魔 法先生ネギま!
〜ある兄妹の乱入〜
14時間目 「嵐の修学旅行! そのよん」
「ふふ・・・」
駆け去ったネギを尻目に、長髪の女性はメガネを取り出してかけ、
何食わぬ顔で旅館の内部へと侵入した。
「入れてくれておーきに、坊や」
彼女が押している台車から、ウキッとサルが顔を出す。
「ほな、お仕事はじめましょか・・・」
「あ、そうだ環」
「はい?」
先に出て行ったネギを追おうとした御門兄妹。
勇磨がこんなことを言い出し、その足を止める。
「ちょっと野暮用があるから、先に行っててくれ」
「野暮用? ・・・ふーん?」
「いや・・・・・・別にやましいことじゃないって・・・・・・」
妹の疑うような視線に、勇磨はたじろいでしまう。
だいたい、ここでそんなことをしては、旅行どころか、学園自体にいられなくなってしまうのに。
「・・・まあいいでしょう。早めに追いついてきてくださいよ」
「お、おう、サンキュ。じゃ」
「・・・・・・・・・」
来た廊下を戻っていく勇磨を、環は依然、疑いの眼差しで見つめていた。
その勇磨であるが
「コンコン、と」
とある部屋の前まで来て、控え目にドアをノックした。
「・・・はい?」
「やあ、夜分遅くにゴメン」
「勇磨さん?」
出てきたのは茶々丸。
彼の姿を認めた茶々丸は、不思議そうに小首を傾げた。
勇磨にとっては、昼限定の所属班。6班の部屋である。
「寝てた?」
「いいえ。ザジさんはお眠りになられたようですが、私とマスターは起きていました」
「そう。じゃ好都合だ。エヴァちゃんを呼んでくれる?」
「はあ、わかりました。少しお待ちください」
いくら自分の班といえど、男が女の子の部屋に踏み込むわけにはいかない。
茶々丸に呼んできてもらう。
「・・・いったいなんだ?」
数秒ののち、怪訝そうな顔をしたエヴァが出てくる。
「こんばんは、エヴァちゃん」
「挨拶はいい。何用かと訊いている」
こちらも疑念の眼差しで勇磨を見る。
と、急に何かを悟ったような顔になると、にた〜っと頬を緩ませた。
「夜這いか?」
「なっ・・・。ち、違う違う! んなわきゃないない」
「なんだ、違うのか」
「なんで残念そうなんだよ・・・」
「くくく。実にからかい甲斐があるな」
おかしそうに笑うエヴァ。
本当に楽しんでいる様子である。
「で? 私に何用なんだ」
「あー。ちょっと厄介なことになりそうなんで、君にも協力を頼めないかと思ってさ」
「断る」
「即答・・・。しかも、内容を確かめないうちにかい・・・」
速攻で拒否され、がっくりとなる勇磨。
「ちょ、ちょっとは話、聞いてもらえない?」
「嫌だ。連中がどうなろうと、私の知ったことじゃないからな」
「・・・気付いてたのか」
「真祖を舐めるな。それくらいはお見通しだ」
エヴァは裏の内情を知っている。
それなら、話は早いと思ったのだが・・・
「それに、貴様らのおかげでこうして学園外には出られるが、力は封じられたままなのでな」
「あ・・・」
「しかも下手に動くと、私にとっても貴様にとっても、麻帆良にとっても、まずいことになりかねまい?」
「・・・そうだった」
口惜しいがな、と言うエヴァ。
力を封じられたままでは、例え協力したとはいえども、たいしたことは出来ない。
エヴァが表立って動くと、そういう連中を逆に刺激してしまいかねないし、後にもっと厄介なことになる。
そんなことは御免だ、と。
「ごめん、そこまでは考えてなかったよ」
「ふん・・・そんなことなんじゃなかろうかとは思ったがな」
「邪魔したね。おやすみ」
「ぁ・・・」
それじゃ、と去ろうとする勇磨。
エヴァは、なぜか名残惜しそうな声を出してしまう。
「・・・なに?」
「い、いや・・・」
踏みとどまった勇磨が尋ねるが、エヴァはなんでもないと否定する。
暗がりでよくはわからなかったが、顔が赤くなってはいなかったか。
「じゃね。また明日」
「・・・・・・・・・」
無言で見送る。
「良かったのですか、マスター」
「・・・何がだ」
彼女の背後から茶々丸。
無表情のまま訊いた。
「せっかく、勇磨さんと一緒に行動できるチャンスでしたのに」
「ああ、そうだな。ヤツと一緒に―――っ!?」
つられて、言葉が出てしまう。
慌てて止めるが、手遅れだ。
「やはりマスターは、勇磨さんのことを・・・」
「巻くぞ?」
「ああああ。すでに巻いています・・・」
旅行先でも、主人と従者は相変わらずだった。
