黒と水色

第4話 「ぶらり列車の旅」











ひとまず修行を終え、卒業試験もクリアした水色姉妹。
めでたく家の売却も決まり、いよいよ旅立ちの準備も整った。

「………」
「………」

今日はいよいよ出発の朝だ。
水色の姉妹は、長年住み慣れた、数々の思い出が詰まった元我が家を見上げる。

「今まで、どうもありがとう」
「あなたを売ったお金は、わたしたちが有効に使ってあげるからね。
 美味しいものを食べたりとか♪」
「セリスッ!」
「冗談ですごめんなさ〜い♪」
「もう…」

「感動の場面が台無しだ」
「まあ、セリスさんですから」

この1ヶ月で、もうすっかり、そういうキャラだという認識をされたセリス。
はしゃいで逃げ惑う姿も、かなりの絵になっているとかいないとか。

「…よし。それじゃあ」
「大冒険に出発だー!」





まずは、鉄道のノーフル駅へ。
姉妹が環から説明を受けた限りでは、列車に乗り、王都経由で目的地を目指すそうだ。

切符を買って、まもなく出発するという王都行きの便に乗り込む。
席に着いて間もなく、ゆっくりと動き出し、やがては高速で駆け始めた。

「うわ〜、速い速い速い〜!」

窓際の席に陣取ったセリス。
ガラスにベッタリと張り付いて、流れていく景色に声を上げている。

「すごいな〜。うわ〜」
「セリス…」

妹のそんな様子に、エルリスはため息をつきつつ、恥ずかしそうに言うのだ。

「少しは周りの目を気にして。それじゃまるっきり子供じゃないの…」
「え〜? だって、列車に乗るなんて初めてなんだよ?
 もうすっごくて、感動しっぱなしだよ〜♪」
「やれやれ…」

エルリスは呆れているが、セリスの気持ちもわからないではない。

王国内では、鉄道網が割りと発達しているとはいえ、決して安くはないお値段だ。
ちょっと近所まで買い物に、といった雰囲気ではないことは確かである。
もっとも、すべてが長距離列車であるので、長旅をするでもない限りは、縁が無いのだが。

「あっ、川だ〜♪」
「いい加減にしなさい!」
「まあまあ」

見ているだけで微笑ましい。



で、1時間後。

「zzz……」

見事にこうなる。

はしゃぎ疲れたのか、はたまた、列車の心地よい震動に誘われたのか。
セリスは穏やかな寝息を立てていた。

「まったく…。騒ぐだけ騒いで、あっという間に寝ちゃうんだから…。
 『歩く台風娘』なんて呼ばれてたの、思い出しちゃった」
「言い得て妙ですね。幼い頃のあだ名ですか?」
「ええ。もっとも、今でも相変わらずそうみたいだけどね。
 本当に、病気になる前よりも、さらに元気になったみたいだわ。困っちゃう」

口ではそう言いながらも、エルリスの口元には笑みが浮かんでいる。
なんだかんだ言いつつも、妹のことがかわいくて仕方が無いのだろう。

「ごめんね、こんな子で」
「まあ、お気になさらず」

環はそう言いつつ、困った顔で自分の隣を見る。

「うちの兄も、似たようなものですから」
「くか〜…」

「あらら」

そこでは、勇磨も窓に寄りかかって寝ていた。
セリスのことばかり気にしていたから、気付かなかったようだ。

対面の座席である勇磨とセリスが、それぞれ同じように寝息を立てている。
通路側で向かい合う環とエルリスは、2人を起こさないよう、静かに会話。

「ところで、本当に良かったんですか? 家を売ってしまって」
「うん、いいの。どのみち、旅が終わったときも、あそこには戻らないつもりだったから」
「なぜです?」

それは意外だった。
他に行く当てでもあるのだろうか。

「お二人が生まれ育った、大切な家ではないのですか?」
「生まれ育った、ってわけじゃないんだ」

そう言うエルリスは、少し辛そうである。
何がそうさせているのか、この時点では、環には予想がつかなかった。

「まあ確かに、育った家ではあるんだけど、途中からでね。生まれは違うの」
「そうなんですか」
「うん。生まれたのはスノウトワイライトってところでね」
「ここより北方の雪国ですね」
「そうそう。冬になると、一面が銀世界になったわ。今でもそうなんでしょうね」

