魔 法先生ネギま!
〜ある兄妹の乱入〜
11時間目 「嵐の修学旅行! そのいち」
修学旅行当日。
JR大宮駅に現地集合。
新幹線に乗って、京都まで一直線。
もちろん御門兄妹も、集合場所の大宮駅へと向かった。
「うわははは! 御門勇磨に環!」
「うわ、エヴァちゃん?」
真っ先に2人を出迎えたのは、高笑いするエヴァだった。
実に上機嫌そうである。
「修学旅行だな!」
「あ、ああ、そうだね」
「修学旅行だ、修学旅行。あはははは!」
「・・・?」
勇磨はわけがわからない。
目の前の少女は、こんなに陽気な性格だっただろうか?
「すみません、勇磨さん、環さん」
「あ、茶々丸さん」
と、茶々丸が寄ってきて、すまなそうに謝った。
「マスターは、修学旅行に行けることがうれしいのです。
ゆうべなど、興奮してなかなか寝付けなかったくら――」
「巻いてやる!」
「ああっ、いけません・・・」
再びエヴァの秘密をバラしてしまった茶々丸。
お約束のように、ネジを余計に巻かれてしまう。
「ははは」
「幼稚園児ですか・・・」
苦笑する勇磨。
700歳の吸血鬼が聞いて呆れると、環はため息をついている。
「とっ、とにかく! 私が旅行に行く羽目になったのは貴様らのせいだからな!
責任を取って、向こうでは私に付き合え!」
「俺らのせい、なのか?」
「うれしいくせに。素直になりなさいな?」
「うるさいっ! わかったな!?」
エヴァはそれだけ言って、ずんずんと行ってしまう。
2人に頭を下げ、彼女を追う茶々丸。
「俺らのせいか?」
「私に聞かないでください」
引き続き苦笑の勇磨と、ぷいっと目を背ける環である。
「うわー、これが今の駅ですかー」
そして、2人の頭上から降ってくる声。
「すごいですねー。科学の進歩って」
勇磨が隠し持っている位牌から顔を出した、さよだ。
依り代が変わったとはいえ、存在感の無い幽霊なのは相変わらずのようで。
勇磨と環以外には、普段から彼女を見ることが出来るものはおらず、好き勝手に出入りしている。
「汽車じゃなくて、電車なんですよね。楽しみです〜♪」
「浮かれるのはいいですけれど」
そんなさよに向けて、環の厳しい声が飛ぶ。
「少し静かになさい。他の人には聞こえませんけども、その分、私たちには聞こえるんですよ」
「あ・・・・・・ご、ごめんなさいっ!」
強い口調で注意されたさよは、叱られたと思い、急いで位牌の中へと引っ込む。
やれやれと肩をすくめる環に、勇磨はまた苦笑だ。
「少しくらいいいじゃないか。60年ぶりの外の世界だぞ」
「大はしゃぎされても困ります」
「なんで不機嫌なんだよー」
「別に」
否定したが、実際、環の機嫌は悪かった。
なぜなら?
出ていたときのさよが、勇磨の背中に負ぶさる形で、彼の肩に両手を置いていたから。
もちろん見かけだけで、幽霊だから実際に触れているわけではなかったのだが、気に障ってしまったのである。
(吸血鬼に続いて、幽霊まで・・・)
環が何を考えているのか、現時点では、彼女自身のほかに知るものはいない。
「・・・勇磨さん、環さん」
「刹那さん?」
そんなところで、彼らに遠慮がちに声をかける人物。
刹那だった。
勇磨と環は、刹那に手招きされるまま、他に集まっている人ごみから離れるように、物陰へと移動した。
「なんだい?」
「その・・・・・・仕事に関する話です」
刹那の表情に釣られるように、2人の顔も険しくなる。
「何か異変が?」
「いえ、今のところは何もありません。ですが、何かある、と見ておいたほうがいいですね」
「『西』による妨害?」
「ええ」
忘れていたわけではないが、この修学旅行は、”向こう”にとっては望まないもの。
何かしらの行動に出てくる、と踏むのが打倒だ。
「ですが、他の乗客もいるのですし、そう派手な行動は起こさないのでは?」
「あっても嫌がらせ程度だとは思いますが。念を入れておくに越したことはありません」
「確かに」
刹那は、手にしている長い竹刀袋に視線を移しながら、真剣な口調で言った。
勇磨と環も、自らの、刹那と同じものを見る。
「わかった。こっちでも何か考えておく」
「お願いします。では」
そう伝えると、刹那は一礼して、その場を去ろうとする。
「あ、せっちゃん・・・」
「・・・! おじょ――――失礼します」
「あっ・・・」
だが、そこにはこのかがいた。
驚いた刹那だったが、すぐに表情を繕い、足早に去っていってしまった。
残念そうに見送るこのか。
御門兄妹も無言のまま見ていたが、確かめねばならないことがひとつ。
「あー・・・・・・このか。俺たちの話、聞いた?」
「え? 聞いてへんよ?」
呆然と刹那の背中を見ていたこのか。
勇磨に聞かれて我に返り、首を横に振る。
「ただ、何を話してるのかなーって、思っただけや」
「そうか、ならいいんだ」
「・・・?」
