魔 法先生ネギま!
〜ある兄妹の乱入〜
10時間目 「3−A、噂の幽霊生徒?」
「ふわー・・・」
「・・・・・・」
定着し始めた朝の風景。
もはや環も何も言わない。
「あ、勇磨さん環さん。おはようございます!」
「ネギ先生」
今朝は、ネギと出くわした。
「どうですか? 慣れましたか?」
「会う人会う人、そう訊かれる」
「あう、すいません」
「ははは、別に怒ってませんよ」
コロコロ変わる表情が面白い。
よく、クラスのメンバーがネギをからかって遊んでいるが、その気持ちもわかるような気がする。
「よーよー、兄さん姉さんよぉ」
「・・・?」
「ネギ先生、もしやお風邪でも? お声が普段と違いましたよ?」
「え? いや、僕は別に・・・」
と、不意に3人の誰でもない声が聞こえた。
首を傾げる勇磨。環は、ネギが風邪でも引いたかと思ったようだが、本人が否定。
誰の声だったんだ、と疑問に思う。
「どこ見てんだ。こっちだって、こっち!」
「・・・え? あ」
「ネギ先生の、肩に・・・」
「そう。俺っちはここだぜぃ!」
ネギの肩に乗っかっている。何かがいる。
白い、なんて説明したものだろう。
「・・・・・・イタチが、喋った」
「フェレットが・・・・・・喋った」
「おうおう、間違えないでくれねえか。俺っちはこれでも、誇り高いオコジョ妖精なんだぜぃ!」
「か、カモ君!」
ネギが慌てて止めようとするも、もう手遅れ。
勇磨と環は、自称オコジョ妖精の、ネギ曰く『カモ君』に見入り、固まっていた。
「あの、勇磨さん環さん。実は・・・」
「・・・ネギ先生」
「は、はい」
ギギギ、と勇磨の顔がネギに向く。
そして、彼の肩に載っている、謎の生物を指差しながら、尋ねた。
「カッテルンデスカ、コノイタチ」
「は、はい。飼ってるといいますか・・・」
「・・・兄さん。お気持ちはよ〜くわかりますが、ツッコミどころが違います。
しかも棒読みでしたよ」
環も、必死に冷静さを保ちながら、自分に言い聞かせるように声を出す。
「だから、イタチでもフェレットでもねえって! オコジョなんだってばよ!」
多少の混乱。
ネギから、『カモミール』について、説明される。
「ま、そういうこった、御門の兄さん姉さんよぉ」
「・・・現実は現実として認めなければ、な」
「喋るオコジョ・・・。なるほど、魔法少女物でよく見られる、不思議な生物というわけですか。
それにしても、しかし・・・・・・いえ、これは・・・・・・」
環はまだ、現実を理解できていないのか、
「・・・ケ○ちゃん」や「黒猫のジ○」とか危険な呟きを繰り返したりしている。
「まあ、魔法がアリなんだから、喋る動物もアリか・・・」
「そうだぜ、兄さん姉さん! 気にしちゃいけねえ」
「ははは・・・」
自分で言っては元も子もない。
「と、ところで勇磨さん環さん! このことや、魔法のことは秘密にしておいてくださいね!?
普通の人にバレちゃうと、僕、オコジョにされちゃんです!!」
「あ、ああ、わかってます」
「絶対ですよ!」
なぜオコジョ? とも思ったが、頷いておく。
魔法関連が秘密であることは、最初に聞かされたことだから。
「おうそうだ。御門の兄さん姉さん」
「なに? えっと、カモ君、だったっけ?」
「おうともさ。はっきり訊くけどよ、あんたたちは、ネギの兄貴の味方、でいいんだよな?」
「味方? まあ、学園長に雇われている、という意味ではそうなのかな?」
「少なくとも、敵ではありませんよ」
環もようやく復活して、カモの質問に答える。
「本当だな? 信じるぜ」
「ああ」
「大いに信用してください。ネギ先生の補佐も頼まれていますし、先生の敵は、私たちにとっても敵です」
これを聞いたネギは、純粋に嬉しそうで。
御門兄妹とカモの初対面は、実に唐突だった。
そして授業中。
ネギの英語の時間である。
ネイティヴであるネギの、教科書を読む綺麗な声が響く中。
「・・・・・・」
勇磨は、やっと届いた教科書ではなく、室内のある1点を見て固まっていた。
(・・・むむむ?)