一方、5班の部屋に戻ってきたアスナと刹那。
「ただいまーって、あら、みんな寝てるわ」
みんな布団の中。
唯一、夕映だけが、窓際の椅子に座ったままで船を漕いでいた。
「では私は、廊下で各部屋を見て回りますので」
「わかったわ。じゃあ何時間かごとに交代ね」
刹那の申し出に応じるアスナ。
「大丈夫。このかのことは、つきっきりで守るから」
「・・・すいません神楽坂さん。でも何かあったら、すぐ私を呼んでください」
そうして、いったん、部屋の内外に別れる。
アスナは、空だった自分の布団に腰を下ろし、やれやれと息をついた。
「でも、素直じゃないわよねー桜咲さんも」
浴衣の上に羽織っていた上着を脱ぐ。
「ん・・・・・・誰アスナー?」
「あ、ごめんこのか。起こしちゃった?」
かすかな物音に気付いたのか。
このかは目を擦りながら、むっくりと身体を起こした。
「あ、ちょっとダメよ。どこ行くの?」
「トイレー・・・」
フラフラと歩いていくこのか。
トイレくらいは仕方あるまいと、注意するよう声をかけつつ、アスナは見送る。
トイレに向かったこのか。
ドアを開けたところまではよかったのだが・・・
「・・・もへ?」
開けて中へ入ろうとした瞬間、顔を何か柔らかいもので覆われた。
なんだこれはと思ったのも束の間。
「入っとりますえ〜」
「・・・・・・」
そこにいたのは、便器に居座った巨大なサル。
いや、サルの全身着ぐるみを被った女。
「ひっ・・・むぐっ・・・!」
「なーんてな♪」
悲鳴を上げようとしたが、即座に口を塞がれてしまい。
そのまま連れ去られてしまうのだ。
「このか遅いわねー・・・」
「うぅ、私もおしっこです・・・」
このかの帰りが遅い。それに、妙な物音がしなかったか?
さすがに心配したアスナは、起き出してきた夕映と共に、トイレへと向かった。
「このかー?」
「入っとりますえ〜」
「あ、そう・・・」
ドアをノックしてみるが、返事がある。
「むっ・・・。この気配は・・・っ!?」
その頃、見回りしていた刹那は、怪しげな気配を感じた。
急いで部屋へと戻る。
「神楽坂さん! このかお嬢様はっ!?」
「え? そこのトイレに入ってるけど?」
「どれくらいになりますか!?」
「じゅ、10分くらいです。うぅぅ・・・」
先ほどから我慢している夕映。
周りをぴょんぴょん飛び跳ねながら、必死に我慢を続けるが、もう限界。
「このかさぁ〜ん!!」
「お嬢様、失礼を!!」
声をかけても、同じ返事しか返ってこない。
業を煮やした夕映と刹那、強硬手段に行って出た。
強引に扉を蹴破る。
「入っとりますえ〜♪」
「あっ、これは・・・!」
「お、お札がしゃべってる〜〜〜〜!?」
・・・そこに、このかの姿は無かった。
その頃、ネギは・・・
「・・・ってわけさぁ」
「へー。なんかスゴイー」
渡月橋の袂で、カモから仮契約カードの使い方を聞いていた。
「環さんもそう思いますよね?」
「まあ、不思議だとは申しておきます」
隣には環の姿もある。
ネギに追いついて、行動を共にしていたのだ。
「御門の姉さんも、兄貴と仮契約してみないか?」
「えっ?」
「・・・・・・」
唐突なカモからの提案。
むしろ驚いたのはネギのほうで、環は表情を変えなかった。
「仮契約すると、兄貴の魔力を使って、自身もものすごい力を得られるんだぜ! どうよ?」
「か、カモ君。無理言っちゃ悪いよ」
「姉さんも剣士だよな? 貴重な前衛の戦力がこれで――」
「お断りします」
「――え゛?」
説明の途中で。
カモの目が点になってしまうほど、環の答えは明解だった。
「聞こえませんでしたか? 嫌ですと、そう申し上げたのです」
「な、なんでだ? より強い力を得られるんだぜ!?」
「要は、ネギ先生と主従契約を結ぶと、そういうことですよね?」
「う、むぅ。否定はしねえが・・・」
「い、いえそんなー。僕は、例え本契約したとしても、そんなふうには思いませんよー。
そもそも契約システムは、対等なパートナーとして・・・」
誤解を解くように、ネギがあたふたと言うが。
「私は、誰にもお仕えする気はありませんので、あしからず」
「そ、そうですかー」
環の答えは、またもやはっきりしていた。
これにはネギも、それしか言う言葉は無い。
(・・・・・・兄さんを除いては、ね)
ふぅ、と息を吐きながら、環は心中で、こんなことを考える。
「それに、努力もせずに得られた力がなんになります?