いつのまに側へ。
注意しておかねばならなかったのだが、不覚だった。
「でも、ええなー、ゆう君とたまちゃん」
「え? 何が?」
と、このかが、本当に羨ましそうに、悲しげに笑う。
「せっちゃんとおしゃべりできてー。仲良しやったんやな〜」
「ええと・・・・・・まあ」
生返事を返すしかない。
決して、仲良しこよし、という雰囲気で話していたわけではない。
むしろ、殺伐とした空気と話だったのだが、このかの目にはそうは映らなかったようだ。
そんな状態でも、このかには”仲良し”と見えてしまうらしい。
改めて、このかと刹那、2人の間にある溝の深さを思い知らされる。
「あの、私たちに用があったのではないんですか?」
「あ、そやった」
場の雰囲気を変えるように、環が質問。
このかもハッと気がついて、思い出す。
「なんか、ネギ先生といんちょが呼んどったよ? 班分けがどうとか」
「班分け?」
なんのことだかはわからないが、とりあえず、呼ばれた先へ行ってみる。
すると・・・
「ごめんなさい!」
「申し訳ありませんっ!」
「・・・は?」
いきなり、ネギとあやかから謝られた。
ますますワケがわからない。
「きちんとご説明申し上げておくところを、しておりませんでした。
クラス委員長たる私の落ち度ですわっ!」
「は、はあ」
「いえ、いいんちょさんのせいじゃありません! 僕のほうこそ――」
「・・・で? いったい何事なんですか?」
不毛な言い争いになるところを、コホン、と割って入る環。
「そ、そうでした。実は、勇磨さんと環さん、班に入っていただくのを忘れていたんです!」
「班?」
「日程には多々、自由行動があるのですが、そこでは基本的に、班別の行動になるのです。
そこで、お二人にも、どこかの班へ加わっていただく必要があるんですわ」
大まかなことはネギが。
詳細な説明は、あやかがしてくれた。
「あー、そうか。班別行動か」
「本当に申し訳ありません・・・。困ってしまいましたわ。
人数的には、勇磨さんと環さん、お二人には別々の班に入っていただくのが最善なんですけれど・・・
ご兄妹ですもの。同じ班のほうがよろしいですわよね?」
「え、あ」
「あああ、どうしましょうっ」
頭を抱えているあやか。
勇磨と環は苦笑するしかない。
「ネギ先生、ネギ先生」
「え、はい、なんですか?」
あやかが悩んでいるうちに、ネギを呼び寄せて、そっと耳打ちする。
「俺たちは仕事のこともあるから、遊軍、ということにはならないかな?」
「え、だ、ダメですよー。ホテルの部屋のこともありますし、どこかには入ってもらわないとー」
「やっぱダメか」
う〜ん、と勇磨も唸る。
「でもさ、男の俺が、他のみんなと同じ部屋、というのは問題だよね?」
「あ・・・。そ、それもありましたね」
言うまでも無いが、勇磨以外のクラスメイトは全員が女子。
同じ部屋で寝る、というわけにはいくまい。
「ならば、うちに入ってもらおうか」
「え?」
唐突に名乗りを上げてくれる人物。
振り返ってみると、エヴァがいた。
「うちの6班なら、相坂さよの分が空いている。2人入ったとしても問題はあるまい」
隣には刹那もいて、頷いていた。
6班の班長は彼女である。
なるほど。エヴァも”裏”のことは知っているのだろうし、刹那はもちろんのこと。
この班に入っても、動きづらい、ということにはならないだろう。
「で、でも、勇磨さんを、6班の皆さんと同じ部屋にするわけには・・・」
「少しは頭を使え」
ネギが問題を指摘するが、エヴァは一言で片付けた。
「どうせどこに入っても問題なのだから、気にするだけ無駄だ。
寝るときだけ、勇磨を貴様の部屋にでも送ればいいだけのことだろ」
「あ・・・・・・そ、そうですね。名案ですエヴァンジェリンさん!」
「ふん・・・」
褒められ、そっぽを向くエヴァ。
「だそうですけど、いいですか? 勇磨さん、環さん」
「俺は構わないよ」
「私も構いません」
「じゃあ、そういうことでー。いいんちょさん、解決しましたよ〜」
問題解決。
ネギは、まだ頭を抱えているあやかへ、無事に片付いたことを伝える。
「エヴァちゃん、ありがとう」
「フン」
と、勇磨もエヴァへ礼を言う。
エヴァは目を逸らしつつも、ほのかに赤くなりながら、こう言うのだ。
「これで、嫌でも私に付き合う必要が出来たな?」
「あ?」
「マスター。そこまで、勇磨さんと一緒に回りたいのですか」
「巻いてやる、巻いてやるぅっ!」
「ああああ・・・」
懲りない茶々丸。
それより、いつのまに来ていたのか。
「・・・・・・・・・」
問題は済んだのに、1人おもしろくないのは環。
仏頂面で、ジッと佇んでいた。
新幹線に乗り込んでいざ出発。
東京駅で『ひかり号』に乗り換えて、都合3時間ほどの旅程である。
はたして、懸念される『西』側からの妨害はあるのか?