その光景を思い浮かべているのか、エルリスはしばし、目を瞑って物思いに耽った。

スノウトワイライトは、地理的には、ノーフルともそんなに離れてはいないが、
山を挟んでいるため、気候が劇的に違う。
山脈の向こう側は涼しく、冬には、大量の雪が降るのだ。

「では、移り住まれたと」
「うん。…10年前にね、ノーフルに引っ越した。
 ううん。追い出された、って言ったほうが正しいかな」
「それは…」
「うん、そういう、ことかな」

これには、環も瞬間的に悟った。

苦笑を浮かべているエルリスだが…
その心中は、察して余りあるものがある。

「”あんなこと”があって、何も感じないほうがおかしいわよね。
 そんな危険人物を、町に置いておけるわけがない」
「……」
「まあ、当時の町の人たちの気持ちもわかるから、別に恨んではいないんだけど」

エルリスの視線がセリスに向く。

「そんなわけで、私たち一家は、半ば追い出されるようにしてスノウトワイライトを出た。
 なんとか隣町のノーフルで家を見つけて、暮らし始めたのよ」

セリスを見守る目は、とても穏やかだった。

「いつか、暴走を抑える方法を見つけて、危険をなくして。
 もう危なくないんだぞー、仲良く暮らしましょう〜って、
 大手を振って故郷に帰りたいな」
「……」
「なんてね」
「そうでしたか…」

そんな背景があったとは。
今度、すまなそうになるのは環のほう。

「申し訳ありません。立ち入りすぎてしまったようですね」
「ああそんな、頭なんか下げないでよ」

怒ってなどいないというのに。むしろ、打ち明けることが出来てうれしかったのに。
素直に謝ってくれる姿勢に、エルリスは、ますます信頼を深める。

「いいんでしょうか。私が知ってしまっても」
「環さんだから、いいのよ。私が話したいと思ったんだから」
「……」
「知っておいて。私たちのこと」
「わかりました」

微笑み合う。

「まあ……そんな事情があるから、どこか人付き合いが苦手…というか、
 深く関わらないようにしてた。
 同年代の知り合いもあんまりいないというか、一定以上の付き合いはしないから」
「………」
「あなたたちが滞在を続けてくれるって言ったとき、セリス、うれしそうだったでしょ?
 あの子にとっても、私にとっても、初めて出来た、秘密を共有できるお友達なの」
「お友達、ですか」
「うん」

エルリスはうれしそうに頷き、捕捉を入れる。

「あ、ハンターという間柄では師弟関係だけど、プライベートではそう思いたいの。
 ……ダメ、かな?」
「私たちなどでよろしいのですか?」
「もちろんよ」
「ならば、そのようにしましょう。
 そういうことなら、お金の話し抜きで、喜んでお引き受けしますよ」
「こういうときにお金のことを持ち出す?」
「すみません。性分なものですから」

2人ともに、くすくすと、おかしそうに笑い合う。

「そういえば、セリスのことをお願いしたときも、真っ先にお金の話をしたよね?」
「あれは、あくまでお仕事の話として……」

説明しかけた環は、はたと気付いた。
思わず眉間にしわが寄る。

「エルリスさん。あなたもしかして、私のこと、お金にうるさい人だと思っていませんか?
 だとしたらとんでもない誤解です。私、そんなことは全然ありませんよ?」
「さあて、どうなのかしら?」
「エルリスさん……。もう、意地悪ですね」