”力”というものは、鍛錬に鍛錬を重ねて、自己を研鑽してこそ生まれるもの。
そのようにして生まれる力など、本当の力ではない。
そのような半端な力では、自分を救うことなど夢の夢。むしろ、人を傷つけてしまうでしょう。
そう、お思いになりませんか?」
「あ、はい・・・」
「・・・お、俺っちが言いくるめられるとは。やるな、御門の姉さん・・・」
逆に説教を喰らってしまった2人。
空気も止まってしまった。
「まあ・・・」
停滞してしまったものを打破するように、自ら柔らかい声を出す環。
「私自身もまだまだ修行中の身ですから。偉そうなことは言えないんですけどね」
「い、いえ、すごくためになりました!」
「ちっ、貴重な戦力が・・・」
ネギはいつしか真剣な顔になって、力強く頷く。
カモのほうは諦めきれないようだ。
「ネギ先生。あなたも修行中のようですから、もうひとつだけ。
自信をお持ちになるのは結構ですが、過信しすぎないことです。
自らの身を滅ぼすばかりか、その周囲にも、甚大な影響を及ぼすことになりますよ」
「はい、肝に銘じておきます!」
表情を引き締めて頷くネギ。
即興の人生教室みたいになってしまった。
と・・・
「・・・むっ!?」
「えっ?」
「兄貴! アレは!?」
ズシャンッ!
「わあっ!」
夜空を見上げたその瞬間。
何かが降ってきて、目の前に落ちてきた。
「おサル!?」
巨大なサル?
いや・・・
「あ、さっきはおーきに。カワイイ魔法使いさん」
「!! こ、このかさん!」
中身は人間。
それに、腕には少女を、このかを抱えている。
敵だ!!
「ほなさいなら」
「待ちなさいおサルさん! ラス・テル・マ・スキ・・・もがっ!」
「ウキッ!」
ネギはすぐに魔法で応戦しようとするが、サルの大群に口を塞がれてしまった。
その隙に、女はこのかを抱えたまま、信じられない跳躍力で飛んで行ってしまう。
「ネギ先生!」
「ネギーッ!」
そこへ、異変に気付いて追ってきた、刹那とアスナが到着。
ネギにまとわりついているサルを排除する。
「に、逃げられました!」
「追わなきゃ!」
「ええ!」
3人はすぐさま、サル女の追跡を始めるが
「・・・・・・・・・」
どうしたことか、環だけは中空を見つめたまま、動こうとしない。
ぼそっと呟く。
「サルの着ぐるみを着る必要が・・・?」
「環ーっ!」
「兄さん」
勇磨も追いついてきた。
エヴァのところに行っていた分、反応するのが遅れたということだろうか。
「どういうことです? 気付かなかったんですか?」
「ああ。あの野郎・・・いや女か。どうやって旅館内に入った。くそっ」
勇磨は悔しそうに、地面を蹴りつける。
近くにいたのに、未然に防げなかったのだ。
「結界のことは私も疑問に思いますが・・・。今はそれよりも」
「そうだな」
「先回りしましょう」
「よし」
そう言って頷き合った御門兄妹は。
次の瞬間には、もうその場にはいなかった。
このかを連れ去ったサル女は、駅へと逃げ込んだ。
そのまま、ちょうど止まっていた列車内へと入っていく。
この女が貼り付けたと思われる人払いの呪符で、人っ子一人いない駅構内。
ネギたちも女を追って、列車内へと飛び込む。
「お札さん、お札さん。ウチを逃がしておくれやす」
女が呪符を取り出し、そう言って投げると。
「ガボガボ――!?」
たちまちのうちに、車内は大量の水で満たされてしまう。
呼吸は愚か、まともに動くことすら出来ない。
(このかお嬢様・・・)
――せっちゃん、助けて〜〜〜〜〜
(!!)