教室の前のほう、窓際。
朝倉のちょうど左隣。
(やっぱり、何かがいるよな・・・)
初日に、チラッと見えた白いもや。
それが今日、今、再び見える。
そして感じる、霊的なもの。
本当にかすかなもので、力を込めてジ〜ッと目を凝らさないと見えないくらいの、わずかな反応。
(・・・・・・・・・)
勇磨の本来の顔、退魔士としての本能が働く。
(そういえば、あの席はなんでいつも誰もいないんだ? 入院とかの長期欠席か?)
何も知らない。
転入してから、あの席に座るものの姿は見ていない。
(あとで、ネギ先生に聞いてみるか・・・)
それしかあるまい。
悪意は無いようだが、あの席と何か関係があるかもしれないし、退魔士としては、
見つけてしまった以上は放っておけない。
授業終了後。
出て行ったネギをさっそく追いかけて、尋ねてみる。
「ネギ先生。ちょっと聞きたいことがあるんですが」
「いいですよ。どこがわからないんですか?」
「え、いやあの・・・・・・勉強のことじゃなくて」
「はい?」
込み入った話になりそうなので、昼休みにまた、ということでその場は別れた。
そして昼休み。
勇磨は、生徒指導室、と書かれた個室に連れて行かれた。
「勇磨さんのことですから、誰かに聞かれてはまずいお話ですよね?」
「ええ、まあ。ご配慮には大変感謝してますが・・・」
よりによって、『生徒指導室』だとは。
これではまるで、悪いことをして説教されているみたいではないか。
ため息をひとつつき、誰にも見られていないことを祈った。
「それで、なんでしょう?」
「窓際の、1番前の席についてです」
「相坂さんですか?」
「あいさか? やはり、あの席には生徒がいるんですね?」
クラスに所属はしている。
となればやはり、長期の欠席だろうか。
「1度も姿を見てないんですけど、休みなんですか? 入院とか?」
「いえー、そういうお話は聞いてませんけどー」
担任が聞いていないということはあるまい。
じゃあ、なんだ?
「すいません。名簿、見せてもらってもいいですか?」
「あ、はい、どうぞ〜。・・・って、ああっ!」
渡してしまってから、ネギは思い出した。
「・・・ネギ先生」
「あぅぅ」
見られて、しまった。
勇磨は苦笑。
「これは、見なかったことにしておきます」
「助かります・・・」
「えっと・・・・・・あいさか、あいさか・・・。出席番号1番、相坂さよ・・・」
名簿には確かに載っている。
「この、『1940〜』っていうのは?」
「西暦ですよ?」
「いや、そうじゃなくて。なんで西暦なんか・・・・・・・・・もしや?」
ここで、勇磨にある仮説が降ってきた。
「もしかすると、もしかしたり・・・・・・します?」
「えっと、どういう意味でしょうか?」
「生年なんだか、在籍開始年だかはわかりませんが、その頃からあそこにいるってことでしょ?」
「え、ええ。席を動かしちゃいけないと言われました」
「普通の人間だと思いますか?」
「・・・・・・・・・」
ネギ、絶句。
彼も、勇磨と同じ結論に辿り着いたか。
「幽霊、おばけ、あやかしの類。西洋風に言えばゴースト。ゾンビ・・・は、違うな」
「・・・・・・」
瞬く間に、ネギの顔が青くなる。
「実は俺・・・・・・見ちゃったんですよね」
「な、何をですか・・・」
「ちょうど、この相坂さんの席に・・・・・・白いもやがかかっているのを」
「・・・・・・」
「言ってませんでしたっけ? 俺、本来は退魔士なんです。幽霊とか、悪魔をお祓いするのが仕事」
「・・・・・・・・・」
訊かれそうなので、先に答えた。
ネギの絶句が続く。
「そそそ、そんなー」
情けない声が上がる。
本気で怯えている声だ。
「魔法先生が、そこまで怖がらなくても」
「こ、怖いものは怖いですよーっ。おばけは専門外ですーっ!」
勇磨のほうが苦笑である。
「じゃあ、今までずっと、教室におばけがいたってことですかーっ!?」
誰も気付きませんでしたよ!」