いつも冷静な環が、少し慌て気味に弁解する様子がおかしくて、エルリスはケラケラ笑った。
当の環は憮然としながらも、冗談だということに気付いて、また笑った。

「こういうのって、友達同士の会話だよね?
 気兼ねなく冗談を言い合えるのも、友達だからだよね?」

笑っていたエルリスが、不意に表情を引き締めて、こんなことを確かめる。
よほど、心中に溜まっているものがあったのだろう。

「当たり前じゃないですか」

だから環は、笑って見せる。

「友達じゃなかったら、そんな失礼なことを言う人は、すぐに叩きのめしてます」
「あはは、そっか」

エルリスも、安心したように、再び笑顔になる。

「ところで」

その話はコレでお終い。
エルリス自らが、そう言うかのごとく、話題を変える。

「あなたたちがノーフルに来たときも、列車を使ったの?」
「いえ、徒歩でした」
「なんで? 列車を使ったほうが早いし、楽なのに」
「エルリスさん」
「な、なに?」

突然、環の顔が凄みを増して、エルリスは戸惑った。

「1円を笑う者は、1円に泣くんですよ」
「はい?」
「旅人たるもの、質素倹約が第一。あなたも覚えておいてくださいね」
「う、うん。肝に銘じておく…」

顔を引き攣らせながらも、一応は頷くエルリス。
環の隠された裏の顔をを垣間見てしまった気分だ。

話に出た言葉はよくわからなかったが、だいたいの意味は理解できた。

(一理あるんだけど、ケチというか……やっぱりお金にはうるさいんじゃ、環さんて)

だから、そんなことを思ったりする。

(勇磨君も大変だ)

寝入っている勇磨を見ながら、クスリと笑みを漏らす。

「エルリスさん? 何か、失礼なことを考えていませんか?」
「まま、まさか! いえ、しっかりしてるなー、って」

思考を読まれた?
エルリスは大慌てでフォローを入れる。

「そうよね。旅をする以上は、やっぱり倹約しないとね!」
「そうです。お金は有限。大事に使わないといけません。無駄遣いなどもってのほか」
「あ、あはは…」

エルリスは、やはり引き攣った笑みを浮かべるしかない。

「おまえのそれは、『ケチ』というんだ」

と、意外なところから声が。
寝ていると思った勇磨からだ。

「お、起きてたの?」
「いーや。今、目が覚めた」

そういえば、少し大きな声を出していた。
起こしちゃったかな〜と、エルリスは申し訳なく思う。

いや、それよりも。

「兄さん。ケチとはなんですか、ケチとは」

争いが勃発しそうな予感…

「経済観念がしっかりしている、と言っていただけませんか。不本意です」
「おまえのは締め付けすぎだ。ケチを通り越して、守銭奴だ」
「失礼な。私のどこが守銭奴だというんですか」
「いっぱいあるぞ。聞かせてやろうか?」
「ええ、是非。あるというのなら聞いてみたいですね」

「ま、まあまあまあ!」

寸でのところでエルリスが止めに入る。
とりあえずは、矛を収めさせることに成功したようだ。

「旅の途中でお金が底を尽いた、なんてことになったら、目にも当てられませんよ」
「まあそうなんだが」
「兄さんも、お金をしっかり管理してくれる人と一緒にいるほうが、良いでしょう?」
「確かに、おまえが金銭・経済面をしっかり考えてくれているからこそ、
 俺は何も考えずにのほほんとしていられるんだけど。
 でもたまには、ハメを外したいと思うじゃないか」
「その『たまには』だと仰る頻度が、『時々』を通り越し、
 『よく』という範疇に入るから、困るんですよ」

いや、まったく収められていなかった。

「そうか?」
「そうです」
「そうか?」
「そうです」
「そうか?」
「そうです!」

「ああもう! いい加減にしなさい!」

このままでは永遠に収集がつかないような気がして、エルリスが再び強制介入。
今度こそ不毛な言い争いをやめさせる。

「んに……むにゅむにゅ……」

こんな騒ぎの中でも、我関せずと眠りこけるセリス。

「おいしい……でももう食べられない……にゅふふふ……」

幸せそうに表情を緩ませながら、満足そうに寝言を零す。
どんな夢を見ているのかが一発でわかった。

大物である。






第5話へ続く

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