諦めかけた刹那の脳裏に、溺れているこのかの記憶が蘇る。
(斬空閃!!)
瞬間的に力が溢れ。
思い切り剣を振るった。
「あれ〜〜〜〜」
その勢いで車両前方のドアが外れ、水はサル女を巻き込んで流れ出していく。
「そこのデカザル女! おとなしくお嬢様を返せ!」
「なかなかやりますな。しかし、このかお嬢様は返しまへんえ」
「あ、待てっ!」
なおも逃走を図るサル女。
ネギたちも追う。
「せ、刹那さん! いったいどういうことですか!?」
「ただの嫌がらせじゃなかったの? なんであのおサル、このか1人を誘拐しようとすんのよ!?」
走りながら、説明を求める。
「じ、実は以前より、このかお嬢様を東の麻帆良学園にやってしまったことを、快く思わない連中がいて・・・」
刹那も走りながら話す。
ヤツラがこのかを利用して、関西呪術協会を牛耳ろうと企んでいる可能性を。
「私も学園長も、甘かったと言わざるを得ません」
まさか、修学旅行中に誘拐などと・・・
しかし、もともと関西呪術協会は、裏の仕事も請け負ってきた。
このような強硬手段に出てきても、なんらおかしくはなかったのだ。
「くっ、私がついていながら!」
「あっ」
「刹那さん、待ってー!」
刹那は自棄になり、ネギとアスナを置いて1人で、新しく着いた駅構内を飛び出していく。
「フフ、よーここまで追ってこれましたな」
「あっ」
「おサルが脱げた!?」
その甲斐があったのか。
広い階段になっている場所で、女を追い詰めた。
「そやけど、それもここまでですえ。3枚目のお札ちゃん、いかせてもらいますえ」
「おのれ、させるかっ!」
女が符術を展開させようとする。
刹那が、そうはさせじと飛び掛るが、間に合わない!
「はい、残念でした♪」
「・・・なっ!?」
「!!」
次の瞬間、サルだった女も、刹那も、我が目を疑った。
女が手にしたお札を、後方からひょいっと奪う者が現れたのだ。
「こんな物騒なものは没収♪」
「炎の呪符ですか。なかなかのものですね」
「な、なんやあんさんたちは!」
「勇磨さん!?」
「それに環さんも!?」
「ど、どうなってるの?」
敵味方、総じて仰天の表情。
それもそのはずだ。
「私たちが乗ってる電車、動いてたよね? ねえっ!?」
「そ、そうだと思いましたが・・・」
水地獄を喰らっている間、乗っていた車両は動いていたはずなのだ。
だからこうして次の駅に着いている訳で。
電車のスピードを越えて、先回りをしていたとでもいうのか?
「炎ですか」
混乱状態の中で、ぽつりと呟いた環。
「”炎術”というのは、こうやるんですよ」
静かに告げる。
「・・・鬼火」
グォオオッ!!!
「・・・!」
3度目の衝撃。
「どうです? 見事なものでしょう?」
「あ・・・」
指先に大火球を出現させ、にやりと微笑んで見せる環。
これを見たサル女、さすがにあとずさった。
「この炎に焼かれてみますか? きっと骨も残りませんよ。フフフ・・・」
「な、何者や・・・」
驚愕するサル女。
これほどの使い手がいるとは、事前に聞かされた情報には無かった。
「さあ、このかを返してもらおうか」
「ぐ・・・」
前にはネギたち3人、後ろには御門兄妹。
今度こそ追い詰められたサル女。
「つ、月詠はん! ちびっと早いですけど出番ですえ!」
「む」
「援軍か?」
奥の手を用意していたか。
さて、何が出てくる?