「環でも気付いてないくらいですからね。恐ろしく隠密性が高いか、限りなく密度の薄い霊体です。
向こうも、自分から何かしようって気が無いんでしょう」
「・・・・・・」
再び絶句のネギ。
そういえば、なぜ今まで、存在していない生徒のことを疑問に思わなかったのか、自分で自分を疑った。
「つきましては、放課後に調査をしたいんで、許可をください」
「わ、わかりました。よろしくお願いします」
許可は取り付けた。
あとは、放課後。
帰りのHRが散会した。
「みなさん、今日はこれから教室に、緊急の工事が入ってしまいましたので、
早めに帰ってくださいねー。明日の朝まで立ち入りは出来ませんよ〜」
とネギが発言したことで、生徒たちは普段よりもだいぶ早く、教室を後にしていく。
無論、工事というのは口実であり、昼の勇磨との約束によるものである。
「兄さん、帰りましょう」
「ああ、悪い」
環も早々に帰り支度を終え、勇磨に話しかけるが。
当の勇磨はそれを断った。
「今日は先に帰ってくれ」
「何かご用事でも? よろしければお付き合いしますが」
「あー・・・」
予想通りの反応というか、環は首を傾げつつ追及してくる。
勇磨は少し困った風を装いながらも、あらかじめ考えておいた言い訳を口にした。
「実はな。ネギ先生から呼び出しを喰らってしまった。要は、補習、というヤツだ」
「ああ、なるほど」
一発で納得する環。
兄の惨状は目に余るものがあるので、むしろ僥倖だ、とまで思ったのかもしれない。
「夕食までには帰ってこられますか?」
「・・・努力するよ」
「くすくす」
環は完全に信じている。
自分の演技力もたしたものだと思いつつ。
「わかりました。では、お先に」
「ああ」
手を振って、下校していく環を見送り。
ふう〜っと、安堵の息を吐いた。
(気付いてないみたいだし、またあいつの手を煩わせて、怒られるのも嫌だしな・・・)
この件は、自分だけで処理しようと決めていた。
エヴァのように、環の助けを借りるようなことでもない。
「勇磨さん。い、いいですか?」
「OK」
教室に、ネギと勇磨を覗いては誰もいなくなった。
ネギはまだ、昼間の話で怖気づいてしまったのか、ビクビクしながらキョロキョロと周りを見て、
勇磨に促してくる。
「じゃあ手始めに、こいつを貼り付けて」
勇磨は頷くと、上着の内側からお札を取り出し、教室前後の扉を閉め、扉に貼り付けた。
「なんですか、それ?」
「ん、結界符。人払いのね。誰かに見られると、パニックになる恐れがあるから」
「あ、なるほど。すごいですねー」
「これくらい、退魔士なら誰でも出来るよ。さーて」
てくてくと歩いて、問題の、相坂さよの席の前へと移動する。
「相坂さん? いるんでしょ? 出てきてくれないかな?」
彼女はいつも孤独だった。
どうしてここに、どうしてこんなことになってしまったのかもわからない。
気付いてみればここにいて、誰にもわかってもらえず、60年超という膨大な時間が流れてしまった。
「みなさん、今日はこれから教室に、緊急の工事が入ってしまいましたので、
早めに帰ってくださいねー。明日の朝まで立ち入りは出来ませんよ〜」
(ああ、そんな・・・)
帰りのHRでの、ネギのこの発言。
彼女にとっては、非常に寂しい思いをすることになってしまう。
(みんな、帰っちゃう・・・)
いつもは暗くなるまで、誰かしら教室に残って、気分を紛らわせることが出来るのに。
今日はそれすらも許されないのか。
彼女は自分が幽霊であるにもかかわらず、”その手”のことが大の苦手なのだ。
夜の静かな、真っ暗な教室に1人でいることも嫌で、動ける範囲のコンビニの前まで行って、
コンビニの明かりを頼りに一夜を明かすこともしばしばなのである。
彼女は絶望的な思いで、次々と出て行くクラスメイトたちを見送った。
彼女には、それしか出来ない。
やがて、残っているのは担任のネギ先生と、転入してきた男の子のみとなる。
(あの2人は、帰らないのかな?)