そんなこととは露知らず、一般の生徒たちがわいわいと遊びに興じている一方で。
「・・・ふむ」
「これでよし、ですね」
デッキに、御門兄妹の姿がある。
ちょうど何かをし終えたところのようだ。
「何をしているんです?」
「お、刹那さん」
そこを通りかかった刹那。
何事かと事情を尋ねる。
「これさ」
「それは・・・」
ニッと笑みを見せながら、刹那にあるものを見せる勇磨。
「呪符、ですか」
「いえーす。結界符だよ」
「万全を期しまして、不埒な輩が外部から入り込まないよう、車両全体を包み込みました」
勇磨が正体を言い、環が説明する。
双子の兄妹だけに、息の合ったコンビネーション。
「まあ、京都に着くまでは、これで安全だと思いますよ」
「・・・そうですか」
刹那はホッとする反面、驚いたことも事実。
「お二人は、符術も扱えるんですね?」
「まあ、ある程度はね」
「知り合いから習った、陰陽術も少しは使えますよ」
「なるほど・・・」
自分も、剣術の補助に使える程度だが、それでもわかる、御門兄妹の技量。
どうやら、思った以上に、この2人の実力はすごい。
頼もしくもあり、また・・・
「貴様ら、何をしている」
「あ、エヴァちゃん」
刹那の思考は、突然に現れたエヴァにより、中断させられた。
「来い」
「え、あ、ちょっと?」
やってきたエヴァは、勇磨の腕を掴んで、さっさと戻っていってしまう。
残された環と刹那は、ぽか〜ん状態だ。
「ま・・・待ちなさい! エヴァンジェリンさん!? 兄さんに何を・・・!」
先に我に返った環。
慌ててあとを追いかけていく。
「・・・・・・・・・」
ぽつーんと、1人になった刹那。
まあ、詮無きことではないか。
今は味方であることだし、この先も、この学園にいる限りはずっとそうだろう。
なにより・・・
「不思議な人たちだ」
クスリと、笑った。
悪い人には見えない。
それでいいではないか。
さて、エヴァに連行されていった勇磨。
「座れ」
「う、うん」
2人掛けの座席で、回転して対面式になっている一角。
そこに着くように言われ、言われるままに腰を下ろした。
エヴァも、勇磨の対面に座る。
「あの、エヴァちゃん? いったいなに?」
「ん? ヒマだったんでな。茶々丸」
「はい。どうぞマスター」
「うむ」
そう言って、茶々丸が荷物から取り出したもの。
「将棋盤?」
「ああ」
網目状の模様になっている板と、それぞれ漢字の書かれた駒。
茶々丸がリュックから取り出したのは、そんな物体だった。
「やるの?」
「嫌とは言わせんぞ」
「まあいいけどさ」
「本当は囲碁のほうが好みなんだがな。貴様、囲碁は・・・」
「知らない」
「だと思ったから、こっちにした」
「ああ、ありがとう」
テーブルを出し、駒を配置に着けながら、こんな会話をする。
すでに勇磨も乗り気だ。
安全を確保したことでヒマではあるし、エヴァに付き合うのも、決して嫌ではないのだ。
「私が先手な」
「あ、ずるいぞ。ここは公平にジャンケンで――」
「エヴァンジェリンさん!」
ここで環も戻ってきた。
兄のことが心配だったようだが、この様子を見て、勢いを失った。
「えっと・・・・・・将棋ですか?」
「ああ。久々だから、腕が鳴るなあ」
「ほお? 少しは覚えがあるのか?」
「まあね。両親に付き合って、よくやってたりしたから」
「・・・・・・」
引き続き駒が並べられていく様子を、呆けたように見つめる環。
彼女の想像とは違っていた。
「環さん」
「・・・はい?」
気を利かせた茶々丸は、こんな提案を。
「よろしければ、私と一局どうですか?」
「・・・わかりました。受けて立ちましょう」
「お手柔らかに」
盤面をもう1枚取り出して、こちらでも対局が始まる。
向かいの席同士で始まった対戦。
「これでどうだ?」
「あー、おー? おおおお?」
「フフフ。待った、は無しだぞ」
勇磨対エヴァは、エヴァが優勢。
「・・・王手」
「む・・・。ならば・・・」
「・・・やりますね。王手をかわした上に、飛車角取りとは」
「ふふん、私を舐めないでください」
環対茶々丸は、互角の情勢のようだ。
(勇磨さん、勇磨さん! 外に出てもいいですか?)