「どうも〜〜〜〜〜神鳴流です〜〜〜〜〜。おはつに〜〜〜〜〜」
出てきたのは、フリフリの・・・
いわゆるゴスロリファッションといわれる服を着た、小さな女の子だった。
「神鳴流だと!? まずい、神鳴流剣士が護衛に付いていたのか!」
聞いた刹那は絶叫する。
「って、え・・・。おまえが神鳴流剣士・・・?」
「はい〜♪」
が、相手の容姿に力を削がれる。
「先輩さんみたいですけど、護衛に雇われたからには、本気でいかせてもらいますわ〜」
「こんなのが神鳴流とは・・・。時代も変わったな」
「甘く見るとケガしますえ。猿鬼、熊鬼! 黙って見てへんで、そちらさんの相手してやりなはれ!」
「ウキー」
「クマッ」
「うわっ動いた!?」
「着ぐるみじゃなかったの!?」
そして、もうひとつの手。
彼女の横にいた、猿と熊の人形が、女の号令で動き出したのだ。
「ホホホホ。ウチの猿鬼と熊鬼はなかなか強力ですえ。一生、そいつの相手をしていなはれ」
月詠が刹那の前へ、猿鬼と熊鬼が御門兄妹の前へ出る。
その隙に、サル女はこのかを担ぎ上げ、離脱を図ろうとした。
「逃がしませんよ! このかさんは僕の生徒で、大事な友達です!」
叫ぶネギ。
「契約執行180秒間! ネギの従者『神楽坂明日菜』!!」
アスナとの仮契約を発動させる。
ネギの魔力に包まれたアスナは、ほのかに光を放つ。
「ほぉ?」
「あれが仮契約というものですか」
見ていた御門兄妹がこう漏らす中。
「アスナさん! パートナーだけが使える専用アイテムを出します! 武器だと思います!」
「そんなのあるの? ちょうだいネギ!」
アスナの武器が召喚される・・・
「え、なにこれ! ただのハリセンじゃない!?」
「あれー、オカシイなー」
だが、現れたのは『ハリセン』。
この際だ、これで戦うしかあるまい。
「えーい、やぁ、たぁ、とぉ〜〜〜」
「くっ」
刹那と、月詠と名乗った剣士との戦いは、すでに始まっていた。
二刀で小回りの効く月詠の攻撃に、長い野太刀を構える刹那は苦戦。
「桜咲さん!」
援護に入ろうとしたアスナも
「いやーん! またおサルかーッ!」
小さなサルたちにまとわりつかれ、それ以上は進めない。
「しょうがないな」
階段の上部から、そんな様子を見ていた勇磨。
一人心地に呟いて
「環、こっちは任せた」
「任されました」
女の式神の相手は環に任せ、シュッと一瞬で姿を消す。
「さて、猿鬼と熊鬼とやら」
任された環は、冷たい笑みを、2体の着ぐるみ・・・もとい、式神に与えた。
「灰になりなさい」
アスナを強化したネギ。
自分はサル女本人に迫った。
「ああっ、しまった!? ガキを忘れてた!」
「もう遅いです! 魔法の射手・戒めの風矢!!」
どうやらサル女は、ネギの存在を失念していた模様。
放った魔法の矢が襲い掛かる。
「あひいっ、お助けー!」
「あっ、曲がれ!!」
隙を衝いたのだが、サル女はこともあろうに、このかを盾に使った。
このかに当たってはまずいと思い、急いで軌道を逸らすネギ。
「こ、このかさんを離してくださいっ! 卑怯ですよっ!」
「ホーホホホ! 甘ちゃんやなあ・・・。この娘、この調子でこのあとも利用させてもらうわ!」
「そうは問屋が卸さんよ」
「・・・え」
「ゆ、勇磨さん!?」
出現した勇磨。
刹那の目の前に現れ、月詠の剣を受け止めた。
「あー邪魔は困ります〜〜〜」
「刹那さん」
「え・・・」
月詠の言葉は無視して、勇磨は振り返り、笑顔を向ける。
「このかを救うのは君の役目だ。そうだろ?」
「・・・・・・」
「行け。こいつは俺が引き受ける」
「はいっ!」
瞬間では、何を言われたか理解できなかった刹那。
数秒かけてゆっくり悟ると、力強く頷いた。
地面を蹴り、このかへ一目散。
「あー先輩〜」
「こら、君の相手は俺だ」
なおも刹那を追おうとする月詠。
勇磨は苦笑しながら、彼女の前に立ちはだかる。
「これでも腕にはちと自信があるのでね。付き合ってもらおうか」
「や〜、お気持ちはありがたいんですが〜〜〜〜」
「そっちには無くても、無理にでも付き合ってもらうさ!」
「婦女暴行や〜〜〜〜」
スッと、刀身を鞘に収めて。
勇磨は猛然と、月詠に突進していった。
カンッ、キンッ!