やや興味を持って2人を見つめる。
早々に教室を出なければいけないはずなのに、何をやっているのだろう、と。
(・・・? 何を・・・・・・って、え? え・・・?)
すると、その男の子は、前後の扉に何かを貼り付けた。
と思ったら、ずんずんと歩みを進め
(ええええっ?)
なんと、自分の目の前へとやってきたではないか。
さらに、戸惑っている彼女へ向けて、こんなことを言った。
「相坂さん? いるんでしょ? 出てきてくれないかな?」
(っ!!!!!????)
彼女の混乱は、ピークに達した。
「出てきてくれないと、話が出来ないよ?」
「ゆ、勇磨さん。本当に・・・」
「シーッ」
「は、はい・・・」
虚空に向かって話しかけている勇磨。
傍から見れば怪しい人そのもので、ネギは不安げに問いかけるが、一言で黙らされる。
「相坂さーん? 黙って隠れてたんじゃ何も解決しないよ。
大丈夫、何もしないから、とりあえず姿を見せてよ。おーい」
勇磨は二言三言、続けて呼びかける。
そのまま時が過ぎること数十秒。
勇磨自身も、コレじゃダメかと思いかけたそのとき。
「・・・!」
「わっ・・・」
彼らの目の前に、ス〜ッと、白いもや状の物体が出現。
それは徐々に、人型を成していって。
「あ、あのっ・・・・・・私・・・・・・」
「よかった、出てきてくれた」
「うわ、うわっ・・・・・・ほ、本物のゴッ・・・・・・ゴーストっ・・・・・・・!
あわわわわわ・・・」
黒のセーラー服を着た、髪の長い女の子になった。
年の頃は、そう、ちょうどこの教室に通っている女の子たちと同じくらい。
勇磨はにっこりと微笑んで出迎えて、ネギは驚いて腰を抜かし、尻餅をついていた。
「相坂さよさん、だね?」
「は、はい。あの、どうして・・・。私のことがわかるんですか?」
「ああ、もちろん」
「・・・・・・・・・」
彼女、相坂さよは、しばし呆然として。
「・・・・・・・・・」
「わあっ、なんで泣くの!?」
無言のまま、ポロポロと涙を零しだした。
勇磨は慌てる。
「な、何か悪いこと言ったかな? そうだったらごめんよ」
「す、すみません。その・・・違うんです! 反対なんですっ!」
「え?」
さよはハッとして、涙を拭い。
「うれしくて・・・。やっと、私に気付いてくれる人に出逢えたから・・・」
「そうか」
本当にうれしそうな笑みを浮かべた。
まだ涙は乾いていないものの、綺麗な笑顔で、勇磨もゆっくり頷く。
「寂しかったんだな。だが、もう大丈夫だ。少なくとも、俺には見える。君がわかる」
「はい・・・・・・はいっ・・・!」
我慢の限界。1度は堪えたが、もう無理。
実に60年ぶりに、やさしい、温かい声をかけてもらったさよは、顔を両手で押さえて号泣した。
さよが落ち着くのを待って、再度、話しかける。
「君は、どうしてこんなところに?」
「それが、よくわからないんです・・・。気付いたらここにいて、離れられなくて・・・」
「ふむ・・・・・・典型的な地縛霊か」
「じ、地縛霊・・・」
勇磨の言葉に、ネギはごくりとツバを飲み込む。
「それで、成仏する気は?」
「成仏? わ、私、祓われちゃうんですかっ!?」
「あ、ああごめん。言い方が悪かった」
その単語を聞いた途端、警戒して後ずさりしていったさよ。
頭を掻いて謝る勇磨。
「別に、無理やり祓おうなんて思ってないよ。本人の意志が最優先だ。
もし、その気があるなら、助けてあげるよって話」
「そ、そうですか・・・」
安心したのか、ため息をつきながら、す〜っと飛んで戻ってくる。
幽霊なので足は無いし、空中も飛べる。ネギは改めて戦慄していた。
「で、どう?」
「・・・・・・。まだ、いやです・・・」
「わかった」
さよは少し考えて、成仏を拒絶する。
勇磨も、無理に成仏してもらおうとは考えない。
60年以上も現世に留まっているのだ。
それなりの思いがあるのだろうし、本懐を遂げさせてやりたいと思うのが人情。
また、それが勇磨の、除霊に当たる際のポリシーでもある。
「なら好きなだけ、現世に留まっているといい。満足できるまでね」
「は、はい。ありがとうございます」
ぺこりと頭を下げるさよ。
「ただし、他人に迷惑をかけない、という条件付きだけどね。まあ心配はしてないけど」
「はあ」
60年、何もしてこなかったのは確かなようなので。
その上、ここまで隠密性の高い霊体。祟りをなそう、なんて気も無いのだろう。
じゃあ、いったい何が原因で、どんなことが心残りで、幽霊をやっているのか?