(ああ、いいよ)
そして、勇磨の脳裏に聞こえてくる声。
勇磨は承諾すると、ポケットから位牌を取り出して、テーブルの片隅に置いた。
(コレが新幹線なんですねー! 少し見て回ってきてもいいですか?)
(うん)
霊波で会話。
出てきたさよは、物珍しそうに、目をキラキラさせて周りを見ていた。
微笑ましく思いながら頷く。
(あんまり遠くには行くなよ? っていっても、行けないだろうけど)
(わかってます〜♪)
周囲数十メートルほどは、制約無しで動き回れる。
さよは、うれしそうに飛んでいった。
「勇磨、貴様の番だぞ」
「ああ、うん」
エヴァから声をかけられる。
彼女が、さよが飛んでいく様を横目で捉えていたことには、気付いていない。
盤面に目を映すが
「・・・げえっ!?」
「フフフ」
とんでもないことになっていた。
もはや負ける寸前。不敵に笑うエヴァ。
「・・・えっとー、エヴァちゃん?」
「待った、は認めん」
「くぅ〜・・・。ここからどう挽回しろってんだ」
「フフフ。負けたら罰ゲームとして、自由行動でも私に付き合ってもらうぞ」
「あーなんだよそれ! 聞いてないぞ」
「当然だ。いま考えたんだからな」
「くっそ〜・・・」
頭を掻き毟りながら、勇磨はどうにか対抗策を考える。
「御門君たち、なにやってるのー?」
「こっちで一緒にゲームしない〜?」
そこへ、ひょっこりと顔を出すクラスメイトたち。
将棋自体はわからずとも、対戦しているということくらいはわかるので、少しトーンを落とした。
「エヴァちゃんと御門君たちって、仲良かったんだ?」
「そういえば、話してるとこ見たことあるよ?」
「へ〜」
ヒソヒソ話が始まる。
そして、テーブルの隅に置かれているものに気付いた。
「ねえ、あの黒いの、なに?」
「位牌?」
「仏壇とかの?」
「あ・・・・・・えっと」
別に、見られて困るようなものでもないが、不自然ではある。
声が聞こえた勇磨は説明に窮した。
「両親のものです」
救いの声は、隣から。
「このかさんらには伝えてありますが、私たちには身寄りが無いもので。
旅行中は部屋に誰もいなくなってしまいますから、持ってきたんです。
それに、例え天国からでも、私たちのことを、見守っていて欲しいものですからね」
「そうなんだ・・・」
「ぐし・・・・・・いい話だ〜」
信じたようである。
わざとらしく泣いて見せるものもいるが、思いは純粋だろう。
そんな彼女たちを騙しているわけだし、本当の両親は生きている(別世界だが)ので、
ふたつの意味で罪悪感を感じないわけでもない。
「ごめんね、邪魔したね・・・」
「強く生きるんだよぉ〜」
戻っていく彼女たち。
勇磨は苦笑しながら、ホッとして妹にサインを送った。
(すまん、サンキュー)
(どうしたしまして)
お互いににっこり笑って、それぞれの対局に戻る。
が・・・
「なーっ!?」
勇磨は絶叫。
「フッフッフ」
笑うエヴァ。
「詰み、だな?」
「うわーっ!」
何はともあれ、始まった、始まってしまった修学旅行。
ネギは無事に任務を果たし、日程は無事に進むことが出来るだろうか?
12時間目へ続く
<あとがき>
ついに始まりました修学旅行!
御門兄妹、のっけから活躍してますね。
おかげで、カエルくんたちの出番が無くなってしまいました。
原作でやっていたのは囲碁でしたが、日本に詳しいエヴァですから、
将棋も出来るかと思います。
なんでそのまま囲碁にしなかったのって?
私が知らないからですよ・・・どうでもいいですけどね・・・