええわ〜♪」
「そう? ありがとう」
礼を述べつつ、内心はヒヤリ。
(実際に年上だしなあ。でもまあ、このかみたいな妹だったら、いいかも)
思わず本音が出てしまう。
本当の妹殿は、この通り、とても厳――
「・・・何か仰りましたか、兄さん?」
「うわっ環!? ふ、復活したのか・・・」
「ええ、おかげさまで」
「そ、そうか」
環本人も、不本意だったのだろう。
必死に取り繕うとしているが、手遅れなのは明らかだ。
「環がこんな反応するなんてね〜。もしかして、ブラコン?」
「っ!!!? あああああ、アスナさん!?」
「ごめんごめん、冗談、冗談」
「はあ、はあ・・・。冗談には聞こえませんでした・・・」
ちょっとからかっただけのつもりなのに、環は飛び上がらんばかりの勢いで反応した。
さすがに悪いと思って、アスナは謝る。
「たまちゃん、わかっとる」
「・・・何がですか、このかさん」
「たまちゃんは、ゆう君のこと、大好きなんやもんな〜?」
「〜〜〜〜〜〜ッ!!!」
「このか・・・。とどめ刺してるわよ、それ・・・」
「ははは」
案の定、環は再び真っ赤になってしまい。
苦笑するのはアスナと勇磨である。
特に勇磨は、環が新鮮な反応を見せてくれているので、半ば本気で笑っていたりする。
「あんなぁ、ゆう君」
「ん? なに?」
と、このかが、おねだりするように勇磨を見上げた。
「たまちゃんがかわいーて大切なのはわかるけど、ウチのことも、もっと構ってぇな〜♪」
「えっと、どういう意味なのかな?」
見上げ目線なので、勇磨は少し焦って聞き返す。
「いややわ〜。だってウチ、ゆう君の許婚なんよ?」
「・・・・・・」
勇磨、ピシッと石化。
「こ、このかぁっ!?」
「このかさんっ!!」
アスナと環は激昂。
「あ、あ、あんた! それって冗談じゃなかったの!?」
「まだ仰いますか!?」
「え〜? ウチ、おじいちゃんからそう聞いたんやけど」
「学園長がどうこうじゃなくてっ!」
「あなた自身はどうなんですか! あなた自身は!?」
このかは、きっぱりと。
「ウチ? ゆう君のこと、好きや♪」
「・・・・・・」
「・・・・・・」
それはもうきっぱりと、そう宣言した。
アスナと環も石になる。
通りのど真ん中に、1/1スケールの、やけに精巧な石像が3体も誕生したそうな。
放課後、学園長室。
「なんじゃと〜っ!?」
近右衛門の叫びが轟いた。
「あはは・・・」
「覚悟はしておりました」
そして、近右衛門の前にいるのは御門兄妹。
苦笑を浮かべている勇磨と、神妙な面持ちな環だ。
「エヴァの呪いを解いてしまったじゃと!?」
「いえ、正確には、半分だけ・・・」
「詳しく説明してもらえんか?」
「ええ・・・」
事の経緯と状態を説明する。
近右衛門は目を丸くしながら聞いていた。
「というわけで、現在のエヴァンジェリンさんは、半分だけ呪いが解けた状態。
登校地獄そのものは続いていますが、学園内外への出入りは可能になりました」
「ううむ、そうか・・・。困ったことになったのう」
「やはり、まずいですか?」
「まずいのう」
唸る近右衛門。
そのうち、感嘆の声に変わっていった。
「しかし、君たちは凄いのう。半分とはいえ、あのナギがかけた呪いを解いてしまうとは」
「2人がかりで、全力を使ってなお、その有様ですが」
「いやいや、謙遜せんでもいい。ナギの魔力は史上最強と言っても良いくらいじゃ。
それを打ち破ったんじゃからな。掘り出し物じゃ、ふぉっふぉ」
「はあ、そうですか」
掘り出し物扱いされるのは、なんとなく気に食わないが。
まあ仕方ないだろう。
「エヴァか・・・。これまでは、麻帆良の結界から出られないということで、
世界を納得させてきたのじゃが・・・」
「大丈夫じゃありませんか? 外へ出られるといっても、能力は封じられたままですし。
彼女もそのことをわかっているでしょう。変な真似はしないはずです」
「ううむ・・・」
「もし何かがあった場合は、俺たちが責任を取りますよ」
「・・・さりげなく、私を含めないでください」
「共犯だろ」
「無理やりでしたけどね・・・」
はあっ、と大きなため息の環。
諦めてはいたが、改めて言われると、どうしても脱力してしまう。
「そうじゃの、そうしてもらえるか。ワシらでは、あやつを抑えるのは厳しい」
「わかりました。もしものときは、俺が止めて見せます。
いや、そんなことにはさせない。絶対に」
「うむ」
決意を込めて勇磨が言う。
近右衛門も、それを見届け、大きく頷いた。
「・・・それはそれとしてですね、学園長」
「なんじゃ?」
と、エヴァの話が終わったところで、勇磨が神妙に、新たな話を切り出す。
「お孫さんのことですが・・・」
今朝のことだ。
どういう魂胆だかわからないが、正気の沙汰とは思えない。
いや、少なくとも向こうは本気なのだろうから、始末に終えない。
「おお、このかか! いやぁ、これまではずっと蹴られ続けていたのじゃが、
今回はどうしたことか、あやつも妙に乗り気でのう♪」
「・・・・・・」
近右衛門はすぐに理解したのか、陽気に語りだす。
勇磨の言いたいこととは、180度、逆の理解だったりするのだが。
「ふぉっふぉ、気に入られたようじゃな」
「もう、何からツッコんだらいいか・・・」
「兄さん、気にしちゃダメですよ。もっとガツンと――」
兄妹そろって息を吐き、環が助言しようとしたところで
「”突っ込む”? 勇磨君。
仲が良いのは結構じゃが、やるべきことはしっかり頼むぞ。まだ中学生なんじゃからな」
「いったい何の話かーっ!!」
むふふと笑いながら、近右衛門。
こればかりには反応せずにはいられなかった勇磨。
環は、もはや反応するのも嫌だと言わんばかりに、「・・・オヤジギャグ」と呟いた。
9時間目へ続く
<あとがき>
このかフラグも、なぜだか成立している模様・・・
本気なんだか、そうじゃないのか。
以下、Web拍手返信です。
拍手していただいている皆様、本当にありがとうございます!
>イヤー本当に早いですね〜次回も楽しみにしています。
そう言っていただけるのが何よりでございます。
修学旅行までは・・・と思っていましたが、その修学旅行に入れるのはいつだろう?