「相坂さん。とりあえず、今の望みとか、やってみたいことは、何かあるかい?」
「え? やってみたいこと、ですか?」
さよは、きょとんとして聞き返す。
確かなことはわからなくても、小さな望み叶えてを積み重ねていけば、
いつかは満足して、天に還っていってくれるかもしれない。
このまま現世に留まり続けることが、正しいことだとは思わない。
輪廻の流れに戻してやることが、本人のためでもあり、退魔士としての役割なのである。
「なんでもいい。俺たちに出来ることなら、喜んで協力するから。ね? ネギ先生」
「え、あ・・・。は、はい、もちろんです!」
突然に話を振られたネギは驚いたが、力強く同意した。
「幽霊でも何でも、相坂さんは間違いなく僕のクラスの生徒です!
僕は先生ですから、生徒のためになることをするのは当然ですよ!」
「御門さん・・・・・・ネギ先生・・・・・・」
感動するさよ。
思わず、また涙を零すところだった。
「どうだい?」
「私は・・・」
しばらく考えて、出した結論。
「お・・・・・・お友達が、欲しい、です・・・」
俯きながら、モジモジと、顔を赤くして言った。
これを受け、勇磨とネギは顔を見合わせ、お互いに頷いた。
「わかった」
「わかりました」
そして、さよに向かって手を差し出す。
「俺でよければ」
「僕でよければ」
「あ、ありがとうございますっ・・・!」
再び、さよは泣いた。
もちろん、最上級の喜び、うれしさによる涙。
60年の孤独に耐えたのだ。
今はまず、その寂しさ、悲しさを癒してやるのが1番なのだろう。
「でも、そうすると・・・・・・そうか・・・」
「勇磨さん?」
「御門さん?」
と、勇磨が1人でブツブツと、なにやら呟いている。
首を傾げるネギとさよ。
「友達を、1人残していくわけにはいきませんよね?」
「え?」
「はい?」
そして・・・
「ただいまー」
「おかえりなさい」
勇磨が寮の自室へ帰宅。
出迎えた環だったが・・・
「早かったですね。補習は順調に終わっ――」
「あはは・・・」
言葉が途中で途切れ、勇磨の姿を見て固まった。
いや、正確には、”勇磨の後ろにいる何か”を見て、フリーズした。
「お、お邪魔します〜」
環が見た”何か”は、勇磨の後ろにふよふよと浮かびながら、申し訳なさそうに挨拶する。
「あ、あのっ! 私、相坂さよという者で・・・」
「あの、な、環。これには山よりも高く、海よりも深い事情があって・・・」
「・・・・・・・・・」
2人の話を聞いているのかいないのか。
環はずっと固まったまま。
「・・・兄さん?」
そして、静かに再起動した。
「詳しく、お話していただきましょうか?」
「・・・はい」
恐ろしいくらいに、静かだった。
環に事情を説明する。
特にそうする必要も無く、求められてもいないのに、勇磨とさよは正座だった。
「・・・と、いうわけでありまして」
「そういうことですか」
環は、淹れたお茶を一口飲み干して、はあっ、とため息をついて。
「そういうことでしたら、まあ、反論はありますが、ひとまずは保留にしておきます」
「た、助かりますです」
「私が気付かなかったことも、一因になっているようですし」
再び、湯呑みを口に運ぶ環。
今日、帰りがけに店に寄って、買ってきたものである。
「ですが、どうして、”彼女”をここに連れてきているのですか?