「やるな!」
「あんさんこそ〜〜〜〜」
勇磨の刀と、月詠の二刀が火花を散らす。
「やっぱり二刀相手はやりにくい・・・・・・なっ!」
「え〜〜〜〜い」
「うおっ」
二刀という以上に、なにより、月詠の表情が曲者だった。
この少女、常にへらへらと笑みを見せており、感情が読みにくい。
感情が読めれば、ある程度の次の行動、太刀筋が見えたりするので、そういう意味ではやりにくい相手だった。
(まあ、倒す必要は無いわけで)
倒すまで戦ってくれ、と言われると、少し困ってしまうが。
現在の最優先は、このかを取り戻すこと。
そのための時間稼ぎでよい。
「御門真刀流奥義・爆華斬ッ!!」
「あひゃ〜〜〜」
霊力を使い、足元に爆発を生じさせる。
その爆風をもろに受けた月詠は吹っ飛ばされる。
「お助け〜〜〜」
「心にも無いことを!」
言葉と行動が合致していない。
現に、身体を回転させて態勢を立て直した月詠は、相変わらずの笑顔のまま、逆に仕掛けてくるのだった。
「お嬢様を返せっ!!」
「・・・! 月詠はん、なに逃がしとるんや!?」
一方、刹那はサル女に飛び掛っていた。
ネギの相手をすることに夢中になっていたので、またも不意を衝かれるサル女。
「風花! 武装解除!!」
「なあ〜〜〜〜〜ッ!?」
そこへ、ネギの魔法も炸裂したものだから、さあ大変。
サル女は身包み剥がされ、無防備状態になってしまう。
「喰らえっ!」
絶好の好機到来。
突っ込む刹那。
「秘剣・百花繚乱!!」
「ぺぽーーーーーっ」
炸裂した。
「なな、なんでガキがこんなに強いんや・・・。くっ、おぼえてなはれーーーー!!」
サル女、退却。
同時に、月詠も姿を消す。
「・・・ふぅ。なんとかなったか」
「今回は後手を踏まされましたね」
ホッと息をつく御門兄妹。
今日のところは、これで安心だろう。
「このかお嬢様!」
倒れているこのかへ駆け寄り、助け起こす刹那。
「ん・・・・・・あれ、せっちゃん・・・?」
無事だったようだ。
うっすらと目を開け、刹那の姿を確認する。
「ウチ、変な夢見たえ・・・。でも、せっちゃんやネギ君やアスナが助けてくれるんや・・・」
「・・・よかった、もう大丈夫です。このかお嬢様・・・」
「・・・!」
このときの刹那は、自覚していたのかどうか。
間近で見ていたこのかが気付き、こう言ったのだから、間違いはあるまい。
「よかったー・・・。せっちゃん、ウチのこと、嫌ってるわけやなかったんやなー・・・」
「えっ・・・」
このかの笑顔に見とれてしまった刹那は、一瞬で顔を赤くして。
「そ、そりゃ私かて、このちゃんと話し・・・」
ぽろっと本音を零して、すぐにハッとして。
「御免!!」
「あっ、せっちゃーん!」
呼び止めるこのかの声すら無視して、走り去っていってしまうのだ。
「桜咲さん・・・」
「うーん。いきなり仲良くしろって言っても難しいかな・・・」
様子を見ていたネギとアスナ。
なにやってんだかなー、と思う。
「桜咲さーん! 明日の班行動、一緒に奈良、見て回ろうねーっ!」
「・・・・・・」
少しでも親友の助けになれればと、アスナは力一杯に叫ぶ。
これには刹那も、思わず立ち止まって聞かざるを得なかった。
「ま、何はともあれ、今日のところは一件落着っと」
「初日からコレですか。先が思いやられますね」
うんうんと頷いている勇磨の隣で。
ため息をつきつつ言った環の言葉が、すべてを表していた。
15時間目へ続く
<あとがき>
このあたりの敵役の方々、今は何をされてるんでしょうかね?
再登場する機会はあるのかな?