お話を聞く限り、相坂さんは地縛霊、ということでしたが」
そう。さよは、多少の揺らぎはあるものの、基本的には教室から離れられないはず。
だが、現に今、勇磨について寮の部屋までやってきている。
「それは・・・・・・・・・これ・・・」
勇磨が、言いにくそうに、テーブルの上に出したもの。
「・・・位牌?」
「うん・・・」
意外そうに、環がその名称を口にした。
『位牌』。
主に仏壇などに置かれる、死者の戒名や氏名などを記した木の札。
「いやー。この学園都市は、本当になんでもあるな。仏壇まであったさー、あははー」
「・・・なるほど」
環は、情けない笑みを浮かべている兄、そして、さよの顔を交互に見て、
ため息をつきながら頷いた。察したようだ。
「つまりは、こういうことですね? その場に括られていた相坂さんを、
この位牌を依り代にして、括る位置を変えたということですね?」
「は、はい」
さよは地縛霊。その場からは動けない。
それを不憫だと思った勇磨は、裏技、つまり自らの霊能力を駆使して、
さよが括られている位置を場所ごと変えてしまった、ということである。
今はこの位牌がさよの依り代となっており、位牌が動けば、さよ自身も同様に移動できることになる。
「ほ、ほら、修学旅行があるじゃないか。エヴァちゃんと茶々丸さんも行くみたいだし、
1人だけ、置いてきぼりっていうのも、ほら、かわいそうじゃないか。なあ?」
「それには同意しますけれども」
キッと、兄を睨みつける。
うぐっ、と怯む勇磨。
「そうならそうで、なぜ、私に話していただけなかったんですか」
言ってくだされば協力したのにと、環は、怒っているのか、はたまた残念に思っているのか、
判断のつかない声でそう言った。
「い、いや、エヴァちゃんの件があったばかりだし、今度は、俺だけでと思って・・・」
「見くびられたものですね。私が、兄さんの頼みを断るとでも?」
「ごめんなさい」
「はぁ・・・」
手を付いて土下座の勇磨。隣にいるさよも、同じように頭を下げている。
やれやれとため息ばかりの環。
「わかりました、もういいです。ただし、次に何かあったときは、必ず私に知らせること」
「了解であります、サー! ・・・でも、自分で気付いてなかったのが悪かったんじゃ」
「何か仰いました?」
「いえ何も。寛大なご処置、痛み入りまする〜」
「まったく・・・」
へへ〜、と大げさに平伏して見せる勇磨。
環はまたため息をつきつつも、どこかうれしそうに、呟いてみせた。
「あ、あの・・・・・・それで、私は、どうしたら・・・・・・」
オロオロと話しかけるのは、さよ。
「ここにいていいですよ」
「いいんですか!?」
環の返答にビックリする。
「とりあえず、おとなしくしていただければ。守れますか?」
「は、はい! よろしくお願いします!」
「やれやれ・・・」
そんなわけで、御門兄妹の部屋には、幽霊の居候が加わったのであった。
11時間目へ続く
<あとがき>
朝倉とのフラグ消滅ーっ!?
い、いやごめんなさい。
エヴァと茶々丸も修学旅行に行けることになったから、さよだけ放っておけなかったんですー!
だって、さよ、かわいいじゃないですか! かわいそうじゃないですかー!
な、何か、別のことを思案せねばならんか。うーむ・・・
というわけで、次回、ようやく修学旅行編に入ります。
前振り長かったなあ・・・
以下、Web拍手返信です。
拍手していただいている皆様、本当にありがとうございます!
>面白かったです。某サイトのやつもおもしろかったっスヨ
向こうも見ていただいたとは感激です! がんばります!